第2話 家族
『タスク。<アースシチズン>機から通信が入っています』
拡大しなくても連中の飛行機が見えるぐらいになった時、ミコトが急にそんなことを言いだした。
すれ違った連中のほうをもう一度振り向いて後ろを取りながら、オレは画面に向かって訊ねる。
「通信? なんて?」
『受信した内容を冒頭から再生します。確認してください』
ミコトが言うと、画面の右上のほうに緑のワクと何かギザギザの線が現れた。
その線が震え始めると同時に、どこかのおっさんの声が操縦室に聞こえてくる。
『我々は<アースシチズン>本部第28偵察部隊である! 前方を飛行中の航空機に警告する! 貴様の正体はわかっているぞ、レジスタンス! 今すぐに着陸して投降しろ!』
「わかってねえじゃん……」
おっさんが偉そうに見当はずれのことを言ってるのを聞いて、オレは呆れて呟いた。
まあ、わかってたら逆にめちゃくちゃ怖いけどさ。
『おとなしく指示に従えば、我々は寛大な心で貴様の罪を減じてやることを検討する。さもなければ、貴様は無慈悲で強力な攻撃によりひぃっ!?』
「ん? なんだ?」
何だか堅苦しいことを言っていたおっさんの声が、そこで急に裏返った。
なんだろう、と首を傾げたオレに、ミコトが説明してくれる。
『さきほどの交差時のタイミングです。あまり距離が離れていなかったので<アースシチズン>機に少し気流の揺らぎを浴びせてしまいました』
「そ、そうなのか。よかった、ぶつからなくて」
ムラクモがどれぐらい丈夫なのかはよくわからないけど、さすがに飛行機とぶつかったらどこか壊れそうだ。
ぶつからなかったことにほっとしているオレに、ミコトがまた説明してくれる。
『先程も申し上げましたが、本機はセミ・イメージ・フィードバックによる操縦システムを採用しておりますので、タスクが「ぶつかってやろう」と考えなければ衝突の心配は基本的にありません。ただ、彼らの感情は大いに害した模様です』
「どういうこと?」
『怒って撃ってきます』
ミコトが言ったのと、反転してきた連中がオレンジ色っぽい弾を撃って来たのはほとんど同時だった。
反射的にオレは操縦桿を左右互い違いに前後に入れ、ムラクモの体を捻ってそれをかわす。
「あっぶねぇ!」
『右から敵機が接近』
「うわわっ!」
右からすごい勢いで迫って来た敵を、オレは今度は急上昇でかわした。
ミコトが目印をつけてくれているのか、画面に映っている連中の飛行機の側にはオレンジ色の三角マークがついていて、どんな風に動いているのかすごくよくわかる。
『続いて2機と1機に分かれ、交差攻撃を行う模様』
「なんでそんなことわかるんだよ!?」
『敵機の通信を傍受しているからです。右前方への回避を推奨』
「こっちか!」
両手の操縦桿を倒して、オレは言われた通り攻撃を右斜め前にかわした。
すぐに後ろを振り返って、連中の飛行機がどっちへ行ったのかをきょろきょろ探す。
目印はつけてくれていても、一度見失うともう一回見つけるのにはどうしても少し時間がかかった。
そんなことをしている間に、またミコトが敵の動きを報告してくる。
『敵機再接近。左上方及び右前方』
「あー、くっそ! 目だけじゃ追いきれねえ!」
『了解。敵機の位置情報をもとにバーチャル音声を構築再生します』
ミコトが言うと、さっき彼女が言った方向から甲高い飛行機の音が聞こえてきた。
反射的にまた操縦桿を倒して、俺は左斜め下に身をかわしながら振り向く。
『敵機ロックオン。操縦桿先端のボタンを押し込めば攻撃できます』
