第3話
スーパーみやもとXX駅前店の店長を務めて今年で四年になり、私はついに昇格することになりました。来月から、隣県の県庁所在地にある本部へ異動します。
この会社に就職してからというもの、時代が時代だからでしょうか、本当に様々なことがありました。私が就職したときは、いまでは当たり前にいるアンドロイドなんていうのはいませんでしたし、ましてやロボットなんてのもほとんど導入されていませんでした。まあ田舎だということもあるのでしょうけど、とにかく若い頃はひたすら惣菜コロッケを揚げていました。毎日毎日、油を注いで、コロッケを菜箸でつついて、それはもう忙しかったです。ベテランのおばさまたちの機嫌をとりながら、急に休みの電話を入れる先輩の代わりに出勤したりと、当時は結構無茶な生活をしていましたね。
そもそもどうして惣菜部門に就職したのかといいますと、高校のときにアルバイトをしていてかなりかわいがってもらえたからです、はい。それに頭もよくなかったので。しかし、現実は甘くなかった。単なるアルバイトと一職員では立場が全然違う。またかわいがってもらえるかもなんて考えがもうアウトでしたね。職員になってわかりましたが、学生アルバイトには責任がないんです。どんな失敗をしようが、急に休もうが、責任は職員が取ることになるんです。しかしだからといって重大なミスや無断欠勤をされては困るので、できるだけ丁寧に扱うのです。いやはや、私はまったくこれに気づいていませんでした。
それでも、惣菜部門の仕事は私の性格に合っていたと思います。男でありながら争い事が苦手な私にとって、日々嫌味を言い合っている事務や他の部門、例えば畜産や農産のような雰囲気にいるのは苦痛だったと思います。惣菜はただヘコヘコしていれば問題なかったので、これは不幸中の幸いでしたな。まあ、のちに第一回目のリストラキャンペーン(なんて言ったら怒られるかもしれませんが)で、私は職員からアルバイトに降格してしまうのですが、これらの流れを書いていると夜が明けてしまいますので省略します。詳しくは過去のダイアリーを参照してくださいね。
まあ簡単に説明すると、私の会社は業績が危うくなるたびに、人件費を削減しようとお掃除をしていたわけです。それが繰り返されるうちに自社に尽くそうと熱心に働いていた方たちは去っていきました。残ったのは私のように言われるがままの人間か、上の人間に媚びを売って異動を免れた人たちくらいでしたね。あの頃の職場ははっきり言って最低なものでした。おばさまたちの密会である惣菜部門でさえ、女性独特のいやーな空気が流れていましたし。
しかし、その悪循環を変えたのが、アンドロイドの登場でした。最初は相当な批判を受けましたが、至るところで導入され、人々はその繊細で丁寧な接待に驚きました。私もその一人です。私が初めて会ったのは旅行で行った都市のコンビニ、いや、駅でしたかな。記憶が定かではありませんが、あの感覚だけははっきりと覚えています。私はなにかを買おうとしたのです。それで、(彼女か彼かも忘れてしまいましたが)レジに立っていたアンドロイドにお金を渡そうとしました。しかし、人間ではないものがこちらを見ているのです。私は緊張して小銭を何枚か床に落としてしまいました。急いで拾おうと体をかがめましたが、私が膝を折ったのとほぼ同時に彼(もしくは彼女)はすべてを拾い終えていました。そして、『お客様、大丈夫ですよ』と声をかけ、柔らかく微笑んだのです。
これが人間でないなら、一体なんなのだ。当時の私は思わずそう感じてしまいました。
それから数年後、主に都会で活躍していたアンドロイドは、ついにこの町にもやってきました。初めはデパートの監視員として導入されたと思います、おそらく。スーパーの隣にあるデパートだったので、休憩時間にこっそり見物しに行きました。いや、懐かしいですな。私も若かった。といっても、あのときで三十歳手前でしたかな。あいかわらずコロッケを揚げていましたね。はい。
私の勤めるスーパーに導入されたのは、えーと、十数年前でしたかな。最初はレジ担当としてやってきたような気がします。十台あるレジの一番はじっこで、怖いもの見たさに集まった野次馬たちの相手をしていた様子が記憶に残っています。詳しいことはあまり知りませんが、あれはデータを集めるために置かれたらしく、すぐに彼女は回収されました。それから数か月後、バージョンアップしたアンドロイドたちがやってきて、レジの半分を任されていましたね。いまも続いているアンドロイドの職業強奪批判はあのときくらいから本格的に広がり始めたのでしょう。
