反攻戦記ムラクモ

稲庭風

第1話 クズ拾いの少年

 空は今日も砂色の雲に覆われていた。

 体をすっぽりと覆ったマントには、吹いてくる風が巻き上げる砂や小石が当たってパラパラと音を立てている。

 甲高い音をさせながら、我が物顔でその空を横切っていく<アースシチズン>どもの銀色の飛行機を見上げながら、オレはマスク替わりのマフラーを鼻の上まで引き上げた。


 あの雲の向こうの空は青いっていうのは本当なのかな。


 そんな事を思いながら、黄色い砂の中に寄り集まった灰色のゴミみたいな集落を振り返った後、ざくざくと砂を踏んでオレは砂煙の向こうへと足を進める。

 目指す先は、連中の爆撃で昨日できたばかりの廃墟だ。


 <アースシチズン>はこうやって時々思い付いたみたいに建物をぶっ壊して、レジスタンスの拠点を破壊した、って発表する。

 そういうところへ入り込んで、焼け残った金になりそうな物を集めるのが、オレみたいなクズ拾いスカベンジャーの仕事だった。


「さてと……」


 煤けたコンクリートとひん曲がった鉄棒とか鉄骨がむき出しになっているその元建物のそばまで来ると、オレは姿勢を低くして足音を殺した。

 そのまま、小走りにまだかろうじて形を保っている壁の陰に隠れると、焦げ臭い空気が鼻をくすぐってくる。

 まだ新しい廃墟の焦げ臭さは、オレたちにとってはお宝の臭いだ。


 だけど、ここですぐにお宝にありつこうとする奴はすぐ死ぬ。

 同業者と出くわしたら、お宝は奪い合いになるからだ。

 <アースシチズン>の保安官が持ってるみたいな強い武器があれば別だろうけど、そうじゃないオレみたいなただの子供は、やっぱり大人にはかなわない。

 死にたくなかったら、こそこそ隠れながら大人が取りこぼしたゴミを拾うか、さもなきゃ一番乗りして急いでいいものを拾って逃げ出すしかなかった。


 しばらくの間じっと息を殺して気配を探り、誰もいなさそうだとわかってから、オレはそっと廃墟の中に足を踏み入れてあたりを見回す。

 金になるものはまず電池、それから武器と弾だ。

 食べられるものももちろん金になるけど、オレだって食べないといけないし、妹のミクにも食べさせなきゃいけないからこれは金にできない。

 あと、燃料は金にはなるけど重くてかさばるから持って帰れない。

 生きるためには、できるだけ小さくて軽くて金になるものを探すのがコツだった。


 だけど、オレが入った部屋にあったのはたくさんのプラスチックの箱のかけらと、きらきら光る円盤とたぶんそれが砕けたもの、あとは熱で歪んだ椅子とか、細かいガラスのかけらとか、どうにも金になりそうにないものばかりだった。

 ちぇ、と舌打ちして、オレは手近にあったプラスチックの箱に手を伸ばす。


「ぐっ、ぐぐぐぐぐ……!」


 力任せにこじ開けると、ばきっと音がしてそれは割れ、中から何かデコボコした板が顔をのぞかせた。

 たぶんコンピューターってやつだろうけど、こいつは重いくせにあんまり金にならない。

 高く買ってくれる奴もいるらしいけど、オレはそういう店には心当たりがなかった。


 他の部屋行こう、とオレが思ったその時、外から変な音が聞こえた。


 エンジンの音だ。誰か来やがったな。


 急いでオレはもう一度あたりを見回し、身を隠す場所を探す。

 扉のない棚、歪んだ机、溶けた椅子、斜めになったロッカー。

 これしかない、とオレはロッカーの扉に手をかけて、それを開こうとぐいと引っ張った。

 だけど、その途端その薄い扉は外れ、床に落ちてがしゃんと派手な音を立てる。


「おい、何か変な音がしたぞ!」

「もう誰かいるのか。急げ! 横取りさせんな!」


 何人もの足音が、ばたばたと近づいてくるのが聞こえた。

 急いで崩れた壁から覗いている鉄骨の隙間をくぐると、オレは隣の部屋へ飛び込む。

 同時に扉を蹴破って、人相の悪い連中がさっきまでオレのいた部屋に入って来た。

 素早く壁の陰に隠れようとしたオレだったが、一瞬遅かったのか、連中の一人が大きな声で怒鳴る。


「いたぞ! 隣の部屋だ!」

「もう何か取ったかもしれん! 逃がすな! ぶっ殺して取り返せ!」


 取り返せってお前らのじゃねえじゃん!