「わかった! 食らえぇっ!!」
右の操縦桿のボタンを押すと、ムラクモの右手から光る線が出た。
それに貫かれた飛行機はどかんと音を立てて燃え上がり、真っ逆さまに下へ落ちていく。
『1機撃墜』
「えっ? 今ので?」
『はい。残り2機です』
拍子抜けするぐらい簡単に<アースシチズン>の飛行機をやっつけられたことにびっくりするオレとは逆に、ミコトはめちゃくちゃ落ち着いていた。
彼女に言われて、まだ残ってるんだということを思い出したオレは連中のエンジンの音がするほうにムラクモを向けて、また右手を突き出す。
『や、やめろ! 無駄な抵抗をするな! いま投降してその機体を差し出せば、命だけは助けてやる! おとなしく地面に降りろ!』
「どう見てもそっちのが弱いのに、なんで偉そうに言ってるんだよ!」
『敵機ロックオン』
もう一回ボタンを押すと、今度は2本の光の線が敵に向かって伸びて行った。
連中は左右に分かれてそれをかわそうとしたけど、光の線はそれを追いかけてぐんと急に曲がる。
「おいミコト! いま曲がったぞ!?」
『多態型ビームジェネレータはシングルスナイプ、オートスプレー、マルチホーミングの3形態をファスト、ノーマル、チャージの3段階で発射可能です。現在の設定はマルチホーミング・ノーマル』
ミコトが説明してくれてる間に、光の線は逃げようとした両方の飛行機の胴体をぶちぬいて撃ち落としていた。
ぴぴ、と小さな音がしたあと、ミコトがやっぱりいつもの調子で言う。
「すげえ……」
『敵部隊を殲滅しました』
「センメツ?」
『……全部やっつけました』
「そう言ってくれよ。<アースシチズン>もだけど、ミコトもなんか使う言葉が難しいんだよなあ……」
なんでそんな難しい言葉ばっか使ってるんだよ。
ぼやいても、ミコトは返事をしなかった。
ちょっとムッとして、オレは正面の画面を叩く。
「なんだよ、なんか言えよ」
『タスクは、学校には通っていましたか』
「……学校って何?」
『ご存じなければ結構です。わかりました』
「何だよその言い方。気になるだろ。学校って何だよ」
オレがしつこく聞くと、ミコトは画面に何かの写真を出してきた。
大きな建物と、子供がいっぱい集まってる部屋の写真だ。
なんだこれ、とオレが首を傾げると、ミコトはいつも通りの調子で説明してくる。
『勉強をするために人間が集まる建造物のことを学校と呼びます』
「へえ……行ったことないな。ミク以外の子供なんてほとんど見たことないし」
『ミクとはどなたですか』
「妹だよ。オレのひとりだけ残った家族だ。今はパパの知り合いのおっちゃんに守ってもらってる。……そう言や、今日のあがり渡さなきゃいけないのに、何も拾ってねえや。どうしよう……」
ミクのことをミコトに話して、オレは今日は金にできるものを拾ってないことを思い出した。
ムラクモは……金になるだろうけど、こいつ売っちまったらあいつらと戦えなくなっちまうからダメだし。
『あがりとは何ですか』
「金だよ、金。オレは
さっきムラクモがあったところに戻ればなにかありそうだけど、あいつらまだいるかな。
でも、他にアテはないし、やっぱり戻るしかないのか……。
『具体的にはどのようなものを拾うのですか』
「どのようなものって……。電池とか、武器とか弾とかが高いかな。どうしようもないときはクズ鉄でも何でも拾うぜ。安いけどないよりマシだし」
『電池であれば、先ほど撃墜した敵機の残骸から回収できる可能性があります』
「マジで!? ……オレにも持って帰れる大きさ?」
電池があるなら、金になる!