でも、スーパー側はただ言われるがままに導入したわけではなかったはずです。人口減少が進むなか、国はアンドロイドの導入を急ぎ、数々の企業と交渉をして開発したアンドロイドを置かせてもらっていました。そしてデータを集め、より精巧なものを作ったのです。企業にはそのぶんなにかしらの見返りがあったに違いありません。いまでも、アンドロイドの導入によって失業した人には巨額の手当てが給付されます。これで上京してくれといわんばかりの額です。いまや、都会で働いていたアンドロイドたちは地方に送られ、反対に人間たちが職を求めて都会に流れ込んでいます。最初はやれ便利だ、やれ人件費削減だと賞賛されていたアンドロイドの接待も、ブームが過ぎればただの機械に見えるようで、人々は結局人間の笑顔を求めたのです。
それに答えようと、企業たちは所有していたアンドロイドを地方の支店に飛ばし、長年抑えていた人間の雇用を大幅に広げました。あの頃はすごかった。私の同級生たちは転職のチャンスだと騒いで次々と都心へ去っていきました。人間の接待を求めるのはもちろん人間。人口が過密に集中している都市に需要は集まり、雇用も増えました。とくに接客や介護などの福祉系はすごい勢いでしたな。当時は待遇がそれはそれは良かったようで。まあこうして、人口減少の止まらないこの国では、人間による接待は高級なもの、という価値観が当たり前の感覚になっていきましたな。
……話がそれてしまいましたが、これらの時代の流れは雑誌かなにかで読んだもので、私の言葉ではありません。私自身こういういきさつがあったことを、社会がだいぶ落ち着いてから知りました。しかし、気がつけば私の町は、小さい頃にテレビで見た近未来の世界……にはまったく及びませんが、そこそこハイテクな町になっていました。反対に都心では、いまも人がレジに立ち、人が老人のお世話をしているようです。自動運転や通信の技術はさておき、人に対するサービスにおいては地方よりも低レベルなテクノロジーが維持されているみたいですね。なんだか昔の印象とひっくり返ってしまったようで、おかしな感じがします。
まあでも、人間がいないと新しいものは生み出されないので、あいかわらずブームの最先端を作り出すのは都会ですがね。どんなにハイテクな装置が町を囲んでいたって、それを利用する人間がいなくては寂れる一方ですよ、本当に。スーパーの来客データを見ると毎度ため息がこぼれます。だって、人間より各お宅が所有する家事アンドロイドのお客様の方がご来店なさっているのですから。さらにそれをお出迎え、お見送りするのもアンドロイドなのですから、笑えないですよ、まったく。
店長になってから、お客様により足を運んでいただけるお店にしようと奮闘してきました。過去に実践したイベントや改善したシステムを参照し、日々『お客様がまた来たくなる店』とはなにか考えていたのです。しかし、その努力もむなしく、人間のお客様は減る一方。アンドロイドをおもてなしすることになりました。前にも言いましたが私、頭がよくないので、馬鹿正直に『アンドロイド様がまた来たくなる店』について悩みました。が、よく考えれば改善策など思いつくはずがありません。だって、彼らには心がないのですから。どんなに居心地のいい店構えにしたって彼らには届かない。
お恥ずかしいことですが、部下に指摘されるまで私はこれに気がつきませんでした。店長としてどうなのかと責められるところではありましたが、皆さんお優しい方ばかりで笑って流してくれました。そもそもただの惣菜コロッケ担当が店長になるなんて普通はありえないことで、私の仕事ぶりを認めてくださった役員の方々が、私をここまで押し上げてくださったのです。自分には不相応だと感じながらも、ない頭で必死に勉強し、頼りない店長を支えてくれる部下たちの力を借りて今日まで店長を続けてこられた。彼らには感謝してもしきれません。ありがとう。こんなところに書くのもアレですが、本当にありがとう。入社したばかりの頃はこんな未来が待っているなんて考えもしなかった。時の流れは早いもので、私ももう『アラフィフ』ですよ。
いやあ、仕事に飢えている人が多いこの時代に私は幸せ者です、本当に。まあ、ひとつわがままが許されるなら、できれば一度、結婚してみたかったですな、はは。もう諦めモードですがね。中身だけでなく最近は表面も寂しくなってきましたし。あ、頭部がですよ。その点アンドロイドはいいですよね、いつまでも若い見た目でいられるんですから。近年はアンドロイドのモデルやアイドル、役者なんてのもいるらしいですから、人間の男はもうお払い箱にされたようですね。あれ、画面がぼやけてきた。
