第3話 出発

 ミクとドートスのおっちゃんに見送られて朝早く家を出たオレは、まだ暗くて寒い砂漠を一気に横切り、古い廃墟にやって来た。

 街に住んでるクズ拾いスカベンジャーなら、もうお宝なんか残ってないと誰でも知ってるこの場所にわざわざ来たりはまずしない。

 街からも遠いし、住むのにも不便なこの場所は、ムラクモを隠しておくのにはちょうどいい場所だった。


 それでも、一応は足音を殺してあたりの気配を伺い、誰もいないことを確かめてから、オレは静かに廃墟の中に入り込むと、奥のガレキの隙間に背負ってきた鞄を押し込んだ。

 昨日持って帰った電池に比べたらマシだけど、缶詰と水といくらかの着替えまで詰め込んだせいで結構重いそれに続いて、オレは自分の体も崩れたコンクリートの隙間に押し込んで、小さな声でミコトを呼ぶ。


「ミコト、開けて」

『声紋認証成功。コクピットハッチオープン』


 ぷしゅっと音がして、ガレキを積んで作った隠し場所をムラクモのコクピットの光が明るくした。

 オレは鞄の肩ひもを片方だけ背負うと、膝立ちで前かがみになってハッチを開けてるムラクモのコクピットによじ登り、シートに座って操縦桿を握る。


『パイロット認証成功。コクピットハッチクローズ』


 もう一度ぷしゅっと音がして、オレの座ったシートがムラクモの中に引き込まれ、目の前のハッチが静かに閉じた。

 一段明るくなったコクピットに、昨日と同じミコトの声が響く。


『おはようございます、タスク。資金は無事得られましたか』

「おはよう、ミコト。おかげでバッチリだ。しばらくはミクもドートスのおっちゃんも大丈夫だと思う。……それで、あいつらをやっつけるのってどうしたらいい?」

『その前に、まず問題が発覚したのでそちらからご報告します』

「問題?」


 オレが聞き返すと、ミコトはまた画面に何かを出した。

 ムラクモの絵と、何本かの矢印。

 その矢印の先を点滅させながら、ミコトは説明を始める。


『まず最大の問題ですが、現在本機には主機関であるアルティメチウムリアクタが搭載されていません』

「シュキカンって?」

『メインの動力炉です。人間で言えば胃にあたります』

「イ……」

『タスクが「おなかがすいた」と感じる時は、この胃が空っぽの状態になっています。また、食事を取った時、胃がそれをタスクの元気に換えます。つまり、現在本機は食事抜きの状態です』

「ええっ!」


 ミコトが説明してくれたことに、オレはびっくりして大きな声をあげた。

 そんな腹ペコじゃ戦えないじゃん!

 って言うか、すぐ動けなくなっちゃうんじゃないのか?


「あとどれぐらい動けるんだ?」

『それは第2の問題ですが、補機であるバッテリーの残量は現在83%です』

「ぱーせんとって?」

『最大を100とした時の状態を表す値がパーセントです』

「最大が100……ってことは、100ひく83で……えーと。あと4日ぐらいで動けなくなるのか!?」

『昨日と同程度の機動を毎日行った場合、という前提ではありますが、そうです。理解が早くて助かります、タスク』

「のんきに言ってる場合じゃないじゃん! どうすればいいんだよ!?」


 ムラクモはすげえけど、いくらなんでも4日であいつらを全部やっつけるのは無理だ。

 だいたい、昨日だって敵を3機しかやっつけてないのに。


『その対策については後で検討します。第1の問題の影響についての報告に戻らせていただきたいのですが』

「アルティなんとかの話? 動けなくなることよりまずいのかよ? それ」

『主機関がないことは動けなくなることに直結します。加えて、他にも様々な問題があります。まず、現在本機には本来は備わっている生成アルティメチウムの装甲がありません』

「ソウコウ……。攻撃を防ぐ板だっけ」


 何かで聞いたことがある単語だった。

 ガグのおっさんについてた時だったっけな。

 それの出所を思い出しているうちに、ミコトはさらさらと説明を続ける。


『そうです。つまり本機はいま丸裸の状態です。昨日の偵察機の機関砲でも、直撃すれば損傷を受ける可能性があります』

「マジかよ……当たらなくてよかった」

『今後も、全ての攻撃は回避、つまり避けることを推奨します。やむを得ない場合には左腕シールドを使用できますが、これはバッテリーをかなり消耗します』

「うへえ……」


 きつい。

 きっついなそれ。

 昨日の3機でも結構危ない場面あったのに、マジで攻撃された時に全部避けるとかできるのか?


