Gain 24:Compost

「小娘がもうひとり増えたところで、わたくしの敵ではございませんよ。」


 魔族執事は柔和な表情でそう言うと、再び苛烈な連打を繰り出す。

エレーとアヤカは二人でしのぎ続ける。するとアヤカがため息をついて言う。


「こんなもんか。エレー、いいわ、あとは私ひとりでやる、他の雑魚をお願い。」


「し、しかしやつはかなりの使い手!二人で戦ったほうが有利です!」


「まあ、見てなさいって。」


「どうも勘違い召されているようだ。

そんな余裕ぶった態度で命を繋げられるとは思わないことですぞ。」


 アヤカに魔族執事のショーテルが左、右と間断なく襲いかかる。

その動きは非常に柔軟で、変幻自在の軌道を描き、ヒット時は恐ろしい力が籠もる。

にも関わらずアヤカはたった一本の剣を巧みに操り、確実に弾く。


「おや、思ったよりはやるようですな?」


 アヤカは普通の太刀筋のように斬撃の軌道を読んで弾くのが困難な攻撃を、目視しながらそれに反応して弾いているのだ。

超人的な反射神経、恐るべき集中力、そして魔族の力をも弾く腕力。

攻撃を弾かれ、小さく仰け反る魔族執事、額に冷や汗が流れる。

しかしアヤカは追撃をせずに嘲笑するかのように口角を曲げて敵を見るだけだ。


「この、ナメてらっしゃいますね!後悔することになりますぞ!」


 左手のショーテルによる一層鋭い斬撃が放たれる。

しかしアヤカは体勢を低く魔族執事の脇を駆け抜ける。

刹那、ショーテルが縦に真っ二つに割れる。

そして左手もまた、手から肩までを半分に斬り飛ばされた。


「ぐわああッ!!バカな!?人間の小娘如きにわたくしが押されるだと!?

絢爛卿の錬金によって強化されたショーテルが斬り裂かれるだと!?

こんなバカなことがあってたまりますか!!」


「あー、良いわね。余裕ぶっこいてるやつが焦る瞬間ってやつ。」


「す、すごい、あの激しい攻撃を受けながら反撃に転ずるなんて。

度胸もさることながら、あの技術、あの力。

毒人参ヘムロック、やはり只者ではない……。」


 それでも魔族執事は右手のショーテルを握り直すと、真っ直ぐと美しい構えをとる。分が悪い闘いであるとわかっても、なおも毅然とする態度は敵ながらあっぱれである。


「わたくしにも矜持がございます。

人間如きに我らが高貴さを折られてはたまりません。」


「オスタータグもそうだったけれど、魔族って貴族っぽい人が多いのかな~。」


「俺たちプロレタリアートからすると、ブルジョアジーってやつには反吐が出ちまうぜ!アヤカー!ぶっ倒しちまえ~!」


「私はワリと太い実家の生まれなので、どちらかと言うとブルジョワ寄りだわ~。」


「太い実家なんてクソくらえ!!」


 ツカサのアジなど我関せず、魔族執事はショーテルに魔力を集中させる。


「喰らいなさい!偃月牙クレセントファングッ!」


 魔力の斬撃が放たれる。

それは木や岩をまるで紙のように切り裂き、弧を描きながらアヤカに向かってくる。

紙一重で避けたものの、魔族執事は更に何発もの斬撃を飛ばしてきた。


「往生際が悪いということはわかったわ。」


 アヤカは短く息を吐くと、踊るようなトリッキーさで斬撃を剣で弾き、斬り裂く。


「くそ、くそ、くそ!魔法の刃ですぞ!何故弾ける!何故斬れる!

どうなっているのですか、その武器は!その身体能力は!」


「お褒めの言葉、ありがとう。」


 重々しいギターとドラムのリフレインがクレッシェンドを描く。

アヤカは瞬く間に魔族執事との距離を詰める。

須臾しゅゆにしてショーテルは半分に折れ、腕が切り落とされ、そして首が飛ぶ。


「みご……と……。」


 魔族執事の首は最後の一言を言うと地面にポトリと落ちて静かになった。

同時に雑魚の掃討も終わり、肥溜めの確保は成功に終わったようである。


「すごい、すごいですみなさん!

アヤカさんの一騎当千の強さは眼を見張るものがありました!

それに音楽です!