……まあ冗談はさておき、私いま、思い出しました。ええ、あのことです。あれはいつのことだったでしょうか。一年……いや二年くらい前でしょうか。私見たんです。
アンドロイドのカップル。本当です。
あのとき、店の裏口から従業員用の駐車場に出て煙草を吸っていたんです。私が。ちょっと息抜きをしようと思って。そうしたら、レジ担当の女性アンドロイドが小走りして少し離れたところを横切りました。思わず煙草を取り落としてしまいましたよ。だって、彼女、さっきまで休憩室にいたんですから。デパートの大売り出しと悪天候が重なって、店がガランガランだったんです、あの日。だから省エネのためにスリープモードにしておいたのに、雨のなかを走っているんですからそれは驚きました。たしかに、スリープモード中に自分で自分を起動させることはあります。しかしそれは非常時のときくらいです。私は店外でなにかあったのかと察して彼女の背中を追いかけました。
が、彼女の行く先には、一人の男性が立っていました。
見知らぬ男でした。少なくとも店の者ではありません。標準的な顔立ちに、白いシャツにジーパンという簡素な格好、そして、おそらく購入した商品を詰めているであろうバッグを提げている。私は直感的にアンドロイドだと思いました。人間であれば青年、といったところでしょうか。私は同級生の逢瀬に行きあってしまった学生のように、小太りの体を無造作に置かれたダンボールの影に押し込みました。店長ならがっしりと構えて声をかけに行くべきところではあったと思います。しかし、未婚のおじさんはハラハラしながら見守る体制を取ってしまいました。許してください。
……そうこうしているうちに、二人の距離は縮まり、雨のなか向かい合ってなにやら会話をしていました。二、三分ほどそれが続いたところで、男の方がゆっくりと荷物を地面に置きました。そのせいで満杯だったバッグの形が崩れて水たまりになにか(トマトのようなもの)が落ちました。アンドロイドだとしたら、おそらく彼はどこかのお宅で働いていて、その一環で買い物をしたはず。この光景が動画サイトに投稿されたら、いったいなにをしているのだと世間は憤慨するでしょうが、おじさんはますます薄い瞳を大きくして彼らを見つめました。許してください。
何度かまばたきを繰り返していると、男が右手を差し出し、女性アンドロイドがその手を握りました。握手です。彼らは仲良さげに握手をしていました。真っ昼間のスーパー裏で、握手。ぐぬぬぬとか唸っていません。私はただその光景を前に固まっていました。握手というのはお互いの信頼だったり協力だったりを確認するためにすることであって、つまりアンドロイド同士でする行為ではないはずで、私は違和感を覚えながらも食いつくように見つめていました。
その状態がまた二、三分続き、さすがに寒くなってきたなというとき、二人はやっと手を離した……と思いきや。女性アンドロイドが男に近づき、背伸びをしてその端正な顔に自分の顔を重ねました。私は思わず目をつぶってしまいました。ギャアーーーとか叫んだりはしていません。ただ無言のままときが過ぎるのを祈っていました。爆発しろとか思っていません。
私が再び現実を受け入れたときには、すでに二人は別れ、ちょうど女性アンドロイドが私の前を小走りで横切っていきました。軽く会釈をされ、呆然としたままペコリと返した記憶があります。あれ以来、私は彼女の行動をたびたび観察するようになったのですが、とくに不審な動きは見られませんでした。まあ仕事が忙しかったので、見ていたのは最初のうちだけでしたけどね。本来ならば、あの異常行動を目撃した時点でメーカーに問い合わせをするべきだったのでしょうが、自分の見た内容を言葉で説明できるほどおじさん大人じゃなかった。握手ならまだ言えるけど、キ、キ……は無理があるでしょう。さすがに。
……自分で書いていて気持ち悪くなってまいりましたが、とにかく過去にそんなことがあったのです。なぜそのときに打ち込まなかったのか謎ですが、おそらく興奮してキーボードも打てなかったのだと思います。純真無垢な心をゆるちて。……ああ、お酒が入ると本当にだめですね。店長失格、いや人間失格ですね。本当は失格、じゃなくて昇格した喜びを綴ろうとPCを立ち上げたのですが……調子に乗って飲むんじゃなかった。過去の甘酸っぱい思い出も重なっておじさん変態、じゃなくて限界です。明日、改めて書き直そうと思います、はい。おやすみなさい、ダイアリー。
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