そう思って体を乗り出したオレに、ミコトはやっぱり普段通りの調子で答えた。
『それは回収してみないとわかりません』
「なんだ……。うーん、じゃあとりあえず拾ってみっか。どこにあるかわかる?」
『おおよその位置は把握しています。低空での接近を推奨します』
「なんで?」
『そのほうが敵に見つかりにくくなるからです』
「見つかりたくないんだったら、すっげー高く飛んだほうがいいんじゃないの?」
『理由については移動中にご説明します。とにかく低く飛んでください』
「……わかったよ」
しつこく言われて、オレはムラクモを一気に地上ぎりぎりまで下ろした。
ミコトが画面に出してくれた矢印の方へ進み始めると、画面の端っこのほうにまた写真とか図が映り始める。
『では、理由についてですが――』
移動中にミコトがしてくれた『レーダー』って機械の説明は結構面白かった。
一発ではわからなくて何回もいろいろな方法で教えてもらったからちょっと時間はかかったけど、最初の残骸のところに着くまでには、オレはレーダーのだいたいの仕組みがわかるようになっていた。
<アースシチズン>がなんであんなにすぐに来たのか不思議だったけど、あいつらもレーダーを使ってたからだったんだな。
『ご理解いただけたようで幸いです』
「説明してもらえばわかるって。オレ、頭はいいほうだから」
『そうですね。知識を備えていただくのが楽しみです』
「……なんかオレのこと馬鹿にしてないか? ミコト」
『いいえ。期待と激励です』
そんなことを言っている間に、ムラクモは残骸の所に着いた。
操縦桿をまた動かして、オレはひっくりかえって燃えてる飛行機に砂をかける。
『窒息消火法ですね』
「チッソク……何?」
『燃えている物に砂や土をかけて埋め、火を消す方法を窒息消火法と呼びます』
「へー……。なんでも名前付いてるんだなあ」
ざくざくと砂をかけながら、オレは変なことに感心してうなずいた。
そして、とりあえず燃えてるところは完全に埋めると、煙が上がってこなくなるまで待つ間にオレは周りを見回す。
「乗ってた奴は死んだのかな?」
『有視界範囲に乗員の反応は確認できませんが、機体に墜落前に脱出した痕跡があります』
「だからさー……ミコト」
また小難しいことを言うミコトに、オレはうんざりで声をかけた。
すぐに、ミコトはオレにもわかるように言い直してくれる。
『目で見えるところに乗っていた敵は見つかりませんが、飛行機には地面に落ちる前に逃げ出した跡があります』
「わかった。最初からそう言ってくれよ」
『緊急時にはそのようにします。それ以外の場合はタスクの知っている言葉を増やすために、いったんは通常の表現をさせていただきます』
「いらないってそんなの……」
『有用な学習です』
「めんどくさいなー、もう。それで、電池どこに入ってるんだ? これ」
煙が止まった飛行機をもう一回砂の中から引っ張り出して、オレはミコトに訊いた。
画面がしばらくちらちらした後、ミコトがまた矢印を出してくれる。
レバーを微妙に握って動かすと、画面の中でムラクモの手がその矢印のあたりに伸びるのが見えた。
ミコトが教えてくれる通りに飛行機をバラして、オレはその中から小さな箱を引っ張り出す。
『無事のようです』
「やった! しかも結構小さい!」
『そうでもありません。重さが20キログラムあります』
「って数字で言われてもぱっとわかんねえよ」
『……現在、カーゴが使用不能ですのでコクピットのスペースに搭載しましょう。頑張ってください、タスク』
ミコトが言うと、しゅうっと音がして操縦席のフタが開いた。
目の前まで来ているムラクモの右手には、さっき画面で見た電池が乗ってる。
ひょいとそっちへ飛び乗って近づくと、その電池は画面で見た時よりだいぶ大きかった。
