第五章 表裏一体(3)

【三】


 九回目、即ち最後のマーダータイムを二分後に控える。生きているのにここに現れないのは、久龍だけだった。昨日のマーダータイムが終わっても立浪の前に居続けた根野さえ、陣が引っ張りここに連れて来ているのに。


 ロビーの中心辺りで立つ陣の周りには、少し距離をおいて恋愛子がいる。益若と翼は揃って壁にもたれかかっていた。衣鈴は胸に手を当て目を瞑っていて、何か祈っているようにも見える。根野は地べたに座り込み、どこを見ているか分からない。


「一応、最初に言っておくけど」


 それは、九回目のマーダータイム開始と同タイミングのこと。ようやくロビーに現れた声の主に、根野でさえ顔を向けていた。


「クゥは、“能力拝借”能力者。“絶対服従”、“必殺”、“二ノ太刀”を拝借することが出来る。勿論、その能力を拝借することと能力の発動を宣言しないといけないけど……それが隙だと思わないでね」


 久龍は、陣の前まで来て、「だいたい」と足を止める。


「クゥの狙いは、この少年だけ。だから他の人は、余計なことをしない方がいいと思う」


 久龍の目は、益若と翼に向けられた。翼は“遠当て”能力者であり、離れたところでもリヴァイバルが可能となる。だから久龍にとっては邪魔なはずで、翼にとしてはここまで生き残った以上、下手なリスクをとりたくないはずだ。案の定、益若と共にそそくさとエントランスへと消えて行った。


「さて。ちょっと聞いてもらっていいかな?」


 誰もが、久龍の声に耳を傾ける。ここで全員が襲いかかりでもすれば活路があるのでは。そんな考えさえ安易に思えた。久龍の身体能力はこれまで見てきたし、彼女の言う通り、強力な能力に楯突くのは得策じゃない。


「この少年、昨日の夜にクゥの所に来たんだよ。なんて言いに来たと思う?」


 久龍は手を広げ、演説のように語り出した。ただし、それは自らをアピールするためではない。だから媚びたような声も出さず、大声ですらない。そこにあるのは、黒く燃える憎悪の炎だけだ。


「自分の口で言う? 少年。言えないよね、言えるわけない。これまで他人のために動いていた君の口から出た言葉としては、とうてい信じられないものだった。それとも、これが本性?」


 久龍の炎は、陣を包む。四方を囲み、陣は身動きなど出来なかった。


「城嶋陣は、こう言った。『頼む、オレだけは助けてくれ! 確かにオレは裏切ったが、ならお前が賞金を獲得出来るように協力する。井口衣鈴のためにオレは動いてきたんだから、奴なら騙すことくらい簡単だ』……って。どう思う?」


 久龍は衣鈴を一瞥した。二人とも俯いて言葉を発しない。


 陣もまた、床だけを見ていた。拳に力が入り、腕が、身体が震えている。久龍の言葉に嘘はない。確かに陣は、昨夜久龍にそう懇願したのだ。それが唯一、自分に出来ることだったのだ。


「ふざけるな!!」


 久龍の問いかけで生まれた少しの静寂は、久龍の一喝で霧散する。


「クゥ、依頼されたら嬉しいからなんだってやっちゃう。依頼を達成したら、依頼人さんも嬉しいだろうから、それを少しでも形で示してくれたらそれでいい。だけど……この男は見返りを払うばかりか他人を売った!」

「す、すまなかった! だがオレは……死ぬわけには……!」


 久龍が作り出した重力に押されたかのように、陣は這いつくばって頭を下げる。だが、なおも頭に力が加わった。今度は感覚的なものではない。久龍が足で陣の頭を踏みつけてきたのだ。


「あの瞬間決めたよ……クゥはお前を殺す。“必殺”を以って。お前自身を殺しても復讐にならないと思っていたけど、考えが変わった」


 陣の視界には赤いカーペットしか映らない。だがこれで良かったのかもしれない。久龍の表情はどうなっているか想像すら出来なかったが、それを目にしたら卒倒するに違いない。