『加えまして――』

「まだあんの?」

『本機にはアルティメチウムの虚空間進展特性を利用したカーゴベイが装備されていますが、こちらが使用不能のため、現在あらゆるオプションが搭載不可能です』

「ごめん、全然意味わかんない」

『荷台がないので、使えそうなものを見つけてもまったく持ち運ぶことができません』


 それであの電池はコクピットに積まされたのか。

 はぁー、と重いため息をついたオレに、ミコトはさらに追い打ちをかけてきた。


『続いて第3の問題ですが、よろしいですか、タスク』

「まだあるのかよ……勘弁できない?」

『できません。第3の問題は深刻な情報不足です。秘匿電波を使用して記録されている限りの拠点との通信を試みましたが、応答はありませんでした』

「つまり?」

『味方はいません。また、敵の情報も得られませんでした』


 ミコトの言ったことは、なんていうか本当にきつかった。

 全然だめじゃん。

 シートの上で頭を抱え、オレは背中を丸めて訊く。


「……なあ、ミコト。オレたち、本当にあいつらに勝てんの?」

『勝率は0ではないとしか申し上げられません』


 そういや、そんなこと言ってたっけ。

 明るいコクピットの中で頭を抱えて、オレは昨日空で感じたわくわくがすごい勢いでしぼんでいくような気分になっていた。

 あの青い空を見た時は、どんな奴にだって勝てる気分だったのに。

 そんなオレに、ミコトがやっぱり同じ調子で声をかけてくる。


『問題点は以上です。続いて、希望的要素についてご報告します』

「……あんの!?」


 勢いよく顔をあげてシートから立ち上がると、オレは正面のパネルに両手をついた。

 ミコトは、黙ったまま正面の画面に主に茶色と青のごちゃっとした何かを表示する。


「なにこれ」

『拠点とはまったく連絡が取れませんでしたが、静止軌道上の衛星には利用可能なものがありました。それらを利用して作成した地図です。一部不明瞭な部分は高高度粉塵の影響です』

「地図……へえ」

『ちなみに現在地はここです。<ジャジュラ>の建造物は丸いポインタ、<アースシチズン>の建造物は三角のポインタです』

「……こんなにあるのかよ」


 ミコトがその地図に出してくれた印の数を見ながら、オレはうんざりして呟いた。

 これ全部4日で壊すなんて、やっぱり無理だ。

 そう思っているオレの目の前で、ミコトはなんでか地図の上に線を引き始める。


「この線は?」

『戦闘車両が走行したと思われる痕跡です。これらから、点線内のエリアに<アースシチズン><ジャジュラ>のいずれでもない、何らかの武装勢力が存在すると推測されます』

「武装、勢力……レジスタンスって、やっぱりいるのか?」


 <アースシチズン>と戦ってる連中がいるなら、味方になってくれるかもしれない。

 レジスタンスがいそうなところがないかと、オレは地図の点線部分をじっと睨みつける。


『これらの点線内のエリアには、本機によるものではない<アースシチズン>機の残骸がわずかながら存在しています』

「オレたち以外の誰かが<アースシチズン>と戦ってるってことだよな」

『そのように推測されます。それをレジスタンス活動と呼称するのであれば、彼らこそがレジスタンスであると言えるでしょう』

「……味方になってくれるかな」

『交渉する余地はあると考えます』


 ミコトの返事は短かったけど、オレはそれでも少し元気をもらったような気がした。

 味方になってくれる人がいるかもしれない。

 かもしれない、でも、絶対にいないよりはよっぽどいい。

 それはとりあえず置いとくとして……。


「じゃあ次は電池だよな」

『その件についても、追加情報があります』


 ミコトが言うと、電池によくついてる雷マークみたいなやつが、地図の<アースシチズン>の基地の近くにいくつかついた。

 なんだろう、とオレが指でそれをつつくと、ミコトはぎゅっとそのあたりを大きく表示しながら言う。


『地図上に雷のマークを表示しましたが、これらは<アースシチズン>の発電施設です。この場所へ行けばバッテリーを充電できる可能性があります。本機に搭載されている高密度積層超電導バッテリーは充放電特性に優れておりますので、充電に時間はかからないでしょう』

