そこは見知らぬ屋敷の腹の中

 扉の先はどこかの部屋の中へと繋がっていた。

 床にはボールやロープ、ボロボロになったぬいぐるみなどが散乱しており、どことなく漂う獣の臭いが二人の鼻をつく。


「もしかしてここ、クロードの部屋か? 牢へ繋がる道の番をしていたってことなら納得がいく」


「だとしたらあの猫が呼んだ時にここから駆けつけてきたってことだろう。とんだ地獄耳とスピードだな」


 自分でそこまで言ってまた不安感がつのりはじめたのか、サンディはチラリと後方を振り向くと焦ったように桜庭の肩を叩いた。


「とにかく早くここを離れてシャロンたちに合流しよう。ここが一階だとしたら出口はきっと近いはずなんだろ?」


「そうだな。ついでに他のマホウツカイたちが捕まっている場所の情報も掴めるといいんだが……。近い場所なのだとしたら俺たちでも助けられるかもしれない」


「その俺たちっていうのには私は含まれているのか? いないよな? なぁ、サクラバ?」


 部屋の外へと通じる扉を開く桜庭の後ろを、サンディが落ちつかないといった様子でウロウロする。

 開いた扉の隙間から外へと顔をだした桜庭は、近くに誰もいないことを確認するとサンディを手招きして呼び寄せた。


 カーペットの敷かれた暗い廊下は、どこかの屋敷の中の一部であるようだった。

 壁には絵画がいくつもかけられており、人の行きかう形跡はあるものの長らく手入れはされていないのか埃が目立っている。

 それはエドガーの住まうキングスコート邸よりは小さいにしても、そこそこの広さのある屋敷であるということは間違いなかった。


「とりあえずは誰もいないみたいだな……」


「それなら早く出よう! 私はもう、こんな埃臭くてジメジメした場所はこりごりなんだ」


「俺もだよ。ここを出たら、またシャロンさんの淹れた紅茶が飲みたいなぁ」


「……お前、シャロンが淹れた紅茶を飲んだのか? 私の許可なしに?」


「許可もなにも、君はいなかっただろう」


 一気に表情を険しくして詰め寄るサンディに、桜庭は呆れた返事をして出口を探しつづける。

 廊下の終わりは案外近く、金具が劣化しているのか木製の扉は大きくギィ、と軋んだ音を立てて二人をその先へと歓迎する。


 薄暗い廊下を抜けた先は大きな広間であった。

 二階へつづく階段が空間の左右にかまえており、壁のあちらこちらには獣による引っかき傷がついている。

 しかしそれよりも奇妙であったのは、この空間の窓という窓全てに釘で板が打ちつけられていたことだろう。


「なんだこれ……。窓が全部潰されているぞ」


 目の前に広がる光景に思わず桜庭が呟く。

 彼につづいて広間へとやって来たサンディも状況を把握したのか、すぐ近くの窓があるだろう板の前まで近づき素手で釘を引っ張ろうと試みる。


「くそ、なんだこれは! 牢を抜けだしたかと思えば、こんなの屋敷全体が牢屋みたいなものじゃないか!」


「まぁまぁ、落ちつけってサンディ。さすがにそれを素手で取ろうとするのは無理だ。見たところここは広間のようだし、恐らくは……あった!」


 そう言って桜庭が指をさした先には、彼が昼間に見たホテルの入口と同じく大きな両開きの扉がたたずんでいた。


「も、もしかして出口か! やったぞ! これで外に出られる!」


「鍵がかかっていなければだけどな」


「その時はその時だ! 早く行こう、サクラバ!」


 窓の板と格闘していたサンディが手を離して喜びの声をあげた。

 扉の隙間からのぞく細い光は、それが今度こそこの屋敷牢獄を外界とへだてている最後の障害であるのだということを物語っていた。


 ついに見えた希望に桜庭たちの鼓動が早まる。


 二人はすぐに扉の元へと駆け寄り、サンディが大きな金の装飾のついたドアノブへと


 その時。


「にゃあんだ、もう帰っちゃうのかにゃあ? サァンディ〜?」


「ひぃっ!?」


 彼女はいつの間にかそこにいた。

 出口となる扉の上――大広間をぐるりと囲むように突きでた二階通路の柵にもたれかかるようにして、ミーシャは楽しげに歪んだ口元から牙をのぞかせた。

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