5
彼らが船に入ってから雨は四十日四十夜降り続いたが、その雨もやんで晴天が続くようになった。それでも島影一つ見えない泥の海の上を船は漂流して、もはや五ヶ月になろうとしていた。
不自由な船の生活だったが、そこに乗った約三百人弱の人々は、誰も不平不満一つ漏らすことなく、感謝と笑顔で毎日を過ごしていた。
雨が降る前の社会でこれだけの人数をひと所に閉じ込めて五ヶ月も不自由な生活をさせたら、不満から暴動が起きたに違いない。だが、ここにいる人々はみんな明るい。若者もいれば年寄りも子供もいる。男もいれば女もいる。それが、みんな一つの家族となって和気
そもそもが、そういう魂の人々が選び抜かれて、この船に乗っているのだ。どんな状況にも感謝ができない不平不満で
彼らは、自分で選んでこの船に乗った。この船に乗るというミチを自らが選び、自らの足で乗った。しかしその瞬間に、彼らは神から選ばれていたのだ。
ジウスドラもある日、船の中のみんなの前でそのような話をした。彼らは、神から選ばれた「選び子」なのだと。「選ぶ」というのは人が神から与えられた唯一の自由で、彼らが自分の神を選んだその瞬間に、彼らも神に選ばれたというのだ。
そんなある日、異変は起こった。
船底に衝撃があった。
何かの岩にぶつかったようで、それからぴたっと船の揺れは止まった。人々は顔を見合わせて歓声を上げたが、窓から見る限り今までと変わらない周り一面が泥の海だった。ただ、一つだけ明らかに違うことがあった。船の側面を、流れが過ぎていくのである。
どこかへ向かって進む船ではなく浮いているだけだから、水面の流れに従って漂っているだけで、側面を水がきって流れるということはこれまでなかった。
それが、水が船の側面にぶつかっては流れていく。このことは、船はもはや浮かんではおらず、船底が岩にしっかりと固定されていることを物語っていた。
人々の顔は、ますます明るくなった。
「お父さん。鳥を放ってみたら?」
と、進言したのは、ヤペテだった。父はうなずくと、一羽のカラスを下の一階から持ってこさせ、窓から放った。カラスは回帰性がないので、一度放ったら戻ってくるはずはない鳥だ。だが、だいぶたってから屋根の上で、カアカアと鳴く声を人々は聞いた。カラスは戻ってきた。つまり、よほどほかにとまる所がないということになる。まだまだ周りは一面の泥の海で、カラスの飛べる範囲に陸地は現れてはいないようだった。
まだまだ彼らは船の中での生活を余儀なくされるようで、またいつもの日常が続いた。その間、季節が移り行くのを感じた。灼熱の太陽が照りつける季節は過ぎたようで、窓から入ってくる風が涼しくなっている。そしてどんどん気温は下がり、一年中が温暖なシュルッパクで育った彼らにとって、初めて経験するような寒さとなってきた。
どうやら船は自分たちの故国の水の上を漂っていたのではなく、五ヶ月の間にとんでもない所まで流されてきたようだ。
周りは相変わらず丸い水平線だが、その頃になってにもう一度試しにと今度はジウスドラは鳩を放った。あえて回帰性のある鳩を放ったというのは、父にそれなりの自信と予測があるのではないかと、それを見ていたセムは思った。カラスを放った時は、カラスが戻ってくることを父はまだ予測していたのだろう。
果たして、鳩は戻ってきた。だがその口になんと緑の木の葉をくわえていたのである。
人々は狂喜乱舞した。それでも船の周り、肉眼による視界は三百六十度水平線であるという現実は変わらなかった。
「うわー、みんな、みんな!」
船に乗っている人々の中でもいちばん元気な少年が、ある朝早くに大声を上げて、眠っている人々を揺り起こした。何事かと起きてぞろぞろと窓のそばに行った人々の目に映ったのは、ほど近いところに見える小さな島影だった。人びとの背後からその島影を見ていた父の目にも、うっすらと光るものがあった。
