最終話


 蒼が立ち去ってしばらくした後――。


「……それにしても、あなたでしょ。蒼の進路に関わったの」


 突然、香憐はそう私に切り出した。


「…………」


 本当は、もっと早く聞きたかったとのだろうけど、卯野原くんがいる状態では聞くつもりはなかったのだろう。


「あら、何の事?」

「うーん、別に隠す必要なんてないと思うけどな? 俺は」


 香憐の言葉に知らないフリをしている私に対し、元弥はキョトンとした顔で尋ねてきた。


「普通科にいて『美術』を選択していない生徒がいきなり『美術系の大学に行きたい』なんてさ、普通は言わないよ。だから『何かあったんじゃないか』って、思うんじゃないかな」

「…………」


 こういう事をサラッと言える辺り、昔から本当に変わらないと思う。こう『とぼけている相手にも、自分の考えを言った上で、さらに重ねて尋ねられる』という辺りが。


 多分、元弥くんの中に「聞かれたくないんだろうな」とか、そういう考えはないのだろう。


 だから、思った事がすぐに言えるのだろうとは思う。それが金木君の良いところでは思うけど……。


「はぁ……ええ、そうよ。でも、私もまさか卯野原君が『美術系の大学に行きたい』なんて言ってくるとは思っていなかったわ」


 実は、あのコンクールに出るように言ったのは、軽い気持ちからだったのだけど、卯野原くんはそのコンクールでグランプリを受賞した。


 それで自信がついたのか、卯野原君はそれから自分でも色々と調べてそのコンクールなどに作品を出すようになった。


「……なるほどね。これで納得がいったわ。なんで美術系の大学を受けるのに必死に勉強をしているんだろうって思っていたのよね」

「かっ、香憐。それはいい事なんじゃ……」


 元弥さんはそう言いながら苦笑いを浮かべた。それはそうだ。


「そうね。それは良い事よ。ただ、早山くんとは違う学校に通う事になってしまったけど……」


 申し訳なさそうに言う香憐に対し、早山くんは「いえいえ」と言った。


「俺はいいんですよ。休みの日が合えば今まで通り遊べますし。それに、全く会えないってワケじゃありませんし、途中まで同じ方向ですし」


 そして、早山くんは満面の笑みを心配している大人たちへと向けた。


「……あらやだ。イケメン」


 私はそんな大人な対応をする早山くんに向かってそう言い、香憐と金木くんが笑ったけど……香憐の『笑顔』は苦笑いだった――。


 本当に、香憐は昔から変わらずウソがつけないなぁ……。まぁ、それが良いところだし、面白いところだけど。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「…………」


 この美術室のある廊下を通るのも今日で最後……。そう考えると、感慨深いモノを感じる。


「はぁ」


 泰成もついてくれば良かったのに……と、なぜかついてこなかった友人に疑問を感じた。


 確かに、泰成は陸上部だ。


 でも、陸上部は仮屋先生が俺と姉さんたちの前に現れた時には、すでに解散になっていた。


 それに、泰成のご両親は仕事の都合で卒業式に来られなかった。だから、ついて来ようと思えば来られたはずだ。


 外はキレイな光が差していた。それは、最初に『彼女』と出会った頃に見たような『光』に似ている……そう思いながら、いつものように慣れた手つきで美術室の扉を開けると……。


「えっ」


 普通なら……いつもならここにいないはずの『人』がそこに立っていた。


「すっ、鈴宮……」

「久しぶり、卯野原君」


 その人、さっきまで指していたあの『光』を最初に『この人』いや『彼女』と出会った時に見た。


 ただ、彼女。鈴宮すずみや名織なおりは――。


「どっ、どうして……」

「これから、学校。大学を……ここから通うので」


 ポツリと鈴宮は小さく呟いた。


「え、それって……」

「はい、卯野原君と同じ大学です」


 そう言われた瞬間。俺は、進路について悩んでいた時に、仮屋先生に相談した事を思い出した。


『あっ、美術系の大学に行きたいのなら、この大学がいいんじゃない?』


 いつにも増して……それこそ、あのコンクールの話をした時以上にグイグイととその大学を推してきた事に違和感は抱いていた。


 でも、今の鈴宮の言葉で納得した。


「はぁ、だから仮屋先生はあんなにあの大学を推してきたのか……」

「ふふふ、はい。仮屋先生には、何度かお話をしていましたから」


 そう言いながら、鈴宮はフッと笑った。


「……」


 俺が知らないうちに鈴宮は、とても明るい雰囲気を持った可愛らしい女性になっていた。


 それは、とても嬉しくもあり、なんだか悔しい気持ちにもなった。


「……卯野原くんが色々なコンクールに出ていたのは知っていました」

「え」


「特に、最初にグランプリを獲得した『夕焼け』は……特にキレイでした」

「…………」


 まさか、知っていたとは――。


「こっ、これは……私の勝手な思い込みですけど、あの『夕焼け』は、私が前に描いた『青空』の対になるようなモノだと……思ったんです」

「…………」


「えと、その……ごめんなさい。やっぱり傲慢ですよね。ごめんなさい」


 俺の無言に、鈴宮は気まずさを覚えたのか、すぐに訂正した。


 本当に申し訳ないと思っているのか、それとも俺の表情が気になるのか、鈴宮の視線は俺からそらされ、下を向いている。


「……いや、そう思ってもらえてうれしい」

「え」


 そう言った俺の言葉に、鈴宮は驚き表情を見せたまま固まっている。多分、自分が想像していなかった言葉だったのだろう。


 でも、それは俺の本心だ。


 俺は、あの絵に救われた気になった。だから、俺が描いた絵に鈴宮が何かを感じてくれた……俺は、それだけでとてもうれしかった。


「鈴宮……」

「はっ、はい」


 鈴宮は驚いたのか、背筋をピシッと伸ばした。


「…………」


 その姿がとても健気で……かわいらしい。


「??」


 不思議そうな顔で俺を見つめているそんな『あなた』だから、俺は惹かれたのだろう。いや、俺自身が気がついていなかっただけで本当はずっと前から……。


 しかし、俺は鈴宮に出会った事で知らない、今まで気が付きもしなかった『自分の気持ち』に気が付く事が出来た。


 ただ、気付くのが遅すぎた……と、完成したその『夕焼け』を見ながら虚しく思っていた。なぜなら、鈴宮はその時にはもう、ここにはいなかったから……。


 でも、あの時に言えなかった言葉を……今ならちゃんと鈴宮に伝えられる。


「…………」


 ただ、それを言ったら、多分。鈴宮を驚かせる事になるだろうし、もしかしたら困らせる事になるかも知れない。また泣かせる事になるかも知れない。


 それでも、たとえそうなったとしても……きっと伝えなくちゃいけない事だと思うから――――。


「俺は……」


 ――――あなたに言いたい事があります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたに言いたい事があります。 黒い猫 @kuroineko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