気分を高揚させて私の能力が大きく向上しただけでなく、魔族や魔物たちを同士討ちさせる混沌ぶり、これとうんこがあればミントンを倒せる気がします!」


「俺たち、大量のうんこを手に入れるために頑張ったんだよな……。」


 そう考えると何か虚しいものを感じる毒人参ヘムロックであった。


* * *


 ところ変わって再びレジスタンス秘密基地に集まる面々。


「みなと毒人参ヘムロックの方々の協力のおかげで、毎日しこたまうんこをする馬と、肥溜めの確保が成功しました。

これで我々は打倒ミントンに於ける大幅な前進をすることができました。

みなさん、ありがとう、ご苦労さまでした!」


「うおおお!うんこ万歳!!」


「みんなが喜んでくれるなら良かったけどよ……。」


 レジスタンスの人々は歓声を上げ、作戦の成功を祝っていた。


「さて、いよいよ近々ミントンを倒すべく動くことになりますが、やはり大規模な戦闘になることは間違いがありませんから、各自覚悟を決めて戦闘に臨みましょう。

武器やうんこの準備をしっかりして、最終決戦と行きましょう!」


「あー、それなんだけどさ~。」


 ユメタローが突然挙手をして発言の許可を求める。


「どうぞ、ユメタローさん、何でもおっしゃって下さい。」


「この街の人たちも鬱憤うっぷんが溜まってるんでしょう?

上手いことアジって仲間に加えられないかな。

僕らの音楽で使嗾しそうすることもできるだろうし。」


「使嗾って……。民衆を巻き込むのはどうでしょうか……。」


「姐さん、しかし民衆もくすぶっています。

我々と彼らを隔てるのはただに行動のきっかけだけだと思うのです。

そのきっかけに我々の機関紙の号外を配ると言うのはどうでしょうか。

そして共感するものたちを集めて蜂起するのです。」


「いいアイディアだと思うわ、この街のことだもの、この街の人々が参加するきっかけを持たせるのは良いと思う。エレー、どう?」


「……わかりました。そうですね、我々だけのイゼベルではない、彼らもまた、この街の住民ですものね。では号外の準備を始めて下さい!

そのかわり我々の作戦の詳細が漏れないように細心の注意を払って。」


「日時や場所は教えずに、当日は角笛を吹いたりして合図をすれば良いんじゃないのか?」


「それは良いかもしれません、号外にはそのように書きましょう。」


 こうしてレジスタンスは最後の目標たるミントン討伐に向けて動き出した。

秘密裏に号外は配られ、人々はこれについてヒソヒソと互いの意見を交換し合った。


 また、魔族たちもそれを読み、絢爛卿に報告もしたが、ミントンは歯牙にもかけず、それを一笑に付した。権力も力もなく、恐怖に骨抜きにされた民衆が決起などできるはずがないと高を括っているのだ。


 民衆の考えがどうあれ、レジスタンスの戦闘準備は着々と進んでいた。

大量の馬糞や肥溜めから沢山の糞団子をこさえ、魔族と戦うための武器を磨いた。

そうして緊張と不安の一週間が経った。


* * *


 作戦当日、人々が寝静まった夜のイゼベルで、レジスタンスの面々、エレー、そして毒人参ヘムロックの三人は暗闇に紛れて路地裏に集まる。

エレーは人々の覚悟の滲む顔を眺めて感慨深そうにすると、小さな声で言う。


「遂にこのときが来ました。今日を以って我々は、長くに渡って人々を苦しめたミントンの悪しき統治から脱するのです。みなさん、必ず勝ちましょう!」


 みなそれぞれに声を殺してお互いの士気を高める。

そしてエレーは角笛を長々と吹き鳴らした。

それは家々に反響し、夜空に溶けて響いた。


 だが、それだけであった。

民衆は誰も現れない、暗闇の中で、レジスタンスの目だけが煌々と輝く。

誰もが落胆し、そりゃそうだよな、と言った態度で諦める。


「残念ですがやはり、恐怖に染まってしまった人々の心を動かすのは難しかったですか……。」


 するとツカサが一歩前に出てシールドの先をユメタローに投げてよこす。

ユメタローはニヤリと笑うとそれを咥えてスティックを回した。

アヤカもそれに続きベースを肩から下げる。


「アジテートってのはよ、こうするんだぜ!!」


 毒人参ヘムロックの轟音が夜を切り裂いた。

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