Gain 28:Forest Of Evil

「ケッケッケッ……。」


 不敵に笑う姿の見えない敵。

笑い声だけがこだまし、どの方角にいるかもわからない。

ユメタローはうずくまり、苦しげな声をあげる。


「ぐっ、くうう、クソ!」


「ユメタロー!」


「畜生!卑怯な手を使いやがって!一体何をしやがった!」


「ケッケッケ……、いや特に俺は何もしてないが?」


「そういう、俺TUEEE系の主人公みたいなこと言いやがって!」


「いや、本当に何もしてないぞ……。」


「なんですって!?」


 二人は苦しんでいるユメタローに向き直って心配する。

ユメタローが冷や汗をいっぱいにかいた顔をあげる。

その顔は青白く、今にも倒れそうであった。


「う、二人共……、まさかこんなことになるなんて……、すまない……。

恐らくキノコだ!めっちゃお腹痛い!うんこ漏れそう……、アッ!!」


 何が「アッ!」なのか、二人の不安をよそにユメタローは素早く木の裏に移動し、パンツを下ろすと、すぐさま凄まじい勢いでうんこをし始めた!


「バブッ!ババババブビューッ!ビリビリビリッ!!」


「いや、おい!ユメタロー!戦闘中だぞ!」


「うわ、サイッテー……。」


「ブリブリブリいやぁ、ちょっとババババブビュ!とまらなブジュジュジュッ!!」


 排便の音が激しすぎて、もはや何を言っているのかわからない!

最悪の状況である!

敵は見えない場所からの攻撃を行うのを得意とする!

しかし毒人参ヘムロックにはその位置が特定できない!

敵の位置に関係なく範囲で薙ぎ払える頼みの綱のユメタローは戦闘不能!

絶体絶命のピンチと言える!


「くそ、相手の位置さえわかれば私が上手いこと接近して戦えるかも知れないけれど……。それにしたって動きづらいことにはかわりはないけれど。」


「俺も演奏するにはここは狭すぎる。

体力も殆ど残ってないから歌えるかも判らねえ!」


「ブリーッ!!ブリブリブリ!!(畜生!恐ろしい相手だ!!)」


 死角から来るクナイの攻撃、アヤカは超反応でそれを叩き落とすが、そのたびに枝で浅い擦り傷を作ってしまう。敵は木の上を自在に移動しているが、漫然とした気配だけがあり、方角がわからない。


「くっ、こちらかと思えばあちらから攻撃が来て!

煩わしいったらありゃしないわ!」


「おい、アヤカ、ここで戦うのはマズすぎるぜ、狭すぎて自由が効かねえ!

移動して広い空間に誘い出すのが良いと思わねえか!」


「ブブピ、ブーリブリブリ!(僕もそう思う!)」


 毒人参ヘムロックはその活動履歴、そして長い付き合いから、お互いの音を通じて理解し合えるようになっていた、それはセッション時の音の応酬で鍛えられたもので、あのオスタータグ戦でもチームワークとして発揮された。

そして、今回もまたその以心伝心はユメタローの排便音に於いても発揮されており、なんと彼らは、ユメタローの肛門の筋肉による音の強弱により、彼の言わんとしていることを理解できたのである!


「そうと決まれば……!走るぞ!」


 三人は一気に走り出す。それを追うように魔物は頭上を移動してくる。

襲いかかるクナイ、走りながらアクロバティックな跳躍からそれらを叩き落とすアヤカ、尻に一本刺さってしまったが我慢して走るツカサ、排便中だというに全力疾走ができる胆力をもつユメタロー。


 一行は擦り傷を作りながらも草木を切り分け進み、遂に広い空間を見つけた。

と、そこにはひとりの少年がしゃがんでいた。

魔物はその少年もろともに狙い攻撃を繰り出すが、アヤカがこれをはたき落とす。

ユメタローはさっさと茂みに隠れ排便の続きに勤しんだ。


「あ、あの、あなたたちは!?」


「話はあと!今魔物に狙われてるのよ!そこの茂みに隠れて!」


「は、はい!」


「バババッブリ~!(こっちへ!)」


「よし、歌うぜ!毒人参ヘムロック!!