「つまり、いまある電池が切れる前に全部何とかしないといけないってわけじゃないってことか」

『はい。ですが、これらの発電施設はいずれも<アースシチズン>の拠点の近傍です。迎撃を受けることは避けられないでしょう』

「まあ、そうだよな……」


 シートにもう一回座って、オレは正面の画面を見上げた。

 地図の上に表示された沢山のマークと、それからムラクモの絵。

 その絵のほうの一部分を光らせながら、ミコトが言う。


『そして、本格的な戦闘を行うのであればやはり主機関が必要です。本機は本来、主機関を欠いた状態での稼働を想定していません』

「アルティメなんとか?」

『アルティメチウムリアクタです』

「って言われてもな……ムラクモがあったところにある?」


 あの廃墟の地下のことを思い出しながら、オレはミコトに訊いた。

 あの中は全然探してないし、もしかしたらそれがあるかもしれない。

 あいつらが持ってったかもしれないけど……。

 でも、ミコトはそれをスパっと否定した。


『格納庫には存在しません。あれば検知したはずです』


 なら、あいつらに持って行かれた心配はないのか。

 でも、そうなると……。


「他にどこか心当たりある?」

『本機の開発は複数個所で行われていたはずです。他の開発拠点のいずれかに存在する可能性がありますが、私には他の開発拠点の情報は入力されていません』

「じゃあ、もう見当つかないじゃん……」

『ですが、捜索を諦めるべきではありません。本件は引き続きの情報収集が必要です』


 ミコトがここまで言うからには、大事なものなんだろうけどなあ。

 結構昔からクズ拾いスカベンジャーやってるけど、オレそんなの見たことないし。


『現在までに取得できた情報は以上です。当面はアルティメチウムリアクタを捜索しつつ、レジスタンス勢力との接触、合流を試みることを推奨します』

「うーん……」


 ミコトのアドバイスに、オレは腕組みしてうなった。

 ムラクモに会ってから今まで、こいつの言うことはだいたい合ってたと思うけど、そんなんでいいのかな。

 オレだったらどうだろう。

 シートの上で腕組みしたまま、オレは目を閉じてしばらく考え、そして目を開けると地図をじっと睨みつけた。

 点線のエリアの近い発電施設を探してあたりを付けていると、ミコトが声をかけてくる。


『タスク、何を探しているのですか』

「レジスタンスがいるっぽいところに近くて、充電もできて、小さめの<アースシチズン>の基地」

『条件を満たし、敵全基地の規模及び推測される戦力を統計して戦闘能力が下位10%内の基地はこの4カ所です。最も近いのはここです』


 オレが言うと、ミコトはあっという間に基地の候補を絞り込んでくれた。

 すげえな、やっぱり。

 そんなことを思っていると、ミコトが先読みでオレのやろうと思ってたことを止めてくる。


『ただし、単独での敵基地襲撃は推奨できません。本機の現在の戦力とタスクの技術から予測される成功率は68%です』

「半分以上あるじゃん」

『情報が不足しているため、この予測の信頼性は高くありません。先に戦闘力の増強をはかるべきです』


 ミコトは譲らなかった。

 だけど、オレは目の前のパネルを見ながら、首をはっきり横に振る。


「そうかもしれねえけどさ。レジスタンスがいたって、急に仲間になるなんて無理だよ。オレだったら、急に来た奴がどんなすごい武器持ってても仲間になんて入れねえもん」

『それと単独襲撃の関係性はなんでしょうか』

「誰でも、仲間に欲しいのは役に立つ奴なんだ。強そうとか、すごそうとかじゃダメなんだよ。実際に強いんだ、すごいんだってわからないとさ」


 オレの言ったことに、ミコトはすぐには返事をしなかった。

 こいつでも考え込んだりするのか。

 でも、それもほんの数秒の事で、ミコトはやっぱりいつもの調子で言う。


『タスクの発言の趣旨は理解しました。しかし、敵基地の襲撃は推奨できません。タスクの経験は圧倒的に不足しています』

「っても、オレがうまくなるしかないんだったら、結局襲撃するしかないじゃん。他の所で練習……いや、待てよ……」


 他の所で練習って、できないのか?

 敵は基地にしかいないのか?

 そんなことないよな?


