Gain 1:The First Annual Report of 毒人参

 地球の人間が転生する先としては比較的珍しい魔法世界。

その世界の一つであるスワンズは今未曾有みぞうの危機に瀕していた。

恐ろしい魔物が跋扈ばっこし、それを統べる魔王の存在。

それらは人類を恐怖のどん底に叩き落していた。


 魔物は村を襲い、知性ある魔族は政治の中枢まで手を伸ばしているという。

魔王軍を前に帰らぬ冒険者、道半ばで倒れる戦士、気が狂う賢者。

この世界はそう言った死屍累々ししるいるいの山が築かれて久しいのだ。


 そんな世界に救済の使命を帯びてやってきた者がいる。

それが、毒人参ヘムロックの三人である!


「いや、でもね、この世界で音楽やるとか、先ず電気ないでしょここ。」


「ラップトップもないよ~。私の美しいハーシュノイズが出せない~。」


「あるもんでればいいだろうが!」


 彼らは現在、ここで音楽活動を行うにはどうすれば良いかという議論を行っている。音楽は彼らにとってなくてはならない重要なものだ。

そう、サバイブの問題よりも。

それに彼らは夢を追い続けてずっとやってきたのだ。

異世界に転生したからといって、それはすぐに諦めの付くものではなかった。


「まあまあ、ちょっと待ってよ、まずは街に行かない?

ここでこうやって詮議しても仕方ないよ。」


「まあ……、そうだな。住む場所も確保しないと駄目だしな。」


* * *


 魔物に遭遇することなく一行は無事に街に到着したはいいが、辺りに活気はなく、街の周囲には兵士の死体と思われるものがそのままに放置されている。


「え、すご、ヨハネスブルグ?」


「何か治安悪そうなんだけど……。」


「旅の者か?」


 声をかけられてそちらを向くと老人が一人立っている。


「あ、異世界だけど言葉がわかる。転生便利~。」


「あー、そうです、今日初めてこの世界に来たと言うか。」


「なるほどな。

この街は数週間前からときおり魔物に襲われており、この有様だ。

何とか撃退はできておるが、兵力は足らず人々は消耗している。

皆は絶望のあまり無気力に、市は立たず街の活気は消えてしまった。」


「それでこんなスラム街みたいになっているのね……。」


「こんな状態で次魔物に襲われてしまったら……、儂らはお終いかもしれん。」


「そんなことより宿とかないですか。」


「ユメタロー!もう少し親身になってあげなよ~!」


「……宿はあっちじゃ。

こんな街に滞在するよりはさっさと別の街を目指した方がいいぞ。」


「ついでにライブハウスはないですか?」


「ライブ何?何じゃそれは。」


「音楽とか演奏する場所だよ爺さん。」


「音楽とは、何じゃ?」


 三人は目を合わせる。


「この世界には音楽が、ない?」


「何のことを言っているかわからんが、おそらく他の者もそんなものは知らんと言うだろう。」


「……わかった、あんがとよ爺さん。

あとは俺たちに任せておけ。」


 老人と別れて宿に向かう三人。

ユメタローはツカサにさっきの言葉の意味を問う。


「任せておけって、何をするつもり?」


「俺たちがよ、音楽でここの街を活気づけてやろうぜ!」


「魔物を倒してあげるとかじゃないんだ?」


「馬鹿野郎!

このメンツで戦えそうな能力を貰ったのはユメタローはだけだろ!

俺もアヤカももろにサポート系じゃねえか!」


「僕だけでやれるなら、それはそれで頑張るけど。」


「まずは街の人に立ち直ってもらうのが一番だろ。

俺たちの音楽にはそういう力があるって信じてる。」


「普段集客4人とかなのに。」


「気が向かないな~。」


 宿屋に着いた三人は早速チェックインをしようとする。


「では三人で15モネです。」


「モネ?」


 毒人参ヘムロックはお互いに目を合わせて財布の中を確認する。

勿論この世界の通貨など持っているわけもなく、にべもなく宿を追い出されてしまった。


「ちょっと!

