第五章 表裏一体(4)【了】

【四】


 そして来る、十八時。全てのマーダータイムが追わった瞬間である。


 初日以来、久しぶりに光が灯った大型ディスプレイの前に、生き残った七名が集まる。即ち、井口衣鈴、蘭光恋愛子、久龍空奈、益若マコ、津村翼、根野このみ、そして城嶋陣。


 ディスプレイには、獲得賞金が表示されている。陣が考えていた通りのものだった。


「……」


 蘇生した久龍がこちらを睨んでいる。奴にとって獲得賞金などどうでもよく、自分を裏切った陣に復讐したいという気持ちだけを持ってここにいるのだろう。マーダータイムはもう来ないとはいえ、いつ何をされてもおかしくない状況だった。


「陣さん」


 久龍の視線に気付いたのだろうか。恋愛子が陣を引っ張り、他プレイヤーの影に隠す。それでも久龍の鋭い目線は、こちらを見ているのが感じ取れてしまった。


「あたくし様としては、本当は何もしたくないのですが……」

「久龍への対抗か?」

「それもありますが……もしかして、お気付きでなくて?」


 どうやら恋愛子の行動の意図は違ったらしい。真っ直ぐに陣を見上げていた彼女は、ちらと視線を横に移す。


「あなた、あちらばかり見ていましたわよ」

「え……」


 久龍だけを警戒していたと思っていた。でもそれは、横目で彼女を視界に捕らえていただけで、真に陣が見ていたのは久龍ではない。衣鈴。恋愛子が示した先には、井口衣鈴がいた。


「何もしたくない、なんて言ってすいませんでした。ここまであなたに振り回された……いえ、あなたのお陰で色々と成長出来た気分です。だから、最後まであなたに付き合わせていただきますわ。……何をするつもりですの?」


 なぜ恋愛子が謝るのかよく分からなかったが、そういえばと思い出す。陣は、クリアすべき“ある条件”とやらを、益若らと推理していた。恋愛子は囮の件が重要で深刻だったので、それ以外のことは話していない。だから身をかがめて耳打ちしようとした。


「……皆さん」


 でも。すでにその目は、また衣鈴に向かっている。隅で佇んでいた衣鈴が、口を開いたからだ。声は小さく、おずおずと申し訳なさそうな態度。だが、何か確固たる決意を持っているように見えた。


「これは私の、挑戦だと思って欲しいです」


 もうマーダータイムなんて行われない。けれど、衣鈴が懐から取り出したのは拳銃だった。挑戦という言葉の意味が分からず、誰もが身を固くする中、ついに衣鈴はそれを構えていた。


「ちょ……ちょっとあなた!」


 恋愛子が衣鈴に近付こうとするが、「こっちに来ないでください!」と拳銃を向けられれば、立ち止まるしかない。


「私はこんなゲーム、いえ、こんな洋館、あっちゃいけないと思うから」


 衣鈴が拳銃を構えた先。そこには頭がある。ショートカットに飾られた大きな白いリボンが、うさぎの耳のようにぴょこぴょこと動いている。衣鈴は、自身の頭に向けて、それを構えていた。


「どどどど、どういうことよぉ!?」

「私は、私が嫌いです。簡単に心が揺らいで、すぐに人を恨むようになってしまった私が」


 根野のどもり声にも、なんら衣鈴は動揺する様子はない。簡単に心が揺らぐという言葉と裏腹な態度のせいで、ぎこちなく見えて仕方なかった。


「じ、自殺するつもりですの!? 陣さん! これではあの条件が何か、明かしている暇なんて……!」


 恋愛子に肩を揺すられるが、陣もまた、取り乱してはいなかった。


「衣鈴。オレとお前の思想は真逆で、だからオレは、ずっとお前を追っていた」

「……知っています」


 衣鈴は眉一つ動かさなかった。


 早く衣鈴の自殺を止めなさいよと言いたげだった恋愛子も、何かを察したのか陣から離れていく。陣と衣鈴だけがここにいるような感覚がやってくる。二人だけが向かい合って、けれど少し距離を置いてロビーに立つ。


「オレは、お前が自殺しようとしていることに思い至った。お前、言ってただろ。ここにいる全員を恨んでしまった、と。あれにはお前が含まれていた……というより、そもそもお前は“復讐者”であり“仇”でもある、表裏一体の存在。“復讐者”たるお前が狙っていた“仇”は、お前自身だったんだ!」