 なんて思っている暇もなく、また近づいてくる足音。

 逃げなきゃ、とオレは部屋の中を見回したけど、この部屋の壁はさっき通って来た隙間以外にはどこも崩れていなかった。

 見上げると天井はなかったけど、跳びあがっても二階の床には手も届かない。


 どうする。どうする。


 部屋の扉の方を振り向くと、足音はもう止まっていた。

 逃げ場は、ない。

 こうなったらイチかバチかだ。


「うおおおおおっ!!」


 オレは思い切り走ると、体当たりするように扉を開けてそれを連中にぶつけてやった。

 がつん、と硬い音がして、続いて連中が床にひっくり返る音がする。

 そして、オレは扉をそのままにして、連中がいるのとは逆方向に廊下を走った。


「くそっ!」

「ガキだ! 逃げるぞ! ぶっ殺せ!」


 怒鳴り声に少し遅れて、ぱん、ぱんと銃の音が聞こえる。

 当たったら死ぬけど見て避けるなんてのは無理だし、逃げるしかない。

 死に物狂いでまっすぐな廊下を走り、突き当りの角を曲がろうとしたオレだったが、そこはガレキが積み重なっていて進むことができなかった。

 銃の音が聞こえなくなったから振り向くと、距離が開いたせいか連中は撃つのをやめてこっちへ走ってきている。


「くっそ!」


 叫んで、オレは正面にあった扉を開けると中へと飛び込む。

 薄暗い中で目を凝らすと、上の階が崩れたらしいガレキが階段に積み重なっているのが見えた。

 あれをよじ登って上には――たぶん行けない。

 下には――落ちてきたガレキで床が崩れて、階段っぽいものが隙間から見えていた。

 何か変な階段だったけど、こっちしか逃げ道はない。

 最悪、しばらく隠れるだけでもいいだろ。

 オレは床をぶち抜いているガレキに駆け寄ると、その隙間に体をねじ込んだ。

 ほとんど同時に、今入って来たばかりの扉がけたたましく開く。


「待てガキぃ!」

「待つかよ!」


 言いながら強引に隙間を抜けると、すぽんとオレの体は向こう側へ抜けた。

 上の階段の陰になってガレキのない床に降り立つと、オレは伸びてきた手から後ろに下がって身をかわす。


「へへん、あばよオッサン! 詰まって抜けられなくならないうちに帰ったほうがいいぜ!」

「くそっ、ガキが! 待ちやがれ! 戻ってこい! ぶっ殺すぞ!」

「そんなこと言われて戻る奴がいるわけねえだろ! じゃあな!」


 ぱんぱん、とマントを払って言うと、オレは別の出口を探すためにさらに下へ続く階段に足を向けた。

 だが、ごそごそと腰のポーチの中を手で探り、とっておきの小さな懐中電灯を取り出してスイッチを入れようとしたその時、オレの目に緑色の光が入る。


「……なんだ?」


 懐中電灯をしまって、オレは目を細めながらその光のほうに歩み寄った。

 予想していなかったところで急に階段が平たい床に変わってつんのめりそうになりながら近づくと、何か文字っぽいものがごちゃごちゃと書いた明かりが壁についているのが見える。