「ミコト! オレ、いいこと思いついたかも!」



-◆◆◆◆◆-



『航空機の接近を補足しました。前回と同じタイプの偵察機が3機。接触まで115秒』

「よっし、やっぱり来た!」


 昨日と土色の空を眺めながら、オレはぐっと操縦桿を握って気合を入れた。


 オレは、レジスタンスがいるかもしれないあたりで例の主機関を探しながら、昨日よりはだいぶ高いところをムラクモに飛ばせていた。

 こうやってれば見つかるから、敵が来る。

 数は基地に突っ込むよりはだいぶ少ないはずだし、うまくいけばレジスタンスの人が見てくれるかもしれない。

 そうすれば、基地をぶっ潰すよりは地味だけど<アースシチズン>と戦ってるんだ、ってことだけはわかってもらえる。

 レジスタンスが戦ってるところに助けに入れたら、もっといいんだろうけどな。


『先程説明しましたが、節電のためシールドはできるだけ使用しないでください。また、慣性軽減装置イナーシャル・キャンセラの稼働率も低めに抑えています。急速機動に注意してください』

「わかったよ」

『また、敵機は装甲が脆弱なため、ビームジェネレータは最も低電力で動作するシングルスナイプ・ファストに設定しています。弾速は高いですが敵を追尾しませんので慎重に射撃してください。敵機有視界距離。接触まで40秒』

「よし!」


 画面に、またオレンジの矢印が3つ表示された。

 ミコトの言うことは相変わらず難しいけど、なんていうかなんとなく聞き方が分かって来た気もする。

 わかることだけ飲み込んどけば、だいたい意味はわかるってことだ。


「いくぜ!」


 操縦桿を引くと、オレの体にすごい重さが襲い掛かってきた。

 最初にムラクモがあったところを出た時ほどじゃないけど、シートに押し付けられながらオレは歯を食いしばる。


『敵機捕捉』

「だあっ!」


 射撃ボタンを押すと、ばしゅん、と音がして画面に映っているムラクモの右手が一瞬光った。

 ほとんど同時に、敵がいきなり炎を吹いて下に落ちていく。


『危険。敵機衝突コースです。回避してください』

「げっ!」


 目の前に迫る銀色の飛行機。

 オレは、自分を守るためにムラクモの両腕で体をかばいながら、操縦桿を入れて機体を回転させようとした。

 だけど、間に合わない。


「うわああっ!」


 早速かよ!

