エピソード4 囚われのマホウツカイ、救出作戦
宝石商の依頼
「すごいな……。こんなでっかい家、この世界じゃあ初めて見た」
昼下がりのサントルヴィルの街中。
高級住宅の建ちならぶ区画のほとんど中心ともいうべき場所にて、
現在彼のいるこの区画に建つ家はどれもが豪邸と呼ばれるようなものばかりで、以前大きいと感じたフォイユ村の民家の比ではない。
しかし彼らの目の前に建つ豪邸はさらにその規格を上回っていた。まさに大豪邸というにふさわしく他の屋敷よりもさらに一回り大きくそびえ立ったそれは、圧倒された彼らを正面からどっしりと出迎えていた。
「そういえば、先生もダリルもここに来るのは初めてなんだもんねぇ」
「だってオズにこんな金持ちの知り合いがいるなんて、聞いたこともないからさ……」
「そうだよねぇ。まぁ、僕もきたのは数回だけなんだけどさ」
そう言ってオズワルド・スウィートマンは自分の背丈を越える大きさの分厚い門の横、周りの大きさに反比例するかのように小さく見えるインターホンのボタンを押す。
それとともに彼らの頭上の防犯カメラが機械音を鳴らして監視をはじめた。
よく見ればカメラのレンズが動いているのが分かることから、誰かがレンズの向こうで三人を警戒をしているのが思い浮かぶ。
「……なんか、カメラ越しにこうして監視されるのって嫌ですねぇ」
「別にやましいことをしているわけでもないし大丈夫さ。ここの主は用心深いからねぇ。きっと僕の顔を見れば快く出迎えてくれるよ」
「それ、むしろ心配しかないんですけど」
オズワルドの言葉に対して、ダリル・ハニーボールは不安感を前面に押しだした表情でかたわらの男を見上げた。
するとオズワルドの言葉を聞いたかのようにロックの外れる音が門から鳴り響き、重厚感のある門がゆっくりと内側に開いた。
それと同時にインターホンからハキハキとした女性の声が響きわたる。
『お久しぶりです。オズワルドさん! 今門を開けたのでどうぞ中までおこしください!』
「ありがとう、キャロル。それじゃあ先生、ダリル。行こうか」
「今のがここの主です?」
「いいや、彼女じゃない。きっと主の方にもすぐに会えると思うよ」
オズワルドにうながされ、三人は門の内側へと一歩踏みだす。
一面に緑の広がる広大な庭は草原のようでもあった。
屋敷を囲むようにして高い壁がそびえたっているが、あまりの広さにそこまでが果てしなく遠くに感じられる。
綺麗に狩りそろえられた芝生は風に揺れ、一行を歓迎しているかのようにサラサラと音をたてて揺れていた。
「あっ、皆さん! こんにちは~!」
広い庭を
三人の到着に合わせるかのようにしてタイミングよく玄関のドアが開いた。
すると中からは茶髪いボブカットに赤縁の眼鏡をかけたスーツ姿の女性が現れ、彼らに対してほがらかに笑いかけた。
「こんにちは、キャロル。今日はお招きありがとう」
「いえいえ、こちらこそ急な申し出にも関わらずおこしいただけるなんて。後ろのお二方もご足労いただきありがとうございます。それでは旦那様の元までご案内しますね!」
「よろしく頼むよ」
彼女――キャロル・ソールズベリーは、三人を屋敷の中へと招きいれると広い廊下の先頭を歩きはじめる。
廊下の壁には等間隔で一目で見ても高価だと分かる絵画が並んでおり、床には赤いカーペットが敷きつめられている。
また、いくつものショーケースに並べられた宝石が廊下の両側に飾られているためか、全体を通して華やかな印象をうけた。
「いかにも金持ちって感じですねぇ……」
「大丈夫? 緊張しないかい?」
「僕は別に……」
「俺はなにか倒したりするんじゃないかって気が気じゃないんだが」
どこか慣れたようにスタスタと歩くダリルに比べて、恐る恐る辺りを見回しながら歩く桜庭は値打ちものの骨董品にぶつからないようにと細心の注意をはらって歩いている。
彼らの目的の部屋は思ったよりも早くに到着し、重厚感のある扉の前でキャロルが立ち止まった。
「さぁさぁ皆さん到着しましたよ~! とんとん、旦那様! お客様をお連れしたので入りま~す」
口でそう言いながらドアをノックする彼女は、中からの返事を待たずに三人を室内へと案内する。