「……北条穂久斗の“必殺”能力を拝借する」


 久龍はゆっくりと、でも一言一言着実に、その言葉を口にする。陣が押さえつけられているのは頭だけなのに、それ以外の部位も動かせる気がしなかった。カチャリと、久龍が拳銃を取り出したのであろう音がする。


「じゃ、終わりにしようか」


 吐き捨てられた言葉はたぶん、陣が生涯で最後に聞く言葉だろう。


 久龍は今、陣だけを見ているはず。酷く無防備だ。けれど、陣が仕出かしたあんな態度を聞かされれば、誰も助けになどこない。むしろ、脅威の“必殺”能力が陣に使われて良かったとさえ思うだろう。


 報いだ。これは報いなのだ。陣が命乞いをしたことじゃない。自分がお前達の希望になると言わんばかりに行動し、そして完膚なきまでに失敗した自分に対する。


 だから陣は、床に伏した口元で、僅かだけ笑みを浮かべている。これこそ、陣の狙いだったのだから。


 久龍に命乞いをすれば、彼女の怒りは全てこちらに向く。最低限“必殺”さえ使わせてしまえば、後はどうとでもなるのだ。だからあえて、昨夜久龍と接触した。衣鈴には生きてもらわねばならない。それが、何も出来なかった陣が果たせる、せめてもの行動だったのである。


 これでいい。ああ、よかった。陣は、ぐっと目を瞑った。


「……とでも言うと思った?」


 いつまで経っても、久龍は銃撃してこなかった。


「クゥは“能力拝借”。せっかくなら全部の能力を使おうと思って、“霊媒師”だって拝借することは不思議じゃないよね」


 代わりに久龍から放たれるのは、冷酷な言葉。久龍の言っている意味を、陣はすぐに理解してしまった。


「クゥはお前の魂を見たよ。悲しいなんて言わないし、哀れみもしない。でも、お前が何を恐れているかなんて、すぐに分かった。お前は……身近な人の死を恐れている。しかも自分だけじゃなく、他人にとって身近な人が死んでしまった後のことも想像し、恐怖してしまう。人情に溢れるね。クゥとは感性が違いすぎるけど」


 久龍は、陣を殺さない。殺してくれない。


「さて」

「やめろおおぉ!」


 叫んで暴れようとした。だが、出来なかった。頭を踏みつけてくる久龍の足に、より力が入って、せいぜい久龍の足にしがみ付くだけ。久龍はビクともしなかった。


「っ……!」


 息を呑んだのは、衣鈴だろうか。辛うじて横を向くことが出来て「やめろ久龍!」とまた叫ぶが、久龍が拳銃を、衣鈴に向けたらしいことが分かる。どうしたって止められない。


「あ……あたくし様が!」


 恋愛子が前に出てくれた。そうだ、恋愛子なら“絶対服従”で止められる。こんな陣のためには使えなくとも、自分達へ脅威が及ぶなら、身を守るために久龍を攻撃する。


「お前は黙っていろおおぉ!」


 耳を塞ぎたくなるような、塞いだとしても全身に響くような久龍の咆哮と銃声。数メートル離れているので銃弾はどこかに外れたらしいが、恋愛子が身を硬くしているのが分かった。二度目とはいえ、今度は声だけでなく銃撃されたのだ。怯むなという方が無理な話だ。


「根野このみの“二ノ太刀”能力を拝借する北条穂久斗の“必殺”能力を拝借する蘭光恋愛子に“必殺”を使用する蘭光恋愛子をターゲットに指定する」


 何を言ったか分からない程の早口だった。久龍は言いながら走り出して距離を詰め、恋愛子が再度“絶対服従”を使用するより遥かに早く、恋愛子に向けて銃弾を放っていた。


「あ……!」


 恋愛子が胸を押さえている。押さえたって、栓になるはずがない。とめどなく溢れる血液が作った水溜りに、恋愛子は崩れていった。


「恋愛子……? 恋愛子おおおおおおぉぉ!?」


 これを、防ぎたかったのに。久龍にとって最大の敵は、“絶対服従”能力者たる恋愛子だった。しかも、陣に精神的なダメージを与えられるうちの一人。こうするのは必然である。誰も恋愛子に近寄らないが、リヴァイバルと唱えたところで生き返らないだろう。それが、“必殺”能力なのだから。