 そう思った瞬間、画面全体が一瞬不思議な色に光った。

 同時に、ぶつかった飛行機が何かに引っかかったみたいにくるくる回りながら、地面に向かって落ちていく。


「な、なんだ……?」

『0.3秒だけ左腕のシールドを展開しました。2機撃墜、残り1』

「そ、そっか。助かったよミコト。……よし、あと1機だな!」

『はい。ですが敵機が反転してきません。どんどん遠ざかって行きます』

「ん、なんでだ?」


 オレが訊くと、ミコトは画面の端のほうに緑の波線を出した。

 それが震え始めると、すぐに悲鳴みたいなおっさんの声が聞こえてくる。


『本部、本部! 助けてくれ! 見たことない奴にいきなり攻撃されて、一瞬で2機やられた!』

『落ち着け。無能なレジスタンスが、戦闘機などを持っているわけがないだろう。操縦ミスで衝突でもしたんじゃないのか?』

『違う! 攻撃された! 戦闘機じゃない! 大きな人型のやつだ!』

『そんなものをレジスタンスが持っているわけがないだろう。202号、こちらで解析する。戻って写真を撮影して本部に送れ』

『嫌だ! 戻ったら俺も殺される!』


 そこで、ミコトは緑の波線を引っ込めた。

 シートの上で頭をかくオレに、ミコトが聞いてくる。


『どうしますか、タスク』

「うーん……いまのでどれぐらい電池使った?」

『2%を使用しました。現在の残量は81%。敵基地からさらに3機が出現。今度は偵察機ではありません』

「本気で攻撃してくるのか。どれぐらいでくる?」

『240秒前後と推測されます』

「わかった」


 レーダーを見ながら、オレは連中が来るのを待つことにした。

 連中の本気の攻撃ってのを見てやろうじゃん。

 だけど、そう思って待っていたオレに、ミコトが急に声をかけてくる。


『FCR照射検知。敵機からのロックオンです』

「えっ?」

『敵機、誘導ミサイルを発射。数量6。到達まで3秒。上昇しつつ前方への回避を推奨』

「わ、わかった!」


 一気にムラクモを加速させて、オレは言われた通り斜め上へ飛んだ。

 急加速に耐えるためにシートの上で力んでいるオレに、ミコトがさらに続ける。


『敵ミサイル、本機を追跡中。慣性軽減装置イナーシャル・キャンセラ稼働率アップ。振り切ってください』

「うりゃあああっ!」


 体にかかる力が消えた瞬間、オレは操縦桿を倒して急反転から急加速した。

 そしてミサイルの横をすり抜けようとした途端、いきなり殴られたみたいにムラクモががくんと回る。


「うわああああっ!?」

『上半身に軽度のダメージ。スラスター推力8%低下。墜落中。地表激突まで8秒』

「くっそぉ! なんだよっ!? 当たってないじゃん!」


 無理やり体勢を立て直して、オレはもう一度空に飛び上がった。

 その途中で、ミコトがいつもの調子で言う。


『空対空ミサイルには、近接信管が装備されています。命中しなくても、ある程度近づくと爆発します』

「知らないよそんなの! 先に言っといてくれよ!」

『以後注意してください。敵機、再び誘導ミサイル発射。数量6』

「ああもう! なんとかなんないのかよ!」

『本機にはフレアやチャフは装備されていません。回避するかビームで迎撃してください』

「ちっくしょう!」


 怒鳴って、オレは思いっきりムラクモを加速させた。

 そして、少しミサイルから距離ができたところで、機体を真後ろに反転させて右手を突き出す。


「ミコト!」

『了解。ヤサカニノマガタマ:オートスプレー・ファスト』


 オレが叫ぶと、ミコトがムラクモのビームをオートスプレーに切り替えた。

 名前の通り、小さなビーム弾をスプレーみたいにばらまくモードだ。

 飛んでくるミサイルに向けて、オレは操縦桿を押し込んで空中でバックしながらビームを発射する。

 オレのところに届く前に、ビームが当たって次々と吹っ飛ぶミサイル。


『全弾迎撃成功。前方及び後方から敵機接近』

「ミコト、単発!」

『了解。ヤサカニノマガタマ:シングルスナイプ・ファスト。敵機捕捉』

「行けっ!!」


 ばしゅん!

