ダリル・ハニーボール、今日も女に振り回される

 正直まずい。なにがまずいのかと言えば、それはこの状況、タイミング、手に持っているもの。そのすべてが一同にしてまずい。

 ダリルの人生経験上、命の危険や身の危険を感じてヒヤリとしたことは幾度となくあったが、まさかこんなマヌケな形で肝を冷やすことになるとは。


「えーっと……ちょっとアンタ」


「ひぃぃ! こ、こっちに来ないでくださいぃ! 変態! 泥棒!」


「ちが、これは誤解で――おあっ!?」


 とにかく状況説明をしようとダリルが数歩踏みだす。

 が、そんな彼が踏んだ床が突然抜けてしまったかと思えば、ダリルの身体はバランスを崩して前かがみに転倒をしてしまったのだ。

 派手な転倒音。

 ついさっきまでは何事もなく歩き回れていた部屋だけに、なぜこんな今なのだと嘆きたくもなるが、もちろんそんな場合ではない。


「くそ……なんなんだよ、この――」


「いやぁぁ! ゾンビ!」


 這うように穴から抜けだそうと手を伸ばしたのだが、その例えはあまりにも失礼だろう。

 ダリルが動くたびに悲鳴をあげつづける女性を相手に、そろそろ一言言ってやろうかと彼は顔を上げたのだが――


「いっだ!」


 そんなダリルの頭に降ってきたものは、この家の天井の一部であった。

 小さな板切れ一枚であったため大事にはいたらなかったものの、これで当たりどころが悪ければ大事故である。


 ――マジでなんなんだ? 運が悪いにしてもほどがあるぞ?


「うぅ……」


 クラクラと揺れる視界と後頭部の痛みにうめき声をあげるダリルであったが、そんな中でもゆっくりと彼に近づいてくる気配があることにはさすがに気がついていた。

 コソコソと様子をうかがうようにしながら近づくのは先ほどの女性だろう。

 どこからか棒切れを持ってきていた彼女は、恐る恐るダリルの頭をそれで小突くと、小声で問いかける。


「も、もしもーし……もしかして死んじゃいました……か……?」


「……残念ながら生きてますよ」


「ひぃ!」


 ぬっと顔をあげて睨みつけてやれば、彼女はまた悲鳴をあげて小さくその場を飛び上がった。


「な、なんなんですかぁ……。こんな森の中までわざわざ盗みにくるだなんて。私の下着なんて、盗んだって誰も得しないですよぉ……」


「そんなん分かってますよ……。これはちょっとした手違いで手に取っただけですから……」


「手違い?」


 いまだ怪訝けげんそうではあるものの、どうやら彼女も少しは落ち着いたらしい。

 視界の揺れもおさまり起き上がったダリルは、少し気まずそうに手にしていた下着をテーブルの上に置くと、服についた埃をはらう。


「えぇ。ちょっと人を探してましてねぇ。この辺りに住んでるって聞いたから、怪しいこの家にあたりをつけて捜索させてもらってたんですよ」


「でも……勝手に入って物色するだなんて、さすがにそれは非常識じゃ……」


「それは……まぁ、そうなんですけど……」


 正論。そう言われれば反論の言葉も見当たらない。

 当初の予定では住民が帰ってくるまでに切りあげるはずだったのである。

 それを大丈夫だろうと索敵さくてきをやめて、こうも見つかるまで物色をしていたとなると――どの観点から見てもダリルの方に非があるとしか言いようがなかった。


「んん、それよりも」


 一つ咳払いをして、とにかくダリルは話をすり替えることを選んだ。

 このままでは警察にでも通報されかねない。……彼らにこの依頼をしたのも警察なのだが。


「アンタはここに住んでいる人間で間違いないんですよね? 今の今でなんですけど、できれば僕の人探し手伝ってくれません?」


「えぇ……」


 女性は嫌そうな顔を隠しもせずに後ろへと後ずさる。

 無理もないだろう。ダリルの言うように本当に今の今、あんなやりとりがあった後なのだ。

 だが。今は、とにかく。話を、変えたい。


「別にいっしょに探せっていうわけじゃないですよ。ちょっくら情報提供と、この辺りの案内だけしてくれれば十分ですから」


「うう……まぁ、それだけならいいですけどぉ。あなた、いったい誰を探して――」


 その時である。


「ひっ!」


「なんだ!?」


 突然の揺れ。バランスを崩しかねないほどの地鳴りが、この辺り一帯にかけて前触れもなく発生したのだ。

 しかしそれが通常の地震と違うということにはダリルも察しがついていた。

 自然発生した揺れにしては、揺れ方に違和感がある。どちらかといえば、なにか重いものが地面に落下した時のような。そんな一時的な揺れのように感じるのだ。

 それも一度きりではない。間隔をあけて、何度も。


 ――この辺りは高いところもないし、落下するようなものはなかったはず……まさか、サクラバさんたちが誰かと戦闘している?


「あぁっ!」


「……今度はなんなんですか」


 先ほどから、「あぁ」だの「うぅ」だのとうるさい女である。

 なにかピンときた様子の女性にダリルは一応尋ねかけるが、そんな彼を無視して彼女は振り返ると、家の外に向けて一目散に走りだした。


「ちょ、待ってくださいよ!」


 その行動に突拍子がなさすぎて、慌ててダリルがそのあとを追いかける。

 揺れが起きたから外へ逃げたというわけでもない。

 彼女は沼の方へ向けて、なにか目的をもって走っているようであった。


「どうしたんです急に!」


「も、もしかしたら私のになにかあったのかもしれなくて……って、なんでついてきてるんですかぁ!?」


 彼女も後ろを追ってくるダリルに気がついたのか、走りながらも器用にぴょこんとその場を飛び上がる。

 その態度にはさすがに呆れざるをえなかった。


「アンタ、いくらなんでも驚きすぎですよ……。もしかすると、僕といっしょに来た仲間が同じ目的地にいるかもしれないんです。だったら、別についてったってかまわないでしょ」


「ううん。仲間、ですか? それならしょうがないこともない……? ですけどぉ……。それよりもそのアンタって呼び方やめてください。なんか威圧的で怖いので……」


「じゃあそれ以外になんて呼べばいいんですか」


 名前も知らないのにそんな注文をつけられても困るのはダリルの方である。

 彼女は少し困ったようにうーん、とうなってはいたが、諦めたのか眉を八の字に困らせたまま、ダリルの方へと振り向いた。


「本当は知らない怪しい人に教えるのは嫌なんですけど……今は緊急事態かもしれないので、仕方ないです」


 その名前は。


「私は。ルーカス・ティンバーレイクっていいます。これでもうアンタなんて怖い呼び方はしないでくださいね……怪しいお兄さん」

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