乾杯の音頭の際は静粛に

 《後日――キングスコート邸》


 アフラートにてドタバタ騒ぎの一件があった数日後。

 桜庭、オズワルド、ダリルの三人はエドガーによって再びキングスコート邸へと呼びだされていた。


「やぁ、エドガー。一週間ぐらいぶりかな? こんなに急に呼びだすだなんて……忙しいところをわざわざ時間をつくって来てあげたんだ。感謝くらいはしてほしいね」


「こら、オズ。別に忙しくなんてなかっただろ」


 桜庭の言う通り、三人が呼ばれたのは急なことではあったが依頼のない平和な午前中。

 忙しいと言い張るオズワルドにいたっては仮眠室で眠りこけていたくらいである。ようするに彼は、寝ていたところを急に呼ばれたために機嫌が悪いのだ。


「おお、三人とも来てくれたか! いや、オズワルドの言う通り急なことになってしまって本当に悪かった。……で、来てもらって早々悪いが、まぁまずはその皿を持って。ささやかだが君たちにご馳走を用意したんだ」


 前回と同じようにキャロルに通された屋敷の中。一際大きな扉を開いた先は食堂のようで、到着した時にはすでにテーブルの端から端までを埋め尽くすほどの料理が並べられていた。

 三人を出迎えたエドガーは慣れた手つきでワインボトルの栓を抜き、上機嫌で次々に並んだグラスへと注いでいく。挨拶をする間もなくキャロルから手渡された皿は桜庭たちの顔ほどもある大きさであった。


「うわ……さすが金持ち。この料理の並びよう、この前のホテルで見たのと同じじゃないですか」


「でもオズもダリルもビュッフェスタイルは気に入ってただろ?」


「僕は純粋に好きなものを食べたい分だけ食べられるから気に入ってるだけです。アレは無限にケーキ食ってたいだけでしょ」


 目の前に置かれた色とりどりで食欲をそそる料理に、一周まわって引いた表情をするダリル。

 並んだ料理は桜庭の怪我の治療とサンディたちの身体検査をするために宿泊していた、あのアフラートの高級ホテルで見たものに負けず劣らず。見ただけでよだれが出そうなほどの豪華な盛りつけは、この屋敷の料理人の腕が確かだということを思わせた。


「ずいぶん歓迎してくれるねぇ、エドガー。てっきりまた適当に宝石でも投げられて帰されると思っていたよ」


「またってなんだ、またって……。俺はそんなに宝石を雑に扱ったりはしない。もちろん報酬は払うよ。だがどうしても礼がしたいと言って聞かない奴らがいたもんでな……」


 すでにご馳走に目が釘づけなオズワルドの言葉に、呆れ顔のエドガーが空になったワインボトルをキャロルに預ける。

 と、その時。桜庭たちが入ってきた大きな扉がゆっくりと開かれた。彼らの他にも客人がいたのかと思われたが、すぐにそうではないと分かる。


「旦那様、お待たせいたしました! やっと料理がすべて完成して……って、皆様もういらっしゃっていたのですか!?」


 ワゴンにまた新しい料理を乗せて現れたのは、そのワゴンを押す如月と彼の少し後ろに立つサンディ。そしてシャロンであった。

 驚いた声をあげたのはシャロンで、エプロンをつけていることから先ほどまで彼女が料理をしていたということが想像できる。

 豪華な料理と彼女の顔とを見比べながら、桜庭は問わずにはいられなかった。


「みんな久しぶりだな! というかもしかしてこの料理、全部つくったの……シャロンさん?」


「はい! 本日は先日のお礼の意味をこめて、わたくしたちが腕によりをかけて料理しました!」


「まぁ、サンディ様は味見しかしてませんでしたけどね」


「な、キサラギ! 味見は一番大事な仕事なんだぞ! 私はお前たちがしっかりできるのか監督していたのであってな……」


 馬鹿にした笑いを浮かべながら新しく運んできた料理を並べる如月にサンディが詰め寄る。

 テーブルいっぱいに敷きつめられた料理に思わず目移りをしそうになるものの、グラスが全員の手に渡ったところで二度手を打ち鳴らす音が食堂中に響く。


「さて、それでは料理もメンバーもそろったことだし、そろそろ乾杯といこうじゃないか!」


大袈裟おおげさだねぇ、エドガー。まるで国を救った英雄をたたえるパーティみたいじゃあないか」


「おいおい水を差すなよオズワルド……。俺たちにとってサンディは宝物みたいなものだからな。英雄扱いもするさ。……ほら、フーリューもそんなところに立ってないでこっちに来い」


 ワゴンを部屋の端に寄せたまま遠くから眺めていた如月は、自分の名前が呼ばれたことで少し迷いながらもサンディたちの元へと近づく。


「いやでも、俺なんかが混ざってもいいんですかね……。この前の一件だって、そもそも主の危険を察知するのが遅れた俺の責任でもありますし……」


「なんだ、今更そんなこと気にしていたのか。どちらかといえばサンディこいつがマヌケで財布なんか盗まれたのが原因だろう。むしろ君はよく頑張ってくれたって話じゃないか」


「兄貴」


 マヌケと言われたことにサンディがジロリとエドガーを睨みつけるが、彼はどこ吹く風といった様子でその視線を受け流す。


「旦那様の言う通りですよ、キサラギ様。キサラギ様が頑張っているところは、わたくしがずっとお側で見ておりましたから」


「そんなこと言ったら……シャロン様だって」


わたくしもですか?」


 如月もテーブルに置かれた自分の分のグラスを手に取ると、シャロンに向けて微笑みかける。


「俺が動けないでいる時、シャロン様が勇気をだして相手に飛びかかって時間をつくってくださったから、こうしてサンディ様を助けだすことができたんですよ。そうじゃなければ多分逃がしてましたから」


「キサラギ様……」


「おい待て、今聞き捨てならない言葉を聞いたぞ。シャロンがあのマホウツカイ相手に飛びかかったって、そんな危険なことをしたのか? というかなぜ私にそのことを黙っていたんだ」


「サンディ様がこうして騒ぐだろうと思ったからですよ」


「キサラギ、お前は本当に私を主人として尊敬しているのか……!?」


 エドガーとシャロンの間で顔を赤くするサンディはそれでもどこか楽しそうで、戻ってきた日常の光景に如月も安心する。

 そのまま自然と各々おのおので立食をはじめそうな流れにはなるものの、エドガーは一度大きく咳払いをすると今度こそグラスを掲げる。


「ほら君たち、客人も来ていることだしそろそろ本当にはじめるぞ。――では、改めて。今回はうちのバカのおかげで苦労をかけたが、ここにいるみんなには本当に感謝している。急ごしらえで悪いが、今日は好きなだけ食べていってくれ。それじゃあ――」


 その場にいる全員が、打ち合わせをせずとも高くグラスを掲げた。


「乾杯!」

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