Gain 8:Horse Cock Phepner

 村人を巻き込んだ一大ミニマル・ミュージックなライブの折、乱入してきた盗賊団を討伐した毒人参ヘムロックは、そのライブの素晴らしさと、村を守った救世主として大いに称賛された。


「おい、おめえ、こいつらは、最近世間を騒がせていたオズワルド盗賊団じゃあねえか。まさかこいつらをのしちまうとは、あんたらただの大道芸人じゃあねえな。」


「俺たちは毒人参ヘムロック、この世界に音楽を広めるために女神より遣わされた救世主だぜ。さっき一緒にやったのはミニマル・ミュージックっていうんだ。一人ひとりが違うリズムで同じ言葉を繰り返すだけで、こんなにグルーヴが生まれるんだ。面白えだろ。」


「ああ、リズムってやつ、最初は意味がわからなかったが、思わず体が動いちまうアレだよな、凄く楽しかった。」


「それは良かったぜ!」


 村人にそう対応しつつ盗賊の死体から金品などを奪っていく毒人参ヘムロック

彼らはもはや落ち武者狩りが癖になりつつあった!

死体から使えそうな武具や回復薬、地図などを奪っていく。

その姿はとても浅ましいものだったが、村人は興奮していたので余り気に留めなかった!


「そう言えば首領のオズワルドは賞金が掛かってるんだ、旅を続けるのに良い資金になるんじゃないか?アレ?オズワルドの死体は?」


 村人はそう言うと盗賊の死体をひっくり返したりしてオズワルドを探す。

毒人参ヘムロックの面々も賞金が掛かっているならと盗賊団首領の姿を探すが見当たらない。確かにアヤカが斬り倒したはずだが。


「あれ~、ゾンビになって逃げたのかな?」


「ゾンビは特殊な環境でないとならないので、それはないと思いますが……。」


「あ、この世界ゾンビも存在するんだね。良い世界だな~。」


「と、いうことは私が仕留めそこなってしまったのかもしれないわね、ごめんなさい。」


「いや、しぶといやつらしいからな。嬢ちゃんのせいじゃねえよ。でももしかしたら盗賊団を皆殺しにしたあんたらを憎んで、また何か仕掛けてくるかもしれねえ、それだけは注意しておきなよ。」


「ありがとう。最後に戦ったやつよね、彼は他の盗賊よりも抜きん出た強さだった。油断は出来ないわね。」


 一通り死体を検分し終わると彼らは満足してそれらを放り出して馬車屋を探す。

すると川で会ったあの男女、コラとトムが三人の前に現れて言った。


「馬車屋を探しているなら俺たちトムとコラの店へ!快適な旅を約束するぞ!」


「おお、あんたらが馬車屋だったのか!ぜひともお願いするぜ!」


「任せろ!盗賊の件であんたたちには世話になったからな、サービスするぜ。

で、目的地は何処だい?」


「アラン・ラムという街だ。」


「おおっと、あそこか。いい街だ。デカくて物流も多い。女も美人だぞ。」


「もう、トム!」


「おっと、コラに怒られちまった。どうする?もう出発するかい?」


「そうだな、よろしく頼むぜ!」


* * *


 オズワルドは村から少し離れた林で胸を抑えながら荒い呼吸を整えようとしていた。顔には冷や汗が垂れ、胸の出血と痛みで意識が朦朧としている。


「クソッタレ……、こんなところで死んでやるものかよ……。」


 彼は蒸留酒を口に含んで傷口に吹きかける。焼けるような痛みが全身を駆け巡る。


「ぐああ、痛えッ!!」


 そこに馬の音が聞こえてくる。オズワルドは警戒して腰の剣に手をかける。


「もし、そこの人、怪我をしているのですか?」


 木漏れ日が逆光になり、顔がよく見えないが馬に乗った女のようだ。


「ああ!?だったら何だ?近寄るな!」


「そういうわけにはいきません。見せてください。」


 馬を降りて女がオズワルドの側に寄る。彼は剣を抜こうとしたが想像以上に重い傷に体は上手く動かず、観念して女のされるがままにした。


 近くで見る女は想像よりもずっと若く、14歳かそこらに見えた。

女が一人旅をするにしては若い。

彼女は不思議な道具を構えると、張ってある弦をいくつか弾く。

するとオズワルドの傷がみるみる癒えていった。


「おめえ、魔法使いか。」


「ええ、私は魔法使いの家系です。これで大丈夫だと思います。」


「素直に礼を言おう。その魔法、詠唱や印を行わなかったが。どういう仕掛けだ?

