第8話 春の大三角
「いや…今の女子高生で流行ってることって…なんなのかなって?」
隣で腰に手を当ててドヤ顔をする彼女に僕は質問をする。
「なぁんだ、なんかスゴイこと聞かれるんじゃないかってドキドキしちゃったじゃないですか〜」
そうぼやきながら、「ん〜…そ~だぁ~」と少し悩むと彼女はガサガサと鞄の中を探り始めた。
「えっと〜…あった!!コレですね!プリ帳!学校の女子はみんな持ってますね」
「あぁ、君らもコレ、持ってるのか!僕が高校の頃はもう少し小さいヤツに貼ってた気がするけど…」
「そうなんですか!上里さん、プリ撮ったことあるんですか?」
「二回ある…かな」
「えっ、めっちゃ見たい!持ってないんですか⁉︎」
テンションが上がったのか、彼女との距離がグイグイと近くなったので、僕は少し距離を取った。
「今は持ってないよ。多分、実家の段ボールにあるんじゃないかな?」
「なぁんだ…残念…」
そう言うと彼女は持っているプリ帳をパラパラめくり始めた。
蛍光色の鮮やかな文字やシールが目に飛び込んできた。
(スゴイな…)
その彩りに圧倒されていると見慣れない言葉を見つけた。
「我等…友情…永久…不滅成??」
僕は、女子高生には似つかわしくない暴走族が使う言葉に釘付けになった。
「え⁉、上里さん…知らないの⁉」
今日一番の大きな声を出して彼女は驚いていた。
「最近流行り始めてるんですよ…ずっと友達ってことですよ。…上里さんが高校の時にこういうの流行ってなかったんですか?」
「僕の時は…多分なかった…はず…今は、こういうのが流行ってるんだね…」
「そうなんですね!…あっ、じゃあ…私とゲームしませんか?次に出す言葉の意味が分からなかったら私の勝ちってことで…」
「いや、勝負とか、そういうのは…いいよ」
「えぇ~。つまんなぁ~い。お願い、一回だけなんで~」
彼女は僕の方に向き直って両手をつけて頼んできた。
「わ、分かった。分かったよ。そんなに言うんだだったら…じゃあ、一回だけ…」
必死に頼む彼女に根負けして、僕はそのゲームを受けることにした。
「ほんと⁉︎…ありがとうございます!!」
そう言とニコッと笑って、彼女は手元の手帳をペラペラめくり始めた。
数枚ページをめくると、あるページでその手を止めた。
「じゃあ……これ、どういう意味でしょう」
そう言って、彼女の華奢な指がピンク色の文字を指した。
「仲仔……??」
「にひひぃ…」と笑う彼女を横目に僕は頭をフル回転させてこの難問に挑む。
「う~ん…う~ん…双子ってこと??」
おずおずと彼女の顔を見ると口に手を当てて笑いを堪えていた。
「やった~~!!!私の勝ちぃ~!!」
今まで堪えていたものを吐き出すように、物凄い勢いで彼女は両手を上げた。
「正解は親友という意味です!…ふふっ、じゃあ…何お願いしよ~かな~」
顎に人差し指を添えながら彼女はニヤついていた。
「はぁ~…お、お手柔らかにお願いします」
僕は物凄い要求がこないことだけを祈りながら彼女が口を開くのを待った。
すると彼女は突然、僕の目の前に立った。
「じゃ、じゃあ…罰ゲームを発表します!!……デロデロデロ~デデン!…私のことをキミとかじゃなくて、下の名前で呼んでください」
「あぁ…それは全然構わないけど、それ、罰ゲームなのかな?」
彼女からの予想だにしない要求に少し驚き、返事をするのが遅くなった。
さらに要求しても大丈夫そうだと感じたのか、少し高めのテンションで彼女が詰め寄ってきた。
「じゃあじゃあ、私も上里さんのこと…蒼太さんって呼んでいいですか?」
「あぁ、…構わないよ…、楓さん」
そう言うと彼女は急に顔を背けてあからさまに不機嫌になった。
「えぇ~それはイヤ。せめてちゃん付けにしてください」
「分かったよ。じゃあ…楓……ちゃん?」
女性が不機嫌になると大変なことになるのは知っていたので、大人しく彼女の要求に従った。
「うむ、よろしい」
目の前で腕を組んで何故か誇らしげにして立つ彼女は満足していたようだった。
その時、彼女の携帯電話が鳴った。
メールだったようで、「すみません」と言って彼女はメールを確認すると慌ててベンチに置いていた手帳を鞄へ入れ始めた。
「すいません。上里さん!お母さんに帰りにおつかい頼まれてたの忘れてて…」
僕もベンチから立ち上がって辺りを見回すと、すっかり空は夕焼け空となり、公園には所々灯りがともり始めていた。
「いや、こちらこそ用事があったのに長い時間引き留めてしまってゴメン」
「いえ、私が完全に忘れていただけなので…あの…上里さんの携帯、赤外線付いてますか?よければ、メアド交換したいです」
鞄の口を閉めて左肩にかけると携帯を片手に彼女は聞いてきた。
「多分、付いてる…と思うけど、やり方、分からない」
機種を変えたばかりで操作方法はほとんど分かっていなかった。
「えッ⁉…マジ⁉設定のトコとかにありませんか?」
言われたとおりに設定をクリックすると、「赤外線送信」の文字を見つけた。
「あっ、あったよ」
「じゃあ、私が送りますんで…」
お互いの携帯電話の黒い部分を近づけると画面に「かぁえで」という文字と長いメールアドレスが表示された。
パチンと携帯電話を閉じて一緒に公園の入口まで歩いた。
「僕はこっちだけど、楓ちゃんは?」
「私はスーパー寄るので、こっちです。今日はありがとうございました。楽しかったです」
そう言って彼女はこちらに背を向けて歩き出したが、数歩歩くと立ち止まってオレンジに染まる髪をフワリと夕空に広げてこちらを向いた。
「蒼汰さん、またあとでメールしますね!」
「あぁ、分かった」
僕の返事を聞くとニコッと笑い走り始めた。
僕も夕陽へ向かう彼女の姿をしばらく眺めたあと歩きだした。
先程の自販機の場所で騒ぐ男子高校生の横を通り、途中にあるスーパーで弁当を買って帰宅した。明日が仕事という憂鬱な気持ちと戦いながら夕食をすませて、風呂へ入る。
風呂から上がってふと机を見る。
すると、机に置いた携帯電話が赤く点滅していたー。
ノーベル賞受賞者(仮)の恋 有汐 けい @rockriver0331
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