Gain 3:荒野ニオケル毒人参
「うわああ!スライムだ!噂のスライムだよ!本物だぁ!」
街を出て少し歩いたところで
ファンタジー世界のお約束とも言えるスライムを相手に興奮気味である。
「やりましょ!みんな!」
三人は剣を抜いて戦闘体勢へ、ツカサが先陣を切ってスライムを斬りつける。
しかし武器の扱いにズブの素人である彼の斬撃は、スライムの体に対して上手く真っ直ぐに振り下ろせず、その弾力に弾かれてしまう。
続いてユメタローの斬撃も同様に弾かれる。
下手くそな二人の剣はもはや斬撃というよりも打撃の体を成していた。
「うわ~!やべえ!スライム強え~!!」
「正直舐めてた……、剣さえあれば楽勝で倒せると思ってたのに!」
その時、アヤカは居合斬りの要領で抜刀すると、疾く鋭い斬撃を繰り出す。
彼女が素早く剣を収めると、一呼吸のあとにスライムが三枚におろされた。
「え、嘘でしょ、アヤカの剣ヤバくね?」
「昔剣道やってたしね~。三級。」
「いや、三級って小中学生レベルじゃん!
完全に途中で飽きて辞めちゃった習い事じゃん!
それくらいじゃその動きの説明にはならないでしょ!」
「もしかしてアレじゃねえか、能力の影響で器用さが極振りだから、剣を扱う技術も一級になってるとか。あとは金属を加工するときに素手でやってたろ?
あの意味わかんねえ筋力も合わさってヤバいことになってんじゃねえの?」
「あ、それはあるかも~、この能力思いの外便利ね。」
「アヤカの能力、結構戦闘向けだったね。それに比べてツカサは……。」
「いや、俺だってドヴァキンみたいにシャウトで敵を倒せるかもしれねえだろ!」
「はいはい、じゃあ次魔物に遭遇したらツカサにお願いしようかな。」
「いや、ごめん、今のなしで。」
三人は安堵し互いに笑いあったのち、念の為ドロップ品はないかスライムの死体を卑しくも検分したが、特に何も得られなかった。
* * *
「あっさり洞窟に着いてしまった。」
ツカサの言葉どおり、道中魔物との接敵もなく、あっさりと目的地の洞窟に到着した一行は、洞窟の入り口を前に緊張した面持ちをしていた。
「マジで入るのか?ヤバそうな雰囲気がビンビンするぜ……。」
「え、行くでしょ、お宝とかあるかな~。」
「アヤカのそのクソ度胸はいったいどっから湧いてくるんだ?」
ツカサは入り口の影に隠れながらチラリと中を覗いたが、洞窟の中は薄暗く明かりが必要そうだった。するとユメタローが後ろからツカサを押した。
ツカサはよろめきながら洞窟の中に入り転んでしまう。
「おい、コラ!何しやがるんだ!」
「様子を見てきてもらおうと思って!」
「魔物に襲われたらどーすんだよ!人の心がないのかお前は!」
ツカサは文句を言いながら立ち上がろうとすると、目の前には冒険者の死体が無残に引き裂かれて倒れている。ツカサは青い顔になって冷や汗をダラダラと流す。
「し、し、死体が!!」
「やった!装備剥ごう!」
「倫理観ゼロかよお前はよぉ~!!
そんな場合じゃねえだろ!この洞窟にはやべえやつがいるってことだぞ!」
ツカサは素早く洞窟の入り口に戻るとブルブルと震えている。
「え、魔物とか殺せば良くない?」
そう言うとアヤカはずんずんと洞窟の中に入っていく。ツカサとユメタローは目を合わせると急いでアヤカの後を追うのだった。
* * *
予め用意していた松明にユメタローの魔法で火を灯し、洞窟内を歩いていく。
道中スライムや数体のゴブリンとは遭遇したが、アヤカの剣術とユメタローの魔法により、問題なく撃退することができた。
ちなみにツカサは特に何の役にも立たず、全員の楽器を持つ荷物持ちになっていた。
「いや~、僕の魔法格好いいなぁ。
この能力、満員電車とかで使えたらスカっとしたろうになぁ。」
「紙にマッピングしながら歩いてたけど、この洞窟、あんまり複雑じゃないわね。
いくつかの小部屋につながる分かれ道はあっても基本的には一本道よ。」
「逆に言うとそんだけ理路整然と部屋が作られているということは、知能あるものの手によって作られた洞窟ってことだよな。」
「知能があるとすればゴブリンかしら?ここのボスがゴブリン系だとしたら、皮とかあんまり丈夫そうじゃないし嫌だなぁ。」
そうこう言っているうちに一行は洞窟の最深部へと到達した。そこは広いドーム状の空間で、沢山のゴブリンがいた。そして奥には両手に大鉈を持った巨大な牛頭の魔物が玉座に座っている。
「え、うわ!この数!ヤバイ!」
「何アレ!牛頭のデーモンじゃん!」
「牛頭のデーモン言うな!