持ち上げられそうなでっぱりに手をかけて、オレはそいつを持ち上げる。
持ち上げる。
持ち上げ……っ。
「
-◆◆◆◆◆-
だいぶ薄暗くなってから、オレは汗だくで街に戻って来た。
ムラクモを見つからないように隠せる場所がなかなかなくて、結局街からずいぶん遠い場所に降りたからだ。
しかも、荷物がめっちゃくちゃ重い。
3機撃墜したうち2機ぶんの電池を入れた背負い鞄はそれだけでいっぱいで、重さは40キログラムだ。
普段はどうってことのない砂にも足を取られそうになりながら長い距離を歩いたオレは、地面が砂でなくなってようやく一息つく。
行きつけの店に続く道の両端には、今日も何人もの人たちが大きな缶の中で木切れを燃やしながら、マントにくるまって道の端でうずくまっていた。
キャタピラを鳴らしながらやって来る<アースシチズン>の巡回警備ロボットに道を開けながら、オレはいつもどおりどんよりした雰囲気の通りを抜け、2階より上が崩れたビルの奥の部屋のドアを開ける。
「おーっす……」
外では見られない電気の明かりが点いた店の中には、ごつい店長以外は誰もいなかった。
ここに来る前に腕に包帯、耳にばんそうこうを貼ったオレを見て、いつもの分厚いエプロンをした店の親父ガグはいかつい顔でにやにや笑って言う。
「なんだ坊主、どこに行ってきたんだ。傷だらけじゃねえか。いいもん拾えたのか?」
「おっすガグのおっさん。どこに行ったかは秘密だけど、怪我したかいはあったぜ」
オレもにやっと笑ってそう返すと、背負っていた鞄を一回床に下ろして中から例の電池を取り出した。
力をこめて持ち上げてそれをカウンターに置くと、オレはふーっと息をついてからガグを見て訊ねる。
「いくらで買う?」
「バッテリーか。このサイズなら……ん、いや、こいつはなかなか状態がいいな」
「お、わかったんだな。いつもみたいに100とか言ったら持って帰るとこだったぜ」
オレが両手を腰にあてて胸を張ると、ガグがふんと鼻で笑った。
そして、ばんと電池を叩くとガグは得意げに言う。
「120だな」
「はあ?」
得意そうな顔したわりには全然値打ちわかってないな、ガグのおっさん。
ふーっとため息をつくと、オレは電池に両手をかけて引っ張りながら言う。
「他の店行くよ。邪魔したなおっさん」
「おい! おいおいおい! 待て待て待て坊主。何が気に食わないんだよ」
「何が気に食わないじゃねえって。オレはおっさんには見る目があると思ってたけど、そうじゃなかったってだけだろ」
「わかったわかった。150出す」
なんだか投げやりに、おっさんは少しだけ値上げしてきた。
わかってねえな。
オレはわざとらしく肩をすくめながら両手を上げて、ガグのおっさんを下から睨む。
「なあ、ガグのおっさん。しっかりしてくれよ。もう一回これよく見てみろって。150で買うって、ここでどんな安売りする気だよ?」
「んだ、うるせえなあガキが。俺はプロだぞ。何年やってると思ってんだ」
「プロだったらちゃんと見ろよ! で、150でいいかどうかよく確かめろって!」
「ギャーギャーわめくんじゃねえよ! んだっつーんだ」
そう言ってからガグのおっさんはカウンターの上で電池をぐるっと回した。
2周ぐらい回してから、おっさんは電池に書いてある字に顔を近づけて大きな声を出し、電池を横に避けてオレの顔を睨む。
「あぁ!? おい、坊主! こいつ、どこで手に入れた!?」
「最初に言ったろ、どこに行ったかは秘密だって」
いきなり態度の変わったガグのおっさんに、オレは得意顔で胸を張った。
やっとわかったのかよ。
張った胸の上でオレが腕を組むと、ガグのおっさんはおでこに汗を浮かべながら電池を睨みつける。
「いや、こりゃあおめえ……。マジか、本物か」