「やった!」


 電池が取れる。

 そう思ったオレはそのでかい明かりのカバーに手をかけて、それをはずそうとガタガタと揺すった。

 だが、揺すっても、引っ張っても、頭にきてぶっ叩いても、そのカバーは揺れはするもののびくともしない。

 がんばっても結局取れなかったので、オレはイライラまぎれに壁を一回蹴りつけたあとさらに下の階へと向かった。


 だけど、降りても降りても階段はまだ下へと続いていて、いつまでたっても階段でない場所にはたどり着けなかった。

 いくつも開けられない緑色の明かりの前を通り過ぎながら、だんだん足が痛くなってきて息も切れてくると、オレの中で嫌な気持ちが膨らんでくる。


 もしかして他の出口なんかないんじゃないのか。

 このまま階段だけがずっと続いてて、結局なんにもなかったら上まで戻れるのか。


 オレがそう思ったその時、階段を踏む足音と感触が急に変わった。

 驚いて足を止め、オレはその段で何回か足踏みしてみる。


「……鉄だ」


 さっきまで石かコンクリートだった階段が、そこから急に薄い鉄の板になっていた。

 かつん、かつん、と妙に音が響くそれを少し降りると、いくらも経たないうちに階段が終わる。


 そこは広い場所だった。

 何か音はするけど、明かりはなくて何があるのかはよく見えない。


 なんだよ、と思いながらオレは今度こそ懐中電灯を取り出してそれにスイッチを入れた。

 あまり強くはないその光で部屋の中を照らすと、何か黒くて大きいものがそこにあるのがわかった。

 だけど、それはデカすぎて、懐中電灯で一部分を照らしただけじゃ何なのかさっぱりわからない。


「何なんだよ……」


 呟きながら、オレはおっかなびっくりその黒いものへと近づいた。

 金にしたらすごそうだけど、こんなデカいものは持って帰れない。

 どこか外せないかな、と 懐中電灯で照らしながら進むと、目の前にまた大きな灰色のものが置いてあった。

 大きな金属の箱みたいなそれの形を確かめるように照らすと、それにタイヤがついているのが見えて、オレは思わず歓声を上げる。


「うわ、車じゃん! すげえ! 動くんだったらすごい金になるぞ!」


 見つけた乗り込むためのはしごのようなものを登り、オレはその車の上に乗った。

 あたりを照らし、いくつかボタンのようなものを見つけたオレは、試しにそれのうちのひとつを押してみる。


「お……おおっ!?」


 だが、ぶぅん、と言う音の後、それはオレの期待とは違って前ではなく上向きに動き始めた。

 なんだこれ、と思っている間にもオレが乗っている車の天井部分はどんどん上へ移動して、やがて止まった。

 下を照らすと床はかなり遠くで、飛び降りることはとてもできそうにない。


「や、やば。戻すのってどうしたらいいんだよ……」


 呟きながら振り向くと、目の前に黒く大きいものの一部分が見えた。

 照らすとそこには椅子らしいものも見えて、オレは緊張で乾いた唇を舐めて呟く。


「これ、もしかしたら乗り物なのか……?」


 動くのか、これ。

 やばいかもしれない、と思いながらもオレは好奇心を抑えきれず、乗っていた箱のようなところから黒いやつのほうへと乗り移った。

 オレが椅子に座ると、同時に周りにあるものに次々と青白い光が灯っていく。


「うわ、わ、わ、わ……。動く、動きそうだぞ、これ……!」


 呟くと、オレの座っていた椅子が急に後ろに引っ張られた。

 続いて目の前のフタが閉まって、オレの周りが急に明るくなる。


「うわっ、まぶし……!」

『☆▽〇◆〇@▲★』

「な、なんだ!?」


 唐突な光がまぶしくて唸ったその時、何か女の子の声みたいなものが聞こえた。

 まだ明るさに慣れない目を細めてオレがきょろきょろしていると、今度はわかる言葉でさっきの声が俺に話しかけて来る。


『言語認識。搭乗者の使用言語にフィックス。パイロット認証を行います。搭乗者はシートに座って操縦桿を握り、正面を注視してください』

「な、なんだ……? 誰がしゃべってるんだよ!? って言うかどうやったら動くんだよこれ!」


 周りを見回しながら、オレは周りにあるボタンとかスイッチを適当に触った。

