Gain 10:Theoretical Girl
魔族の男は真っ直ぐに
ツカサはリディアに抱きつかれつつ、それを睨み返す。
人差し指で魔族の男を指し示したあと、親指を立ててそれを下に向ける。
「へッ、ナンだてめぇは。俺のファンか?
サインが欲しかったら降りて来やがれってんだ。」
すると魔族の男は口を開く。
「ヒュースコアを担当していた魔物の大将がやられた。貴様らの仕業だな?」
「ああ、あいつならぶっ殺したぜ、ユメタローが。」
そう言ってツカサはユメタローを指差した。
というのもツカサは威勢よく相手にメンチを切ったは良いが、内心死ぬほどビビっていたのである。
自分は戦う能力はないので、魔物をけしかけられたらそれだけでやられてしまう。
なので、なるべく敵の怒りの矛先を別の者に向けさせたかったのだ!
「え、ちょ、僕~?いや僕だけどさ~。」
「ほう、貴様が……。
貴様らには後悔してもらいに来た。
この街の住民を皆殺しにし、貴様らも我が手で殺す。
魔王軍に楯突くことが如何に愚かしいことか、人間は身を持って知るのだ。」
魔族の男はそう言って右手を挙げた。
それに応えるように有翼の魔物たちが次々に街の人に襲いかかる。
アヤカとユメタローは素早く戦闘態勢になって、魔物を打ち倒していくが、余りにも数が多く、街の人々は次々に被害に遭っていく。
リディアも魔法で魔物を攻撃するが、多勢に無勢、鳥型の魔物の爪が彼女に迫る。
彼女は目を瞑り覚悟を決める。
だが、周囲の魔物は一瞬で地面に落ちていく。
オズワルドが素早い剣技で魔物を屠ったのである。
「クソが!ぶっ殺してえやつらが目の前にいるって言うのによぉッ!」
「ツカサさま!!アヤカさま、ユメタローさま!」
リディアの言葉に
「魔物の相手は私やオズワルドさん、兵士たちに任せて、みなさんは音楽をしてください!」
「あなた達だけに任せるわけにはいかないわ!私たちも戦わねば!」
「僕もできればサボりたいけどね~、さすがにこれは見て見ぬ振りはしづらいよ~。」
リディアは彼らの言葉に首を横に強く振る。
「違うんです!みなさんの音楽は不思議な力があるんです!
あの日ヒュースコアの民を鼓舞したあの不思議な力。
あの力があれば、この街の住人は戦えます!
私もオズワルドさんもより強い力で戦えるのです!
みなさんの演奏が、ツカサさまの歌声が必要なのです!!」
「俺の歌に、そんな力が……?」
「さあ、早く!」
真偽は定かではないがこうなっては覚悟を決めるしかない。
「ええい、侭よ!やってやるぜ!!
「せっかく新しい楽器を作ったからね~!
私たちの真骨頂見せてやるわ!」
アヤカはそう言うとギター、ベースを取り出す。
そしてアンプの如き音声増幅器から伸びる様々なコードを、上半身を脱いだユメタローの背中に取り付ける。それにギターをベースを繋げた。
「行くぞオラァッ!!」
ユメタローがドラムセットの如く組んだパーカッションを激しく叩く!
そのとき、彼の全身から魔力の奔流が放出される!
その魔力を原動力に音声増幅器が起動、ギターがフィードバックノイズを放つ!
ツカサは不敵に笑うとギターをかき鳴らした!
「ヴァア~~~~!!!!!!!!」
増幅された音圧が街中を包み込む!
「俺たちの十八番カヴァー曲だ行くぞ!
ワンツースリーフォー!!!!」
激しいリズム、激しいギターノイズ、グルーヴを支えるベース!
「ワンツースリーフォー!!!」
「ワンツースリーフォー!!!」
「ワン!ツー!スリー!フォー!!!」
なんとツカサ、ワンツースリーフォーしか言わないのである!
だが、その単調さが人々の心を熱くした!
