第五章 表裏一体(2)

【二】


「そんな……北条……」


 陣の部屋で、恋愛子がすでに亡骸となった北条の前で崩れていた。


 外には、未だに死んだ立浪の傍らで立つ根野がいる。マーダータイム中ずっとそうしているつもりだろう。生気が抜けているのに近付くもの全てに条件反射で吼える番犬の如く、他プレイヤーに対して拳銃を向け続ける。さすれば立浪の蘇生は出来ない。マーダータイムが終わってもそれを続けてしまいそうな、彼女の執念がそこにあった。


 一方衣鈴は、“自己再生”能力者だ。陣が蘇生する前に、自らの足で立ち上がっていた。益若と翼に関しては、目立たぬようにロビー側へ避難していたらしい。


「オレのせいだ……」


 陣は虚空を見上げてひとりごちる。


 恋愛子は、彼女を裏切った北条を、一旦は殺すべきだと考えただろう。けれど、陣の言葉で許すことになった。その許しさえなければ、北条を失ったことで、悲しみを背負うことなんてなかったはずなのに。


 根野を狂わせたのも陣のせいだ。北条が裏切っただけなら、久龍がすぐに行動に出ていたか分からない。けれど、陣も裏切ったことで北条は殺され、根野に正気を失わせた。


 それに次ぐ、衣鈴の死も言わずもがな。陣が衣鈴を気にかけていたことは誰の目にも明らかだったようで、いかに“自己再生”能力とはいえ、使わなくていい場面で使わせてしまった。


 久龍は「一回目」と言い、衣鈴殺しに“必殺”能力は使っていない。“自己再生”能力者に“必殺”を使えばどうなるかは分からないので、“自己再生”を消費させるために、とりあえず殺したのだろう。ならば、明日も衣鈴は狙われてしまう可能性が高い。


「オレのせいだ……!」


 もう一度ひとりごちた。何か変わるわけでもないのに。


 すでに死んでいた風祭界に加え、今日だけで北条穂久斗と立浪達也の二人も失ってしまった。根野このみも生きていたところで再起する気がしないし、井口衣鈴の命も風前の灯かもしれない。


 なぜか、吐き気はしなかった。慣れてしまったのか、死というものに。


「外、行くわ」


 恋愛子に言い残し、陣は自室を後にする。恋愛子からの返答はなかった。


 あてもなく廊下を歩く。案の定根野が拳銃をこちらに向けてくるが、視線をやることさえしなかった。


 陣は、衣鈴と恋愛子の説得を目指し、北条にどう対抗するかをこれまで考えていた。けれど、本当に狙うべきは久龍空奈だったのではないか。


 彼女の魂を見た時、黒一色にしか見えない、裏切りに対するあまりに強い拒絶反応があった。そして久龍は陣の依頼で、わざとルール違反をして死んだ。陣にかかった“絶対服従”を解除すべく、陣を殺したことだ。いかに久龍は“自己再生”を拝借することで生き返るとはいえ、依頼があったからといって死ぬなんて普通じゃない。普通ではなさ過ぎる。あの時は久龍しかすがる存在がなかったとはいえ、パンドラの箱を開けてしまっていたのだ。


 何より厄介なのは、奴が“能力拝借”であることだ。北条穂久斗は、「全ての能力を使える」という偽りを持って暴力を成した。だが“能力拝借”たる久龍空奈は、プレイヤーの能力を借りられるので、真に全ての能力を使えるのだ。本来誰がどの能力を持っているか分からないと拝借出来ない能力ではあるが、それが分かる“能力把握”の在処を教えたのは陣自身だった。


 なんで、こんなことになったのだろう。なぜ久龍は、笑ったのだろう。ああなる前、陣は何をしていた? 久龍がかつてのゲームで衣鈴を殺したことを聞いて、久龍が衣鈴の“仇”であり、久龍こそ黒幕ではないかと突き付けていた。彼女が笑ったのは、直後だった。


「……違う?」


 前に、衣鈴に問うたことがある。お前の狙いは久龍か、と。衣鈴は否定していたが、陣は信用しきれていなかった。だから今日、久龍に言ってのけたのだ。だが二人ともが否定したということは、本当に違うということか。


 やはり、今日の戦犯は、大戦犯は陣だ。知ったような口で、久龍にありもしない事実を突きつけた。だから久龍は、こいつは馬鹿な勘違いをしていると笑ったのだ。なんとつまらない推理をしたのだ、と嘲笑っていたのだ。