 衣鈴は拳銃を握っていない方の手で、胸ポケットに入れていた復讐カードを放ってくる。いよいよ自殺を決意したためか、他人を恨み易くなったという彼女の、あれだけ文字が刻まれていたカードは、二種類の文字しかない。“復讐者C 仇C”。つまり、衣鈴がこの洋館に来た所以は、自分自身を恨み続けて復讐したい……自殺したいと決意したからである。


 陣がそれに気付いたのは、この館での衣鈴の動きを振り返ったからだ。


 衣鈴は、北条を邪魔する策のため、奴の銃口を自らに向けた。二度も久龍に殺されているが、そのいずれも、明確な抵抗をしていなかった。いかに“自己再生”能力者とはいえ、一度殺された後にマウントを取られ、蘇生した後にまた殺されては成す術がない。本来なら殺されることにもっと恐怖して然るべしだったのだ。


 決定打となったのは復讐カードだ。陣は人伝に聞いたものも含め全プレイヤーの復讐カードを確認したのに、“C”の文字だけはどこにも書かれていなかった。それは、一人のプレイヤーがどちらもそのアルファベットを刻んでいるからだと思ったのだ。


 加えるなら、陣はシンパシーのようなものを感じていたことが挙げられる。出合った当初から、どこか悲しさを抱えているように見える彼女は、少し前の自分を見ているようだった。


「さて、そんなお前だが」

「……なんです?」


 陣は、衣鈴がこちらの話しに耳を傾ける体勢になったのを見た。陣が、衣鈴が狙っていた仇を言い当てたからだろう。ここからが勝負だ。


「オレはそれに気付く以前から、お前から目が離せなくなっていた。オレが人は変われるんだと訴えても、跳ねのけるとは言わないまでも、受け入れないという態度を取っていたお前。だが完全に否定するでもなく、どこかオレは、いいように扱われている気もした。でも……それがお前の役目だったとしたら……と、オレは考えていた」

「!」


 自らに拳銃を向けても揺らぐことのなかった衣鈴。陣の言葉に、一瞬だけ目を泳がせた。


「この館ってなんだろう、とオレは疑問を持ち続けている。復讐のための殺人を推奨しているように見せて、蘇生出来るという矛盾。だからオレは、ここは復讐相手を認め、また、復讐したいと思われる程になった自分を省みる場所……つまり許しと贖罪の場と考えた。狭い視点で見れば、今もそりゃ間違っちゃいねぇと思う。だが広い視点で見たら、違う」


 陣は、衣鈴から目を離し、参加者達を見渡した。ここにはいない、北条、風祭、立浪の姿も浮かんでくる。


 蘭光恋愛子は、北条穂久斗に狙われたお嬢様。跡目争いで優位に立ったと思い込んだ北条の望んだ場所を、恋愛子が掠め取った。でも恋愛子は北条を信じており一方的に狙われていたが、陣の働きかけで北条の本性に気付いた。結果、許すとはいかないまでも、恨む気はないらしい。これは、北条の曲がった執念と、恋愛子の依存心が生んだ結果といえる。


 久龍空奈は、風祭界に終われた犯罪者。この二人の決着は付かぬまま風祭が死んでしまったものの、原因は、久龍の異常な程の依頼に応える姿勢と裏切りへの憎悪だった。


 益若マコと立浪達也は、根野このみの家庭を狂わせたジャーナリストと勧誘人。根野は結局、彼らをどう思っているかは分からない。でも、益若はスクープが欲しいと盲目的になりすぎたし、立浪も何も考えず仕事をしてしまった。根野自身も、家庭が崩壊してしまう前に出来ることがあったはずだ。


 津村翼は誰かから狙われたわけではないが、自らの技術に溺れた技術者だ。自分を認めさせることで幼馴染を振り向かせることに失敗し、暴走した。


 井口衣鈴は、自らを恨む自殺志願者。一度死んでから自分は変わってしまったというが、果たしてそうなのだろうか。衣鈴は最初から、心の弱さをなんとか隠そうと、他人と壁を作って接していたがために、一人で勝手に追い込まれたのだ。


 そして城嶋陣は、家族を失い死を恐れる臆病者だ。全員を助けるのだと躍起になるが、空回りして何度も失敗した。何より恐れるのは身近な人の死で、それが見たくないから自らの命を軽んじてでも行動する、いわば狂人のようなものだった。


