プロローグ

「ウオオオッ!!ヴォッ!!ヴォアアアア!!」


 ツカサがマイクを口に咥えてのたうちながら最後の咆哮を終えると、ライブハウスの照明が再び灯った。

客席にはお情けで来てくれた友人が4人ほど見える。

今日も惨憺たる現場だった。


「お疲れ様さまでーす、チケットノルマ不足分はこちらになりまーす。」


「24000円か……。」


「つれえ。」


 彼らはノイズバンド毒人参ヘムロック

ボーカル兼ギターのツカサ、ドラムのユメタロー、ベース兼ラップトップのアヤカ。

活動歴5年、全く話題にもされず、今やライブをしても仲間内の集まりにも利用してもらえないほど不人気のバンドだ。


「そろそろ身の振り方考えない?」


 ユメタロー、倫理観のなさが玉に瑕だが、その実、音楽を愛する心は人一倍。

人当たりが良く、容姿も整っているが頭が悪く、更に思考がサイコパスを臭わせる。


「馬鹿野郎!俺たちはボアダムス超えるって約束したろうが!」


 ツカサ、毒人参ヘムロックのリーダーで感覚で行動するので支離滅裂なことが多い。しかし音楽への情熱が最もアツい男。口は悪いが喧嘩は弱い。


「私、今日友達とゲームやる約束してるからもう帰っていい?」


 アヤカ、紅一点で唯一音楽理論を修得している。毒人参ヘムロックの理性とも呼べる人物だが、ライブパフォーマンスはたまに下品で女を捨てているなど言われている。ノリが軽く、肝っ玉が据わっている。


「まあ、待ってよ、今日さ、ネットで見つけた集団自殺サークルのイベントあるんだけど行かない?」


「お、いいね、行くか。ってなるわけねえだろ!何で行くんだよ!」


「え、面白そう~、ゲームの予定遅らせてもらって行ってみようかな~!」


「異常者かお前らは!」


 結局ユメタローの提案が可決されて、集団自殺サークルのイベントに参加した一同は、気づけば山奥で車に乗っていた。

そこには同じように車が4台、サークルの人たちが用意したものだ。

それぞれに4人ずつ乗って助手席と運転席の間で練炭を焚く。


 毒人参ヘムロックの面々の乗る車の運転席の男が言う。

「みなさん、練炭は初めてですか?」


(初めてじゃないやつとかいるのか?)


「ええ、初めてです。このサークルも最近(今日)知って。」


「ふふ、私もです。お互い何故とは聞かないで置きましょう。

本当は逝くまで喋らないつもりでした。

しかし、最後だからでしょうか、少しセンチメンタルになっているようです。

でもお邪魔ですね、せめて静かな死を。」


 勿論少し体験したら逃げるつもりだった彼らだが、助手席に座ったユメタローは既に中毒になりかけてぐったりしていた。

これはマズいと思ったツカサは急いでドアを開けようとしたが、チャイルドロックがかかっており、内側から開けることができなくなっていた。


「く、やべえ、何だか頭も痛えし、窓を割ろうと思っても力が出ねえ。」


「あ~~~、これは、頭痛でボーッとしてきた。」


「待て待てアヤカ!気をしっかり保て!助手席か運転席を開けて外に出るんだ!」


 そう言ってツカサは前の座席に乗り出そうとしたが足がおぼつかず、ユメタローの座席に覆いかぶさる体勢で動けなくなる。


 目の前が暗くなる。


「くそ、こんな、こんな最後って……。」


 意識が薄れていく。


「死にたくねえ、死にたくねえよぉ……。」


 そして全てが真っ暗闇になる。


* * *


 カシャン!

その音とともに目の前にスポットライトが灯る。


「えー、っとノイズバンド毒人参ヘムロック

野次馬で参加した練炭自殺で死亡?

しょーもないわね!!」


 スポットライトの先には翼の生えた美しい羽衣を纏った女性が一人、チェスのポーンをひっくり返したような形の空中に浮かぶ椅子に腰掛けて書類を眺めながら呟いている。


「えーっと、余りにもしょうもない遍歴、しょうもない死亡理由の為に特別措置としてあなた達には転生が許されました。」


「転生!?あんたは一体何者なんだ!?」


「私は女神。女神オクタヴィ。

現住所が小岩あたりの死亡者の転生を担当しているわ。」


「女神、俄には信じられないけれど。この空間に。翼の生えた姿……。」


 見渡すと周囲にはエンタシスの柱が支えるものもなく空中を漂い、宝石でできた天球儀が静かに回っていた。

神秘的な雰囲気に一同は息を飲む。


「いや、それより小岩しか担当してないのかよ!

担当区域が随分と細分化されてんな!」


「転生したらゲームできない!?」


 女神は手を前に掲げると言う。


「落ち着きなさい。」


「はい。」


 三人は正座して次の言葉を待った。

すると女神は小さく頷き、喋り始める。


「本来転生は徳を積んだものしか行なえませんが、先程言ったとおりあなた達のような哀れな人間は特例としてそれを許されることがあります。」


「はい。」


「そのかわりあなた達にはある世界を救う使命を持って転生していただきます。

諸悪の根源たる魔王を倒すのです。」


「え?はい。」


「使命を果たしてもらう為にもう一つの特例として、一人につき一つの特殊能力を授けます。」


「アツい!」


「ユメタロー、あなたには能力『賢者の石シュタイン・デル・ヴイセン』。

強力な魔法の力を。」


「やった!」


「アヤカ、あなたには能力『人殺し鍛冶屋ヴェンヴェヌート・チェリニ』。

汎ゆる細工を可能にする天才的な器用さを。」


「いいね~!」


「アツシ。」


「ツカサです。」


「ツカサ、あなたには人がよく耳を傾けてくれる不思議な人間性を与えましょう。」


「は?なんでちょっと曖昧な能力なんですか!それに戦闘能力なくないですか?」


「戦闘能力はありません。」


「いや、戦闘能力をくれよ!!魔王と戦うんだろ!?」


 女神はもう一度書類に目を通すと再び口を開く。


「では準備はできましたね。転生を開始します。」


「お、おい!チョ、マテヨ!」


 そう言うと三人の足元から光の柱が立ち昇る。

彼らは足元から体が崩れてゆき、遂には完全に消えてしまった。


* * *


 3人の目が覚めるとそこは広大な大地、遠くに見える中世風の街、空飛ぶ怪鳥、角のある兎、スライム。

まさにファンタジーの世界だった。


「ほ、本当に転生したのか?」


「すごーい!本当に異世界じゃない!」


「おい、なんかお前ら若返ってないか?」


「あはは、ツカサも若い~!」


 三人は転生により18歳くらいの姿まで若返っていた。


「すごい!魔法出る!見て見て!火がホラ!」


「私もすごい!落ちてる木の枝使って一瞬で篭を作っちゃった!」


「ここで僕らはこの力を使って魔王を……。」


「この世界で、俺たちは、ボアダムスを超えるぞ!!」


「「は?」」

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