それからというもの、その島は日増しに大きくなっていった。周りの水が引いているようだ。そして一つだった島も、船のあっちこっちに無数に見え始めた。それもまた日がたつにつれて大きくなり、あるものは位置はそのままで島同士がくっついたりして、島というよりも山の頂きという様相を呈し始めた。そして、自分たちの船の周りも、二階の上まであった水面が日一日と下がり、数日で一階の上部までとなり、さらに数日で一階の半分まで下がると、人びとは水面が下がっていくのを見るのが毎日の楽しみになっていた。
ジウスドラは、もう一度鳩を放った。回帰性のあるはずの鳩が、もはや戻ってこなかった。この船よりももっと居心地のいい陸地があるらしい。目の前に現れた島々は水の中から出てきたばかりで、みな岩ばかりの不毛の山である。しかし、前に放った鳩が木の葉をくわえて戻ってきたということは、泥の海に没しなかった所があるはずである。泥の海の水が引いて乾いた土地は、彼らの船に積んである種をまかない限り植物は生息していないはずだからである。
そしてとうとう、その日が来た。船の足元に乾いた土地が現れた。人々は喜んだが、ジウスドラはまだ船から出ることを許さなかった。まだ、船のある場所はほかの島とは孤立している。その言い渡しに、人々は明るく声をそろえ得て、
「はい!」
と、明るく返事をしていた。
また、何日かたった。船がとどまっているのは段々と山の頂上であるということが明らかになり、もう一つ並ぶようにして最初に島として見えた陸地も山の姿を現してきた。そしてその間の水が次第に引いて、乾いた谷間で二つの山は陸続きになった。
その頃である。夜は寒いのでめったに窓は開けずにいたが、ある晩一人の少女が何気なく外を見て叫んだ。
「向こうの山が光っています!」
この事実はすぐにジウスドラにも知らされ、セムや弟たちもいっしょに窓から外を見てみた。確かに向こうの山の頂上付近が黄金色に淡い光を放っているが、電気の光というような人工のものではない
「あの山は、
と、ぽつんとつぶやいた。
ジウスドラが、全員船から降りるように指示したのは、まさしくその翌日であった。ジウスドラの指示は、もはや神の声と誰もが受け取っていた。御神示が下ったに違いないと、誰もが信じている。そのように誰の目から見ても、今のジウスドラは神と一体となった境地に達しているようだった。
船の入り口が、内側から壊された。本当に久しぶりの外である。みな大喜びで、思いきり深呼吸するもの、中には腹ばいになって土の香りを嗅ぎ、大地に口づけするものもいた。そして彼らの上に暑くはないが明るい陽光が、燦々と降り注いでいた。
「生きている!」と、誰もが実感していた。あの恐ろしい嵐を乗り越え、確実に今陽光の中で息をしているのだ。それを思ってか、泣きだすものが後を絶たなかった。船のある山の頂上からはまわりは三百六十度見渡せて、どちらも山また山の山岳地帯だった。山の少ない平地で育った彼らにとって、その光景は新鮮なものだった。
だが、ジウスドラはすたすたと岩だけの山を降りていく。人々も慌ててそれを追った。だいぶ下って頂上を見上げると、船はまるで大きな建造物のように草も木も一本もない山の遥か上の頂上にどっしりと鎮座してそびえていた。ここから見上げる山はかなりの高さで、形のよいどっしりとした円錐形の山だ。
長い時間をかけて山を降りると、わずかな低地を挟んですぐ隣に例の光る山がそびえており、今度はジウスドラはずんずんとその山の方へ向かって行った。低地も決して平坦ではなく、まずは左右に長く横たわる小高い丘を登り、その時は向こうの山も見えなかったが、丘の頂上を越えると目の前にどっしりと山は横たわった。その丘を降りて、はじめて山の登り口だ。左手の方の窪地にはまだ引ききっていない水が、ちょうど湖のようにたまっていたりもする。そこは山に囲まれた山間の別世界のようだ。