ヴォアッヴォーッ!!」


「あ、ちょっと待って!」


 その瞬間、クナイがツカサの手足に刺さる。


「ぐえ~!痛え!痛えよぉっ!」


「歌われると相手の攻撃の気配が察知できなくなってガードできないわ!」


「くっ、ま、マジかよ、すげえピンチじゃねえか。」


「ブリッ!ブリピッ!?(みんな、大丈夫!?)」


「あの!すみません、この人一生うんこしてるんですが!

あ、うわ、臭い!

あの、僕、この人と一緒にいなきゃいけないんですか!?」


「本当に悪いんだけど、そいつと一緒にいて!」


 傷を負ってテンションの下がっているツカサが、ふと何かをひらめいたようにアヤカに振り返る。


「そうだ!師匠の教えを思い出すんだ!」


 アヤカはあからさまに怪訝そうな顔をした。


「誰よそれ、そういうRPG設定いいから。」


「違う違うって!クソ!『4分33秒』だ!!」


 『4分33秒』、それは魔法の言葉であった。音楽に従事するもの、音楽を愛するもの、音楽に関わる全てのものに作用する魔法の言葉。

そのを聞くと、あらゆる音楽好きはその聴覚を鋭くし、あらゆる振動を聞き逃さないよう全身があたかも耳のごとく注意深くなる。


「その、は……!」


 アヤカもまた例外ではなく、今やその聴覚は最大まで拡張され周囲の音を貪欲に捉える。木々の揺れる音、葉のすれる音、虫の羽ばたき、風のささやき、自身の鼓動、呼吸、血液の流れる音、ユメタローの排便音。風景の沈黙を構成する物音の網の目が、彼女の全身を弦の振動のように駆け巡る。


「ケッケッケッ、死ぬ覚悟ができたと見える。」


 魔物はこの異様な空気に気付かない。アヤカは目を閉じ、音を全身で感じている。


「じゃあお望み通りあの世に送ってやるよーッ!」


 だが、魔物の手足にはクナイが刺さっている。いつの間に。

そう、魔物の立てた微かな物音、声、森の中で反響し、その姿を撹乱し続けた気配を、アヤカは魔法の言葉、そのによって打ち破った。そのクナイはツカサに刺さっていた、アヤカの投げたクナイであった。


「グエエエッ!?バカな!?何故!?何故位置がバレた!?」


「これが私たちのライブよ、『4分33秒』のカバーソング。周囲の音、それら全てが音楽となる。あなたの汚い叫び声が混ざるのは癪だけれどね!」


 魔物はバランスを崩して落下する。

アヤカはそれを視界に捉え、一足飛びに間合いを詰めると、空中で十字に斬り裂いた。


「ガハッ、無念っ……!」


「さすがアヤカ、師の教えをしっかりと感じたな。」


「ったく、何かと思ったわよ。でもいい『4分33秒』がやれたんじゃないかしら。」


「ああ、バッチリだぜ。」


 すると茂みの中からと少年とひどくやつれたユメタローが出てくる。


「ふー、一生分くらいうんこしたよ~。みんな無事で良かった~。」


「あの、ありがとうございます。いや、巻き込まれただけなんで釈然としないんですけれど、まあ一応……。」


「巻き込んで悪かったな。しかし少年。おめえは何だってこんな森にいるんだ?」


「レヴィンサインズ村に行く途中なんです、商隊とはぐれちゃって、歩きまわっているうちに森の奥まで来ちゃって。」


「遭難者じゃない!少年、それは遭難してるわよ!」


「僕たちもその村に向かっているところなんだよ、良かったら一緒に行くかい?」


「あ、いえ、うーん、そうですね、その方が良いですよね、魔物もいるみたいですし……。ところで、あの、お尻拭きました?」


「おう、少年、名前は何ていうんだ?」


「あ、僕ですか、僕の名前はノイバウテンです。」


「あら~!いい名前!」


「うん、いい名前だね!」


「いい名前じゃねえか!」


 というわけで遭難少年ノイバウテンとともにレヴィンサインズ村を目指して進む事になった毒人参ヘムロックであった。

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