「当たり前だろ。自分で言うのもなんだけど、ガグのおっさんを騙せる偽物が作れるんならとっくの昔にやってるし、作るならもう少し派手じゃないのにするって」
「うーむむむむむ……。ちょ、ちょっと布巻いてもいいか。いきなり連中に踏み込まれたらヤバい」
ガグのおっさんは、そう言ってから大慌てで電池に布を巻いた。
そりゃそうだよな。
なんたって、今日オレが持ち込んだのは<アースシチズン>の飛行機から引っこ抜いた、マークまでついたあいつらの純正品だ。
ミコトが言うには、そのへんでたまに拾える古い電池の100倍ぐらいのパワーがあって、そのことがちゃんと書いてあるらしい。
「悪かった。俺に見る目がなかったぜ、タスク。そうだな300……いや、400出そう。どうだ」
「なあ、ガグのおっさん。オレさ、おっさんにはすげえ世話になってるから、最初にここに持って来たんだぜ。頼むよ、適当な商売するんなら本当に他へ持ってっちまうぞ」
「ああ、わかったわかった。試しに言ってみろ、いくらだ」
うっとおしそうにガグのおっさんが言った。
よし、こっからだ。
オレはカウンターに両手をついて身を乗り出し、大きな声で値段を言う。
「900!」
「あぁ!? ざけんなよガキ! いくらなんだってそんなに出るか! 600だ!」
「ガグのおっさん! この電池、普通の電池とどれぐらいパワー違うか知ってるのか? 100倍だぜ100倍! 大負けに負けて値段が普段の10倍でも1000だぜ! そっからさらに負けてるのにさあ!」
「うるせえ! 商売には相場ってのがあるんだよ! 600だ!」
「話になんねえよ。せめて800だろ?」
「600だって……ああ、わかったわかった! 650! どうだ!」
「750」
「……700だ。これ以上は出ねえ」
そこで、おっさんとオレはしばらく睨みあった。
そしてしばらくの後、オレがうなずいて床に降りると、ガグのおっさんは肩を落としてため息をつく。
「ちっくしょう、ガキが嫌な交渉の仕方しやがるぜ」
「へん、ここの手伝いしてたときにおっさんが教えたんじゃねえか。恨むなら自分を恨みな。」
「わかったよ。ちょっと待ってろタスク」
そう言っておっさんはのそのそと奥へ引っ込んで行った。
そして、戻って来たおっさんはしわの寄った10と100の紙幣をカウンターの上に並べると、そいつを重ねてオレに差し出す。
「ほらよ、700。持ってけ」
「……なあ、750にしないか? おっさん」
「ああ? しねえよ。それ持ってさっさと帰れクソガキ。落とすなよ」
「そうかー。あと50出してくれるんだったら耳寄りな話があるんだけどなあ……」
言いながら、オレはわざとらしく2本の指で自分の顎とか肩とかをトントン叩いた。
しばらくオレがそれを続けると、何言ってんだコイツ、みたいな顔をしていたガグのおっさんが、ばん、とカウンターを叩いて身を乗り出す。
「まさか、てめえ……もう1個持ってるんじゃねえだろうな!?」
「どうだろうなあ。700なんだろ? それじゃあ教えられないよなあ」
「くっそ、まだカード持ってやがったのかよ。なんてガキだ! わかったわかった! あと50出してやる! 教えろ!」
おっさんは、ポケットからやっぱりくしゃくしゃの50紙幣を出すと、乱暴にカウンターの上に置いた。
さっとそれをかっさらい、持ってた700と一緒に鞄に突っ込んでオレはにやっと笑う。
「毎度あり。じゃあおっさん、ちょっと耳貸せよ」
「くっだらねえ話だったら出禁だからなてめえ」
ウザそうに言った後、おっさんはオレの手招きに答えてカウンターの上で体をかがめた。
オレはそのでかい耳に口を寄せると、ぼそぼそととっておきのネタをそこに吹き込む。
「ま、いまおっさんが言った通りだけど、もう1個同じもんがあるんだよ。そいつを、それと同じ値段で売ろうと思うんだ」
