僕が要求したいことは

「……そういえば、僕思いだしたことがあるんですけど」


 エドガーの合図ではじまった立食パーティー。その途中でとうとつにそう切り出したのはダリルであった。

 彼が声をかけた先のオズワルドは手にした皿に山盛りの唐揚げを乗せており、次々に頬張りながら「なにが?」とだけ返答をする。


 最初のうちはデザートばかりに手をつけていたオズワルドであったが、見かねた桜庭がサラダや唐揚げを盛りつけてやったところ、その唐揚げがえらく気に入ったらしい。

 唯一如月がつくったという梅味の衣にシソがほのかに香る唐揚げは、どうやら彼の母親直伝の味だということで。オズワルドやダリルにとっては珍しい味であったのだろう。

 如月が何度も追加分を持ってきたとしても一番に皿の上は空になっていた。


「ちょっと、食べながら話すのはよしてくださいよ。……それはそれとして。ほら、僕たちが向かったアフラートの屋敷。あそこの主人はイーリイっていう名前だったって覚えてます?」


「あー……そういえばそうだった気もするねぇ。あの逃亡した人間は警察に引き渡したんだっけ」


「ええ。今は尋問のためにまだアフラートにいるみたいですけど、なんでもサントルヴィルの刑務所に入る予定らしいですよ。……皮肉にも、自分の父親と同じね」


「父親?」


 思わずオズワルドがフォークを持つ手を止める。


「ほら、僕が初めてアンタたちと出会った時。透明人間みたいなマホウツカイの男がいましたよね。……アーロン・イーリイ。今回捕まえたナタリア・イーリイの父親です」


「あぁなるほど。つまりはシャロンが言っていたアーロンイーリイ家の主人が関わっている怪しい組織は――『極光オーロラ』。そしてその娘である彼女も恐らくこれに関わっていると」


「間違いないでしょうねぇ。マホウツカイなんざ集めてなに企んでるのかは知りませんけど、思ったより大事おおごとなのかもしれませんよ。この事件」


「ふうん……そうかい」


「ふうんって、反応薄くないです? というか、なにニヤついてるんですか」


 話半分に聞いているようなオズワルドはなぜかニヤケ顔でフォークを弄んでおり、ダリルは思わず首をかしげる。


「いや別に? もしかすると僕たちは……最初から巻きこまれていたのかもしれないと思ってね。『極光オーロラ』相手の、大きな『シナリオ』にさ」


 そう語る彼の表情は少し嬉しそうで、和やかな食事の席はまた再開される。

 オズワルドがなにを思ってそのような顔をしているのか、今のダリルには分かるよしもなかった。



 □■□■



 オズワルドとダリルが話しているちょうど反対側の席では、 なにやら声を張り上げたサンディが桜庭に対して迫っていた。


「だーかーら、欲しいものはなんなんだって聞いているんだ! 謝礼くらいするって約束しただろう!」


「たしかにそんな話はした気もするけど、約束まではしてないし……。それに俺、あんまり役に立った記憶もないからだいじょう――」


「それでは私の気が収まらないんだ! お前たち三人分の望み、今なら叶えてやらんこともないんだぞ!」


 サンディはすでに酔いが回っているのか、上機嫌でワイングラスに口をつけては香りを楽しむ暇もなく一気に飲み干す。

 しかし突然欲しいものはなんだ、望みはなんだと聞かれたとしてもとっさに思いつかないのが桜庭にとって困ったところである。いくら大丈夫だと伝えても「いいから言え!」の一点張りでは思いつくものも思いつかない。

 酔っぱらいの相手というものは、どの世界であっても共通して面倒なものであった。


 すると二人の会話に聞き耳を立てていたのか、向かい側で唐揚げを頬張りつづけていたオズワルドが瞳を輝かせてテーブルに身を乗りだす。


「なになに、僕たちも好きなものを頼んでいいのかい?」


「ああいいぞ、なんでも言え! 無理だったら断るから!」


 大口をたたいて後から後悔するのはいったいどこの誰なのか。

 サンディのふわついた頭ではそんな先のことなど考えにはなく、あいにく止めてくれそうな如月やシャロンは追加の料理を取りに部屋を出ているところであった。

 もちろんこの男も遠慮するつもりは毛頭ないのであって。


「それじゃあ僕は金平糖がほしいな! の金平糖!」


「ん? 金平糖? 一生分とはたいそうなこと言ってくれるが……いいぞいいぞ、そんなの安いものだ! ほらサクラバ、こういうのでいいんだぞ。お前はまだ決まらないのか!」