大魔道士ってふうでもねえし、一般魔法使いが詠唱を短縮できるとは思えねえが。」


「これは、この楽器という道具を使って詠唱の代わりをしているんです。」


「楽器……。それと似た道具を使うやつらをさっき見た。

奇妙な儀式で俺の仲間の動きが鈍り、皆殺しにされた。生き残ったのは俺だけさ。

俺は奴らを追って仲間の借りを返さなきゃならねえ。」


「!その方たちはどちらに行ったのですか?」


「逃げ出す前に聞いた会話だと、アラン・ラムの街に向かうと聞いた。

お前もあいつらに用があるのか?」


「ええ、必ず追い付きたいんです。」


「……じゃあ俺と行くか?女の一人旅は危険だろう。命を救ってくれた礼だ。」


 女はオズワルドの人相の悪さから警戒したが、彼は手振りで敵意はないことを示す。


「何も取って食いやしねえよ。それにお前は俺の死んだ妹に似てるんだ。

貧困にあえいで死んでいった妹にな。」


「そうですね……、では目的は同じようですし、お願いしてもいいですか?」


「よし、決まりだな。あいつらに会うまでは魔物とかから守ってやるぜ。

お前、名前は?」


「リディアと言います。」


「リディアか、俺はオズワルド。

よっこらしょ。じゃあ馬がもう一頭必要だな。」


 そう言うとオズワルドは村の方に歩いて行った。


* * *


「あ、何だ!?俺の馬が勝手に走り出した!」


「おい、あれは、オズワルドだぞ!生きてやがった!」


「追うな!あいつは強く危険だ!

あの旅人がいない今、行かせるほうが安全だ……!」


 村人が見守る中、オズワルドはギャロップで走り出す。

その後ろには馬に乗った若い娘が追いかけていく。

二人はみるみる小さくなり、やがて見えなくなった。


* * *


「馬車、速え~。」


 ツカサが頭が悪そうに興奮している。


「アラン・ラムへは一日もしないうちに着くぞ。のんびりとしていてくれ。」


 この前に乗ったのは荷台だったので、まともな客車に乗れて三人ははしゃいでいた。ツカサなどは荷物も増えて移動が億劫になっていたので殊更に喜んでいる。


 サインホ村周辺の林を抜けると広い草原が広がっている。

野生動物がまばらに走り、鳥が飛んでいる。


「このあたりは魔物も少ないから野生動物が活発なんだ。」


「いい風景ね~。」


 ツカサはアヤカの作りかけのギターのような楽器を取り出して引き始める。

それに合わせてアヤカとユメタローはジャンベを鳴らしながら歌う。


「「アーアーアーアーーアーー、アーアアーアー~。」」


 そしてツカサの奇声。


「ホウッ!ホウッ!」


 コラとトムも毒人参ヘムロックの演奏に釣られて声を出す。


「アラン・ラムへ行くよ~。」


 陽気でフニャフニャな楽器の音と五人の楽しげな歌声が草原に響いた。


* * *


 日が落ちてオズワルドとリディアは焚き火に当っている。


 リディアが三線を手に持ってゆっくりと爪弾きながら朗読する。


「部屋は藍色の空に向かって開いている

足の踏み場もないほどの小箱や長持ちだ

そとの壁は馬鈴草ウマノスズクサに覆われていて

小妖精たちの歯茎が震えている」


 その音は優しく物悲しく、オズワルドの感情を揺さぶった。


「それも音楽ってやつなのか?」


「多分そうです。私も、音楽のことはまだ良くわからないのですが。」


「そうなのか。でも俺は連中の音楽ってやつよりお前のほうが好きだな。

何かこう、胸をグッと掴まれるようだ。」


「ふふ、ありがとうございます。」


 リディアはオズワルドに聞こえないくらい小さい声で呟く。


「しかし私は音楽のことをもっと知るために彼らに追いつかなくてはなりません。

そしてきっと、精進して彼らに加えてもらうのです。」


 彼女は彼らがオズワルドに殺されるようなことはないと信じていた。

彼らは強く、音楽は偉大だから。


 しかし、オズワルドもまた、リディアに聞こえないように言う。


「ああ、畜生、早くあいつらにはお礼をしねえとなァ。」


 こうして毒人参ヘムロックを追う二人は、別々の目的に想いを馳せるのだった。

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