三人の通された部屋は一室としてはかなりの広さであった。
天井から吊るされるシャンデリアと部屋中に置かれたたくさんのショーケース。その中に飾られた宝石の数は廊下で見たものの比ではなかった。
「ああ、来たか」
「やぁ、エドガー。久しぶりだねぇ」
彼らを出迎えたのは、入って正面のいかにも高級そうなソファに身体を沈めた男だった。
金色の髪を後ろに撫でつけ、黒いシャツに白いスーツを羽織った彼は胸元の赤いリボンを揺らして一行に目を向ける。
「オズワルド。急な招集にも関わらずきてくれたことを感謝するよ。後ろの君たちは……新入りかな?」
エドガーと呼ばれた男は組んでいた長い足を解くと、立ち上がって桜庭とダリルの前まで歩いてくる。特にダリルと並んだ身長差は二十センチメートル近くはあるだろうか。
自然に首が痛くなるほど相手を上に見上げる形となり、それが気に入らなかったのかダリルがムスリと表情を曇らせる。
「さ、
「……ダリル・ハニーボールです」
「ユーガにダリルか。俺はエドガー・キングスコート。宝石商だ。よろしく頼むよ」
エドガーが右手を差しだし、二人と握手をかわす。
彼は「かけてくれ」と言うと三人を来客用のソファに案内し、自身も先ほどと同じくソファに腰を下ろして足を組む。その隣には、キャロルが同じくちょこんと並ぶように座った。
「宝石商って言われて納得しましたよ。そりゃあそこかしこがキラキラ眩しいわけだ」
「ウチで取り扱っている宝石はどれも一級品だからな。天然のものにも負けず劣らない」
「天然石じゃあないんです?」
「まあ、グレーゾーンってところだな。少し手をだしてみろ」
ダリルの問いかけにエドガーが身を乗りだした。
ダリルが言われた通りに両手をくっつけてお椀のように形作ると、その手の上にエドガーの手からこぼれ落ちたなにかが乗る。よく見てみれば、それは辺りの光を反射するような赤い輝きをした小指ほどの大きさの石であった。
「これ……宝石ですか?」
「そうだ。俺のマホウで作ったルビーだ。もちろん、偽物などではなくしっかりと価値のあるものになっているから安心してくれ。俺たちが初めて出会った記念にでもあげようじゃないか」
「旦那様は原石から加工された宝石まで、自由に宝石を造ることができるんですよ~!」
「すご……」
ドヤ顔で席に戻るエドガーの隣で、キャロルも誇らしげにそう語る。
ダリルは玩具をもらった子どものように興味津々といった表情で自分の瞳と同じ色の宝石をシャンデリアの光に透かして眺める。
「そんなに安物みたいにほいほいあげたりするなんて……。ほらダリル、ハンカチ貸すからこれに包んでおいたほうがいい。落としたりしたら大変だろう?」
「……ありがとうございます。サクラバさん」
桜庭に渡されたハンカチで彼は手にした宝石を包みこむと、それをポケットに入れる。
先日同じようにポケットを使って所持金を落とした記憶が一瞬頭をよぎるが、カバンを持っていない彼はそれには目をつむることにした。
「で、エドガー。今回僕たちを呼びだした理由はなんだい? まさか高価な宝石売りつけるってわけでもなかろうし」
「そんなことするわけないだろう……。むしろ、いつも払わされているのはこっちの方だ。先日必要資金とか言ってぶんどっていった宝石に君が壊した公共物の支払い、誰が代わってやったと思っている」
「ははは、その節はどうも」
オズワルドは悪びれもしない様子で笑う。
「まあ……。そんなはした金の話はどうでもいい」
――はした金、なのか。
心の中でそう同時に突っ込む桜庭とダリルの思いを他所に、両手の指に色とりどりの宝石がついた指輪をはめたエドガーが指を組んでソファに背を預けた。
彼はそれまでとはちがって真剣な表情を作ると、一行の前に一枚の写真を差しだしその顔に影を落とした。
「で、今回君たちを呼びだした理由だが……一つ頼みたいことがあってな」
「頼みたいこと?」
「そうだ。単刀直入にあったことを言うと、俺の弟……サンディが何者かに誘拐された」
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