Gain 7:Different 毒人参

 サインホの村に着いたのは丁度日が落ちてからだった。

村は木の家々が立ち並び、しかし手入れされているのか明るく綺麗だ。

三人は男女にお礼を言って、宿屋を案内してもらう。

そして彼らはコテージのような広々とした部屋に泊まることになった。


「うおー、いい部屋だぜ!」


「見て見て!魔物の死体の剥製がある!凄いな~!」


「これはゆっくり休めそうね~。」


 田舎の宿屋とは思えない温かく心地よいベッドは彼らを優しく包み込んだ。

三人は歩き疲れていたのだろう、横になるとみんなすぐに寝入ってしまった。


* * *


 翌朝目を覚ますと、村が騒がしい。

三人は着替えて外に出ると村人たちが集まってくる。


「おお、お前らか!コラとトムが会ったという大道芸人は!」


「あんたらヒュースコアの街で噂になってる旅芸人だろ?

あんたらの話はここまで聞こえてくるぜ。」


「うおお、うるせえ~!こいつら声クソデケぇ~!」


「おお、すまんすまん、この村の連中はどいつもこいつも声が大きくてな。

びっくりさせちまったかな。」


「ああ、ええっと、一応僕らのことだと思います。」


「よくわからないが音楽とかいう、音を使った芸をして回っていると言うことじゃあないか。是非俺たちにも見せてくれないか?」


「良いぜ、じゃあ楽器を持ってくるか。」


「あ、ねえ、せっかくなら村の人も一緒にやるのも良いんじゃない?

村の人達って言っても街みたいにそんなに沢山の人がいるわけじゃなさそうだし。」


「良いねえ!客と一体になるのも乙だよね!」


「まあ良いけどよ、どうするんだ?」


「そうね~、じゃあここの村人は声も大きいことだし、みんなにそれぞれ単語を喋ってもらいましょう。」


「お、なんだなんだ、俺達にもできるのか?その音楽ってやつは。」


「できるわよ~。じゃあ教えていくわね。みんな集まって~!」


 アヤカの呼びかけに村人が集まって来る。

全員が集まってざっと30人強くらいの小さな村だ。

その人達に向かってアヤカは手順を説明していく。


* * *


 一方その頃、最近悪名を轟かすオズワルド一味という若い盗賊団がいた。

彼らはそれぞれ武器を腰から下げ、サインホの村へ続く道を向かう。

盗賊団の下っ端がボスのオズワルドに話しかける。


「サインホの村って、小さくてシケた村じゃあないんですか?」


「いや、あそこの村は色んな街の丁度真ん中にあるからよ、旅人が多く立ち寄るから金も物資も結構潤ってるってえ話さ。もちろん若い女もいるみたいだぜ。」


「へえ、なるほど!さすがはボスだ!」


「まあな。金と食料をたっぷり奪って、女を楽しもうじゃねえか。」


 オズワルド盗賊団はこの周辺にもともと巣食っていた盗賊の縄張りを奪った実力派である。街のスラム街を脱するように集まった若者中心の盗賊団だ。

命知らずの彼らは、その若さ故に危険を厭わぬ勇猛な戦いぶりで頭角を現した。

その強さは地元の警備隊では危険すぎて手が出せない状態にまでなっている。


 そんな彼らは今毒人参ヘムロックのいるサインホ村へと進んでいる。

魔物よりも恐ろしい彼らが通った道には、草の根一本たりとも残らない。

サインホの村はもはや絶望する他ない。

あとはただ彼らによる蹂躙を待つのみである。


 やがて一行は村に到着した。

勇猛なオズワルドを先頭に盗賊たちは武器を構え鬨の声を挙げる。

その時、彼らの耳に激しい金属音が聞こえてくる。


「ム!?既に戦いが起きているのか!?」


 思わぬ展開に慎重になる一行は腰を低く音の鳴る方へにじり寄る。

するとそこには鎧のようなものを一心不乱に叩くユメタローの姿があった。

その隣には弓でベースを弾くアヤカ。

後ろには村人が全員並んで立っている。

中央には牛頭の男、いや、ツカサである。

半裸になって剥製にした牛頭をかぶっているのである。


「う、牛頭の人間だと!?これは一体何の儀式だ!?」


 キンキキン、キンキキン、キンキキン

 ヴー~~ン、ヴー~~ン、ヴー~~ン

鎧のパーカッションと魔物のベースが一定のリズムを繰り返す。

そこでツカサが叫ぶ


「ヘムローック!」


 キンキキン、キンキキン、キンキキン

 ヴー~~ン、ヴー~~ン、ヴー~~ン

 ヘムローック!