 皆、どこか欠陥がある。“復讐者”だとか“仇”だとかに関わらず、全員が問題を抱えているのだ。そんな者達が集められた、この洋館は。


「ここは、更正のための施設だと、オレは考える。日々に問題を抱えた奴らを放り込んで、一種の吊橋効果というかプラシーボというか、殺し合いが簡単に起こる非日常で、急激な成長を望む場だ。違うか、衣鈴」

「私に答えを求められても、困るです」

「言っただろ、オレは操られている気がした、って」


 また衣鈴に視線を戻す。今度は彼女の目が泳ぐことはなく、絶対に目線を外してやるものかという意志を感じた。


「更正施設とはいえ、名目上は復讐の場。ならオレや翼みてぇな、“復讐者”でも“仇”でもない“白紙”の存在意義は? 簡単だ。翼は何か怪しげなアイテムを製作するから、殺し合いを激化させるための起爆剤として。実際のところ本人は裏方に回ったが、翼のアイテムにゃ何度も助けられた」

「……陣さんは?」


「オレは、激化する殺し合いを見てそれを止めようと躍起になるピエロみたいな存在。しかし必要だった。本来は更正施設であるこの場で、全員の成長を促がすにあたり、オレみたいな馬鹿がいなくちゃならねぇ。だからお前は、オレがその気になるように、オレに付かず離れずの位置取りをして、オレの後押しをしていた」

「……!」


 ぐっと何かを堪えた様子の衣鈴は、言いたいけど言えないと、訴えているように見える。あと一押しだ、と陣は衣鈴に言い切ることにする。


「オレが探していた、このゲームの運営側の人間。つまり黒幕。それはお前だ、井口衣鈴」

「……単なる推論です」

「その通り。だがお前は、知って欲しかったんじゃねーか? お前が拳銃を自分に向けた時こう言った。これは挑戦だ、と」

「っ……!」


 これが推論であり、かつ根拠もほとんどない紙より薄いペラペラな内容なのは分かっていた。だから全部、出たとこ勝負。


「挑戦とは、何か。オレはお前が、この洋館のことを恨んでいると知っている。けれどお前は、望まずとも運営側になってしまった。復讐と蘇生という矛盾を抱えた館で、お前はやりたくないのにやらねばならないという別の矛盾も孕んでいる。運営側なんだ、お前は死ぬわけにはいかず、プレイヤーを導く必要がある」


 黙ってしまった衣鈴の反応を見て、陣は言葉を慎重に選ぶ。けれど止めない。


「そしてついにやり遂げた時お前が自殺すれば、館の運営は破綻だ。ここまで生き残ったプレイヤーには賞金が与えられて開放されるはずなのに、そこが果たせない。プレイヤー達は暴走するしかねぇ。これがゲームの途中ならば、他にもいるだろう運営側の人間が対応するだろうが、この土壇場、最後の場面での行動じゃ崩れるしかない。お前が望むのは、この館の崩壊だ」


 陣は、気付けばずんずんと前に出ていた。衣鈴は後ずさりするしかなく、すでにこれ以上後退は出来ない。衣鈴に逃げ場はなかった。


「だって……」


 その言葉は、最初はごく小さく、至近距離にいる陣の耳にだって届かないものだった。


「だってしょうがないじゃないですか!」


 次の瞬間、彼女の声は風圧を起こし、ぶわりと陣の髪や服を巻き上げたかのように思った。


「私は前回のゲームに参加して死にました! でも勝手に蘇生させられて、『お前が運営側を務めなければ代わりにお前以外の人間をこの館に放り込む』と言われたんです! ならどれだけ嫌だと思っても、私が来るしかなかったんです!!」


 言葉で陣を殴りつけるべく、衣鈴は息継ぎもなく繰り出してくる。怒っているような泣いているような表情を見て、陣から出たのは溜息だった。


「……ざけんなこのクソ死にたがりが!」


 少しだけ前に出てきた衣鈴を、また壁に追い込む。陣の一言で壁に叩きつけてやった。


「んな言い訳してんじゃねぇ! お前は自分の死に場所を求めていただけだ! お前の根幹にあるのはそんな悲劇のヒロインじゃねぇ。自分で言っただろ、ヒロインにはなれねーって。お前は結局、生還したのに誰からも相手にされず、むしろ以前より邪険にされたことで絶望しているだけだ! 人は変わらないって思い込んでるだけだ! だいたいだ、運営に打撃を与えたいってんなら、それをオレらに言えばいい! オレや益若達がそれを探しているの知ってただろうが!!」