「やっぱりか。……ありがてえが、いくらなんでも今はそんなに金ねえぞ」
「後払いでいいよ。ミクかドートスのおっちゃんが来たら渡してやってくれよ」
言い終わったオレは、カウンターから離れると床に置いておいた鞄からもう1個電池を取り出して、そいつをカウンターに乗せた。
その電池とオレを見ながら、ガグのおっさんがなんか難しい顔で言う。
「……おい、そんなに俺を信用して大丈夫か?」
「こんな世の中だけどさ、オレはミクを守ってくれるドートスのおっちゃんと、オレを鍛えてくれたガグのおっさんだけは信じてるんだよ。だからいい」
まともに顔見て言うのが恥ずかしかったから、オレはさっさと鞄を背負うとおっさんに背中を向けた。
カウンターの向こうから出てきたおっさんが、オレの背中にいつもの渋い声で言う。
「なんだタスク、お前変だぞ。遠出でもするのか。無茶すんじゃねえぞ、おい」
「なんてことねえって。まあちょっと遠出はするけど、ちゃんと帰ってくるからさ。それより金のこと頼むぜ。またお宝持ってきてやっから」
「わかったわかった。……ああ、待てタスク。こいつを持ってけ」
「何だよ?」
カウンターの裏から何か取り出したガグのおっさんが、オレに黒い何かを差し出した。
銃だ!
オレは大喜びでそいつを手に取ると、両手でそいつを構えてみる。
「うおお! すげえ、銃じゃん! いいの? マジで!?」
「弾はマガジン1本しかつけてやらねえぞ。15発入ってる。大事にしろ」
「ありがと、おっさん。大事にするよ」
昔教えてもらった通りにちゃんと
ガグのおっさんはそれを見てからカウンターに戻ると、2個めの電池をやっぱり布で包んでしまいこみながらオレのほうをちらっと振り返る。
「あんまりいじくりまわすなよ。ここ一番って時に使え。銃で遊ぶ奴はツキが落ちるって言うからな」
「わかってるって。じゃあな、ガグのおっさん。また来るよ」
ガグのおっさんに言われて銃を下ろしたオレは、からっぽだったベルトのホルスターにそいつを入れると、ごつい背中に手を振って店を出た。
-◆◆◆◆◆-
「ただいまー……」
市場で食べ物と水を買い込んだオレは、小さな声で言いながら家の扉を開けた。
オレのねぐらは、もともとはパパの友達のドートスのおっちゃんの部屋だ。
このあたりは、結構<アースシチズン>のロボットがうろうろしているせいであんまり喧嘩とか暴力事件とかは起こらない。
何かすると――しようとしたように見えただけでも――ロボットにチンアツされるからみんな小さくなって暮らしてるだけなんだけど。
「おかえり、おにいちゃん!」
「おっ、ただいまミク!」
走って飛びついてきた小さな妹を抱き上げて、オレは高い高いをしてやった。
狭い玄関で何回か回ってからミクを下ろして奥へ行くと、分厚いカーテンのかかった部屋の端でボロの椅子に座ったドートスのおっちゃんが顔を上げて片手を挙げる。
「おかえりなさい、タスクくん。今日は遅かったね」
「ちょっと掘り出し物があってさ。はい、今日のあがり」
オレが今日のぶんのあがりから600を渡すと、おっちゃんは細い目を見開いた。
なんべんか金を数えてからドートスのおっちゃんは顔を上げ、なんでか心配そうにオレのほうを見て訊いてくる。
「どうしたんですかこんなに。いったい何をしたんです?」
「ラッキーな掘り出し物があったんだって。そんだけあったらしばらく行けるよな?」
「まあ、1か月ぐらいはおそらく。……大丈夫ですか、本当に」
やっぱり心配そうにオレを見るおっちゃん。
雰囲気が落ち着かないのかきょろきょろしてるミクの短い髪を撫でながら、オレは笑って言った。
「ドートスのおっちゃんもガグも心配しすぎだって。今日はついてたんだよ」