「久龍、お前えええぇ!!」


 上から久龍がどいていたので、陣は身動きが取れるようになっていた。


「ぐあ!?」


 束の間。起き上がろうとした陣の腹に、容赦のない蹴りが加えられる。倒れるな膝を付くなと自らに言い聞かせたところで、陣の身体は沈んでいくだけだった。


「逃げろ、衣鈴!!」


 すでに壁の角に追い詰められていた衣鈴は、右にも左にも動けないようだった。


「井口衣鈴をターゲットに指定する」


 跪いた陣が必死に手を伸ばしても、衣鈴の身体に届くわけもなく。


「衣鈴……!」


 陣の叫びも、久龍が放った銃声に掻き消されていた。至近距離で放った銃撃は、外れるはずもなかった。


 でも、まだ間に合う。衣鈴は“必殺”を使われて死んだわけじゃない。


「城嶋陣」

「ぐっ」


 ようやく立ち上がれたのに、また久龍の蹴りによって、床に舞い戻る。


「“二ノ太刀”によって殺せる二人のターゲットは葬ったけど、それを使ったからって、殺す方法がないわけじゃない」


 「蘭光恋愛子の“絶対服従”を拝借する」と言う彼女の冷たい目が、こちらを見下ろしていた。


「リヴァイバルをしようとする人を見たら、クゥは“絶対服従”でこう命じるよ。洋館の外に出ろ、って。マーダータイムに参加しないことと同様に、失格となる行為。クゥの命令による死だから、ターゲット外の殺しで逆にクゥが死ぬ? いや、違う。館から出たら、“死”ではなく“失格”。この意味、お前なら分かるよね?」


 北条は、蘇生が出来る“死”と出来ない“失格”の違いを利用して、陣を追い詰めた。逆に陣は、その違いから“絶対服従”の拘束から抜け出した。

 ターゲット外の殺しは、逆に加害者が死ぬ。けれど今、それは適用されない。その殺しとは蘇生出来る“死”。館から出た場合は“失格”なのだ。


 つまり衣鈴を、蘇生させることは誰にも出来ない。久龍を抑える術なんてないのだから。衣鈴は目の前にいるのに、なんの手出しも出来やしない。


 全ては、久龍空奈の復讐。陣に向けられた、この上ない復讐なのだ。


 陣は、何度も蹴られたものの、立ち上がれない程ではない。でも、喧嘩慣れした陣には分かる。久龍にはどうしたって勝てないと。何より、立ち向かう気力がなかった。衣鈴のためだと勝手に行動し、彼女を失意のどん底に落とした。せめて命だけはと思って久龍に自分を狙わせるも、それさえ失敗したのだから。


 なぜだ。本当に陣は、いったいなぜここに来たのだ。思い返せば、最初から疑問だらけだった。“復讐者”でも“仇”でもない“白紙”の陣が、なぜここに来たのか。衣鈴が誰を狙っているか分からず、ゲームに紛れているかもしれない黒幕も不明。何か成さねばと思ったけれど、成果なし、むしろマイナスだ。


「恋愛子……衣鈴……」


 ピクリとも動かない二人を、なんとか顔だけ動かして見やる。血の海に沈んだ彼女達を殺したのは、陣みたいなものだ。いや、陣が殺したのだ。


「……?」


 それは、陣が見た幻覚だろうか。違和感。衣鈴と恋愛子を見比べて、何かが見えてくる。重大な見落としがあるのではないか。


「!」


 身体に電流が走った気がした。何がなんだか分からないが、先程まで目の前を覆っていた黒いガラスがパキリと割れて隙間から光が差し込み、そして一気に明るい世界に辿り着いた心地。気付けば陣は立ち上っていた。ずっと仁王立ちしていた久龍を睨みつける。