 衣鈴はこれ以上、下がることは出来ないはずだ。けれど陣が口を開くたび、なおも後退していくようだった。それは陣の言葉が刺さっている証拠であり、やはり衣鈴は、館を無くしてしまいたいという想いがあっても二の次で、ただ自殺したかっただけなのだ。せめて自分という存在の意味を確かめるために、この場を選んだというだけだったのである。


「……そこまで分かっているなら」


 ポツリと呟いた衣鈴は、いつのまにか落としそうになっていた拳銃を掴み直し、また頭に当てがっていた。


「そこまで分かっているなら、死なせて下さい! そうやって引き伸ばして説得するのが目的かもしれませんが、私はもう……!」

「オレを見ろ」

「はい?」


 それでも陣は、一歩も引かない。


「お前は、人は変わらないと言う。だがオレは変われると信じている。それはオレが根拠だ! ここに来る前、オレはお前みたいなただの死にたがりだった。死への抵抗心がそれを許さなかったがな。だがここに来て、オレは、オレにも何か出来るんだと知った。オレ自身が変われたんだ。お前に出来ないはずがねぇ!」


「信じられません。陣さんはここに来た初日から、目的を持って動いていたです。弱いはずがない。だから私も注目したのですし」


「まあ、オレのことをオレが語っても説得力がねぇか。なら、恋愛子」


 陣は衣鈴へ視線を向けたまま、後ろに呼びかけた。すぐに察した恋愛子は、口を開く。


「そうですわ、陣さんの言っていることは間違っていません。あたくし様は、陣さんに蘇生していただいた時、その魂を見ています。ご家族を失ったことを酷く後悔し、いつ崩れてもおかしくなかった。けれど、こんな狂気の場所で変わった……そうですわね、覚醒、とでもいいましょうか。あたくし様が北条のことを見つめ直せたのは、陣さんが語った言葉や尽くした策も去ることながら、その魂を見たことが大きいんですの」


 さすが恋愛子、と陣は思う。自殺を止めるにあたり、自殺をやめろなんて言っても効果はない。それが無駄だから自殺しようとまで思い詰めるわけで、ならまずは意識を逸らしつつ、その根本を変えてやるしかないのだ。だから陣のことを恋愛子に語ってもらい、恋愛子自身も変わったのだと訴えてもらったのだ。


「でも……」


 けれど、衣鈴から出たのは否定の言葉だった。


 あと少し足りない、と陣は切れる札がないか探す。衣鈴の心は、確実に動きつつある。陣なんて無視して自殺すればいいのに、それをしないのだから。


 それなら、他に陣の魂を知る人間に語ってもらうべきだ。だが陣が蘇生して魂を見せた立浪、恋愛子、北条の三名のうち、ここにいるのは恋愛子だけ。本当に、あと少しなのに。これが最後の課題なのだ。これを達せなくては、陣がここにいる意味がなくなってしまう。


「……!」


 待て。確かに蘇生して己が魂を見せたのはその三人だけだ。けれど、いるではないか。もう一人、陣の魂を見ているプレイヤーが。


 これは、賭けになる。失敗したら、最悪死ぬ。でも、どうせ出たとこ勝負をしているのだから、もうジョーカーを引いたって同じことではないか。


「久龍空奈」

「何?」


 冷たい反応が、即座に返ってくる。


「お前に依頼したい」

「ふざけてるの? お前はクゥを裏切った」


 衣鈴から目を外すわけにはいかないので、そちらを見ることは出来ない。だが、吸い込まれそうな深い闇を持った目が、こちらを見ている気がした。


 でも、彼女だけなのだ。恋愛子以外で陣の魂を見ているのは。久龍は“能力拝借”で陣の“霊媒師”を拝借し、陣の魂を見たと言った。だから、久龍なら陣の変化を語ることが出来る。衣鈴に最後の一押しを加えることが出来る。