しかし、これは逃げたほうがいいだろ!
数も多すぎるしあの牛頭も強そうだ。
あれがきっとこの辺の魔物を統べるボスだろ?」
「そ、そうだね、これは流石に逃走させてもらおう!」
三人はゴブリンたちに見つからないようにこそこそと後ろへ逃げようとしたそのとき、退路の先から数匹のゴブリンが現れて騒ぎ出す。
それに気付いた牛頭とゴブリンたちが一斉にツカサたちを見る。
「あ~、あはは、ヤバ……、クソピンチじゃね?」
ゴブリンたちがジリジリと距離を詰める、壁際に追い込められる
もうダメだと観念しかけたとき、ツカサが口を開いた。
「えっとぉ~、俺たちここにライブをしに来たんですけどぉ。聴かねっすか?」
「「は?」」
素っ頓狂なことを言うツカサを前にアヤカとユメタローが目を合わす。
何を言っているんだこいつは。頭が狂ってしまったのか?
そう思う二人を余所に、ツカサはゴマすりの手付きをしている。
しかし、ツカサの能力の影響であろうか、魔物たちもまた顔を互いに合わせ、ツカサの言葉に傾聴しているようであった。
これを機と見たツカサは持っていた楽器を床に下ろし、胡弓を鳴らし始める。
その旋律は遠くアジアの風景を思い起こさせたが、魔物の故郷はアジアではないし、ツカサたちも日本なので特に誰の郷愁も呼び起こさなかった。
「本当にやるのかい?」
「コイツらを盛り上げてその隙に逃げようぜ。」
「それで行きますか~。」
覚悟を決めたように各々楽器を手に持つと、ツカサが叫ぶ。
「行くぜ!
アヤカがテクニカルなスラッピングでベースのような楽器を弾く。
ユメタローのパーカッションによるインダストリアルビート!
今まで旋律を奏でていたツカサの胡弓が突如として不協和音を鳴らす!
ゴブリンたちは一体何が起きたのかわからず戸惑っていたが、やがてその一部が体を動かし踊り始めると、他のゴブリンも釣られて踊り始める。
やがて踊りの輪は全てのゴブリンに伝染し、牛頭もまた激しくヘッドバンキングを行い、リズムに身を任せていた。
「アアアッ!ベロベロベロエベロッ!」
それを見たツカサはより激しく胡弓を鳴らし、ボイスパフォーマンスも過激さを増す!
ツカサはテンションが上がり、地面に頭を打ち付けると激しく血を流す!
魔物たちはその血を見て興奮状態になりモッシュが起こる。
『
やがてそのモッシュはツカサの過激なアジテーションと共に殴り合いとなり、それが殺し合いとなる!粉砕!流血!撲殺!
骨を砕く鈍い音はライブの演奏と混ざり合い、グルーヴを生み出す!
複雑なリズム、転調を行いつつも息の合ったインプロヴィゼーション!
これは長年一緒に心を許し演奏してきた彼らだからこそのテクニック!
ツカサが喉が裂けるような嗚咽を上げると演奏が止む。
周囲は死体の山!動くものは誰一匹居らず、全てが血を流し死んでいる!
いや、一匹だけ生きるものがいる!牛頭の魔物である!
強靭な肉体、巨大な体躯は周りのゴブリンをミンチにし、血まみれで立っている。
「魔物のライブの楽しみ方、やべえ~。みんな死にやがった。」
「あとは、こいつだけだね!」
「一匹なら私の剣とユメタローの魔法でなんとかなる!」
牛頭の魔物が咆哮をあげる。
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