「……何?」


 さっきまで、恐怖の対象でしかなかった、あの久龍がたじろいだ。初めてかもしれない、自らの目つきの悪さに感謝したのは。けれど久龍の目線もまた、こちらが逃げ出したくなるような鋭さだった。


 逃げるつもりなんてない。久龍がいつ“絶対服従”を放つか分からない恐怖なんて、もう感じない。


 睨み合いが、ずっと続くのではないかと思った。もう数時間経った気がするし、数分しか、数秒しか経っていないかもしれない。


「クゥが城嶋陣に命令する――」


 ついに久龍が痺れを切らした。動かせたのは、陣の眼力か、それとも執念か。


「今だああああああああ!」


 陣の絶叫は、久龍の“絶対服従”を掻き消していた。いや、雄叫びのせいじゃない。


「ぁ……」


 久龍が全てを言い切る前に、その場に倒れこんでいたからだ。なぜ自分は倒れているのかと疑問を向けるように、自らの胸元を見ていた。久龍の胸には、背後から貫通した銃痕がある。


 そこから溢れる血液を見てなお、久龍はよく分からないといった表情だった。でもそれも、すぐに消える。どこまでも黒い彼女の瞳は、今は何も映していない。


「終わったのかい」


 永遠にも思える静寂が訪れたように思ったが、案外それは、すぐに終わった。或いは、陣がそう思っただけかもしれない。先程まで姿を現さなかった益若と翼がやってくる。


「……ありがとう」


 陣の口から出たのは、心からの言葉である。


「なんで……」


 それを向けた先は、益若らではない。


「なんであなたは、私のことに気付いているです……?」


 久龍に向けて放った拳銃を構えたまま、がたがたと震えて佇んでいた、井口衣鈴に対してだった。


「陣さんは久龍さんに命乞いをしたと言ったです! それを聞いて私は思いました。陣さんは、陣さん自身をあえて狙わせたって。私はどうしていいか分からなくて、動けなくて、気付いたら久龍さんに殺されていました。それを見た陣さんは、絶望したように見えたです。だけど今の陣さんは、なんで私が生きているかってことにも、疑問を持っていないように見えるです!」


 矢継ぎ早に語る衣鈴は、悲しげで儚げで、今にも涙が零れ落ちそうだった。けれど必死な言葉に、陣は口を開くことにする。


「お前の言っていることは正しい。実際オレは、さっきまで全てが終わったと思っていた。だが、思い出したんだ。こいつのお陰で」


 陣は、腕にはめた時計を示す。


「なんです?」

「俺が作った、目覚まし用腕時計。時間を指定するか、遠隔操作で、電流を流すことが出来る」

「……なんです?」


 答えた翼に、また衣鈴が同じ疑問を口にするのは無理なかった。


「それを説明するにゃ、役者が足りねぇ」


 陣はつかつかと壁に向かうと、恋愛子の元へ腰を下ろす。“必殺”能力によって蘇生出来ないことは分かっているが、陣は手を伸ばした。


「いい加減に起きろ」


 リヴァイバルなんて口にせず、恋愛子の頭を小突く。それでも変わらなかったので、「おい!」と肩を揺り動かした。


「……痛い……ほんっとに痛いですわ! 本気で気絶するなんて思ってませんでしたの!」

「え……!?」


 恋愛子は、未だ血を胸元から流しているのに、せいぜいその辺りを摩る程度で起き上がってしまった。驚きを隠せない衣鈴に、翼が恋愛子を指差して言う。


「俺が作った防弾チョッキを着ている。あれは血のりだ」

「でも銃撃を受けたらとんでもない衝撃が来ましたわ! 骨、折れてませんわよね……?」


 翼の再びの説明に被せて恋愛子がキャンキャンと鳴くも、やはり衣鈴はさらに首を傾げるだけだった。


「衣鈴には隠していたというか話す余地がなかったが、これはオレ、恋愛子、益若、翼が仕掛けた策だ」


 陣は、一度彼らをぐるりと見渡してから説明を始める。


「まずオレは、昨日の段階でこいつらと接触した。益若と翼は、自分達が死ななければいいと思っている。よって、オレが久龍の注目を全て受けるといえば、オレに乗ることは予想出来た」