「もちろん、タダとは言わない。見返りをきっちりと払う。当然この前の依頼分も含めてだ。その額、一億。以前は五千万だったが、その倍」

「一億……」


 久龍の言葉が、僅かだけ和らいだ。額の大きさなど問題ではなく、陣が見返りを払う気があると分かっての反応だろう。久龍は見返りさえあれば何でも依頼を受ける、頭のネジが吹き飛んだ存在だ。衣鈴の説得くらい、受けて当然なのだ。


「でも、どうやって。お前は獲得賞金額ゼロ。もうゲームは終わったのに」

「ゲームは終わっちゃいねぇ。あるだろ、“ある条件をクリアしたら一億獲得”ってのが。オレにはこれをクリアする術がある。お前には出来ねぇがな」

「……」


 少しの間。久龍は、陣の狙いを慮っているのだろう。


「もし。それが嘘であるか、本当でも失敗して賞金を得られなければ……クゥはお前への復讐として、ここにいる全員を殺すことになる。城嶋陣、お前を残して。それでもいい?」

「構わん」


 即答した。誰かの悲鳴や、やめろの声が聞こえてもおかしくないのに、誰も声をあげない。呼吸音さえ聞こえる静寂が訪れただけだった。


「……オッケー」


 たっぷり数秒とったその後、久龍は口を開く。


「オッケー了解、その依頼、受理したよ少年! まったくー、ちゃーんと見返りが出てくるってことなら、クゥはなーんでもウェルカムなんだぞい!」


 リバーシブルのパーカーを裏返して着直すような、簡単に裏表が変わる奴だと陣は思った。でも今は、その変わり身の早さに感謝するしかない。久龍はトンと跳躍し、数メートル先にいたはずの陣の横に舞い降りると、衣鈴にビシリと人差し指を向けた。


「少女よ! その少年の言っていることは正しいよ。家族を失った少年の衰弱は激しかった。本当に何度も死のうとして、でも死ぬこと自体に拒絶反応が出るからそれも出来ない。死が恐いから死にたいのに、そのせいで死ねない。生きていても恐怖が募るばかり……かなり、ヤバい。だけど少年は、見ての通り誰かのために動けるようになってた、カッコいいね! 何がきっかけかなんて魂を見たクゥにも分からんけど……そんなもんでしょ。『よし変わったるでー!』なんて言った瞬間から自分は生まれ変わったって思い込めば、それでオッケーオッケー!」


 久龍は、頭がおかしい奴だ。けれど美人で、妙なカリスマ性も感じなくはない。陣、恋愛子、久龍の説得で、今度こそ衣鈴に気付いて欲しい。衣鈴はいかに愚かなことをしているのか。


「……ねぇ少年。こんな回りくどいことをせず、まだマーダータイムをやっている間に、一旦そこの少女を殺して少年が蘇生すれば、魂を見せられたじゃん」

「ざけんな。魂を見せたいがために殺すなんて、たとえ蘇生出来るのだとしてもダメだ」

「おーブレないねー」


 久龍がボソリと言った内容を、考えなかったわけではない。だが、今でもありえないと思っている。


「……陣さん」

「!」


 衣鈴が拳銃を降ろした。でも、やったぞ、なんて言えない。降ろしただけで、衣鈴の表情は変わらず硬い。まだ自殺を思いとどまったわけじゃない。


「“ある条件をクリアすれば一億円”……それを満たせると言いましたね。それは、なんです?」


 この回答に誤りがあれば、久龍が動いてしまう。そうすれば衣鈴も殺されるので、衣鈴の望むところとなってしまうだろう。そうはさせない。


「久龍がオレの新たな依頼を受理したことで、それを満たしたはずだ。これだ」


 陣は、復讐カードを取り出す。先程まで“仇J”の記載があったが、“復讐者J”だった久龍は一旦陣を許したので、その記載は消えた。陣のカードは、また白紙に戻っている。


「オレは、オレと翼が白紙なのにここにいることは、ゲームのために必要だからだと言った。けど、もう一つ理由がある。それは、ある条件ってのに近付くためのヒント。このゲームにおけるクリアすべきある条件とは……カードを白紙にすることだ」


 陣はここを、更正施設と言った。更正のためには、復讐をする側は相手を許し、される側は大いに反省をする必要がある。それを満たした証拠として、カードが白紙になるのである。


「復讐カードが変化すると気付いたのは、衣鈴、お前のお陰だ。わざとかどうかは分からねーが、復讐したい相手が増えたとカードを見せた、あの時。あの瞬間、オレはこのゲームが目指しているものが見えた気がした」