 だけど、何を触ってもそれは動く気配を見せず、ただ声だけがまた聞こえてくる。


『パイロット認証を行います。搭乗者はシートに座って操縦桿を握り、正面を注視してください。認証が終了するまで当機はいかなる操作も受け付けません』

「誰だよお前! ソウジュウカンって何だよ!?」

『私は当機アメノムラクモの管制AI『アメノウズメノミコト』です。操縦桿とは、操縦者が腰かけて自然に手が来る位置にある棒状のデバイスを指します』

「わ、わかんねえけど……これか!?」


 混乱したまま、オレは言われた通りに椅子に座って両手のあたりにある棒を握った。

 同時に、また女の子の声が意味の分からないことを言う。


『声紋、指紋、静脈紋、虹彩、網膜、すべての認証に失敗しました。搭乗者は当機の登録パイロットと一致しません。その他のスタッフとの照合を行います』

「何言ってるのかわかんねえよ! 言われたとおりにしたじゃんか! 早く開けろよ!」

『スタッフ情報を確認。データベースとの接続に失敗しました。サブデータベースとの接続に失敗しました。予備データベースとの接続に失敗しました』

「おい! 聞いてんのかよ!」

『指揮命令システムからの応答がありません。サブ指揮命令システムからの応答がありません。予備指揮命令システムからの応答がありません。命令系統を再構築。独立モードへ移行します』

「いい加減にしろって! なんなんだよ!」

『ハロー。私は当機アメノムラクモの管制AI『アメノウズメノミコト』です。当機に搭乗中のあなたはどなたですか』

「どなたじゃねえって! 開けろよ!」

『了解。コクピットハッチオープン』


 しゅうっ、と音がして目の前の壁が開き、椅子が前に出た。

 また真っ暗なその大きな部屋の中に出されて面食らっているオレに、さっきの声がまた聞いてくる。


『ハロー。私は当機アメノムラクモの管制AI『アメノウズメノミコト』です。当機に搭乗中のあなたはどなたですか』

「あ、ああ? ええっと、いや、ちょっと先に……」


 質問を無視して、オレは椅子から立ちあがってさっきの箱にもう一度乗り移った。

 そこでようやく一息つくと、オレは暗い部屋の中を見回して怒鳴る。


「おい! さっきから話しかけてきてるやつ誰だ!? どこにいるんだよ!」

『私は当機アメノムラクモの管制AI『アメノウズメノミコト』です。いまあなたの目の前にある機動兵器の頭脳部分です』

「目の前にって言われても、暗くってなんにも見えねえよ!」

『了解。ハンガー照明オン』


 声がそう言うと、急に部屋に明かりがついた。

 またまぶしさにやられて目を細めた後、ようやく目が慣れてくると、オレの目の前にあるものの形がようやくはっきりする。


「こ、これ、何だよ……」


 近すぎて細かいところはよくわからなかったけど、それはすごく大きい人の形をした何かだった。

 10メートル、12メートル? オレの10倍以上はありそうな、あっちこっちが尖った鎧を着た人間みたいなそれの胸のあたりに、オレはフタのない箱に乗って持ち上げられていた。

 あっけにとられるオレに、またその声が質問する。


『あなたはどなたですか』

「お、オレは……タスクだよ。クズ拾いスカベンジャーだ」

廃品回収業者スカベンジャーがなぜこのハンガーにいるのですか』

「なぜって言われても……って言うか、お前は何なんだよ!?」

『私は当機アメノムラクモの管制――』

「だから! そもそもアメノ……何? それ何なんだよ!?」


 オレが怒鳴ると、そいつは言葉を止めて黙った。

 部屋の中に、ぶんぶんという低くて小さい音だけがする中でじっと待っていると、しばらくしてそいつはまた同じ調子で語り始める。


『当機アメノムラクモは敵性異星人<ジャジュラ>の地球圏からの撃退を目的として建造された試作型機動兵器です。<ジャジュラ>のテクノロジーを解析、模倣し、それを凌駕する戦闘性能を実現すべく多数の新テクノロジーが導入されています。一例として、当機のシステムはゼロシリコンで構築されており、敵<ジャジュラ>のシリコンハッキングを受け付けません。また、主機関及び装甲材にアルティメチウムを使用することにより……』