 オズワルドの要求を軽く承諾し、サンディは桜庭に答えを求める。

 桜庭は少し考えながらうなっていたようであるが、なにか思いついたのか控えめに問いかける。


「なぁサンディ。それって別に……ものとかじゃなくてもいいんだよな?」


「ぜんぜん構わないぞ! 私にできる範囲に限るがな!」


「それじゃあ、今はマジュウの保護施設にいるクロード……俺の友人と、いっしょに会ってほしいんだ」


「クロードォ? あの怪力犬か。あれが友人って、サクラバはいつの間にマジュウとオトモダチになる力を手に入れたんだぁ?」


 少し馬鹿にした様子で笑うサンディであったが、桜庭は気を悪くした素振りもなくクロードとした約束を思い返す。


「俺、彼と約束したんだよ。今度はいっぱい遊ぼうって。オズから聞いたんだけどマジュウって、危険性が少ないと判断されれば会いに行くこともできるんだよな? だからいつか、君といっしょに会いに行きたいなと思って」 


「…………」


 サンディは少し意外そうな顔で桜庭の願いに戸惑っている様子ではあったが、すぐに彼はうなづいた。


「まあ、悪い奴ではないしたまになら会いに行ってやってもいいかもな。猫の方だったら断固拒否したが」


「そういやミーシャはいなくなっちゃったんだっけか」


「らしいな。地元の自警団が捜査に入った感じでも、屋敷中どこにも見当たらなかったそうだ」


 今ミーシャがどこでなにをしているのかは誰も知らない。それは主人のナタリアや、彼女と最後に会ったオズワルドでさえも。

 彼女に追いかけ回された二人にとっては会いたいと思える相手ではなかったが、その行方が気にならないといえば嘘であった。


「まぁ、とりあえず施設の方には私からも連絡してやろう。クロードアイツは話の分かる奴だ。きっと上手くやっていけるよ」


「ああ。ありがとうサンディ」


 了承されたことに桜庭はほっと胸をなでおろす。

 ようやく桜庭が要求をだしたことで気分が良くなったのだろう。サンディは新しいワインボトルの栓を抜いたかと思えば、自分のグラスになみなみと注いでまた一気に飲み干した。


「……で、あとはお前だお前! お前はなにがほしいんだ!」


 さらに酒をあおったおかげか足元のおぼつかなくなってきたサンディは、眠そうに目をこすりつつも最後にダリルに向けて問いかける。

 彼はすでに、自分の要求をどうするか決めているようであった。


「それじゃあ僕もサクラバさんみたいにお願いを聞いてほしいんですけど……。その前に少し確認させてください。この屋敷、今までアンタたち三人とエドガー、キャロルしか見たことがないんですけど。他に使用人とかは?」


「いないぞ」


「なぜです?」


「兄貴は疑り深いからなぁ。ついこの前まで雇ってた執事が、保管していたダイヤの金庫を開けてトンズラして以来、全員疑って解雇してしまった! おかげでここ数ヶ月は私やシャロンまでこうして家事手伝いをすることになって、これでは私たちの方が使用人みたいだよ」


 その回答はおおかたダリルの予想通りであった。

 最初にキングスコート邸へやってきた時。そして今回。

 ここは周りの大きな豪邸と比べてもそれを超える広さの屋敷と庭がそろっている。にもかかわらず、そこに暮らす人間の数がどうにも合わないのだ。

 これだけ大きな屋敷でも使用人が一人もいないとなれば、先ほどみたいにシャロンたちが料理をつくっていることにも納得がいく。


「家事手伝いって……料理は」


「私とシャロンとキサラギ、あとはたまにキャロルだな」


「掃除洗濯は」


「それも私とシャロンとキサラギで分担しているぞ!」


「買い出しとか庭の剪定せんていは」


「それも私たちだ!」


「……アンタ、ニートなんですか?」


「馬鹿を言うな! 私にはシャロンを世界各地に連れていっていっしょに思い出づくりをするっていう、 大事な仕事があるんだぞ!」


 ――それは仕事とは言えないだろ。


 これについてはダリルが思っていたよりも酷かった。

 その人数でこれだけ屋敷の中を整えているとすれば、それはたいしたものである。

 しかしそれは逆にダリルにとっても都合がよかった。


「とりあえずこの屋敷が人数カツカツで回してるってのは分かりました。……ということで提案なんですけど、前に雇っていた使用人たちは一人がやらかしたせいで全員疑われて解雇したんですよねぇ? それなら今回アンタを助けた僕たちある人間からの紹介からなら……雇ってもらえる可能性はあると」


「うーん、決めるのは兄貴だから絶対とは言えないが、まぁ大丈夫だろ!」


「そうですか」


 ならば遠慮なく。とでも言いたげに笑ったダリルは、その要求を口にだした。


「それじゃあ、メイドを一人……雇ってみる気はありません?」

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