 益若と翼は頷く。


「次に、恋愛子と話した。最初は北条を死なせたことの謝罪をするつもりだったが……」

「ふざけるなと言ってやりましたわ! あたくし様に、北条の真の姿を教えてくれたのは陣さんですから。確かに北条を許してやり直そうと考え、彼を蘇生しました。でもあたくし様が、そんな前向きになれたことや、今ここに立っていられることだって、陣さんの尽力によるものだと思っています。謝罪なんてさせてあげません!」


「……そんな感じで、むしろ久龍を倒すために協力させろと言ってきた。オレとしちゃ好都合だったが、面食らったな……」

「当然ですの!」


 ぷりぷりと怒る恋愛子だが、陣が恋愛子に頼んだのは最も危険な役目。それを受け入れてくれた彼女には感謝しかない。


「恋愛子には、囮を頼んだ。オレが最も恐れていたのは、“必殺”能力を衣鈴に対して使われること。衣鈴に協力しろと頼んでも受け入れられないことは分かっていたからな。そもそもオレは、久龍にオレの考え……命乞いをしたフリをしてオレを狙わせること……それに気付かれることを前提としていた。そうなれば、狙われるのは衣鈴か恋愛子。防弾チョッキなら仮に“必殺”を使われても、そもそも死んでねぇから蘇生出来ないことなんて関係ない。だから恋愛子にゃ、“絶対服従”を使うフリをさせて久龍の狙いを誘導してもらった」


 いかに防弾チョッキを着ているとはいえ、頭を狙われたらアウト。恋愛子は自身を臆病だと思っているらしいが、とんでもない。たぶん恋愛子は、自分の芯が強いことに気付いていないだけなのだ。


「久龍さんから見て、“絶対服従”は厄介ですの。“必殺”を使うのは当然。何かの間違いで蘇生させられるのを防がないといけませんもの。けれど昨日もそうだったように、あたくし様の“絶対服従”は妨害されてしまうと思っていましたわ。だから……実はもっと前に使ってしまっていましたの!」

「もっと前……?」

「マーダータイムが開始したその瞬間ですわ!」


 恋愛子は言い切ると、ボソリと疑問を口にする衣鈴に、ビシリと人差し指を向けた。


「マーダータイム開始の際、誰もが久龍さんに注目していました。一方あたくし様は、身体を陣さんの影に隠していました。……小柄で悪かったですわね! なんでこんな小さく……」


 恋愛子の話が逸れ始めたので、陣がそれを押し退ける。


「……恋愛子はオレにこう言った。『あたくし様が城嶋陣に命令しますわ。あなたは電流を受けるまで、久龍さんに対抗する策は、命乞いをしたフリをしたことだけと思い込みなさい』と。だからオレが絶望したのは、演技じゃなかった。知らなかった、というか忘れさせられていたんだ。こうでもしないと、久龍は騙せないと思った。久龍を騙し、オレにもう手なんかないと見くびらせ、最後に討って出る。そう考えてのことだ」


「じゃあ、私が死んでない……いえ、蘇生していたことに気付いたのは、なぜです?」

「キーワードは、ヒーローとヒロイン」


 陣が衣鈴と昨日会話した時、衣鈴は「ヒーローに憧れないしヒロインにはなれない」と言っていた。


 津村翼の魂によれば、翼の生きる目的は、“自らの技術でヒーローになりたいと願い、それは幼馴染を振り向かせたいから”とのことだった。衣鈴は直前にその魂を見ていて、意図せず会話の中で出してしまったのだと思った。勿論、この程度のことで確信は出来なかったが、可能性を感じて翼と接触した結果、彼は言ったのだ。


