Gain 14:Where The Sands Turn To Gold

 崩れ落ちる古城に巻き込まれて落下していく毒人参ヘムロック、その先にあるのは広い砂漠。

彼らはその景色に息を飲む。砂漠の美しい波。

だが見とれている場合ではない、このまま落下すれば全員死んでしまう。


「みんな!僕の側に近づいて!」


 ツカサとアヤカは両手を広げて上手く風の抵抗を操り、徐々にユメタローに近づく。近くまで来るとユメタローは二人の手を握り魔力を集中させる。


「あばばばばッ!え、空中盾エアリアルシールド!」


 するとまるでパラシュートのような巨大な空気の盾が出現し、三人は大きく減速する。しばらくそのまま滑空し、大きな怪我もなく着地することができた。


 しかし機材はその限りではなく、音声増幅器は着地の衝撃でオシャカになってしまった。他にもいくつかのパーカッション類や弦楽器が使用不可能になった。


「みんな無事だね!?よかった~。」


「うう、俺達の楽器……。」


「命あっての物種よ。また作ってあげるから。

しかし、とりあえず命拾いしたわね。ありがとうユメタロー。」


「さて……。」


 見渡す限り砂の海。

崖の上に戻る選択肢もあるかと周囲を見回すが何処もかしこも絶壁で非常に高く、登れるような場所はない、ユメタローの魔法の力技なども通用しそうになかった。


「ボルヘスの小説でバビロニアの王様が神の作った最大の迷宮だって言われて砂漠に置き去りにされる話があったわね。私たち結構ヤバいんじゃない?」


「ボスを倒して街に帰る予定だったから食料や水もそう多くは持ってきてないよ。」


「俺たちってもう一度死んだら女神に転生させてもらえるのかな?」


 ツカサの不謹慎な質問には誰も返答を返さなかったが、それが冗談ではすまないという雰囲気が三人の間を通り抜けていった。


「と、とりあえず歩かねえか?街を探さないと」


「闇雲に歩いても体力を消耗するだけだわ。死期を早めるようなものよ。」


「でもさ~、このまま考えてても干からびるだけだし、せめてオアシスでも見つけないと~。」


 そう言われるとアヤカも何も言えなくなり、とりあえず高い場所を探して周囲の様子を確認することに決まった。


 しかし初めての砂漠は予想以上に過酷であった。

容赦なく照る乾燥した日差しに水分は奪われて行き、歩みづらい足場が体力を奪う。

三人は小高い砂の山の上を目指すだけでもクタクタに疲れてしまった。

それなのに周囲に休めるような場所はなく、立ち止まるのにも立ち止まれない。


「はあ、はあ、はあ……、水、飲んで良い?」


「あんたさっき飲んだばかりでしょう~。もうちょっと我慢しなよ。」


「ちょっと待って、あれ何?」


 ユメタローが指差す先には大きな地面の盛り上がりがすごい速度で移動していた。

それは地響きを鳴らしながら動いている。


 するとその先頭から巨大なワームが姿を表す。

砂漠の地形を変えながら高速で移動する姿に彼らは震撼した。


「今ヤバ~、あんなのに襲われたらひとたまりもないよ~。」


「アレを避けながらオアシスを探して、あわよくば人里を発見するとかかなり難易度高そうね~……。」


 疲れと絶望感でうなだれるユメタローとアヤカだったが、ツカサは目を輝かせている。


「なあなあ、アレすげえ!乗りたくねえ?」


「はあ?」


「俺らの能力でさ、手懐けて乗って街まで行こうぜ。」


「かわいそうに、熱で完全に脳がやられてしまったようね。」


 するとツカサは人の言うことも聞かずにカンリンを強く吹くと、そのままギターをかき鳴らして歌い始めた。

サンドワームはその音に反応してこちらを向く。


「あ、ちょっと、ちょっと!何してるのツカサ!

あの変な化け物がこっち向いてるじゃん!