船が着いた山の頂上から見ていた時は隣の山はすぐそばに見えたが、こうして歩くと結構距離がある。もう半日以上も歩き続けている。そして次の高い山に登るにつれて皆が一斉に感じたのは、ものすごい光圧であった。風もないのに吹雪のごとく山の上からその光圧は発せられ、身を低くしてやっとの思いで皆登っていた。なにしろ、つかまるべき木や草がない。下手をすると押し戻されて、山の下まで落ちそうになるのだ。だから皆必死で、頂上の様子をうかがい知る余裕などなかったのである。
ところが今度は、はっきりと目もくらむような閃光が山の上から放たれた。そして頂上への最後の一歩を踏みしめた時、人々は唖然と口を開いたままその光景を見つめていた。
ここは周囲の岩山と違って、緑の草が生えていた。
船が山の頂上に固定された時は周りはまだ三百六十度水平線だったのに、なぜこんな水没していない山が近くにあることに気付かなかったのだろうと、誰もが不思議だった。
そして、まだ寒い時期なのだが、色とりどりの花が咲き乱れている。まさしくそこは、天国であった。その景色は、セムたちの故国の景色とは明らかに異なっていた。雄大さはないが、その代わりに実に繊細な自然なのだ。
そして人々がいちばん驚いたのは、その花畑の真ん中に黄金の屋根を持つ巨大な神殿が、どっしりと鎮座ましましていたのである。まだ、残っていた建造物があった。ジウスドラは驚いた様子もなくどんどんその巨大黄金神殿に向かって進んで行く。
近づくにつれて、ますますその神殿がいかに巨大なのかが分かった。三角の千鳥破風の方が正面で、まるで建物自体が一つの巨大な山のようであった。屋根は黄金だが壁や太い丸柱は白が基調で、さまざまな紋様が黄金色で入っていた。
神殿の前はちょっとした広場になっていて、上部に鐘がついている光の塔が左右に二基立っている。神殿は正面の左右が突き出た構造で、その中央には屋根の下まで幅の広い階段となっており、その階段の上が扉だ。そしてその黄金の大扉は、ジウスドラが
中はかなり広い空間だった。ジウスドラはすっとその中に入っていくので、セムを先頭に約三百人弱の船に同乗していた人々はとにかくジウスドラについて行くしかなかった。すると突然、彼らは歓声と万雷の拍手で迎えられた。全員が、思わず立ち止まって唖然としていた。洪水が収まって水が引き、船からいつかは降りるであろう日を誰もが夢見ていたが、その当日が来て目の前で起こっている出来事は彼らの想像を遥かに超えていたのである。
生き残った人類は、自分たちだけではなかった!
驚きと感動で、皆拍手の渦の中で涙を流していた。近くの人々はセムたち三百人に駆け寄って涙とともに手を握ったり抱擁したりで、こちらも戸惑いもなく同じように感動の中で手を握り、抱擁を返し、肌の色もさまざまな人たちで初対面であっても、さながら大昔からの知己がしばしの時を隔ててようやく再会できたというような懐かしさに心温まるという感覚でいた。
建物全体が床は赤い
天井はなく、遥かに高いところがやはり黄金の屋根裏となっている。屋根裏には宇宙大霊の波を表すような紋様がついていた。ここはものすごく大きな空間だがただの空間とは思えず、一歩入った瞬間に神霊界に紛れ込んでしまったのではないかと思えるほどだった。
正面はステージのようになっていて、その遥か上にまた柱、壁、屋根のすべてが黄金でできた神殿が見えた。ものすごい光圧はその神殿から出ている。これだけ巨大でも威圧感はなく、温かく包みこむような抱擁感だけがあった。
その上には破風裏に巨大な紋様がスポットに照らされて浮かび上がり、人々を見下ろしていた。古代ムー帝国のシンボルでもある
初めて来る場所なのに、セムにとっては懐かしいという感覚があった。いや、セムだけではなく、いっしょに旅してきた三百人も皆、同じような感覚でいるようだ。自分がここにいることに何の違和感もない。まさしくここは、自分たちの魂のふるさとではないかという気さえしてきた。
