高らかに叫ぶ不名誉

《沼の分かれ道――右方向》


「さて。大丈夫とは言ったものの……こんな広い場所、どうやって人探しなんてしたらいいもんか……」


 時はさかのぼること数分前。

 先ほどよりは広くなった一本道。それであってもやはり人一人が通るくらいがやっとなくらいの一本道を、ダリルは歩いていた。

 二つの道を比べてどこか良い点を挙げるとすれば、枝や葉が引っかかる心配がなくなったことだろうか。

 格段に歩きやすくなった道は、明らかに人の手がほどこされており、日常的に誰かの通り道となっていることが予想できる。


 ――もしかして僕、当たりでも引いちゃいましたかねぇ。できれば面倒ごとはあっちで受け持ってほしかったんですけど。


 そよそよと風に揺れる、草木のこすれる音を聞きながらダリルは歩きつづけていたが、それから数分もしない頃だろうか。彼の視界の先に小さな茶色い三角形が現れる。

 木々の上から少し飛び出たそれは屋根のようで、その存在は彼の予想を確信へと塗り替えた。


「あー……たしかルーカスはこの森に住んでるんですっけ」


 近づくにつれて家の全貌ぜんぼうが見えていく。

 森を進んだ先にあったのは、簡素なログハウスであった。

 言い方としては、またはという方がしっくりくるだろう。

 家の規模としてはかなり控えめであるが、仮にこれを一人で作ったとなればそれはたいしたものである。


 ――人の気配は……しないみたいだな。もしかしてこれはルーカスの家じゃないのか……?


 ダリルのマホウによる索敵範囲には、人のいる気配はない。

 念をいれて家の周りをぐるりと一周してみたが、もちろん建物からは物音ひとつすら聞こえはしなかった。

 目視、ならびにマホウによって誰もいないことを確認し、彼はほっと息をついて、張っていた警戒の糸を解く。


 ――せめて表札みたいなものでもあればよかったんですけど。これじゃあここで帰りを待つか、いったんサクラバさんたちと合流するしか――


「……あ」


 そう思っていたのもつかの間。

 不意に。それとなくダリルが握った玄関口のドアノブが、抵抗ひとつなく回る。

 鍵が、あいている。


「まじか。いくら人の来ない森の中だからって、不用心にもほどがあるでしょ……」


 ノブを引けば、ドアはあっさりと開いた。

 家の中には部屋ごとの区切りはなく、家の造りと同じように簡素なベッドやキッチンが備えつけられている。

 顔だけ入れてキョロキョロと部屋中を見回してみるが、やはり中には誰もいないようであった。


 ――妙に生活感はあるし、誰かが今も住んでるっていうことは間違いなさそうだな。


「仕方ない。少し探らせてもらいますよ」


 そもそも本人が襲われずに無事であるという確証すらないのだ。

 ここに住んでいるのがルーカスであるにしろないにしろ、つながる手がかりがあるのであれば確認しておきたい。

 ただのんびりと時間を浪費して家主やぬしの帰りを待つよりも、これならば仕事をしている感もでるものだろう。

 例えそれが犯罪まがいのことだとしても。


「おじゃましまぁす」


 形だけの挨拶をして、ダリルは無人の部屋の中へと足を踏み入れる。

 部屋自体は整頓がなされており、物が散らかっているようなことはない。

 もちろんゲームのように重要物がテーブルの上に放置されているわけでもなく、自然と彼の探索場所は限られていた。


「冷蔵庫……にはさすがになにも無いか」


 どうやら電気は通っているらしい。

 冷蔵庫の中は食料が少なく、同様にキッチン付近の収納にはわずかな調味料やシリアルの袋のみ。

 続いてタンス。小さいものと大きいものの二つが存在しており、小さいタンスの方にダリルは手をかける。

 タンスは三つの棚からできており、下から順に引いていくが、小物ばかりでやはりめぼしいものはない。

 金目のものすら見当たらないと考えてしまうのは、金にいやしい人間のさがだろうか。


 ――こりゃあ本当に手がかりなしか……? ここがルーカスの家だって証拠があれば、サクラバさんたちを呼んで帰りを待つこともできるんだが……


 ダリルは期待半分諦め半分で、今度は大きなタンスの一番下の引き出しに手をかける。

 しかし。引き出しの立て付けが悪いのか、はたまたなにかが挟まっているのか。少し開いたところでピタリと動かなくなった引き出しに、彼は思わず眉をひそめる。


「なんだ。なにか引っかかってるのか? あー……布っぽいような気はするんだが――」


 ここまできて、開かないから調べない、というのも気持ちが悪いものだろう。

 ダリルはギリギリ手が入るほどの隙間に片手を入れると、感覚だけを頼りに中身を漁る。

 触った感触は中身はすべて布だろうか。たくさん入っているようであるが、正体は実際に取ってみなければ分からない。

 手探りで苦労して掴んだ布の一つをようやくダリルは引き抜くと、それを目の前に掲げ――


「……」


 思わず停止して、マジマジと見つめる。


「……これ」


 黒いレースのついた、手触りのよい薄い生地きじの三角形の布。

 ダリルには縁のないものではあったが、これがなんであるのかはよく分かる。ひらひらと手元で揺らしてみるが、それはどこからどう見ても。


「女物の下着……?」


「えっ!?」


「ッ!」


 思わず肩が跳ねるのも仕方がないだろう。

 自分一人だけだと思われていた空間にとつじょ、知らない人間の声が聞こえれば、どんな人間でも嫌でも驚きはする。


 ――まずい。すっかり住人が帰ってきた時のことを忘れていた!


「あっ、えっと……あ、あ……!」


 玄関口からひょっこりと顔を覗かせて慌てているのは、両手に買い物袋をぶらさげた、癖のある黒髪に同じく黒い瞳の若い女性だった。

 彼女はダリルを見て驚きのあまり口をパクパクとしていたようだったが、彼の紅い瞳と視線が合うと怯えた表情で大きく息を吸いこみ――


「空き巣ですかぁぁぁ!?」


 森中に聞こえる声で、そんな不名誉ふめいよを叫んだのだった。

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