消えたマホウツカイ達
「誘拐だって?」
思わず聞き返した桜庭の言葉に、エドガーはコクリとうなづいた。
「ずっとアイツの恋人と用心棒といっしょに行動していたという話なんだが……なんでも、市場を見ている際にはぐれたらしくてな」
「それ、ただ迷子になっているだけなんじゃない?」
オズワルドが当たり前のように聞き返すものの、彼はちがうと言って首を横に振る。
「最初は誰もがそう思ったさ。だが、はぐれたのはもう二日前……連絡もないし、街の中を探しても見つからないそうだ。……キャロル、アレを持ってきてくれ」
「はいはーい! 少々お待ちくださいね~」
元気にそう返事をしたキャロルが席をたち、彼女は奥のキャビネットから持ちだした数枚の束ねられた紙と丸められた大きな紙をテーブルの上に置いた。
大きな紙の方は丸まっているのを伸ばすと地図になっているようで、サントルヴィルから西にあるアフラートと書かれた場所に目印のバツ印がつけられている。
「これは?」
オズワルドは地図ではない、紙の束の方を取りあげると内容に目を向けた。
十数枚にもおよぶその紙全てが人間の名前が列挙されたリストのようで、名前の横には約一ヶ月前から一番近くて五日ほど前の日付が記されていた。
「サンディがいなくなった街――アフラートにて、同じように消えた者たちのリストだ」
「……へぇ。結構な数だね、これ」
ペラペラとリストをめくってオズワルドが確認をするが、単純に見て百人以上は記載されている。彼の横で同じようにリストに目を通した桜庭がエドガーを見やった。
「よく調べがつきましたね……。集めるのに苦労したのでは?」
「職業柄多くの人間と関わりはもつし、中にはそういう情報に詳しい知り合いもいるもんでね。……それで、そのリストに載った行方不明者たちのほとんどにはある共通点があるんだが」
「というと?」
「もちろん名前を見ただけでは分からないだろうが……そのリストに名前が載せられた人間は、ほとんど全員がマホウツカイだ。この偶然が全てただの迷子で片がつくと思うか?」
「あぁ~、なるほど。理解した」
エドガーと桜庭の話を聞いていたオズワルドが手にした紙をテーブルに置き、彼は大きな声をあげるとともに天を仰いだ。
「要するに、僕たちに囮になれって言うんだね? エドガー」
彼は苦笑しながら頭の後ろに手を組んでソファの背もたれに体重を預けると、ニヤリと笑ってエドガーの反応をうかがう。
対するエドガーは困ったように片眉を下げて溜め息をついていた。
「お前はそうやって、いつも人聞きの悪いことばかりを言う……。いいか。もちろん俺が行きたいのはやまやまだが、ろくに戦えない俺が探しに向かったところで同じく捕まるだけだろう」
「だから僕たちに代わりに捕まって、弟くんたちを救出するついでに相手の目的がなにであるかを探ってこいって言うわけでしょ?」
「……ド直球に言えばそうなるな」
諦めたようにエドガーがまた息をつく。
「これだけ大人数のマホウツカイを集めるんだ。もしかしたら大きな組織が関係しているのかもしれない。君たちには悪いと思うが、正式な依頼として頼ませてくれないか」
「だってさ。先生、どうする?」
オズワルドが桜庭に同意を求める。桜庭は少し考えあぐねているといった様子で「うーん」と唸ったあとにゆっくりとうなづいた。
「俺は助けたい。……でも、俺はマホウツカイじゃないから危険な目にあうのは二人の方になってしまうかもしれないし、個人の判断では決められな――」
「今更なに言ってるんですか。僕だって助けたいのは同じですよ。むしろ僕たちの囮作戦にサクラバさんを付き合わせちゃうくらいです。こんな時くらい、素直にやろうって言えばいいじゃないですか」
「ダリル……」
同じ思いで肯定をしてくれたダリルに、桜庭が嬉しそうに口元を緩ませる。
一方でコテンと首を横に倒したダリルの紅い瞳は、桜庭越しの後ろの男へと向けられた。
「まぁ、僕がそう思ったとしても、そっちの人はどうか知りませんけどね」
「僕? 僕は先生がいいなら別にかまわないよ。捕まっても死なないし」
当たり前な顔をしてオズワルドが答える。
大方予想通りの答えに、ダリルはなかば呆れた顔で口の端をひくりとさせた。
「アンタねぇ……。まぁとりあえず、こっちの答えはイエスってことでお返ししますよ。アフラートまでの道のりはそっちで工面してくれるんでしょう?」
