Gain 30:The Sinking Of The Titanic
爽やかな朝、市場で果物を買ってそれをかじりながら船着き場へと歩いていく。
行き交う人々は笑顔で元気がいっぱいで、世間話に花を咲かせる。
「絢爛卿がいなくなってこのあたりの魔物もどんどん討伐されて安全になってきたんだ!それもこれも噂の大道芸人たちのおかげだな。」
「それ、俺達なんスよ~、いや~、また平和、守っちまったな~!」
「お前らはわざわざ危険な森を通ってきた変態旅人じゃねえか。わかりやすい嘘言いやがって、まあ、冒険者が功を焦る気持ちはわかるけどな~。」
「ぐぬぬ、全然信じてもらえねえ!」
「まあ、いいじゃない、私達は音楽を聴いてもらえれば。」
「あとは~、お金に困らなければ~。」
「お前らは功名心が欠如してるんじゃねえのか!?
俺はチヤホヤされてぇ~!!」
しかし、自分たちが守ったという平和があり、それが人々の笑顔と活気という形で現れるのは、たとえ自分たちの功績ということに気付かれなくとも、悪い気分ではなかった。ツカサもチヤホヤされたいなんぞと言いながらも、こそばゆそうに鼻を掻いている。他の二人ももちろんあまり功名心を抱かないタイプではあるものの、こういう風景は気持ちの良いものであった。
「僕は信じますよ、お兄ちゃんたちがその大道芸人だって。
アヤカさんなんてとても強かったもの。ツカサさんはなんか特になんもしてなくて、ユメタローさんはうんこ出しっぱなしだったけど、信じます。」
「いや、その情報量で信じられるのも結構癪に触るんだが!
俺だってやるときはやるし!戦闘はできないけどよ!」
「まあ、良い能力貰ったんだし、しょうがないわね、戦闘はユメタローや私がやればいいのよ。」
「そうそう、ツカサはそのままでもいいよ~。」
「うう、お前たちっ!」
やがて船着き場に到着すると、多くの人々が忙しく働いていた。
船はもう既に乗り場に着いており、積荷の搬入が行われている。
眼前に広がる湖は、地平線が見えるくらい広く、家々も水上にいくつも建っている。
小さな舟も沢山行き来しており、様々な物を売っていてまるで市場のようだった。
「こりゃすげえ風景だ!めちゃくちゃデカい湖なんだな!水は、まあ汚えけど!」
「へえ~、すごい、まるでトンレサップ湖みたいじゃない。カレントって街もこういう感じなのかしら。観光したいわね。」
一行は出航までの時間、近くの料理屋で朝食を摂って過ごすことにした。
* * *
船が出向するとただちに吐き気に襲われたツカサはへりに張り付いて、嘔吐をしていた。アヤカは完成したてのウッドベースを弓で弾いていた。
乗り合わせた誰もがその音色に耳を傾ける。
「なんか、こう、水の中で響いているような音だな。」
「なんだか気持ちの良い音ね。心が落ち着いていくようだわ。」
ノイバウテンもその音に心奪われ、目を輝かせている。
「これが、音楽……。確かにこれは、いいですね。感動する。」
水上を進む船、太陽の光が眩しく輝き、仄かな風が人々の間を吹き抜ける。
「ああ、この曲は、あれだね。"
「私のパートだけでよくわかったわね。そう、好きなのよね。
海じゃないけど、水上で弾けたらなって思ってたの。」
そう言って演奏するアヤカの表情は穏やかだ。
ツカサもまた、吐きながらもその音に耳を傾けていた。
アヤカとツカサの思い出の曲。
当時本屋で働いていたツカサは、まだ二十歳のアヤカと出会った。
アート本コーナー担当の二人は特に会話もなくお互いに興味も持たなかった。
アヤカとしてはツカサは雰囲気がバンカラすぎて頭が悪そうで、自分の好きな音楽の話ができそうにもない。ツカサとしてはアヤカは小綺麗すぎて、前衛音楽など興味がなさそうだなと思っていた。
