第38話


『卒業おめでとうござます!』


 卒業式の後――。


 いつも使っていた玄関を出ると、在校生たちが卒業生を待っていた。ただそれは、卒業する部活の先輩たちを見送るためだ。


「ありがとう」


 その『先輩たち』の中に、俺と泰成は含まれている。


 でも、俺は部活に所属していない。だから、俺と泰成はここで一旦別れ、後で合流することにした。


「…………」


 鈴宮と別れ、その日からあっという間に月日は経ち、俺たちは卒業の日を迎える事が出来た。


 そして、なんと卒業式の当日である今日は、元弥さんだけでなく、姉さんも来ていたのだ。


「はぁ、なんで二人揃って来るんだろ」


 卒業式が始まって数分後が姉さんも一緒に来ていると分かった瞬間。


 俺は盛大なため息と共に頭を抱えたくなった。まぁ、式の途中という事もあったから、そんな事はしていないけど……。


「あら、私が来ちゃいけないって決まりはないでしょ?」

「いや、そんな決まりはないけど……」


「まぁ、本当は一度くらい『卒業式』に来て見たかったのよ。私、なんだかんだ言ってちゃんと学校行事に参加出来なかったし」

「…………」


 その姉さんの気持ちは分かるし、ありがたい話だ。ただ、若い夫婦が二人で揃って弟の卒業式に来ている……というこの状況は、なかなかに目立つ。


 だから、そもそも『目立つ』という事が苦手な俺にとっては、かなり辛い……というか、気まずいのだ。


 ――気持ちは本当に嬉しいのだけれど。


「まぁまぁ」


 元弥さんも俺の気持ちが分かるのか……どうかまでは知らないけど、俺と姉さんの間に入ってくれていた。


「あら? 香憐ちゃんじゃない」


 そんな気まずい空気の中にいる俺たちの前に現れたのは、仮屋先生だった。


「……ゆりの」

「相変わらず、仲が良いわね。二人とも」


 苦虫でも噛んだかのような表情を見せている姉さんと、それとは反対に笑顔を見せている仮屋先生……。


「…………」


 それこそ『正反対』とも言える二人が、今でも『友人』だとは……本当に意外な話である。


「お久しぶりです。仮屋」

「お久しぶり。金木君」


 そう言えば、姉さんと元弥さんは仮屋先生と高校の時は同じ学校だったと聞いている。


 ただ、元弥さんと仮屋先生との間に流れている空気が明らかに『久しぶりに会えてうれしい』という感じではない。


「…………」


 なんというか……少し怖い感じがする。元弥さんも仮屋先生もお互い笑顔なはずなのに――。


「あっ、そうだ卯野原君」

「はっ、はい」


 そんな空気なんておかまいなしという様子で、なんかを思い出したように仮屋先生は俺に声をかけた。


「この間も言ったけど、いつも見に来ていた『あの絵』なんだけど、美術室に置いてあるから」

「あっ、分かりました。じゃあ、今から取りに行きます。いつもの美術室ですね?」


 俺がそう確認すると、仮屋先生は「ええ」と答えたのを確認した。


 実は、卒業式が終わったら鈴宮が描いたあの『青空の絵』を俺にくれると、卒業式の一週間前に言われていたのだ。


 そして、すぐにいつもの美術室へと走り出した。


 本当は、今すぐに取りに行かなくても良いのだけれど、正直な話。この時の俺は、今すぐこの場から離れたいという一心だった。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「……」

「ゆりの。今のワザとここから離れさせようとしたでしょ?」


「なんの事かな?」

「はぁ、全く。とぼけるのね」


「まぁ、そう言わないでください」

「ん?」


 蒼が走り去った後、まるでタイミングを図ったかのように後輩たちから解放された泰成が現れた。


「あら、早山くんは行かなくていいのかしら?」


 そう言っている仮屋先生の顔は笑っている。


「はい……。俺が行くと、ちゃんと話が出来ないと思いまして」


「……ん? ああ、そっか。なるほど、だから仮屋は蒼くんをここから離れさせようとしたのか」

「ん? え?」


 元弥さんはすぐに泰成の言っている事を理解したみたいだが、香憐さんはまだよく分かっていないようだ。


「どっ、どういう事?」

「ああ、そうだね。うーん、仮屋で言うところの『サプライズ』って、ところじゃないかな。要するに会わせたい人がいるんだよ」


 元弥さんがそう言うと、ようやく香憐さんも理解出来たのか、ため息を小さくついた。


「ああ……そういう事ね。全く、あなたは昔からそういう事には全力を注ぎ込むのね……」

「えぇ、だってね。何もしなくても『会えた』ってだけで感動にはなると思うけど、やっぱり『サプライズ』って必要だと思うのよ」


 仮屋先生は香憐さんの言葉に、やや不満気だ。


「はぁ。まぁ、蒼もようやく自分の気持ちに素直になれたみたいだし。タイミングとしてはいいんじゃない? たまにはそういうのがあっても」

「あら、意外なリアクション」


「あくまで『タイミング』の話よ。本当なら、こんな『サプライズ』なんて必要ないんだから」

「えぇ。やっぱり『サプライズ』もあった方がいいって! ねぇ? 二人ともそう思わない?」


 なんて言い争っている女性二人から、突然視線を向けられた男性二人はお互い苦笑いをしつつ……。


「うーん。そうだね」

「俺としては『二人が会える』というのなら、それでいいと思います」


 なんて当たり障りのない答えをする二人に、女性陣からさらに「そういう事じゃなくてねぇ」と責められた。


『えぇ……』


 女性陣からさらにそう言われ、泰成も元弥さんも二人揃って同じようリアクションを取りながらたじたじになった。


『はぁ……』


 そして、ついさっきこの場から先に離脱した蒼に便乗すればよかったと、ちょっとだけ後悔したのだった。

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