 射撃音とほとんど同時に、向かってきていた飛行機が燃え上がった。

 同時に、オレは操縦桿を倒して急上昇する。


『1機撃墜。敵機を捕捉』

「もう一発!」


 射撃ボタンを押すと、ムラクモの右手がまた光る。

 だけど、今度は敵は爆発しなかった。

 甲高い音をさせながら輪を描いて追いかけてくる敵を見ながら、ミコトが言う。


『ビーム命中せず。敵機、接近してきます』

「くっそ!」


 1発、2発。

 だけど、オレの撃ったビームはやっぱり当たらなかった。

 撃った瞬間当たるビームだけど、その撃った瞬間に、敵が当たる場所にいない。


『タスク、落ち着いてください。攻撃のリズムが予測されています』

「だったら、これでどうだ!」


 一気にムラクモを加速させながら、オレは敵がすぐ近くに来たところでレバーをひねりこんだ。

 ひらりと身をひるがえしながら右手を伸ばし、敵の飛行機にほとんど触るような状態で、オレは叫ぶ。


「スプレー!」

『了解』


 かわそうとした敵の戦闘機が、スプレービームを食らって燃え上がった。

 その瞬間、最後の1機のエンジンの音が後ろから突っ込んでくる。


「シールド!」


 敵のほうに左腕をかざして左の射撃ボタンを押すと、敵が撃って来た弾が青い光の上で跳ね返された。

 すかさずそっちに上半身を捻って、オレはそいつにもスプレービームを叩きこむ。

 どかん、と音をさせて戦闘機が落ちて行った戦闘機を見送りながら、オレははぁはぁと息を荒くしていた。


『敵編隊を殲滅しました。バッテリー残量62%。機体ダメージ小』


 結構、やられた。

 もっとうまくやれるつもりだったのに。

 整わない呼吸を押さえつけながら、オレは低い声で呟くように言う。


「……ごめん、ミコト」

『初回の本格的戦闘としては順当以上の成果です。お疲れ様です、タスク。再補足されないうちに高度を下げて移動しましょう』

「わかった……」


 言ったミコトの声は、少し優しかった気もする。

 悔しくてうつむきながら、オレはムラクモの高度をゆっくりと下げた。



-◆◆◆◆◆-



 それから一週間、オレは<アースシチズン>の機械をどんどんぶっ壊した。

 最近はもう偵察機は来なくなって、いきなり戦闘機とか戦車が来るようになったけど、オレがしっかりさえしてればムラクモはほとんど無敵だった。


 少しダメージは増えたけど、砂漠にはもう少し飛ぶだけで連中の残骸があっちこっちに落ちている状態になってる。

 噂を聞きつけてきたのか、一昨日ぐらいからはそれを目当てに来たっぽい同業者スカベンジャーも見かけるようになってきた。


「ミコト、電池は?」

『バッテリー残量は27%です』

「そっか、そろそろ充電しないとな。基地をぶっ壊すのはともかく……」


 ミコトのアドバイスをもらいながら特訓したおかげか、オレはもう戦闘機6機を相手にしても消耗を5%より少なくすることができるようになっていた。

 でも、あと4、5回もやったら電池切れになるだろうし、基地をなんとかするのにどれぐらい消耗するかわからない。

 できるだけ電池を節約するために、夕方の隠し場所の中でほとんど明かりもつけないで缶詰の肉を食べながら、オレは自分の中の覚悟を固めにかかっていた。

 その時、急にミコトが正面の画面にレーダーを出す。


『タスク。30km先で何者かが交戦しています』

「交戦……レジスタンスか!?」

『可能性は十分あります』

「わかった、行こう!」


 空になった缶を外に投げ捨ててコクピットハッチを閉じると、オレはムラクモを慎重に隠し場所から出した。

 レーダーを見てもう一回方向を確認した後、低く飛んでそっちへ向かいながら、オレはミコトに確認する。


「敵は何がどれだけいる?」

『戦車2、装甲兵員輸送車2、攻撃ヘリコプター2。レジスタンス側は機関砲装備の一般車両2』

「ヘリから落とす! ランサー!」

『了解。ランサー、レディ』


 オレが言うと、ムラクモの両手の甲から長いビームの棒が伸びた。

 これのおかげで、敵との戦闘の消耗は格段に減っている。

 ミコトが言うには、発射しないぶん電池をあんまり使わないらしい。


 それを構えたまま、オレは砂煙を上げながら地面すれすれを飛んで、一気に敵に襲い掛かる。


「おりゃああーっ!!」


 すれ違いざまに右腕を振り上げて1機、そのまま左手を突き出してもう1機のヘリをぶち抜くと、両方のヘリが砂漠に落ちて炎を噴き上げる。


『なんだ!?』

『奴だ! 黒鬼だ!』

『なんでこんなところに奴が……!?』

『と、とにかく逃げろ! 応援を呼べ!』


 最近はずっとつないでる敵の通信を訊きながら、オレは次にやっつける相手を選んでいた。

 装甲車は逃げに入ってる。

 だったら戦車だ!


「うりゃあああっ!」


 反転しながら地面に降りて両手を振り下ろすと、ランサーで3つに斬り分けられた戦車がどかんと燃え上がった。

 ホバー移動でもう1台の戦車に駆け寄って、真横に腕を振り、砲塔部分を斬り落とすと、その戦車もたちまち炎上する。


 砂煙を上げながら逃げていく装甲車を見送ると、オレはでかい銃のついた車のほうに向きなおった。

 そっちのほうへムラクモを歩かせると、車の片方の運転席に座っていた男が車を降りてオレを見上げる。


「お前は誰だ? お前が乗っているそれはアメノムラクモか?」


 なんでこいつ、ムラクモのことを知ってるんだ?

 とにかくオレはムラクモを止めると、ミコトに頼んで声を外に出してもらった。


「あんたは誰だ? 何を知ってる?」

「子供……!? 俺はこの地域のレジスタンスのリーダー、ハルトだ。ムラクモのことは、うちのメンバーが知っていた。君の話も聞かせてくれないか」

「あんたたちがレジスタンスか。オレも話したかったけど、ここはまずいんじゃないか?」

「そうだな、場所は変えよう。ついてきてくれるか?」

「わかった」


 オレが答えると、ハルトが車に戻って走り出す。

 ムラクモをゆっくりと動かしてそれを追いかけ始めたオレに、ミコトが言った。


『油断しないでください、タスク。まだ味方とは限りません』

「わかってるよ。気を付ける」

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反攻戦記ムラクモ 稲庭風 @InaniwaFuh

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