なぜ、人は話を聞かずに勝手な行動ばかりするのか

《森の中央――沼地》


 走りだして数分。そこには風が――強い風が、吹いていた。

 強いといっても、風圧が強いだとか、風速が速いだとか、そういった意味じゃない。文字通り、強い風。圧縮された小さな竜巻のごとき矢が、何本も何本もその矢じりを空中へと覗かせていたのだ。


「なんだ……アレ……?」


 ルーカスと共に沼へと向かっていたダリルは、木々の隙間から見えるその風の矢を見てはそう呟いた。

 誰がその矢を従えているのかなど、言われなくとも分かっている。問題なのはその数と大きさだ。


 ――もしかして、ルーカスを狙うマホウツカイと交戦しているのか? この女はこの先に友達がいるとか言ってたが……関係しているなら僕も加勢しないと。


 そう考えているうちにも矢の一つが空を切り、まだ姿の見えぬ敵に向けられ発射される。

 大きな衝撃音はまるで硬い岩を爆破したかのように腹の底へと響き、ダリルの隣を走るルーカスが「ひぃ!」と情けない悲鳴をあげた。


「もうなんなんですかぁ! あの空に浮かんでる球体……みたいなやつ? さっきから台風がきた時みたいな音立ててて怖いんですけどぉ……」


「僕の仲間があそこで戦ってるんですよ。おそらくルーカス……アンタを守るためにね」


「私を守る……ですか? 別に私、あなたがウチに不法侵入したこと以外は特になにも困ってないんですけど……」


 きょとんとした顔でルーカスがそう述べると、ダリルが小さく舌打ちをして苛立ちをあらわにする。たしかに悪いのは自分だが、あれは不慮の事故なのだ。……事故なのだ。


「ひっ、ごめんなさいごめんなさい! って、なんで私が怒られなきゃならないんですかぁ!」


 ここまでくると、彼女がわざとノリツッコミをしているのではないかと疑ってしまうが、どうやらこれは天然のものらしい。

 怖がらせることも怒らせることも本意ではない。どうやら毎度オズワルドの理不尽なウザ絡みに対抗しているうちに、悪いキレ癖がついていたようである。

 ダリルは言い返したい気持ちをぐっとこらえて、ルーカスの疑問に答えることした。


「はいはいすみませんでしたねぇ……で、話を戻しますけど。さっき僕が人を探してるって話したこと、覚えてますか」


「うー……そういえばそんなこと言ってた気も……」


「覚えてるなら結構です。実のところ、その探してる相手ってのがねぇ……ルーカス。アンタなんですよ」


「わ、私ですかぁ!? でもなんでぇ……私、別に借金もしてないし、怖い人たちとのご縁もないし、なにも探される理由なんてないですよぉ……」


 想像も、こうも斜め上をいくと呆れを通り越して感心するものである。彼女の言い方では、まるでダリルが借金取りやマフィアのようではないか。

 このまま誤解を解いてもよかったが、きっとルーカス相手には回りくどい言い方よりも、直球で話した方が変な言いがかりも受けないだろう。

 前方の風の球体――そして、そこから射られる矢を気にしながら、ダリルは彼女に事の経緯を説明することを選んだ。


「守秘義務ってのもありますからねぇ。とりあえず簡単にだけ説明しておきます。まず、僕たちは異変解決屋『グランデ・マーゴ』。警察からの依頼を受けて、アンタを保護しにきた……まぁ、味方です」


「い、異変解決屋……? 私を保護ってことは……私のことを、その、こ、殺そうとしてる人がいるとか……」


「そうかもしれません」


「えぇ!?」


 ルーカスが驚愕に黒い瞳を丸くしてダリルを見る。

 そのまま彼女は走るスピードを少し緩めて、ダリルから距離をとろうと後方へ下がっていく。


「ちよっと……僕は味方だって言ったでしょう。いい加減不審者扱いするのはやめてくれません?」


「だって……怪しいお兄さんは怪しいお兄さんですし……」


「……」


 不安そうにもにょもにょと答える声。

 さすがにそろそろ、面倒臭さが頂点へと達する頃であった。


「――あーもう! 僕はダリルです。ダリル・ハニーボール! アンタが悪いマホウツカイの組織に狙われてるって情報を聞いて、こんな森の中までわざわざ探しにきてやったんです! なのにさっきから好きに言わせておけば、あーだのこーだのウダウダ言いやがって……。たしかに殺されるは言いすぎかもしれないですけど、実際に連れ去られているマホウツカイもいて、そんな悪い組織からアンタは名指しでご指名が入ってるんですよ。……なにか心当たりはないんですか」


「ひぇ……マシンガントーク怖い……。しかもさっきからまたアンタって呼んでるし……」


 最後に関してはお互い様である。

 そうは言いつつも少しはダリルを信頼したのか、ルーカスはうーんと唸りながら最近の記憶に頭をひねりはじめた。ここ数日、数週間、数ヶ月。身の回りになにかおかしなことはなかったか、足を動かしながらも彼女は考える。