「ま、待ってくれよ! 戦えるの!? 勝てるの!? あいつらに……<ジャジュラ>と<アースシチズン>に!」


 <ジャジュラ>はオレが生まれるより前にこの星にやってきた宇宙人だと、死んだパパが言っていた。

 すごい技術を持っていて、地球の軍隊は戦ったけど全然歯が立たなかったらしい。

 その<ジャジュラ>の手下になった地球人が<アースシチズン>だ。

 <アースシチズン>は他の地球人全部に自分たちの言うことを聞くように言って、逆らうやつを<ジャジュラ>の武器で殺して回ってる。

 パパやママもあいつらに殺された。

 悔しいけど、あいつらには誰もかなわない。

 そう思っていた。

 だけど、そいつはオレにやっぱり同じ調子でこう答えた。


『当機はそれを目的として建造されました』

「じゃ、じゃあ早くやってくれよ! なんでこんなところにいるんだよ!?」

『当機は性能テストを終え、現在出撃のために装備調整中です。作戦開始は2181年01月01日00時00分00秒を予定していましたが、出撃命令は下されませんでした』

「何だよそれ!? 今は2200年じゃん!! 何やってたんだよ!?」


 20年も前にするはずだった出撃をしないで、ずっと待ってたというそいつに、オレはどうしようもない気分で怒鳴った。

 こいつが本当にこいつが言うような力を持ってて、ちゃんと動いてれば、戦ってれば、今頃こんな世界じゃなかったかもしれないのに。


『情報が存在しないため、詳細は不明です』

「わけわかんねえよ……なんでだよ……」


 誰が作ったか知らないけど、こんなところに埋めてたんじゃ意味ないじゃん。

 へたり込んだオレに、そいつがまた声をかけて来る。


『現在の戦況はどうなっていますか』

「はあ?」

『外部とのネットワークが存在しないため、行動プラン再構築のための情報が必要です。タスクの把握している情報を提供してください』


 急な質問に、オレは目を丸くした後で首を横に振った。

 何言ってるんだこいつ。


「……知らないよ。爺さんは、俺たちは負けた、ってよく言ってる」

『負けた。<ジャジュラ>に対する抵抗勢力は全滅したのですか』

「どこかにいるのかもしれないけど、オレは見たことない。<アースシチズン>はレジスタンス狩りだなんて言ってあっちこっちの建物をぶっ壊したりしてるけど、あいつらちょっと気に食わない奴がいたらすぐ逮捕とか処刑とかしてくるしさ」


 実際、あいつらが壊した建物がレジスタンスの拠点だったことなんて、オレが知ってる限りでは一回もない。

 市場とか、倉庫とか、病院とか、連中が壊すのはそんなのばっかりだ。


『敵の戦力規模は判明していますか』

「知らないって……。オレ、ただのクズ拾いスカベンジャーなんだぜ。自分と妹が毎日暮らしてくだけでやっとなのに、そんなことわかるわけないじゃん……」


 箱の中で座り込んで、オレはぐったりと肩を落とした。

 どこにいるのかもよくわからない女の子は、少し黙った後ぽつりと言う。


『情報が不足しています』

「うるさいな! だったら自分で調べに行けよ! あいつらと戦えるんだろ!? 勝てるんだろ!?」

『出撃にはパイロットが必要です』


 あれがない、これがない。

 なんだよこいつ、全然ダメじゃん。

 オレは大きなため息をついてから、顔を上げてあいつを怒鳴りつけた。


「お前さ! 何かって言うとあれがないこれがないばっかり言ってるよな! 今の世の中、オレたちに足りてるものなんかないんだよ! 無理やり使えるもの探して、使えないものでも無理やり使えるようにして、無理やり生きてんだ! お前もちょっとは自分で何とかしてみろよ!」