「ふむ……。あまり危ないことはやめてくださいよ。タスクやミクに何かあっては、ご両親に申し訳ないからね」
そう言いながら、ドートスは椅子に立てかけてあった杖をついてよろよろ立ち上がった。
ドートスは脚が悪い。
昔はすげえ強い人だったってパパが言ってたけど、そのせいか今はあんまりそういう感じがしない。
ひょろっと細くてちょっと危なっかしい、普通のおっちゃんだ。
「飯の準備ならオレがするから座ってろって。まあ、カン開けるだけだけどさ」
「まあ、これぐらいはさせてください。あまり座ったままだとね」
そう言うドートスが部屋の中をひょこひょこ歩いていくの見ながら、オレは鞄から缶詰とかクラッカーとか水を取り出した。
そのうちのひとつをミクに見せて、オレはにやっと笑う。
「ほら、ミク。今日はこんなの買ってきたんだぜ」
「うん! おにいちゃん、これなに?」
「これはな、果物の缶詰だ。すっげー甘くて美味しいんだぜ!」
「ほんと!? おにいちゃん、ありがとう!」
ミクの小さい手に小さなモモの缶詰を握らせてやりながら、オレはもう一回あいつの頭を撫でてやった。
やっぱり、ミクが喜んでくれるのが一番うれしい。
もっと、こいつを喜ばせてやらなきゃ。
うれしそうに笑ってるミクに椅子を引いて座らせると、オレは顔を缶詰を開けてるおっちゃんのほうに向ける。
「ドートス。オレさ、明日からちょっと遠出するから、ミクのことまた頼むな」
「遠出? どこへ行くつもりですか」
パコっ、とアスパラガスの缶を開けたドートスが、オレのほうを見て首を傾げた。
油の入った小さな缶の端から出てる芯についた小さな火が、じじっ、と揺れる。
「まあ……それは商売の秘密ってやつだから、いくらドートスでも教えられないな。まあ気長に待っててくれよ。もしカネがなくなりそうになったら、ガグのおっさんに750貸してるから返してもらってくれ」
「今600渡されたのに、さらに750? ……タスク、いったい何を拾ったんですか」
「……連中の電池さ。砂漠の真ん中に落ちてたから、ちょいといただいてきたんだ」
オレが言うと、ドートスは顔を曇らせてため息をついた。
空けた缶をオレたちのほうに押しやりながら、ドートスは首を横に振る。
「彼らの残骸に近づいたのですか。見つかったらどうするつもりだったんです?」
「気を付けてるから心配ないって。実際、ちゃんと帰ってきてるだろ?」
「それはそうですが……怪我をしてるじゃないですか」
「あー、まあ。な。でも大したことないよ。これは別に連中にやられたとかじゃないし」
言いながら、オレはミクに野菜と肉を少しずつ食べさせた。
オレがちょっと苦手なアスパラガスでも、ミクはよく食べる。
「タスクくん。事故というのはですね……」
「いつどこでどんな風に起こるか予想できない、だろ? 何回も聞いたよ。だからいつも気を付けてるし、慎重にやってる。……オレがいなくなったら、ミクもおっちゃんも困らせちゃうからな」
ミクにもう少し肉を食べさせながら、オレは少しだけドートスに目を向けた。
肩をすくめて、ドートスはお説教をそこでやめる。
「タスク。私は君の行動を制限はできませんが、ひとつだけ。いつもと同じですが、これだけは言わせてください。ここに、無事で帰ってくることを最優先に考えてください。いいですね」
「ああ、わかってる。ありがと、おっちゃん」
ミクに小さなモモの缶詰の蓋を開けてやりながら、オレはおっちゃんのほうを見てうなずいた。
手を切らないようにその中から一切れを取り出して食べさせると、ミクがびっくりして目を丸くした後、幸せそうににこにこ笑う。
待ってろよ。絶対だ。
お前にも、絶対あの青い空を見せてやるからな、ミク。
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