Gain 6:Matrikamantra

 真っ直ぐにツカサを見る純粋で期待の籠もった大きな瞳。

しかし、ツカサの答えは意外なものだった。


「い、いや、ダメだ。俺たち毒人参ヘムロックは今までも何度か四人目のメンバーを迎えてきた。だが、そのどれもが失敗に終わったんだ。」


「音楽性の違いでぶつかることもあったし、第四のメンバーだけ次々に事故に遭って定着しなかったり、四人目のメンバー以外全員盲腸にかかったりしたんだよ。」


「それ以来私たちは四人目のメンバーを封印してきたわ。」


 ツカサは深く頷くと至極真剣な面持ちで少女に言う。


毒人参ヘムロックの四人目は呪われているんだ。

だから、キミをメンバーに加えるわけにはいかない!すまない。」


 すると少女の目にはみるみる涙が溜まって溢れ出した。


「わ、私、役に立ちます!

荷物も持ちますし、ご飯も作ります!

音楽の修行も耐えますから!

どうか、連れて行ってください。」


「ごめんなさい。

それに長い旅になるわ。ご両親も心配するわよ。」


「父も母も魔物に襲われて死んでしまいました。もういません!

私は一人ぼっちなのです、何も失うものはない。

ただ、あなた達への憧れがあるのです!どうか一緒に!」


「連れて行ってあげても良いんじゃないの~?

いざというときの食料にもなるかも知れないし~。」


「ユメタロー、お前のそういうところどうかと思うぞ!

そんな理由で連れて行くわけにはいかねえ!」


「みなさんと一緒に行って、音楽の感動をみんなに届けたい……。」


「いいか、キミを連れて行くことはどうしてもできねえ。

だがキミはこの街に残って最初の音楽家になるんだ。

キミは音楽の感動を知った。それを人に伝えたいという気持ちも持っている。

それだけあればキミはアーティストだ!

キミはこの街の音楽を育み守る者になるんだ!」


「音楽を、育み守る者……。」


「何それ?」


「シッ!」


 ハッキリ言ってツカサ自身も何を言っているのか判っていない!

だが、真剣さと酔いの勢いに任せた言い分には妙な説得力が働いていた!


「そうだ。音楽に深い感動と覚悟のあるキミにしかできないことだ。」


「……私、なりたいです、音楽を育みたいです。」


「よし、じゃあこれをやろう。キミ、名前は?」


 そう言うとツカサは三線さんしんを一本手渡した。

それは少女の手にはずっしり重く、まるで彼女の覚悟のようだった。


「私は、リディアです。」


「いい名前だな!」


「それはいい名前。」


「いい名前~。」


「リディア、その楽器でキミはこの街でいつでも音楽を絶やさぬようにしてくれ、頼んだぜ!」


 そう言うと人の金でしこたま飲み食いして、腹いっぱい、酔いもいい感じに回った毒人参ヘムロックの一行は、酒場から出ていくのだった。


 リディアはその背中を強い意志を湛えた目で見続ける。


「それでも、私は……。」


* * *


 出発の日になった。毒人参ヘムロック一行は人々に見送られながら街を出た。

ツカサは周囲を見回したが、その中にリディアの姿は見えなかった。


「サインホの村までどれくらいあるんだろ。」


「頂いた地図の感じからだと半日歩き続ければ着くみたいよ。」


「半日かぁ。車のない世界だと近い方なんだろうけど、正直しんどいぜ。」


 三人は歩くペースもよくわからず早歩きをしたり休んだりしていると、やがて日が傾き始めてしまった。


「ぜえ、はあ、え、いや、着いてなくね!?遠くね!?」


「地図の通り最短ルートで行ってるわ。

単純にペース配分をミスって思ったより進んでないのよ~。」


「これ、ヤバくない?夜になったら魔物とか活発になったりするのかな。」


「最悪野宿か?」


「僕キャンプの知識全然ないや。」


 一行が進んでいると川が見えてきた。

三人は釣られるようにそちらへ向かうと、川の淵近くの木の根元へ腰を下ろす。


「つ、つ、疲れたぜ……。」


「あのさ~、私川で水浴びしたいんだけどいい?

最近お風呂入ってなかったじゃん?だからさ~。」


「良いぜ。そのあと俺らも水浴びるか。」


「覗かないでよ。」


「はいはい。」


 そう言うとアヤカは裸になり、川に入って体や髪を洗った。

その間ツカサとユメタローは疲れ切って木の下でぐったりしている。

わけではなく、休んでいるふりをして目だけをアヤカの方に向け、ガン見していたのである。


 アヤカは身長はそこまで高くないものの、非常に整った健康的なプロポーションをしており、実際スタイルがよく、容姿も整っていた。

そして若返った彼女は正直言ってかわいい。


 二人はそこはかとない罪悪感を持ちつつも、アヤカの沐浴を盗み見るのを止められない!男二人の目はおっぱいとお尻を追いかける!