「ありがとう、本当に感謝するよ。もちろん、アフラートまでの交通や現地の宿泊施設の工面については俺が全面的に支援する。キャロル、小型ジェットは飛ばせるか」
「もちろんです! こうなると想定して、もう手配済みですから! 早ければ明日にでも出発できます!」
ビシッとキャロルが敬礼をして報告する。
「有能な秘書がついていてくれて助かるよ。それじゃあオズワルド、ユーガ、ダリル。君たちにこのマホウツカイが誘拐される事件の解明と、弟のこと……よろしく頼む」
「任せてよ。もちろん、報酬は弾んでよね」
「いつも君のところの経費を負担させられているので相殺されると言いたいところだが……報酬はだすさ。可愛い弟のためだからな」
そう言うとエドガーは片手に力を込めて握りしめ、たっぷり十秒ほど経った後にもう一度開く。その手には先ほどまではなかったはずの大粒のダイヤが握られていた。
「前払いだ。換金すれば多少の足しにはなるだろうから――なんだ」
「現金で渡してくれた方が早いのに」
「うっ」
一瞬エドガーの動きが固まる。しかしよくその姿を観察してみれば、彼の身体は小刻みに震えていた。
「う、うるさいな! 今すぐに渡せるのがそれなんだからいいだろう! 俺だってそれ一つ造るのになかなか体力を消費して頑張っているんだぞ! 大体お前はいつもいつも――あっ。……ごほん。いや失礼、なんでもない」
顔を真っ赤にして大声をあげるエドガーだったが、彼は一転して視線をそらすと咳払いをしてその場を誤魔化そうとする。
桜庭とダリルはお互いにアイコンタクトで知らないフリを決めこもうと空気を読むが、もちろん残る一人にそんなことできるはずもなく。
「いやぁ、やっぱり君ってからかうと面白いよねぇ。でもこれはありがたく貰っておくよ。もろもろの詳細は後で僕宛てにメールくれたらいいからさ」
「わ、分かった。現地には弟といっしょに行動していた二人がいるから、彼の足取りについてはそっちから聞いてくれ」
「さっき言ってた恋人と用心棒だっけ? オーケイ、分かったよ。それじゃあ行こうか。先生、ダリル」
オズワルドはそう言うと、桜庭とダリルを連れて部屋を後にした。
キャロルが玄関まで見送りにいこうかと立ち上がったものの、そこまでしなくても大丈夫だと言われればその場で笑顔で手だけを振って別れの挨拶をする。
彼らが去って数十秒。無言で忙しなく部屋中をキョロキョロと見回していたエドガーだったが、ふとその視線がキャロルに向けられた。
「……キャロル。彼らはもう帰ったか」
「そうですねぇ……あっ、ちょうど今玄関からでたみたいですよ」
「そうか。帰ったか……ああ~!」
キングスコート邸各所の監視カメラをパソコン越しにモニタリングしていたキャロルの言葉に、彼は再び大声をあげるとスーツが皺になるのにもかまいなくソファに倒れて手足をばたつかせる。
幼稚さすら感じさせるその行動に、キャロルは慣れたような顔で気にもとめずにパソコンをそっと閉じた。
それと同じタイミングでエドガーが起き上がる。
「キャロル! 俺はちゃんと頭がよくて、余裕があって、尊厳がある冷静沈着な宝石商を演じられていたか!?」
「できてましたよぉ。最後にボロがでてましたけど」
「それもこれもアイツが変なこと言うからだ! 普通はあんな大きさのダイヤなんて貰ったら、どう考えても喜び浮き足立つものだろう! もうあの男、昔から本当に苦手……」
「私はあのダイヤで作ったネックレスとかが欲しいですね~」
頭を抱えて早口でまくし立てるエドガーだったが、マイペースに夢を見るキャロルの言葉を聞いて彼はハッと顔を上げる。
「そういえば、ユーガがつけていたネックレス……。あれはもしや、俺が先日オズワルドに頼まれて加工したいわくつきの……いや、まずはサンディの身の安全の方が心配だ。キャロル、オズワルドに資料と明日の搭乗時間をまとめたメールを送っておいてくれ」
「了解しました~! サンディ様、ご無事だといいんですけれど……」
「…………」
心配そうにそう告げる彼女であったが、エドガーは無言で返事をすることしかできなかった。
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