ある日失恋したツカサはバイト先の近くで雨に濡れて項垂れていた。
辛気臭い顔をしていると、バイトから上がってきたアヤカがその姿を見つけた。
彼女は死にそうなツカサの顔を見ているとなんとなくイライラしてしまい、顔面にケリを食らわせた。そして後ろ向きに倒れるツカサのそばにしゃがむと傘を差してやった。
「まあ何があったか知らないけど、これ、私の好きな曲なんだ。」
鼻血を垂らして倒れている濡れ鼠のツカサの耳にイヤホンを突っ込む。
そこで流れていたのが"
沈没した客船の中で、演奏だけが続いているような音楽。
イヤホンの隙間から聞こえる傘に当たる雨音を背景にそれを聴いた時、ツカサはその美しさに涙を流した。
「は、男が泣くとかみっともない。」
「泣いてねえし!雨だし!あといい曲だよなこれ。
アヤカはニヤリと笑うとツカサの手を引き起こしてやり、そっと抱きしめて頭をポンポンと撫でた。
「
「そっちこそよく現代音楽なんか聴いてるな。」
「好きなのよね、サウンドアートとか、前衛音楽とか。学校でもそういうの作ってるし。」
「なに!マジか!俺さ、バンドやろうと思ってんのよ、ノイズバンド。ノイズだけじゃなくて色んな前衛音楽の要素を混ぜたようなごっちゃごちゃのやつ。なあ、アヤカ、良かったら俺とバンド組まねえか!」
「雨の中びしょ濡れで鼻血垂らしてるやつと?まあ楽しそうだけどね。」
「よっしゃ決まりだな!あとユメタローっていう幼馴染がいて……。」
船は静かに進んでいく。客たちは酒を飲んで、ツマミを食べる。
ユメタローはお土産品や椅子を引く音など、様々な物音を立てて音楽を引き立てる。
ツカサは少し目をうるませて鼻をすすりながら言った。
「懐かしいな、アヤカ、俺たちの出発を感じさせるいい曲だぜ。」
一方、アヤカは昨夜の宿で風呂がなかったことを考えていた!
次の街の宿では風呂施設のある宿に泊まろう。
だがなんだか今も臭っているような気がする!
いや、おそらくたまらなく臭い!そういう予感がある!
アヤカは自分の体臭を異常に気にするきらいがあった!
その為、現在も弓を左に弾く際、ちょっと脇の下の臭いを確認していた!
いや、大丈夫、臭っていない、臭っていたとしても仄かである!
もし臭いと言われたらツカサが臭うことにすれば良い!
そうだ、その手があった、かわいい女の子の自分とこ汚いツカサ、どう考えても臭そうなのはツカサである。双方どちらがと疑いがかけられた場合、誰もがツカサを疑うであろう。悪いがツカサが無臭であろうとも私はこの手で行く、そう考えていた!
アヤカは楽器を弾きながらそっとツカサのそばに近寄る。
ツカサはその仕草に少し赤面してしまった。
「アヤカも覚えているんだなあのときのことを。」
そう思ってツカサは柔らかく微笑んでアヤカを見つめた。
「え、何、気持ち悪ッ」とアヤカは思ったが、とりあえず微笑み返した。
ツカサは胡弓を取り出して、アヤカに合わせて演奏をした。
人々はそれを取り囲み、耳を傾け、体をゆっくりと揺らしていた。
「あ、見えてきたぞ、水上都市カレントだ!」
水の上に建ち並ぶ高床の家々、レヴィンサインズの比ではない数の船の上の市場。
街の脇には装飾された石造りの巨大な滝が流れている。
陸地の方に建つ家々はレンガ造りで赤みを帯びており、水辺と建物との対比が美しい。
「おー、ここが新しい街か~!」
「これだけ栄えてたら楽器用のいい材料が買えそうだね~!」
「早くお風呂入りたい……。」
こうして一行は水上都市カレントに到着したのだった。
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