その真剣な眼差しはいかなる魔物を相手にしたときよりも鋭かった!


 やがてアヤカが戻って来ると、二人はもうこれ以上は動けない風のぐったりした態度で彼女を迎えて全力で誤魔化した。


「はあ、だらしないわね~、でも水に入ると少しはさっぱりするから入ってきたら~?」


「じゃあ、お言葉に甘えて行くかぁ。」


 そうして二人は前かがみになりながら川へ向かうのだった。


* * *


「ううむ、ちょっと遅くなってしまったな。」


 馬車に乗る男はそう言うと、少し焦った雰囲気で馬を走らせる。

荷台に乗った女性は心配そうに男に聞く。


「日が落ちる前には村に帰れるよね?」


「ああ、大丈夫だ。夜になったら魔物が活発になるからな、急がないと。」


 すると、二人の耳にピーヒョロという聞き慣れない音が聞こえた。


「何だ?今のは?」


「鳥の鳴き声、かしらね?」


「いや、この辺りでそんな鳴き声の鳥なんていたっけかなぁ。」


 再び音が聞こえる。奇妙に思った男はその音のもとを確認しようと提案する。


「珍しい鳥かもしれない、そしたら捕まえて村のみんなに見せよう!」


「日が落ちるまで時間もないのだから少しだけだよ。」


 二人は馬車を降りて、身を低く音の鳴る方へ近づいていく。

するとそこには川があり、二人の男が全裸で水浴びをしている。


 片方の男は水面を一生懸命バシャバシャと叩き、もうひとりの男は動物の骨だろうか、それを切って加工したものを口に咥え、先程の奇妙な音を鳴らしていた。


「な、なんだあいつらは。いい歳して水遊びでもしているのか?」


 ピーヒョロ、バシャバシャ……。


「何か期待して損した。行くか……。」


「待って!この音……、何か楽しいわ……!」


「何を言って……。……!」


 よく聞くと笛の音はメロディーを鳴らしている。

彼らはその音が楽しくて、思わず耳を傾けてしまう。

それに合わせて強弱と巧みに水を叩く軽快なリズムがメロディーを支える。


「何だか、これは、体がウズウズする。」


「そうね、私もさっきから体がずっとあの水を叩く音に合わせて動いてしまうの。」


 二人は不思議な感覚に包まれて、やがて踊りだす。


 片方の男は水を叩きながら水に口をつけると、ぶくぶくと息を吹きながら歌う。


「ウゥィ~、ブクブクブクブク、ワッポッ!ブクミロロブクブク……。」


 それに合わせて笛の音のテンションも上がっていく。

彼は笛を吹いたまま水の中に潜ると、再び浮き上がり、笛の穴から水を吹き出しながら演奏をしている!


「ピーヒョロー、ブクブク、プピョウッ!ピーヒョロー、ブクブク、プピョウッ!」


 水の中に出たり入ったりしながら、笛から水を吐き出す奇妙な男!

それに合わせて奇声を発し、水しぶきを挙げながら水を一生懸命に叩く男!

その光景はいっそ奇異だったが、それを見ていた男女は楽しげに踊っている!


 やがて演奏は終わり、二人の男はお互いの手をガッチリと握る。

男女は隠れていた場所から出ていって二人の男に拍手を送る。


「ブラボー!素晴らしい芸だった!!こんなものは見たことも聴いたこともない!」


「楽しい時間だったわ!」


 二人の男女の登場に彼らは驚いたが、ニヤリと笑うと答える。


「俺たちは毒人参ヘムロック。今のは音楽っていうんだ!」


「音楽!素晴らしい芸ね!心が洗われるようだったわ。」


「ありがとー、そう言ってもらえると嬉しいよ~。」


 二人は川からあがり、服を着る。


「キミたちは、旅人かい?」


「そうだぜ。今はサインホ村に向かっている。」


「おお、サインホならもうすぐだ。しかしもうすぐ日が落ちる。

そうなると魔物たちが活発になり危険だぞ。」


「悩んでるんですよね~、ここで一夜過ごすか、夜の道を進むか。」


 男女は顔を合わせて言う。


「それだったら、私たち馬車があるの、良かったら村まで乗っていかない?」


「それはありがたいわね!」


「よしそうと決まったら行こうか。もうじきに日が落ちてしまうからな。」


 こうして毒人参ヘムロックは馬車に乗せてもらい、サインホの村を目指すのだった。

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