 その間も二人の上空を渦巻く暴風は、時おり例の風の矢を発射しながら轟音を立てて辺りの木々を揺らしつづけていた。

 場所は近い。


「んー……あ。そうだそうだ。そういえば、その怖い組織さんとは関係ないかもしれないんですけどね。少し前に、変な人が私のところに――」


「ちょっと待って!」


「うげっ! な、なんですかぁ! せっかく聞かれたから答えようと思ったのに、引っ張るなんて――ぴぎぃ!?」


 なにか思い当たる節があったのか、ルーカスが口を開く。しかし、それを突然ダリルがさえぎった。

 彼はルーカスのパーカーのフードを掴むと、その場に立ち止まって彼女の進行を強制的に終わらせる。

 一見すれば危険極まりないその行動は、突拍子もない暴力のようにも思える。が――それもそのはずである。なにせ、ちょうどルーカスの目の前には、二人の身長を軽々越える大きさの岩が降ってきたのだから。

 ダリルが声をかけなければ、今頃彼女は岩の下じきにでもなっていただろう。


「あっぶな……ルーカス。アンタ、さすがに前くらいはちゃんと見て走ってくださいよ」


「そんなこと言われてもぉ……もうやだぁ。なんなんですか今日。私はただ、週に一度の買い物ミッションを済ませて、この後はずっと本を読みながらダラダラ過ごそうと思っていただけなのにぃ……んん?」


 その場にへたりと座りこんだルーカスは、岩の横から顔を覗かせてそれが飛んできた先を確認する。

 ダリルもその視線を追ってみれば、予想通りの宙へと浮いた風の矢を従えるオズワルド。そして、彼の前にある巨大な


 ――なんだあれ。さっき別れた時はあんな塊なかったはずだぞ?


 まるで巨大な蟻塚のごときオブジェは、異様な存在感を放って三人の目の前にそびえ立っていた。

 所々に空いた大きな穴は自然にできたものなどではなく、明らかに今しがたのオズワルドの攻撃で空けられたのだと分かる。分かるのだが……どこか、違和感がある。


「あああ面倒臭い。面倒臭い。再生能力もここまで早いと考えものだね。身体の修復には、ちょうどここのぬかるんだ土の方が適しているみたいだし……先にこの辺りの沼地を全部干上がらせた方が早いかな」


 そう、オズワルドは苛立ちを隠すわけでもなく、前髪をかき上げて片腕を広げる。

 違和感の正体。それは彼の言うとおり、あの謎のオブジェが継続的に姿を変えている――つまり、今しがたオズワルドに空けられた身体のを驚異的な速度で修復していることにあったのだ。


 ――マジュウか……? 野生であんな見た目してる奴なんて見たことないが……まさか極光オーロラの連中が放ったのか?


 ダリルがそう考えている間にもオズワルドの操る風はどんどんと吹きすさび、正面から暖かい風――否、熱いほどの熱風が、ダリルとルーカスの頬をなでる。

 今は岩の後ろに隠れているからいいものを、真っ向から直接くらったともなれば軽く火傷でもしかねない。そんな攻撃的な幻覚を思わせるほど、その風は熱をおびていた。


「このままここにいると、僕たちまで巻き添えくらいかねません。見た感じ……あそこにはアンタの言うお友達もいないみたいですし、ここはひとまず戻って――」


「あぁ! アニー!?」


「は?」


 ダリルがルーカスの肩に手を置こうとしたその時。

 それまでオズワルドとオブジェの方を見て目を細めていたルーカスが、叫び声をあげて駆けだした。

 よりにもよって一目散に彼女が向かったのはあのオブジェの元で、正直な話をしてしまえばかなり、真面目に、マズイ。

 なにせまかり間違って彼女が戦闘に巻きこまれて死んでしまったともなれば、保護対象を失ったどころの騒ぎではないのだ。というより、普通に寝覚めが悪い。


「どうして、どいつもこいつも僕に面倒ばかりかけさせるんですか……!」


 手元に細長い槍を生成し、続いてダリルも岩の陰から飛びだす。

 熱い、熱い向かい風。しかしまだ耐えられないような温度ではない。だがそれと同時に――熱をおびた上空の風の槍が、凄まじい音を立てて巨大化していく。


 ――あの馬鹿! 沼を枯らせるどころか、この森ごと吹っ飛ばすつもりかよ!


 なにごとにも限度はある。これではルーカスを殺してしまうどころか、この森の地形ごと丸ごと変えてしまいかねないではないか。

 こんな時、ゆいいつ平和的に彼を止められそうな桜庭はなにをしているのだろうか。近くには見当たらないが、いないのでは仕方がない。

 ひとまずの優先事項は、森とルーカスを守り、オズワルドを止めて話を聞くこと。

 桜庭の助けが期待できない以上、この轟音の中オズワルドの注意をこちらに向けるならば、呼びかけるだけでは意味がないことは分かっている。


「くそ……僕はアンタが思ってるよりも良い子ちゃんじゃないんでね。今回はでやらせてもらいます――よッ!」


 助走をつけて、上空――オズワルドに向けて、ダリルの手から槍が放たれる。

 マジュウに操られていた時とは違い、何本も生成しているわけではない。しかし彼の注意をひくだけならばこの一本で十分だった。


「届くか……!?」


 高度をあげていく突槍。

 向かい風を押しのけ、一直線に進む残像軌跡

 両の目を見開いてその軌跡のゆく先を見つめるダリルは、ただ祈ることしかできなかった。できなかったのだが――幸運かな。


 彼の放った渾身の一撃は、宙に浮かぶどうしようもない台風の目の視界へと入った。

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異変解決屋へようこそ!〜夢物語を綴る君と出来損ないの僕の世界〜 紅香飴 @redcandy

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