ジウスドラは、そのステージの少し手前で立ち止まり、床にひざを突いて恭しく拝礼した。まるでこうあることのすべてを、ジウスドラはあらかじめ熟知していたようだ。そしてこれから起こるであろうことも、ジウスドラは知っているに違いなかった。だから従う人々は皆、ジウスドラと同じようにジウスドラの後ろで膝を追って床にかがんだ。
その時、高らかなファンファーレが鳴り響き、ようやく万雷の拍手はやんだ。
「
大きな声で、宣言があった。その広い空間を埋めていた人々全員が、座って畏まった。すると突然ステージの上に光がさした。そこには護衛の若者が数人、左右に別れて立っていた。彼らは一様にかつてのムー帝国の紋様の楯のマークのエンブレムを胸につけた青いブレザーを着ていた。
その若者たちがステージ中央に最敬礼し、その中に、下からせり上がりに乗って巨大な人物が上がってきた。
もはやそのお方が誰であるのか、説明はいらなかった。全世界を統治する
そのお方に謁する光栄と感動に誰もが打ち震えていたが、ふとあることにセムは気づいた。今、
「ようこそ。ジウスドラ。そしてその家族の皆さん」
この世のものとは思えないような黄金の光が乗ったような
大王の言葉は父の名を知っていただけでなく、まぎれもなくこの三百人弱を父の家族と呼んでくれたのである。
「ようこそおいで下さいました」
大王の言葉もまた、嬉し嬉しである。決して地上の諸国王のような居丈高な感じはなく、あくまで下座した柔和で優しいお声と表情だった。
「ここ霊の元つ国の世界の神都たるヒダマの国に、ようこそおいで下さいました。そしてともにこの
「ははあ」
ジウスドラがますます畏まるので、皆もそれにならった。だがふとセムは、
「こたびの天地かえらくで、霊の元つ国の様相もだいぶ変わりました。かつて
セムたちが、久しぶりに接する世界の情勢だった。
「さて、その世界が泥の海となり、
名前が呼ばれたものはその場に立ちあがり、代表がジウスドラに向かって会釈した。そのたびに、全員からまた拍手がわいた。
「
こうして次々に紹介され、その都度代表が立ち上がって拍手を受けた。
「ヒナタ・エビロスの
よくもこれだけ生き残ってくれたと、感涙は皆共通のものだった。総勢数千人ほどの人が、この大拝殿の御神前を埋め尽くしているのである。それは皆互いに肌の色も違う、まさしく全世界五色人代表の
「さて、最後に
今度はジウスドラやセムたちが拍手を受ける番だった。ジウスドラは立ち上がって、ここに集う五色人代表に恭しく礼をした。拍手が鳴り終わると、大王がさらにお言葉を続けた。
「この方とそのご家族は、我がスメラ家の霊統を濃く受け継ぐ者たちであります。スメル族であります。故にジウスドラは今日よりは名を変えて、『ノア』と名乗るがふさわしいかと存じます」
すると突然、大王の横上方に巨大なスクリーンが出現した。
「ゝより
「ははあ。有り難き幸せ」
ジウスドラは「ノア」という名を賜り、ますます平伏するのであった。
「これは覚えておいて頂きたいのですが、ノアがこの向こうの
その場を埋め尽くするすべての人々から歓声と万雷の拍手が上がった。
「ノア。あなたの船がこれから降りる所を、逆にアララトの山と名づけて頂きたいと存じます」
その時、成り行きを黙って見ていたセムは、雷に打たれたようなものすごい衝撃を受け、もう少しで弾き飛ばされるところだった。すべての人がどよめいたので、その衝撃はセムだけではないようだった。
「今、御神示が下りました」
と、大王がゆっくりと述べた。それは全員に一斉のようだった。神示受けはセムとて初めてなので途惑っていたが、やがて肉声ではなく、心の中に直接響いてくる声が聞こえてきた。
「
今までは御神示といえば父に降っているもので、自分はただそれを父を通して聞かされるだけだった。それが自分に直接に、御神示が下った。