あのクソ女神、最初の資金くらい工面してくれても良かったんじゃないの!?」


「こいつは参ったね、これじゃあ寝泊まりもだけど、ご飯も食べれないよ。」


「……いや、俺にいい考えがある。」


「もう何となく想像がつくけど、路上ライブでおひねり貰おうっていうんでしょ。」


「さすがユメタローだな、素晴らしい推察能力だ。」


「でも、もうそれしかなさそう~。」


「楽器をどうするかだな。」


「あ、それならさ、街の入口にあった兵士の死体から鎧貰って使わない?」


「倫理観ゼロかよお前はよぉ~!」


「鎧をちょっと細工して音の通りを良くするのは私の能力でできそう。」


 三人はコソコソと街の入口まで戻り、誰にも見られぬよう兵士の死体から槍と鎧を剥ぎ取った。その姿はもはや落ち武者狩りである。


 鎧を回収するとその場を離れ、少し開けた場所で荷物を下ろす。

アヤカは鎧を解体し、それぞれ音の違うパーツに分ける。

そしてそれを全員で叩きやすいよう、ドラムセットのようにして組む。

更に槍の長い柄を六等分し、スティックに加工した。

こうして毒人参ヘムロックの異世界即席楽器が完成したのである。


「できた!これはいい出来!」


「すげえ!その器用さ、前世でも欲しかったね!」


「異世界初のライブはインダストリアルインプロヴィゼーションで決まりだな!」


* * *


 街の中央広場は人っ子一人見当たらずがらんとしていた。

立派な建物が立ち、こんな広い街だと言うのに、人々は家に籠もっている。

ツカサは改造して拡声器のようになった手甲部分を手に取ると、大きく息を吸い込み、大きな声で叫ぶ。


「ウオオオッ!クソ野郎ども!俺たちは毒人参ヘムロックッ!!

音楽を知らねえお前たちに、最高のノイズを届けにやって来た!!

俺たちの音を、聴けえええ!!!!」


 そして三人は激しく鎧を叩き始める。


やかましい!なんだてめえらは!!」


「何なの?この音は!」


「ママ~!なんかうるさい~!」


 街の人たちが音に誘われて次々に姿を表す。

人々は毒人参ヘムロックを奇異の目で見て、遠巻きに囲み始める。


「イェエエエエア、ヴァ!ヴァア~!!」


 ツカサの叫び声が鎧を叩く破壊的リズムと混ざり合い周囲を包み込む。


「たまらん!誰かやめさせろ!」


「いや、だが、待て!……何だこの高揚感は……!?」


 アヤカとツカサによる単純だが本能的で中毒性のあるビートと、ユメタローによる複雑なリズム、ツカサの叫びが混ざり合い、それは巨大にうねるグルーヴとなっていた。


 中央広場の異変に気付き人々は野外に出る、少しずつ増える民衆、やがて人々は中央広場を埋め尽くした。そして誰もが抗いがたい肉体的欲求により、リズムに合わせてステップを踏み、首を揺らし、踊っていた。


「こいつは、何だ!体が勝手に動く!」


「うおお!テンションが上ってきた!」


「ママ―!楽しいねー!」


「これが、音楽だぁああッ!!!」


 ライブの熱気はどんどん上昇し、観客はトランス状態となった。


 しかしそこに数匹の狼型の魔物が現れてしまう。

村の入口の守りを突破して侵入した少数だが凶暴な魔物は、獲物を求めて暴れる。

すぐに兵士が到着したものの、混乱する人々の群れに揉まれ、魔物に対応することができない。


「キャアア!!」


「うわああ、助けてくれぇ!!」


「道を開けろぉ~!」


 そんな中一匹の魔物が毒人参ヘムロックに襲いかかる。

誰もが恐ろしい惨状を想像し叫び声をあげた。

だがその瞬間、なんとツカサはその魔物を捕まえ、噛み殺したのだ!


「な、なんだって~!?」


「そ、そんな馬鹿な!?」


「ま、魔物を……、食っただと!?」


噴き上がる血しぶき、硬質でトライバルなリズム、髪を振り乱して演奏する毒人参ヘムロック

そしてツカサは返り血を浴びて赤く濡れた姿で咆哮をあげる。


 誰もがその姿に鳥肌を立てた。


 身震いするほどのカリスマ性!


 それを見た人々は興奮状態になった。

ライブはまさに最高潮、アヤカの激しいビートとユメタローのテクニカルなビートがポリリズムとなり、それをバックにツカサは叫びアジテーションを行う!

民衆はバーサク状態となりモッシュが起こる。

魔物は興奮した民衆に襲いかかろうとするが、バーサク状態になった人々により逆に撲殺される!そしてその血が呼び水となり、更なる興奮を呼び起こした!


 これが女神に与えられたツカサの能力、『混沌ダス・ヒヤオース』である!

声の力で人々を扇動し、強力な強化状態とバーサク状態を付与する!


 最後の一打で演奏が止むと、人々は口笛や歓声を上げる。


 毒人参ヘムロックはお互いに目を合わせ、前世では一度も味わったことのない高揚感に身を委ねていた。


「「毒人~参ヘ~ムロック毒人~参ヘ~ムロック!」」


 こうして毒人参ヘムロックの異世界音楽活動が始まったのである。

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