Gain 15:Man With Potential

「おい、こりゃ。目を覚まさんか。」


 頭から水をかけられてハッと目を覚ます毒人参ヘムロックの三人。

全員がカラカラの干物状態であったが、街の人が水を飲ませてくれたり、頭からかけてくれたりしたお陰で、彼らは何とか一命を取り留めた。


「う、頭痛え。ここは?」


「ここはオアシスの街メレディスじゃよ。」


 街の人達は大騒ぎの中心人物たる三人を物珍しそうに囲んでいる。

恐らくサンドワームから落ちてきたであろうこの若者たちは、一体何者であるのか。

そして蠕虫ぜんちゅうが暴れまわっていたときに微かに聞こえていた音はなんであったのか。

その答えを知りたくて彼らは毒人参ヘムロックを取り巻いていた。


「ああ、僕たち、街にたどり着けたんだね、良かった……。」


「あなたたちが助けてくれたのね、ありがとう。恩に着るわ。」


「なああんたら、サンドワームから落ちてきたよな?

一体どうしたんだ?食われてたのか?」


「いや、なんつーか頭の上に乗ってたと言うか。」


「あっはははは、なんだそりゃすげえなぁ。

あんなでけえバケモンの上に乗るだなんて豪胆だねぇ。」


 呼ばれて来た医者が前に出て毒人参ヘムロックの様子を見た。


「かすり傷しかねえや、脱水症状もみんなが水ぶっかけてくれたからじきに良くなんだろ。いや~、良かった良かった。後はよく食って寝りゃ心配ねえよ。」


 それで彼らは思い出した、そう食って寝る為の金がないことに。

しかしライブをもう一本やるにはもう体力も気力も残っていない。

このままではいずれにせよ干からびて死んでしまう。

砂漠のど真ん中ならまだしも、街中で遭難なぞ笑えない。

そのとき、髪の毛を無造作に後ろに纏めた、身なりのよく背の高いひとりの少女が前に歩み出て来て言った。


「ねえ、あんたたち行く宛がないんでしょう?

良かったらアタシんちおいでよ!

一人暮らしだから部屋も余ってるのヨ。」


 この提案に三人は飛びついた。


「マジで!?良いのかよ!恩に着るぜ、このままだと死ぬところだったんだ。」


「アッハッハ、大げさ~、でもないか。

街中でも一日中外にいたら干からびちゃうもんね。

アタシはレン・タン。あんたたちは?」


「僕たちは毒人参ヘムロックのユメタローとアヤカとツカサ。

よろしくね~、レン・タンちゃん。」


「ちょっと自分の死因を思い出すわね……。」


「うん、あんたたちの名前覚えた!

変な道具を持っているけれど、芸人か何かなの?」


「俺たちはバンドだ。音楽っていうのをやるんだぜ。

これで飛竜卿のオスタータグも倒したんだぜ。」


「アッハハハ、七樹魔聲卿ヴォイス・オブ・ザ・セブン・ウッズの?面白いねあんたら、道化師か。いいねいいね。せっかく泊めるんだ、面白い話を色々聞かせてヨ。」


* * *


 レン・タンの石造りの家は広々としていて綺麗だった。

彼女が作ってくれたマカロニなどのパスタとひよこ豆、揚げた玉ねぎにトマトソースとクミンをかけた料理は、独特の味がしたが、美味しくて手が止まらない。


 お腹いっぱいになった毒人参ヘムロックはやっとこ生き返ったような気分になった。


「美味しかったわ!ありがとうレン・タン!

お家も広くて綺麗だし、すごく居心地がいいわね。」


「あら、気に入ってくれてありがとう!

そんなに気に入ってくれるならこんな家、あげちゃってもいいわヨ。」


「え、うそ~、気前良すぎない~?

僕遠慮とか知らないから本当に永住しちゃうよ~?」


 そうやって毒人参ヘムロックは調子の乗るままに居着き、毎日レン・タンに甘えて日々を過ごしていたら、気付けば一週間も経とうとしていた!


「え、一週間経ってるんだけど。」


 アヤカが驚いたように言う。


「いや、マジでここ居心地いいし、良くね?