 キンキキン、キンキキン、キンキキン

 ヴー~~ン、ヴー~~ン、ヴー~~ン

 ヘムローック!


 やがて村人が喋りだす。


「ニンジンニンジン毒人参」


「ヘムローック!ニンジンニンジン毒人参」


「ヘムローック!ニンジンニンジン毒人参」


 この異様な雰囲気にオズワルドたちは気圧される。


「うお、うるさ、声でけえ〜!!

な、何をやってやがる、こいつら……!」


 すると村人が少しずつ喋りに変化を入れていく。


「ヘムローック!ニンジンニンジンホニンジンニンジン毒人参」


「ヘムローック!ニンジンホウニンジンニンジンホホウニンジン毒人参」


「ヘムローック!ニンジン食べたいニンジンニンジン食べたいニンジン毒人参」


 一定のテンポを刻んだまま、次々に足されていく単語!

複雑化していく言葉のリズム!

時々挟まれるよくわからない奇声!

それらが大きなグルーヴを生んで行く!


「アーヘムローック!ニンジンホウ食べたいニンジンキャウキャウニンジンホホウ食べたいニンジン毒人参ソレソレソレソレ!ハッ!ツーカーサー脳みそ脳みそポムポム」


 オズワルドは体がうずくのを感じる。

踊りたい!

体をくねらせて踊りたい!

その衝動を抑え込むように叫びを上げて立ち上がる。


「クソがてめえらぁ!ぶち殺してやる!」


 それを見つけた村人のひとりが大きな声でみんなに報せる。


「と、盗賊だ~!」


「ヘムローック!ニンジンニンジン毒人参と、盗賊だ~!ハッ!ツーカーサー脳みそ脳みそポムポム」


「ヘムローック!ニンジンニンジン毒人参と、盗賊だ~!ハッ!ツーカーサー脳みそ脳みそポムポム」


 村人の単語による合唱の中、ユメタローとアヤカは盗賊に躍りかかる!

ツカサは村人ともに叫び続ける!


 盗賊たちも武器を手に彼らに襲いかかる!

だがもう既にツカサの混沌ダス・ヒヤオースの術中である!

盗賊の誰もがリズムに合わせて単調化した動きしかできず、上手く戦えない!


「ツーカーサーはい脳みそ脳みそポムポム脳みそポム」


「ツーカーサーはい脳みそ脳みそポムポム脳みそポム」


 ユメタローの強力な魔法は周囲の盗賊を吹き飛ばし、アヤカの華麗な剣捌きは目にも留まらぬ疾さで敵を切り倒していく。


「ヘムローック!ニンジンニンジン毒人参」


「ヘムローック!ニンジンニンジン毒人参」


 オズワルドとアヤカは一対一で斬り結ぶ!

火花を散らす剣の音が軽やかに、合唱に溶けて伴奏となる!


「ヘムローック!ニンジンニンジン毒人参ツカサの脳みそポムポムツカポムポム」


アヤカの剣がオズワルドの剣を跳ね上げ、彼の胸を切り裂く!


「クソがぁ……!」


「「ニンジンはーい!」」


 最後全員の叫びが一つとなって演奏は幕となった。

音楽の余韻に喜び互いに手を取る村人たち!

その周囲には盗賊の死体の山!


「こ、これが音楽……!」


「一人ひとりはただ単語を喋っているだけなのに、徐々に音の塊となっていって……。」


「やがて大きな渦のようになったわ!」


 ツカサはかぶっていた牛頭を脱ぐと、汗を拭いながら言う。


「こいつが音楽だぜ!

その大きな渦はグルーヴっていうんだ。

感じただろ、でっかいグルーヴをさ!」


 こうしてサインホの村人は音楽に参加する楽しさを知ったのであった。

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