居場所バレるから!食われるから!」


 アヤカの予想通り、熱なのか元からなのか脳がやられてしまっているツカサはユメタローの言うことが聞こえてないかのように、一心不乱にギターを鳴らす。


「アア~!!バーババババ~!!ワップワップ!」


「何なのよこいつ!死にたがりなわけ!?」


 巨大なサンドワームは砂煙をあげながら勢いよくこちらに向かってくる。


「ホラ、お前たちも演奏しろよ!ちゃんとやらねえと食われるぜ!」


「このクソキチガイ野郎~ッ!!」


 ええいままよとまでにアヤカとユメタローは楽器を装備し、汗だくになりながら演奏を始めた。暑い太陽の下、広々とした砂漠で演奏する姿はなにかのプロモーション・ビデオのようで幻想的であったが、彼らの精神状態は限界に近かった。


 するとサンドワームは地面に潜り、大きく弧を描きながら彼らの背後に回り込む。

やがてさっきまで動いていた砂の山がシンと静まり返る。


「あ?何処に消えちまったんだ?」


 その瞬間、真下の地面が盛り上がり、毒人参ヘムロックはサンドワームの頭の上にいた。

砂漠を疾駆する巨大な蠕虫ぜんちゅうは彼らを乗せて進む。

恐ろしい勢いで流れてゆく風景。

演奏を止めるに止められぬ三人。


「うおおおおっ!速えェ~!すげえ景色だ!」


「こここここれは、振り落とされないようにしないと!」


「あれ、あの先、街がないかしら。ホラ、あの砂山の向こう側。」


 アヤカに言われて二人は目を凝らすと、確かに遠くに街らしき影が見える。

三人は頷くと蜃気楼でないことを祈ってそちらに進路を取ることに決めた。


「行くぞサンドワーム!ヴォーッエロエロエロエロッ!!」


 ツカサが意味不明な叫びをあげると、それに呼応するようにサンドワームが方向転換をする。その先にはあの街の影。


 サンドワームを操っていられるかはもはや体力勝負だった。

三人の体力はもう既に限界に達しており、今は気力だけで演奏している。

街に着くのが先かそれとも力尽きるのが先か。

これはそういう勝負なのである。


 顔面に容赦なくぶち当たる砂埃で、喉もカラカラになったツカサは、それでも尚も力の限り叫び続ける。

ユメタローがフィルインを入れ終わると同時に水の入った水筒をツカサに投げる。

それを左手で受け取り、勢いよく飲む。

素早くそれをアヤカにパスし、歌を再開する。

アヤカはライトハンドで演奏を維持しつつ左手で水を飲む。


 音楽は殆ど途切れることなく演奏され、それは朗々と砂漠に響いた。


「あとちょっとで着くよ!みんながんばれ!」


「まだ弾けるわよ!やってやろうじゃないの!」


「ヴァッヴェ~~~~ッ!!!」


 やはり街だ。砂漠の中にある街。

それはオアシスのを中心に築かれた街だった。

過酷な環境にありながらも活気に満ちており、人々も多く行き交っている。


 そこに巨大なサンドワームが闖入する!

街の人々は逃げ惑い、大混乱へと発展する。

ツカサたちは完全に熱でやられ演奏を止めない!

重度のランナーズハイになっているのだ!


 しかしそんな彼らにもついに限界が訪れ、最初にツカサが白目を向いて仰向けに倒れる。それを追うようにアヤカ、ユメタローもぶっ倒れてしまう。


 演奏を失ったサンドワームは正気に戻り、街の一角を破壊して砂の中に身を隠すと、そのまま街から離れて自分のテリトリーへ戻って行った。


 街人はその破壊の跡へ集まる。

砂煙の向こうでは倒れている毒人参ヘムロックの姿があった。


「おい!人が倒れてるぞ!医者を呼べ医者を!」


「唇がひどく乾燥している……。水を持ってこい!急いで飲ませるんだ!」


 こうして毒人参ヘムロックは命からがら新たな街へと到着することができたのである。

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