7

 そして私は今、金井昇を殺した。死体は私の後ろで血を吐いて倒れている。必ず一人、大切な人を殺すこと―――それに従っただけだ。

 なのになぜだろう。彼に毒を飲ませた後から、ずっと悲しかった。ただ、『ルール』に従っただけなのに。

 私は指先についた毒を見ながら、気付いた。

 そうだ、大切だったから、好きだったから悲しいんだ。苦しいんだ。そう思うと涙が溢れてきた。彼にした告白は嘘じゃなかった。

 私はこの先、何のために生きていけばいいんだろう。何をして生きていけばいいんだろう。好きな人の命を奪ってまで生きたかった理由は何なのだろう。わからない。なんで?死にたい。あのまま死んでしまえばよかった。

 その時、映像が見えた。

 私はこの路地裏の冷たい地面に顔をつけて、うつぶせで倒れていた。目線の先には金井くんが私とは逆の方向に頭を向けて、うつぶせに倒れている。お互いに口から血を吐いて、苦しみながら倒れていた。そうしてそのまま視界が暗くなっていった。

 映像が終わった。ふと我に帰り、静かに後ろを振りかえる。

 彼が、金井昇が立っている。こちらをじっと見据えている。

「なんで泣いてるの?せっかく生きられるっていうのに」

 彼がそう言った。そうか。生き返ったんだ。

「運が……良かったのね」

 何とか、それだけ言った。

「そう。だから僕は今から一番大切な人を殺さなくちゃいけないんだ。せっかく生き返ったのに、ごめんね」

 そう言って彼は私に近付いてきて、私のスカートのポケットに手を入れた。そこには私が彼に使った毒薬の瓶が入っている。

 彼はそれを取り出し、自分の指先につけた。そして、私の唇にゆっくりと塗り始めた。

 あぁ、私はここで殺されるのか。でも、彼もただ単に殺すだけではないだろう。

 私の唇に塗り終わると、彼は次に自分自身の唇に毒を塗り始めた。

「大丈夫。僕も桐嶋さんと一緒に死ぬ。僕は君がいない世界で生きるのは嫌だ」

 やっぱり、彼は優しい。わざわざ私を迎えに来てくれたんだ。

 なんだかとても嬉しくなった。

「夢は見た?」

 金井くんが聞いてきた。私は何のことだかさっぱり分からなかった。

「あの声に言われたんだ。霊感の強い人にはお前がこれから何をするのか見えるかもしれないって」

 私はさっき見た、自分と金井くんの最期を写した映像を思い出した。

「僕は昨日の夜に見た。僕と桐嶋さんが死んでいくところを」

彼がそう言った。

「私も…見た。同じ夢を」「それじゃあ、覚悟はできてるね」

 彼の言葉に私は頷いた。

 すると彼が私の肩を抱き寄せてきた。私は少し上を見上げる。そして彼が私の唇に自分の唇を重ねる。

 実際にはどうなのかは分からないが、私にはとても長い時間、そうしているように思えた。

 私達は同時に顔を離した。お互いの目を見つめていた。

 そしてしばらくすると毒が回ってきたのか、私は足元をふらつかせて、後ろに下がった。息苦しくなってきて、思わず胸の辺りの服を掴んだ。どんどん足元はふらついていく。そしてとうとう、血を吐きながら、地面に膝をついた。

 少しして、金井くんも膝をつき、血を吐き始めた。そしていつしか私達は完全に倒れていた。金井くんはものすごい量の汗を額から流している。

 ふと、考えた。

 確かあの映像の中では私と彼はこのまま死んでいった。お互いに何も干渉せずに。

 そんなの、嫌だ。せめて最期くらい彼と繋がっていたい。

 そう思って私は彼に向かって手を伸ばした。

 口のまわりを赤く染めた彼はそれに気付き、こっちに向かって手を伸ばそうとした。

 ―――が、そのとき。彼の首にナイフが刺さり、彼は、「がっ」という声を残し、そのまま動かなくなった。

 私は驚いて、ゆっくりと、力なく上を見上げた。

 そこには大貫晴香を殺した二人組の片割れの男がいた。なんで?あいつは今、刑務所の中にいるはずなのに。脱獄して来たのだろうか。

 男は金井くんの首に刺さったナイフを抜いた。ごぼっという音が聞こえてきそうなほどの血が噴き出した。

 男は私の方にナイフを持って歩いてきた。私は必死に金井くんの手を取ろうとした。もう少しで手が届く。そう思ったとき、男の声が聞こえた。

「お前で五人目だ」

 男が降り下ろしたナイフは私の首に刺さり、もう少しで彼の手に届きそうだった私の手の動きを止めた。

 私は、自分の首から噴き出す鮮血を見た。

 だんだん意識が遠くなっていき、私の世界が闇に包まれた。

 そしてそのとき、あの声が蘇った。



 運命を変えてはならない。







END

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新井住田 @araisumita

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