初めて神様のみ声を直接聞いたのである。もはや観念の神ではなく実在神だった。
セムは涙とともに身を震わせていた。だがふと、忍び泣く声は自分でだけではないと気付いた。ほとんどすべての人が泣いている。やはり大王様の言われた通りに、ここにいるすべての人に同時に御神示は下されたのだ。何人かは号泣だった。
それがしばらく続いて、だいたい収まりかけた頃にまた、大王のお声が響いた。
「今の御神示にありました通り、皆様方はまたそれぞれの地域でやり直さなければなりません。もはやこの
大王のそのお言葉にまずは皆が神殿を拝し、それから立ち上がった。神殿の上や左右からサーチライトのような閃光が放たれて巨大空間を包み、その光の洪水はまさしく天国そのものだった。
人々は、ゆっくりと整然と外を目指した。皆、落ち着いて譲り合い、先を争うものなどいなかった。そして、先に外に出た一団の人々から、大きなどよめきが上がっていた。何だろうと思いながらも、セムも前の人々に続いて大扉を出た。
陽光がさっと顔に当たる。山頂からの眺めは、実に多くの山々が
人びとのざわめきはこれだった。皆足を止めてその虹を見上げていた。ちょうどこの山頂の向かい側に、セムたちの乗ってきた船が頂上にある山が見える。その船を中心にして、虹はかかっているようにも見えた。実に色鮮やかな、美しい虹だった。
その時また、雷の様な衝撃をセムは受けた。セムだけではなく、そこにいたすべての人が受けたようだ。果たしてまた、御神示が胸の中で響き始めた。
「これは、神と汝等人との契約の虹なり。汝等神の子人を
その一言一言がセムの胸に刺さり、そして
やがて空に、巨大なエアー・ソーサーが十機出現した。ここにたどり着くまでにそれぞれが乗ってきた船を、すっぽりと持ち上げるだけの巨大さだった。これこそ大王が自分たちのために出動させて下さる
やがて人々は、五色人それぞれに分かれて、山をそれぞれの方向に下っていく。
その前に数千人の人々が互いに握手を交わしたり抱擁を繰り返し、涙に顔がグシャグシャになりながらも別れを告げた。互いの健闘を祈って将来を祝し、再会を誓う言葉を交わしての抱擁が次々に続いた。これから故国に帰っても、皆それぞれ原始人に戻った生活から初めて、文明を築き直していかないといけないのだ。
やがてセムたちの仲間、父ジウスドラ改めノアとその家族は、自分たちの船のある
やがて三百人弱の家族が再び船に乗り込むと、上空からエアー・ソーサーの一機がしっかりと抱え込み、そのまま浮上した。そして虹の彼方に向かって、そのアーチをくぐるかのように超高速で飛行して行った。
五ヶ月かかって漂流してきた距離を飛ぶのにかかった時間は、わずか五分であった。だから、ノアが窓から外を見つつ、ここがシュルッパグだと言っても誰も信じられなかった。そこには人工のものは何もない、赤茶けた砂漠が広がっていただけだからだ。バラの花畑が一面に広がっていた彼らの故国も、国土の大部分は砂漠と化していた。
そしてさらに北の方にある大きな山、彼らが後に
ノアの箱船を山の頂上に降ろすと、天の浮舟はそのまま垂直に上昇し、目にも止まらない早さで飛行していった。三百人のノアの家族たちは、それが空の一角の天となって消えるまで、ずっと手を振り続けていた。
「さあ、皆さん。始めますよ」
と、ノアが全員に呼びかけた。
「まずは種まきからです」
ノアの家族たちの仕事は始まった。山から降りて平らな砂漠の土地を耕すことからであった。一つの家族となった三百人は、歓喜の中でその作業を進めていた。
時に西暦紀元前2833年の話である。
(ジウスドラの船 おわり)
The ARK ~ジウスドラの船~ John B. Rabitan @Rabitan
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