人々はすぐに凄まじい興奮状態に陥る。
「こ、これは!うおおお!体が勝手に動く!」
「なんだこの万能感ッ!」
人々はバーサク状態に陥り、凶暴化する!
まるで鶏の如く殴られ、食い殺される飛行型の魔物たち!
「何だと!?人間が魔物を食うだと!?一体何が起きているのだ!?」
「ワンツースリーフォー!!!」
「ファイブシックスセブンエイト!セブンエイト!セブンエイト!」
魔族の男は困惑する。
それにこの音、何やら自分の中で高揚感が高まり理性を失してしまいそうだ。
何とか自制をして、眼下の地獄絵図を眺める。
この狂態の原因は間違いない、あの騒音を出しているあの三人だ。
「貴様ら、どんなトリックを使ったかは知らぬが、私を舐めるなよ!」
魔族の男は槍を構え、翼竜とともに
だが、その前に立ちはだかったのはオズワルドである。
彼は正確な剣捌きで魔族の槍の一撃を逸らす。
「今こいつらの邪魔をされるわけにゃいかねえんだよ、クソ癪だがな。」
「雑兵が邪魔をすると楽には死ねんぞ。」
「ワンツースリーフォー!!!」
オズワルドは手首で剣をくるくると回すと不敵に笑う。
「雑魚かどうか、試してみるか?」
「ワン!ツー!スリー!フォー!!!」
「く、喧しい騒音め!気が狂いそうだ!」
「同感だな。」
魔族の男とオズワルドが斬り結ぶ。
魔族の空中からの強襲を左手の短剣で的確に捌き、カウンターを差し挟む。
魔族の男もその素早いカウンターに反応し、確実に回避を行う。
デバフの掛かっていないオズワルドの実力は伊達ではなかった。
いや、現在は更に
「人間にしてはやるな。私はオスタータグ。
貴様、名を名乗れ。」
「知らねえよカス。さっさと死にやがれ。」
「やはり猿は猿か。」
しかし
「く、潮時か……。」
そう言うとオスタータグの飛竜は大きく空中に飛び上がると、人々に警告する。
「貴様らは我々を怒らせた。
近いうちに貴様らはこの行いを後悔することになるだろう。
必ず貴様らの血でこの地を浄化してくれようぞ。」
そう言うとオスタータグは魔物を率いて撤退して行く。
と、同時に
「魔物たちが去って行く……。」
「な、なんとかなったのか?」
「ケッ、負け惜しみ言いやがって!」
人々は安堵のため息をつくと、隣人と互いの無事を喜ぶのだった。
「ありがとうございます!ツカサさま!
お陰で大きな被害もなく、魔物を撃退できました!」
リディアが三人に近づいてお辞儀をする。
彼らは照れくさそうに頭を掻いている。
そこにオズワルドが抜身のまま近づいてくる。
「てめえら、ぶち殺しに来たぜ……。仲間たちの仇だ。」
「待ってください!
それにあの魔族の男、またこの街に攻めて来ると言っていました!
ここは協力して対策を立てたほうが良いと思います!」
「え~、僕たち魔物にそんな興味ないし~。」
「お、俺、あんまり戦いとかわかんねえから……。」
「あんたたちね~、そんなへっぴり腰でどうするのよ。
まあ、めんどくさいからパスしたいのは同意だけど。」
「俺も別にここの人間に義理立てするような訳柄なぞねえ。」
互いに協力する気のなさそうな彼らに、リディアは困り果ててしまう。
その様子を見たオズワルドは顔を顰めてため息を漏らす。
「クソが。あの魔族のやつらがまた来るまではこの件はお預けだ。」
「まあ、私たちもそれがいいわ。はぁ、あの魔物連中、あの感じだと街はもちろん、私たちにも用がありそうな雰囲気だったものね。」
「ってことは結局相手にしなきゃなんねえのかよ!うげえ~!」
「まあ協力できるならその方が楽だよね~。」
こうしてリディアの提案により、4人は次なる魔物の襲撃に備えて停戦協定を結ぶのであった。
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