外はクソ暑くてマジで勘弁して欲しいけど、この家の中は不思議と涼しいし、レン・タンが作ってくれる飯はマジで旨いし。」


「アハハ~、ありがとう。アタシも料理は好きだからね、旨いって言ってくれると作り甲斐があるヨ!でもそうだな~、明日からは自分たちで作ってもらうことになるかも。」


「え~、僕たち料理できないよ~?」


「ちょっと一緒にしないでよ。私はできるもの~。」


 そんなことを話しているとドアがノックされる、こんな夜中に人が来るなんて珍しい。レン・タンがはいはいと言いながら扉を開けると街の人々が大勢いた。


「レン・タン。約束の日だ。準備はできているか。」


 何やらものものしい雰囲気にさすがの毒人参ヘムロックも訝しむ。


「うん、できてるよ。行こうか。」


「ちょっとちょっと、何処に行くのよ。こんな遅い時間に。」


「街のしきたりでな。年に一度砂神さまに人柱を出すんだよ。」


「は?人柱?」


「明日は今夜人柱を出して、明日は朝から宴が催される。

飲めや食えやの大騒ぎだぞ。」


「うわー!酒池肉林最高~!」


「ちょっとユメタロー黙って。」


「おいおい、するってえと何か?レン・タンは生け贄にされるってのか?

こんなに若えのに?」


「街の決まりだからな。」


「砂神さまがいるおかげでこの街のオアシスはあるんだ。

ここだけ魔物に襲われないのも砂神さまのお力だ。」


「ざっけんな!そんなクソみてえな話あるかよ!

おいおい、レン・タン、そんな連中の言うことなんか聞かずに戻ってこい!」


 レン・タンは振り向くと明るく、そして寂しそうに笑うと言った。


「ダメダメ、この街のためなんだから仕方ないんだよ。

それとも何かい?七樹魔聲卿ヴォイス・オブ・ザ・セブン・ウッズを倒した勇者さまがアタシを助けてくれるのかい?」


「当たりめえだ!俺たちが何とかしてやるよ!」


「アハハ、良い道化師だなぁ。その気持だけで十分だよ。

あんたたちと過ごした一週間、とっても楽しかったよ!

アタシには家族はいないから、こんなに明るい食卓を過ごせたのはあんたたちのおかげ。最後にいい思い出になったよ!あ、家は本当にあげるから。そのまま自由に使っちゃって。」


「え、本当に家くれるんだ~、太っ腹~。やったね、ツカサ、アヤカ。

もう冒険とかやめてここで生活したら良くない?」


「倫理観ゼロかよお前はよぉ~!今はそんな話してる場合じゃねえだろ!」


 毒人参ヘムロックの呼びかけも虚しく、レン・タンは街の人々に連れて行かれてしまった。

シンと静まり返る家の中、呑気にワインを飲んでいるユメタローを尻目に、ツカサはいつになく真剣な面持ちをしていた。


「なあ、やっぱり納得行かねえぜ、俺は。」


「でも街の決まりごとなんでしょ~、僕たちが何かして本当にオアシスがなくなっちゃうほうが大変だと思うな~。そしたら責任取れるのツカサ~。」


 その言葉にツカサはウッと言葉に詰まる。

ツカサは万年バイトマンだったので責任を取れと言われると弱い人間なのだ!


 するとアヤカがズバリと言い切る。


「不条理に屈するのは粋じゃないわ。」


 そうして立ち上がると剣をき、楽器を担ぐ。


「私はひとりでも行くけど、どうするの?」


 ツカサは右の手で拳を作ると思いっきり自分の右頬を殴った。

そしてきりもみしながら吹き飛ぶと、立ち上がって言う。


「行くに決まってんだろうが!こんなの許してたまっかよ!

責任!?知らねえ!街の偉いやつが悪い!」


「二人が行くんならもちろん僕はついていくよ。

正直オアシスがなくなろうが知ったことじゃあないしね~。

でもレン・タンのご飯は美味しかったもん、僕はそっちのほうが重要。」


 三人は立ち上がり互いに拳を合わせた。


「俺はこういうクソを許せねえから音楽をやってんだ!」

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