エフィラ

小余綾の肴

エフィラ

 一人遊園地の入り口に立っていた。ゲートにある遊園地の名前の電飾はほとんどが消えかけている。断片的な幼い頃の記憶と目にうつる光景とは似ても似つかない。閑散としており、懐かしいパンダの乗り物はスヤスヤ眠っている。ジェットコースターは時々思い出したようにカラカラと走る。手入れは丁寧にされているようで、キラキラの鞍が不釣り合いな馬たちがメリーゴーランドにいる。十年前に流行ったキャラクターのゴーカートはシートをかぶっていた。

 背景になっていた観覧車に目を移す。多くの時間が平行して円を描く乗り物だが、今は過去しか乗せていない。券売機で大人用チケットを買って、係の人に渡す。少しわがままを言って、カゴを指定させてもらった。夜景が特別綺麗なわけでもない。ただ、自分にとっては乗ったことが大切だった。座席の隙間に落ちていたクシャクシャの紙を広げる。そこには紋切り型のラブレターが自分の字で書かれていた。カゴがてっぺんにきた。幼い頃からずっと大きくなったはずが、カゴは広く感じた。下に着くと係の人が扉を開けてくれた。スカートをはらってから降りる。自分はスニーカーだったからよかったが、ブーツだと少し危なかったのかもしれない。

 降りる時に水族館のチラシをもらった。もう少しすると、ナイトアクアリウムが始まるらしい。チケットは二枚買っていたので二回回ろうと思う。パンフレットを貰ってから中に入る。小さな水族館で、水槽は十より少し多いぐらい。一つの水槽を1匹が広々と使っているのがほとんどで、大水槽のみ複数の魚が共演していた。主役であろうトラフザメはほとんど底にじっとしていて、時々水面まで泳ぎ、口をパクパクしていた。そのルーティンが小魚達を躍動させ、二つと同じもののない模様を作り出していた。館内はナイトアクアリウムで暗く、波の音がBGMとして流れている。椅子に座って水母を見ていた。一生懸命に動くやつもいれば、ゆっくりとしているやつもいる。中にはただ流されているだけそうなやつもいた。だが、そのコントラストが気に入った。

 途中、バレンタインの特設コーナーがあった。可愛いらしい魚の入った水槽と一緒に、初めてのキスはどんな味?というポスターがあり、フルーツごとに分けられた枠にたくさんのシールが貼ってあった。どんな味なんだろう。クリスマスにプレゼントしたリップは確か、と考えたがすぐにやめた。もう一度入場して、大水槽の側の椅子に座った。腫れた目を擦る。徐々に眠気に包まれてきた。まぶたの裏に彼女のさいごの言葉を思い浮かべる。"物事は正しく壊れるようにできてるの"

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エフィラ 小余綾の肴 @tmilk-v

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る