Gain 5:Mercurial Rites
「だからよ!
ノイズやアヴァンギャルドはストリートによって育まれるものなんだよ!
表現ってやつはそうあるべきなんだ!」
「理論よ。
ノイズは理論の上で様々な試みがなされ、それによって様々なジャンルに於ける音楽の可能性が開拓されてきたのよ。」
「またやってるの~?
せっかく別世界に来ていい感じに評価されてるんだからさ~。
やめようよ~。」
ツカサとアヤカが音楽観の違いで言い合いになるのは珍しくない。
元の世界でも何度もしてきた問答である。
感覚のツカサ、理論のアヤカ、馬鹿のユメタローのスリーピース。
しかし理論を介さない二人の多数決で
では好む音楽も違うかと言うとそうではなく、同じ音楽を違う観点から好んでいるのである。つまりなんだかんだこの三人は同好の士なのだ。
「僕もツカサも馬鹿だからさ~、アヤカの言ってることは難しいんだよね。」
「おいおい、俺も馬鹿の仲間ってか?」
「なんだったら僕は大学出てるけど、ツカサは中卒じゃん。
バリバリの東京生まれなのに、四国にいるセミの幼虫はコンクリートを破って成虫するから、そのパンクスピリットを体験するために四国へ旅に出て、進学そのものを棒に振ったって、相当馬鹿だと思うんだけど。」
「若い頃の話はしょうがないだろ!」
「ともかくアヤカは美術大学で音楽理論とか勉強したりしてるから良いけど、僕はほぼ大学に出席していない経済学部だし、ツカサは中卒だしでよくわかんないよ~。」
「こいつだってひでえ卒業制作発表してたじゃねえか。何が美術大学だ偉そうに!」
アヤカはメディア芸術科の卒業制作で、放屁や誤って漏らしてしまう音などを使ったドローンを発表している。
肉体が出す音のサンプリングによる楽曲制作自体は珍しいものではなかったが、音の加工自体が最低限であったため、いやに生々しく、卒業制作展に訪れた人からは非常に不評であった。
「私、一定の需要はあると思ったんだけど。」
「全員馬鹿じゃねえか!」
「「お前が言うな!」」
さて、昨夜ライブの間にツカサが胡弓を地面に叩きつけてブチ壊した影響もあり、アヤカは牛頭の魔物の死体で楽器をいくつか制作した。
それらは
しかし、やはり電気楽器がないと寂しいもので、彼らは新たなる素材を求めて旅に出るべきでは、という話をしていた。
「電気楽器、アンプとかエフェクターとか、もしかしたら素材さえあれば作れるかもしれないのよね、この能力。」
「え、凄いじゃん!本当にチートみたいな能力だなぁ。
アヤカの能力が一番凄いんじゃない?」
「アヤカの能力が
三人は考え込む。自分たちを歓迎してくれるこの街を離れるのは惜しい気がする。しかし、楽器が整わないことには自分たちの活動に支障が出る。
「僕は、やっぱり素材集めの旅に出るのが良いと思う。
僕の機材は確かに作りやすいかもしれないけれど、アヤカやツカサもしっかり自分が得意な楽器を持てるようになるべきだし、そうしてこそ本気が見せられると言うか。」
「……私も同感。拠点をここに、ってのも考えたけど、街の人の話を聞く限り、この辺りってスライムとゴブリンくらいしかいないみたいなのよね。
完全にRPGの最初の街なのよここ。」
「ってことは決まりだな。俺たちは楽器の素材を探す旅に出る。」
「あとは物資の流通がしっかりしている街にも行きたいわ。
いい金属とか石の素材が買えるかも。」
三人は頷きあい、方針を定めた。
昼の間に道具屋で冒険に必要な物を整え、荷物を纏めて、もう一晩、酒場で街人に奢ってもらっていい思いをしてから出発という運びになった。
* * *
奢ってもらえると浅はかにも打算した通り、
「あんたら街を出るのか!寂しくなるなぁ!」
「もっと色々見て回りてえからさ。
でさ、次に行く場所をどうするか悩んでるだけど、オススメの街とかある?」
「それならアラン・ラムの街が良いぞ、あそこは海辺の街だから様々な国から物資が集まり、色々な珍しい物で溢れているし、活気もある。」
「そこ、いいですね~。海かあ。あ、お姉さん、エールおかわり~。」
「ただここからだとちょっと遠いからな、途中サインホって村があるから寄るといい。そこから馬車を出してもらうと楽かもな。」
「この街の馬車屋は魔物の襲撃でやられちゃって出せないんですよ。」
「あ、ってことはサインホ村までは徒歩で行かなきゃいけないのね~。」
「ツカサは戦えないならまた荷物持ちしてね。」
「おい!楽器増えてかなり重いからちょっとくらいは持ってくれよ!
特にパーカッション類多すぎなんだよ!」
「えー、じゃあ、ジャンベみたいなやつだけ持つよ……。」
明日からの旅では日持ちのする食料しか持ち歩けないので、彼らはまるで食いだめするかのように飲み食いをしている。そう他人の金で。
「水筒にワインを入れておきましたから、よかったら旅のお伴にどうぞ。」
酒場の支給をするお姉さんが恥ずかしそうにユメタローに水筒を差し出す。
それを横から受け取るツカサ。
「あんがとなお姉さん!」
「ユメタローさんが喜んでくれるなら嬉しいです。」
「あ、僕?ありがとう、嬉しいよー。」
「ケッ、またユメタローかよ、モテる男はいいですねえ!」
「ユメタロー、黙ってればイケメンだからね。」
すると若い男たちが肉の干物や薬草などをアヤカにプレゼントする。
「アヤカさん、旅は危険ですが、どうかご無事で!」
「アヤカさんの美しくてキュートな顔に傷が付かぬよう薬草をどうぞ。」
「ありがとう〜。なるべく怪我しないように気を付ける〜。」
「アヤカもかよ!チヤホヤされやがって、俺には誰もいねえのか!?」
「あの……。」
「ああん?」
ツカサが勢いよくメンチを切った先にいたのは中学生か高校生くらいの少女。
前髪の揃った黒髪に大きな瞳。小さな胸の前には一輪の花を持っている。
「あ、あの、すみません、ツカサさんにこれ……。」
そう言って手に持った花をツカサの方に差し出す。
「お、おう、あんがとな……。」
ツカサは照れ臭そうにそれを受け取ると、腰に巻いたポシェットに挿し込む。
「あのツカサさん、私、みなさんの音楽ってやつに感動したんです。
音って、その辺で鳴ってる物音だけだと思ってて。
でも色んな音が合わさるとこうも人の心を高揚させるんだって。」
「うん、うん、キミはいい感性をしてるぜ。」
「それで、あの、私、みなさんに憧れていて。」
「嬉しいな!この世界なら若い子にもわかるんだなやっぱり。俺たちの良さが。」
「私、みなさんの音楽の仲間に入りたいんです!
どうか私もみなさんの旅に連れて行ってください!」
「へ?」
「え?」
突然の加入希望に驚いた
少女は瞳を輝かせて真っ直ぐに彼らを見つめるのだった。
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