第7話 フェルメール・ブルー

 本の返却はすぐに終わり、辺りを少し見回したが彼女の姿は見当たらなかった。

 僕は大人しく入口へ向かい、木々の騒めきを聞きながら彼女が来るのを待った。

 雲一つない青空が目の前の山に立つ小さな城を雄々しく見せていた。

 

 タッタッタッタ…

 

 後ろから聞こえた足音が自分の後ろで止まった。 

「遅くなってすみません、上里さん。お待たせいたしました。」

 そう言うと小走りしてきた彼女は乱れた髪を耳にかけた。

 

「いや、そんなに待ってないから大丈夫だよ。で、用事は済んだの?」

「はい、おかげさまで…。あ、あの、それで…この後…もし、用事とかなかったらもう少しお話とかしませんか?」

 彼女の思わぬ提案に僕は驚いた。

 

「あぁ、構わないけど…どこで…」

 辺りをキョロキョロと見回すと、少し離れたところに公園があるのを見つけた。

 

「じゃあ、あまり寒くもないからあそこの公園でどう?」

「はい!大丈夫です!」

 彼女は一度公園の方を見た後、僕を見てニコッ笑った。

 

 公園の入口にたどり着いた時、僕は彼女に声をかけた。

 「あっ、ごめん。ちょっとお手洗い行くから先に何処か座ってて」

 僕は彼女を先に公園へ向わせ、入口近くの自販機で飲み物を買った。

 今の女子高生の好きな飲み物が分からなかったので、無難にホットのストレートティーを選んだ。

 

 公園に入って彼女を探すとブランコの近くにあるベンチに座り、右足のローファーを少し脱いでプラプラさせていた。

「ごめんね、お待たせ…何もないのも味気ないかなって…」

 僕はそう伝えて彼女に飲み物を渡した。

 

「すみません、ありがとうございます!お金払います。いくらですか?」

 そう言うと彼女は鞄から財布を取り出す仕草をしたので、僕は慌てて静止した。

「いやいや、いらないよ。それより、それで良かった?コーヒーの方が良かったかな?」

 

「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて…いただきます。…紅茶、好きなので嬉しいです」

 彼女はお辞儀をして、しばらく両手でペットボトルを握った後、蓋を開けて口をつけた。

 僕も万が一のために買っておいた緑茶の蓋を開けて身体に流し込んだ。

 緊張していたのか暖かい緑茶が喉を潤し、少しリラックスできた気がした。

 

「そういえば…上里さんは何の本を借りてたんですか?」

 蓋を閉めながら彼女が質問をしてきた。

 

「ダヴィンチ・コード」

「あぁ、なんかテレビで聞いたことあります。有名なヤツですよね?たしか、来年映画化もされるって…」

「そう、それ。…有名だから読んで見たんだ」

 一応読んではみたものの、読み終わって日数が経っているからかあまり内容は覚えていなかった。

 

「上里さん、本読むのが好きなんですか?高校生の時は図書委員とかだったり?」

 彼女は少し前屈みになって僕に微笑みかけた。

 

「いやいや、そんな立派な職には就いてないよ。まぁ、本を読むのは嫌いじゃないけど…それより生き物が好きだったから一年間だけ自然科学同好会に入ってたよ」

 僕は当時を思い出すため、少し空を見上げて自分が高校生だった頃の記憶を掘り返した。

 

「自然科学同好会?」

 彼女が疑問を持つのはもっともだ。

 

「部員は僕ともう一人、高三の先輩の二人だったから先輩の卒業とともになくなっちゃったけどね…。外で生き物や珍しい石探したり、天体観測とかしてたかな」

「へぇ~、外で遊ぶとか面白そう。ウチの高校にはそういうのはないな~あっ、化学部ならあった…かな?」

 彼女は目線を少し上げて自分の高校の部活の種類を思い出しているようだった。

 

「まぁ、僕も初めは半ば強引に入部させらたんだけどね…棚橋さんは何か部活に入ってるの?」

 彼女がどんな部活に入っているのか単純に気になって質問した。

 

「今は何も入ってないですね。こんな身体になる前は弓道部に入ってました」

「そうか…」

 淡々と語る彼女の隣で少し無神経な質問だったかもしれない…と後悔した。

 

 すると、そんな空気を察して彼女が口を開いた。

「私、こんな身体になっちゃいましたけど、感謝していることもあるんです」

 僕はその話を聞いて彼女の澄んだ亜麻色の瞳を見つめる。

 

「私、今まで音楽ってそんなに聴く方じゃなかったんですけど、病気なってから運動とかできなくって…最近は音楽ばかり聴いてるんです。昔はあまり歌詞とか気にしなかったんですけど、最近は歌詞が心に響くようになって…だから今は音楽が、すごく好きなんです。あっ、そうだ!!上里さんが学生の頃に聴いてた曲ってなんですか?私、昔の曲あまり聴いたことなくって…」

 

 彼女の期待に沿える答えを探そうと記憶を探る。その時、パッと先輩がよく歌ってた二つの曲が頭に浮かんだ。

「う〜ん…僕はあまり音楽聴く方じゃないんだけど…当時、先輩がアコギでミスチルの【over】と【花】を練習してたから、それをよく覚えてるかな」

 

 彼女は携帯電話を取り出して何やら文字を打ち始めた。

「ミスチルかぁ…昔の曲はあまり聞いたことないですね…今度聴いてみます。それにしても、その先輩さんはギターでミスチルとかスゴイですね!」

 「そうだね…色んな意味でスゴイ人だったよ…」

 そんな話をしていると家にミスチルのCDがあった事を思い出した。

「あぁ、そうだ…CD…ウチにあるから貸してあげるよ。今度、会う時に渡すから」

「えっ⁉︎良いんですか!!ありがとうございます」

「でも、どっちも明るい曲じゃないよ。音楽なら真が良く知ってるはずだから…何かオススメ聞いとくよ」

 喜ぶ彼女を悲しませないよう、元気になるような曲ではない事を伝えた。

 

「真さん?」

「あぁ、大学時代の友達で今は医学部の5年のヤツなんだけど、ソイツの方が詳しいと思うから…」

「医学部⁉︎す、すごい人なんですね…」

「そうだね、彼もスゴイよ…あっ、一つ聞きたいことがあるんだけど…」

「んっ⁉なぁんですか?何でも聞いてください!」

 そういう彼女は腰に手を当て、いたずらっぽい笑顔を浮かべながら胸を張って僕を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

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