Gain 2:Necro Acoustic

「何か、結構儲かったな……。」


 ライブが終わり、人々も家に帰って行った街の広場で、思いの外好評で多くのおひねりを貰えた彼ら毒人参ヘムロックは、お金を勘定している。


 お金を数えるユメタローとアヤカの横でツカサは精根尽き果てて、うつ伏せに倒れており、そのままの姿勢で先程のライブの余韻を味わっていた。

あそこまで盛り上がったショーをやれたのは生まれてはじめてだったので、彼はうつ伏せになりながらニヤニヤとし、時々「グフッ」と声に出して不気味に笑っている。


「ツカサ、これだけあれば1ヶ月は宿に泊まれそうだよ!」


「ねー、ツカサ、さっきから気持ち悪いからいい加減に起きなよ~。」


 するとツカサはムクリと起き上がり、アヤカとユメタローをひしと抱きしめる。


「見たろ!最高のライブだったな!これが俺たちの実力なんだよ!

この世界なら、この世界なら俺たちは天下を取れるぜ!」


「あはは、確かに良かったね!」


「うん、めちゃくちゃ気持ちよかった~。」


 二人も嬉しそうにツカサを抱き返すが、魔物の血がべっとり付いていたので、すぐさまツカサを突き飛ばし、彼の服の裾で血を拭った。


「それにしてもこの世界のリスナーはすげえ熱気だったな。

まさか魔物を撲殺するとは、盛り上がり方が半端ねえぜ。」


「本当にね、怖いくらいの熱狂だったよ。」


 お気づきかと思うが、彼らはツカサの能力に誰一人気付いていない。

彼らはあの熱狂を異世界の住人特有の盛り上がり方だと思っているのだ。


 アヤカが立ち上がり服に付いた埃を叩くと、大きく伸びをする。

そして放置されている魔物の死体を指差して言った。


「あ、そうだ、この魔物の死体、宿屋に持っていけるかな、ちょっと楽器作ろうかなって思ってさ~。鎧のパーカッションだけじゃ寂しいしね~。」


「良いんじゃねえの、魔物の死体なんて捨てておいても害にしかならなそうだし。」


 こうして三人は今度こそ宿屋に入ることができたのだった。


* * *


 翌日、賑やかな人々の声が聞こえて目が覚める。

窓を開けると、昨日のあの寂れ具合が嘘のように街が活気に満ちている。

市が立ち、物を売る威勢のよい掛け声とともに人々が行き交い、子供が遊んでいる。


「おいおい、俺たちやっちゃたんじゃないの?救済。」


「おはよう。すごいね!

昨日スラム街がこんなに華やかな街に生まれ変わるなんて!」


「んあ~、眠い。おはよう~。楽器できたよ。」


 アヤカが指差した先には魔物の骨と皮を利用して作ったベースのようなものと、胡弓こきゅうのような楽器が並んで立て掛けてある。


「え、すご、マジでできてんじゃん。

それがお前のあのえーっと、何とかって能力の力か。」


 アヤカは朝に弱いのかあくびをしてダルそうにしながら答える。


「『人殺し鍛冶屋ヴェンヴェヌート・チェリニ』よ~。」


「そうそうそのヴェンヴェ、なんとかな。」


「ちょっと指動かすだけでウケるくらいグイグイ細工が進むのよ~。すごい力だよ。

でもね~、今回の楽器はちょっと問題で、あんまり良い素材じゃなかったから強度が脆くて、少し使ったら壊れちゃうかも知れない。」


「ふむ、数回使う分には良いけど、愛用の楽器とするには心許ないのか。

だったらもっといい素材になる魔物を倒して、楽器にするのはどうだ?」


「それなら、街に出て情報を収集してみよっか。」


* * *


 三人が街に出ると人々が彼らを歓迎した。


「ようこそヒュースコアの街に、昨日の大道芸は凄かったなぁ!」


「あんたらのおかげで元気が出たよ!

今日は久々に市も立ってる。楽しんでいってくれ!」


 街の人々の温かい言葉に彼らは感動して震えてしまった。

元の世界では味わえなかった称賛を一身に受けている。

その喜びに思わず目に涙が溢れてしまうのだった。


「僕、この世界に来れて本当に良かった……!」


「うん、うん、何だか報われた気がするわ……!」


「お、俺、俺、音楽活動でこんなに優しい言葉かけられたの初めてだ!」


「それにしてもあんたら、旅人のようなのに随分軽装だな。

それじゃあ危険だろ。いい武具屋教えてやるから一式揃えなよ。」


 確かに毒人参ヘムロックの服装は死んだときのカジュアルな服装のままだった。魔物が蔓延るようなこの世界では些か頼りないのは確かだ。

彼らは街人の意見を素直に聞き、装備を整えることにした。

幸いお金にはまだ余裕があったし、場合によってはまた路上ライブをすれば良い。


* * *


 武具屋にはすぐ着くことができた。

そこそこ広い店内には所狭しと様々な武器や防具が並んでいた。

ツカサは店主を見つけると声をかける。


「すまない、装備を整えたいんだけど、初めてなんでどれを選んでいいかわからないんだ。何か旅にオススメはあるか。できれば動きやすいのが良い。」


 店主はツカサを見るとびっくりしたような顔になって言った。


「あんた、昨日広場で芸をやってた兄ちゃんじゃねえか!

おお、俺の店に来てくれるなんて光栄だな!」


「おお、あんたも見てくれたのか!でもよく俺だってわかったな。」


「だってホラその服、魔物を殺ったときのだろ?」


 そう言って店主はツカサの服を指差した。実際、ツカサの服は返り血で真っ赤になったまま乾いていたので、誰が見ても一目瞭然な目立ち方をしている。


「ああ、服も買わねえとなぁ……。」


「うちは旅装用の服も置いてあるから是非買ってくんな。」


 三人は店主に見繕ってもらい、それぞれの装備を整えた。

服は革製、鎖帷子や軽めの胴、脛当てなどを装備し、剣を佩いた。


「ブハハハ、ユメタローお前コスプレみてえ!」


「そういうツカサも完全にファンタジーだぜ!」


「私のは結構かわいいでしょ~。」


 全員が異世界に馴染んだ服装になると、お互いを指し合って笑う。

同時にいよいよ本格的に異世界での生活が始まることを噛み締めていた。


「ところでおやっさん、この辺に丈夫な素材が取れる魔物っていねえか?」


 店主はふむ、と暫く考えてから答える。


「近くの洞窟にデケえ魔物がいるって話だ。

どうやらここいらの魔物を総ている大将みたいなやつだとか。

しかし恐ろしく強く凶暴な魔物らしく、この街でも有志を募り討伐隊を編成したが、誰一人として帰っては来なかった。

悪いことは言わねえ、触らぬ神に祟りなしってやつだよ。」


「いや、無理っしょそれ。俺たち戦えねえし。」


「えー、でも素材欲しいよ~。」


「僕の魔法なら何とかなったりしないのかなぁ。」


「確かにユメタローの能力がめちゃくちゃチート性能な可能性もあるよな……。

よし、ちょっと覗きに行くだけ行って、ヤバそうだったら逃げる感じにするか!」


「賛成~!」


 こうして毒人参ヘムロックの三人は反対する店主から件の洞窟への道のりを教えて貰い、軽率な作戦とともに、剣、ベース、胡弓、パーカッションを担いで街を出発するのだった。

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