「足りませんね」


 衣鈴は首を縦に振らなかった。ほとんど核心を突いたといっていいはずなのに、頑固な奴。思えば最初から、衣鈴は一貫した想いを持った意地っ張りだった。それなら、ねじ伏せてやる。


「益若」

「やっと出番じゃないのサ。待ちくたびれた」


 相変わらずタブレットにだけ目を向けながら、益若が歩いてくる。


「オレは益若の魂を見た時、妙な心地になった。何か、忘れている。益若自身もそれを感じたようだが、何を忘れているのか全く思い出せない。こんな館だ、記憶の改ざん程度なんらびびらねーが、気持ち悪くて仕方なかった。しかし……ここで益若のクセと、翼の技術が役に立った」


 追って、翼が誇らしげに横に来る。たったそれだけの行動なのに、やはり芝居がかっていた。


「益若さんのクセ……?」


「生きる情報端末。それがアタシの異名サ。アタシはこのタブレットにあらゆる情報を詰め込んでいる。大事なもの、気になったものは全て撮影するか、打ち込むのサ。ここに来る前だって同じで、この館におけるデータを入れていたはず。けれど、それが全部なくなっていた。さっきまで、それが消えたということも忘れていた気がするけどね」


 益若はここでも外での仕事でも、タブレットに頼りきっている。そこから消されたとなれば、このゲームにとって重要な情報に違いない。


「俺がAIアプリの機能をさらに向上し、消されたデータを復元した」

「!!」


 翼の言葉で、ついに衣鈴の動揺は、誰の目にも明らかとなっていた。


「益若のタブレットから消されていたのは、招待状を撮影したものだった。全員覚えてねーだろ、ここに来る前に招待状を受け取っていたことを。オレも覚えてねぇ。だが、確かにあったんだ」

「これサ。プリーズ、リサ。招待状の画像を出して、ディスプレイに投影して」

『はい、こちらになります』


 益若がAIアプリに命令すれば、大型ディスプレイにその画像が表示された。いつの間にリンク出来るようにしたのか。


“益若マコ様

 あなたは復讐される仇として指定されました。ですが、貴女を狙っている相手を葬るチャンスであり、大金を得られる可能性さえあるのです。どうするかは貴女次第。相手を殺すもよし。自らの罪を認めて誠意ある謝罪をし、真っ当な道を進むのもよし。どうか広い視野を持ち、生き残ってください”


「……ってなもんだ。益若は“仇”だから、“復讐者”側は微妙に文章が違うのだろうが、似たようなもんだろ。重要なのがどこか、なんて、言うまでもねぇよな」


 陣の目は、一文に向かっている。“自らの罪を認めて誠意ある謝罪をし、真っ当な道を進むのもよし”の部分は、明らかに浮いていた。殺しを推奨しているはずなのに、罪を認めろ、なんて。真っ当な道ともあり、つまりは、それが答えだと言っているようなものだ。


「これは恐らく、って話になるが。記憶なんざ改ざんしなくたって、そもそもそんな答えに等しい文言を書かなきゃいい。だがあえて書いたのは、消された記憶は“絶対服従”で戻せるからだ。オレは久龍を騙すために一旦策のことを忘れた後、電流をキーにして思い出していたからな。要するにヒントだ。まあ館側としても、タブレットの復元をするなんて思いも寄らなかっただろうが」


 気付けば衣鈴は、ディスプレイを見上げ、だらんと力が抜けているようだった。今なら拳銃を奪えるだろうか。いや。


「……本当に、そうですよ。こんな方法、思いも寄らなかったです……」


 その必要は、なさそうだ。


「……分かりました、私の負けです。私は館の運営側の人間として紛れ込んでいました。理由は、先程陣さんが言った通りです。……もう、なんだかどうでもよくなったですが。ある条件というのも、復讐カードを白紙にすることで正解です。よって、最終的な獲得賞金額は、このようになります」


 衣鈴が言うと、ディスプレイの表示が変わって最終的な獲得賞金額が出る。「わぁ!」と声が上がったが、それは賞金に対する歓喜ではなく、衣鈴がついに折れたことに対する安堵だろう。