 一気に言って、オレは足りなくなった息を吸い込んでから吐き出す。

 何言ってんだ、オレ。

 そうじゃないじゃん。

 オレは今日生きるための金のタネ拾いにここに来たんじゃん。


 オレがそう思った時、遠くから誰かの足音が聞こえてきた。

 まさか、とオレが入り口のほうを振り向くと、そこからまたさっきのあいつらが姿を現す。


「うおっ!? なんだこりゃ!?」

「わ、わかんねえが……こいつはたぶんすげえ値打ちもんだぞ! うまく売り払えりゃ、一生遊んで暮らせるかもしれねえ!」

「おい、あそこ! さっきのガキだ!」


 オレは慌てて頭を下げたけど、間に合わなかった。

 連中はオレの乗っている車のところまで来ると、下でボタンを押し始める。


「早くしろ! 乗らせるな!」

「引きずり降ろしてぶち殺せ!」

「わかってる、待てって!」


 すぐにがくん、とオレの乗っている箱が揺れて、それが少しずつ下がりはじめた。


 やばい、このままじゃ殺される。


 俺は慌てて立ち上がると、箱の縁に立ってもう一度あいつの椅子があるところに入ろうと跳びあがった。


「だああああっ!!」


 めいっぱい伸ばした手が、ぎりぎりコクピットの端に引っかかる。

 もう片方の手を振って両手で端をつかみ、オレは必死に腕に力をこめて自分の体を引き上げた。


「あのガキ、ぶらさがってやがる!」

「撃て! 撃ち落とせ!」


 また、乾いた銃声が部屋に響きわたった。

 何かが風を切る音がオレの近くを何度もかすめ、やがて肩に焼けるみたいな感覚が走る。


「うわあああっ!」

「よし、当たったぜ!」

「馬鹿野郎、まだ捕まってるじゃねえか! よく狙え!」

「うっせえな、わかってんだよ!」


 死にたくない。

 死にたくない!


 必死で、オレは両腕に力をこめた。

 つるつるのアメノなんとかのどこかに引っかけようと、歯を食いしばって脚を振り上げる。

 その時、連中の誰かが撃った弾がオレの頭の上の屋根みたいなところに当たった。

 跳ね返った弾がオレの耳をかすって、そこから血が吹き出す。


「うがあああああっ!!」


 次の瞬間、オレは自分でも信じられないぐらいの力でアメノなんとかの操縦席に這いあがっていた。

 体中が痛い。

 ぜえぜえと苦しい呼吸の中から、オレは必死に叫ぶ。


「閉めろぉ! アメノなんとか!」

『了解。コクピットハッチクローズ』


 同時に、さっきと同じに椅子が中に引き込まれ、正面のフタが閉まった。

 助かった。

 汗まみれになったオレは、耳と肩から血を流しながら荒い息をつく。


『タスク、彼らは何ですか』


 その時、やっぱりどこにいるかわからない女の子の声が、オレにそう訊ねた。

 だるい中で半分だけ目を開けて、オレはその質問に答える。


「同業者だよ……。スカベンジャーだ」

『私は廃品ではありません』

「でも、20年もここで寝てたんだろ……。廃品みたいなもんじゃん」

『私は稼働可能です。また、私はまだ建造目的を達成していません』

「知らないよ、そんなの……」

『出撃命令があれば、私は目的を達成できる可能性があります』

「誰が出すんだよ、そんなの!」

『あなたが』


 返って来た言葉に、オレはあっけに取られて正面を見た。

 相手がどこにいるかわからなくて、どこを見ていいかわからないけど、とりあえず正面を見ながらオレは言い返す。


「何言ってんだよ!? オレはただのクズ拾いスカベンジャーだって……!」

『それはさきほど伺いました。私は一度メモリーしたことは忘れません』

「だったらわかるだろ!? 無理だよ! こんなの動かして戦うなんて――」

『私は、一度メモリーしたことは忘れません。無理やり使えるものを探し、使えないものでも無理やり使えるようにする。タスクの発言です』


 そいつの言うことに、オレは椅子の上でうつむいて首を振った。

 むちゃくちゃだ。


『あとはあなた次第です、タスク。勝率は0ではないとしか申し上げられません。失敗すればあなたは死にます』

「……」

『いま降りても結構です。ただし、あなたは彼らに殺されるでしょう。そして私が廃品として解体されれば、勝率は0になります』


 むちゃくちゃだ。

 ただの脅迫だし。


 でも、なんとなくわかった。

 こいつ、必死なんだ。

 全然焦った感じ出してないし、すらすら喋ってるけどきっと必死なんだ。


 そう思うとなんだか笑えてきて、オレはうつむいたまま小さく笑う。


『その笑いはどういう意味ですか』

「なんでもないよ。……わかった、いいぜ。自分の言ったことだもんな」

『了解しました。ではタスクをパイロットとして登録します。……完了しました。再認証を行います。指紋及び静脈紋認証成功。虹彩及び網膜認証成功。出撃命令を下してください』