「俺が井口衣鈴を蘇生した。“遠当て”能力を使って」


 昨日衣鈴は、久龍に殺されている。陣は衣鈴が“自己再生”であることを知っていたため、当初はその能力により蘇生したのだと思っていた。けれど実際は、翼の“遠当て”によるものだったのだ。


 翼と益若は、自分達が目立たないようにしつつ、ゲームの黒幕を探している草の者。彼らにとって、陣が久龍と争い、それに衣鈴が巻き込まれるという構図は都合が良かっただろう。ならいかに衣鈴が“自己再生”とはいえ翼が蘇生させておけば、仮にまた衣鈴が殺されても今度こそ“自己再生”で勝手に衣鈴は蘇生するのだから、久龍は三回衣鈴を狙わなくてはならない。より翼達は蚊帳の外に出て行くこととなる。翼の行動はそんな打算の塊ではあったのだが、結果的に陣の味方をしていたのだ。


 もっとも、“自己再生”の発動と“遠当て”の発動、どちらが早いかはルールからでは分からなかった。けれど、衣鈴が翼の魂を見ていたということは、翼によって蘇生が成されたことを意味する。このことで、衣鈴はまだ“自己再生”を発動していないと分かったのである。


「つまり、だ。オレは久龍をわざと怒らせ、恋愛子と衣鈴を狙わせた。厄介な“必殺”は防弾チョッキを着た恋愛子に使わせ、衣鈴は能力なしで殺させる。久龍がその前に立ちはだかり蘇生を妨害することは予想していたが、同時に衣鈴が何もせずとも蘇生することは分かっていた。久龍としちゃ、背後からの攻撃なんて想像の外だから、奴の身体能力など関係なく、衣鈴の銃撃を浴びるしかなかった……ってことだ」


「……そうですか」


 久龍を倒すための策。それを語り終えた陣に対し、衣鈴が言ったのは、それだけだった。ほんの少し前まで質疑応答していたのに、すぐに目線をフイと外す。


「陣さん! 久龍さんですが、衣鈴さんに蘇生していただくのですわよね? あたくし様が北条を蘇生したように、恨んだ相手を自らが蘇生させてこそ……」


 衣鈴に言葉を投げようしたら、恋愛子が口を挟む。


「いや。そいつはお前がやってくれ。だがすぐには蘇生するなよ? マーダータイム終了直前に生き返られば、久龍は何も出来ないからな」

「え……?」


 恋愛子はさらに何か言いたげだったが、陣が衣鈴の背中を見ると、口をつぐんだようだった。確かに衣鈴は以前、久龍に殺されている。けれど、衣鈴の狙いは久龍じゃない。だから、衣鈴に久龍を蘇生してもらう意味なんてない。

 そして陣は、そんな衣鈴から目を離すわけにはいかなかった。



 九回に渡るマーダータイムは、残り五時間程度を残し、もう誰も動くようには見えなかった。

 残るは結果発表のみ。獲得賞金額の発表をするのだろう。


 殺しを成功させた上、その対象が蘇生していないのは、北条、根野、久龍だ。北条は風祭を殺している。ただしその後久龍に殺されているので、久龍は殺し成功の五千万と、北条の持っていた五千万をあわせ、一億の獲得となる。根野は立浪を殺し、五千万獲得だ。


 人一人の命が、五千万円。納得がいかなかった。けれど、こんな館でなくても、人の価値なんてその程度として扱われる。事故を起こして人を殺し、相手に払うのはそれより少ないらしい。いっそ死なずに障害者となる方が損害賠償は高額になるというのだから訳が分からない。


 もっとも。マーダータイムは確かに終焉を迎えようとしているが、陣にとっての戦いは、まだ終わっていない。目指すべきは、満たすべき“ある条件”とやらを明かすこと。そして何より、井口衣鈴のことだ。

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