 元は、久龍一億、根野五千万だったのが、今は久龍一億、陣一億、翼一億、恋愛子一億、根野五千万とあった。最初からずっと白紙だった翼、久龍の“仇”から外れた陣、北条を許した恋愛子が、復讐カードを白紙として条件クリアで、一億円を得た形だ。根野がそれを満たしていない所を見ると、結局益若と立浪を許しきれていないということだろう。


陣が久龍に条件クリアは無理だと言ったのは、彼女への復讐を狙っていた風祭が、久龍を許すという瞬間さえ与えられる間もなく死んだので、久龍のカードが白紙には成り得ないからである。


「陣さんの賞金は、久龍さんに譲渡するでいいです?」

「そうしてくれ」

「いんや、いらないや! なーんかいいもの見せてもらったーって感じで、それが見返りってことでオッケー!」


 衣鈴の問いに、半ば陣を押し退けるように久龍は言った。あの久龍がこんなことを言い出すなんてと口から出そうになるが、成程、久龍も変わったのだなと思うことにした。


「ああああ! 開いてる! 開いてるううう!」


 いつの間にか、根野がエントランスにいる。硬く閉ざされていたはずの扉から、外の光が差し込んでいた。


「はーいクゥ一番乗りー!」

「あああ、ちょっとおおお!」


 久龍が根野を跳び箱の要領で飛び越えて、真っ先に外に出る。根野も転ぶような形で出て行った。


「翼。アタシと組まないかい? アンタの技術、アタシには必要なのサ」

「そうだな。存外楽しかった」


 草の者であり続けた、益若と翼も続く。


「陣さん、出来ればこれからも、お会いしたいと思っていますの。あたくし様の家、たぶん分かりますわよね。いつだって歓迎しますわ!」

「お前の魂で見たあのデカい家か……オレなんか行っていいものか……」

「いいに決まっていますの! これ、あたくし様の……いえ、あたしの連絡先ですわ。……それと衣鈴さん!」


 恋愛子は長い外ハネの金髪を揺らし、陣の隣で寄り添うようにした後、次いで衣鈴の前に立ちはだかる。


「あなたは、陣さんの人は変われると言う言葉を信じたから、思いとどまったのですわよね。だったら、本当に変わらなくてはなりません。もしそれが出来ないなら……陣さんの隣は、きっとあたくし様が奪ってしまいますから!」

「……はい!」

「それでは、ご機嫌よう!」


 何の話だと割って入りたくなったが、もう恋愛子はいない。嵐みたいに去っていった。


 これで残ったのは、陣と衣鈴だけとなる。


「衣鈴。お前、学校行くのか」


 久しぶりに娘と話す父のような、ぎこちない言葉になってしまった。


「……はい」

「またあの、クソみたいなクラスメイトと会うのか」

「……はい」


 衣鈴がそもそもこの洋館に来たのは、そのクラスメイトから押し付けられたからだ。自殺しようと思ったのも、彼女の悪態が原因といえる。そいつとまた、会う。


「もしまたなんかあったらオレを呼べ。ぶっ飛ばす……ことはしねーが、説き伏せてやる」

「それは、大丈夫です」


 突き放されたのかと思ったが、違うらしい。


「私が解決しないといけない問題ですから。弱い私を、変えないと」


 ぐっと握った拳を胸にやって、決意に満ちている。


「……そうか」


 少し残念に思ったのは、なぜだろう。館側の人間と決別することだって、陣は手助けしようと思っていた。だがこの分では、頑固な衣鈴は了承しない。何か、陣も一枚噛む方法を考えなくては。……ここまで衣鈴に入れ込む理由は、やはり分からない。


「だが、急に変わろうなんて思わなくていい。オレだって、変わったなんて言ったがまだまだ数ミリしか進んじゃいねぇ。これからはもっとゆっくりとしか成長出来ないとも思う。けど……」

「それでいいんですよね!」

「ああ!」


 初めてかもしれない。屈託のない、衣鈴の笑みを見るのは。そして、これも初めてかもしれない。陣が、なんの疑問もなく笑っていられるのは。


 衣鈴は、変われる。陣自身も、変われる。今後また、考えもしなかった事態に見舞われることがあるかもしれない。誰かを恨み、復讐したいと思うこともあるかもしれない。けれど、ゆっくり着実に、乗り越えていけばいいのだ。人はいつだって、良い方向に変わっていけるのだから。


【了】

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リベンジャーズ・オルタナティブ 復讐者達が集まる館で DAi @dai_kurohi

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