「その前にさ、お前の事なんて呼んだらいいかな? 名前長いしなんか響きになじみがなくて覚えにくいんだけど」


 オレが聞くと、またあいつの言葉が止まった。

 たっぷり数秒止まった後、彼女はようやく答えを返してくる。


『声紋認証成功。ようこそ、タスク。私は『ミコト』。当機ムラクモの管制AI『ミコト』です。そのようにお呼びください』

「わかった。ミコト、ムラクモって飛べる? あいつらの飛行機みたいに」

『飛べます。どんな飛行機より速く、高く、俊敏に』

「そりゃいいや。……じゃ、行こうかミコト」

『了解、正面ハッチ開放。スラスター圧力上昇開始』


 ミコトが言うと、画面にいろいろな何かが一度に表示されていく。

 だけど、彼女の言うことも、画面に表示されていることも、オレにはさっぱり意味が分からなかった。

 それを見透かすように、ミコトがそれに続けて言う。


『最短期間で『使える』ようになっていただきます。よろしくお願いします、タスク』

「わかってるよ。ムラクモ出撃だ!」

『了解。ブラストオフ』


 その瞬間、視界に映る景色が後ろに流れた。

 トンネルの壁の模様がすごい勢いで後ろにすっ飛んでいく。


「うわっ、速……いけど何にも感じないな。ほんとに動いてんの?」

『了解。慣性軽減装置イナーシャル・キャンセラ稼働率を50%へ低減』

「ぐえっ!?」


 ミコトに訊いた途端、急にオレの体は椅子にものすごい力で押し付けられた。

 か、肩が痛いし骨がぎしぎしする!


『現在の実加速度は約6Gです。50%軽減中ですので、タスクには約3Gがかかっています。一般的な飛行訓練生は失神するレベルですが、意識がおありのようですね。もう少し本来の加速度に近づけますか』

「いい! いい! よくわかんないけどもうわかった! わかったから!」

『了解。慣性軽減稼働率95%。トンネルを抜けます。明るさの変化に注意してください』


 体の重さがなくなるのと同時に、目の前がぱっと明るくなった。

 やっぱり同じ、砂色の空だ。

 だけど、今はムラクモに乗ってる。ミコトもいる。

 オレは、空を覆う雲を見上げながら彼女に訊いた。


「ミコト、もっと高く飛びたい。どうすればいい?」

『当機の操縦系はセミ・イメージ・フィードバックです。レバーを引くと前進する、ということを踏まえ、直観的に操縦してください』

「言ってることはわかんねえけど……こうか!?」


 両手でレバーを斜めに引くと、ムラクモがすごい勢いで空に舞い上がった。

 今度は、体でもなんとなく加速がわかる。

 目の前にみるみる迫ってくる砂色の雲。


『雲に突入します』

「突き抜けろぉーっ!!」


 レバーを引いたまま、オレは前を見つめて思った。

 もっと、もっと高く、雲の向こうまで!

 砂嵐の中に突っ込んだような光景が、俺の周りの画面に映っていた。

 数秒して、俺の目の前に広がる一面の薄い青。


『雲を抜けました。現在高度14000メートル』

「これが……本当の空……」


 それは、オレが思ってたよりもずっと薄くて、淡くて。

 どこまでも広くて、綺麗で。

 そして、とても眩しかった。


「……なあ、ミコト。フタを――」

『コクピットハッチを開けることは出来ません。数秒で窒息死します』

「そうなのか。……わかった。なあ、この空さ、妹にも見せてやれるかな?」

『当機が戦闘機動を行う場合、乗員数は最大1名です。ですが、敵がいなければ2名まで搭乗できます』

「……何?」

『勝てば見せてあげられるでしょう』


 最初からそう言えよ。

 そう思ってオレがため息をつくと、ピピピ、と高い音がした。

 なんだ、と思う間もなく、またミコトが報告してくる。


『後方低空より未確認機が接近。機数3、速力中レベル、武装低レベル。接触まで48秒』


 言いながら彼女が前の画面に映したのは<アースシチズン>の飛行機だった。

 左右のレバーを互い違いに引いて旋回しながら、オレはミコトに言う。


「<アースシチズン>だ。見つかったのか?」

『レーダー照射を検知。<アースシチズン>機はすでに攻撃態勢です。ところで殺人のご経験はありますか』

「……あるよ。どうってことない。やれる」

『了解。迎撃態勢に移ります。重力偏向シールド及び多態型ビームジェネレータ起動』

「行くぞ!」


 吼えて、オレは2本のレバーを思いっきり引く。

 オレの気持ちを受け取ったムラクモは、弾丸みたいに敵へと突っ込んでいった。

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