 両頬をパンと叩いた。全く頭がスッキリしないので、また叩く。それでも叩いて、頬どころか顔全体が赤くなっても続けていた。


「それ、誰かに止められるまでやるつもりです?」


 ふいの声で、ようやく顔を上げた。いつから自分は、真下を見て歩いていたのだろう。ここはエントランス二階の休憩スペースであり、衣鈴が遠慮勝ちに座っていた。


「お、お前! まだマーダータイム中だ! また久龍が殺しにくるかもしれないんだぞ!?」

「それはないです。久龍さんにその気があるなら、さっきの混乱の場で、確実に私を仕留めていたはずですから」


 さらりと衣鈴から出た言葉で、いかに自分が冷静でないか思い知らされた。


 久龍の目的は、陣への復讐だ。陣は今、自らの罪に苛まれている。きっと久龍は、こうした何もしない時間さえ、陣を苦しめるためにあえて作っているのだ。


「座ったらどうです?」


 促がされても、とうていそんな気にはなれない。だいたい衣鈴は、陣を恨んでいるはず。えらそうなことを言っておいて、北条に絶望させられ、今度は久龍。恨まれていない方がおかしいというより、いっそ恨んでいてくれた方が楽な気さえした。


「久龍さんは“仇D”で、“復讐者D”は私だと、陣さんは思ったんですよね。違います。“復讐者D”は、風祭界さんです」


 風祭。忘れたわけではなかったが、勝手に可能性から排除していた。いや、結局先程の推理は、陣に都合の良い形に作っただけ。推理ではなく、単なる願望、思い込みだったのだ。


「あの人は刑事で、犯罪者である久龍さんをずっと追っていましたが、捕まえられない。過去のゲームに参加していて久龍さんを殺そうとまでしましたが、失敗。今回のゲームは北条さんのせいで、久龍さんを狙うことさえ出来なかったようですが」

「なぜオレにそんなことを教える?」


 思ったことが、そのまま口から出てしまう。


「理由はないです。なんだか色々、どうでもよくなってしまいました。私の復讐カード、見ます?」


 胸ポケットから取り出したそれを、すぐに衣鈴はしまった。その一瞬でも分かる。カードは文字で埋め尽くされ、本来白いカードが黒く見えた。


「私は、すぐに誰かを恨んでしまうような、最低な人間になりました。私はヒーローに憧れませんし、ヒロインにもなれない。ここに来てもどんどんカードの文字が増えて、ついに全員が刻まれています。死んだ方さえも。ただこんなゲームに参加しているだけで恨めしい」


 だからあなたを目に入れることも不快で仕方ない。そう付け足しても不思議ではないように思えた。立ち上がり去っていく衣鈴の背中を、目で追うことも出来ない。


 衣鈴の魂を思い返していた。陣がもっと上手くやっていれば、人は変わるのだと衣鈴に訴えることが出来たのか。そうして衣鈴自身を変えることが出来たのだろうか。今となっては、分からない。結局陣は、誰も救えはしなかった。むしろ、余計な希望を与えてかき乱しただけだったのだ。


「魂……」


 陣は、ほとんどのプレイヤーの魂を見た。昨日は翼の魂を見たし、あとは立浪と風祭くらいか。


「いや……」


 もう一人、いた。それは、城嶋陣。自分自身を見ていない。見て何になるかといえば、何にもならないだろう。ただ、目の前で殺されていく家族と、生き残ったのに追い詰められていく母がいるだけ。その母から、人は変われるから誰も恨むなと言われるだろうが、陣には何も出来やしない。


 けれど。だから、変わろうと思ったのだ。死というものに恐怖しつつも、いつか払拭してやろうと思っていた。髪を金に染めたのも、ここが新しいスタートラインだと定めるためだったはずだ。


 陣が働きかけたかった、蘭光恋愛子と井口衣鈴は、陣のせいでより深刻な状態になってしまった。良いのか、それで。これでは本当に、人はなんら変わらない、成長しない、進歩がない。それを体言しただけではないか。


 明日は、この洋館でマーダータイムを行う最後の一日だ。久龍は、確実に行動を起こすだろう。それが分かっていながら、このまま手をこまねいているなら、それは過去の陣のままではないか。


「オレくらい……」


 自分くらい、変わったと思い込まないで、どうする。

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