緊急任務:爆弾蜂の群れを撃退せよ

 アレクシスへと近づく。羽音。羽音。羽音。黄色と黒の特徴的な縞模様は、余りの数の多さから遠目には潰れて黒い塊のようにも見える。

 それは最初にセリーナたちといた時に見かけたマジュウと同じ、桜庭の世界ではスズメバチと呼ばれる大きな個体のものにそっくりで。それらが集団で、まるでミサイルよろしく突撃してくるのだ。


 ――とにかく、アレに追いつかれるのはマズイ気がする。


 もちろん蜂なのだから、刺されればシャレで終わるはずもない。毒でもあるか。はたまた同じ蜂人間となるか。――それ以外か。

 どれにせよ、無事で済むはずがないというのは確かであろう。


 ――仕方がない。いったん空へ移って様子をうかがうとするか。


 とても走って逃げられる相手とは思えない。

 迫りくる無数の羽音に、アレクシスは翼を広げると空へと飛び立ち、空中を蹴って距離をとった。

 なにも空は相手だけに有利なフィールドではない。アレクシスにとっても、得意な戦場であるのだ。


 ――完全に補足されている。……面倒だな。


 しかしそれでもなお蜂の大軍は彼を追尾し、アレクシスがどこへ飛び移ろうとも追うことをやめようとはしない。

 訓練された兵士のように乱れない行進。追尾性のある魚雷のようなものだろうか。

 一匹すら群れの外へと出ようとはしないとは、たしかにありえない話ではないかもしれないが……


 ――さすがに、少し奇妙だな。


 あまりにも、統率がとれすぎている。

 地上の女王蜂が指示をだしている様子はない。となれば、この蜂たちが自ら考え、行動していると推理するのが自然な流れだが。


「……ん」


 そこでアレクシスは、一つの可能性に思いいたる。


 ――まさか……さっきぶちまけられたコレに反応しているのか? あの蜂共、匂いに反応してついてきているんじゃあ……


 そう思うやいなや、アレクシスは自身の翼に手をかけると、ためらうことなく羽を数枚むしり取る。

 ピリとした痛みは感じるものの、飛行に支障はない。

 彼は身体に付着した赤い液体を羽に塗りつけると、風の流れに乗るように、それらをゆっくり手放した。


『?』


 するとそれと同時に。群れの中の一匹が集団を離れ、羽の元へと直進していく。

 どうやらアレクシスの読みは正解だったらしい。

 より強い匂いに惹かれるのか、依然として彼の元へと向かってくる蜂の方が大多数ではある。しかし、誘導をかけることが不可能ではないということは、今の敵の行動が証明をしてくれた。

 あとはその後をどう処理するのかではあるが――それについては問題ない。


『!』


 なぜならば。

 数秒もしないうちに羽根へ追いついた蜂は、目標へとたどり着いた瞬間に――なんということかな。爆発をしたのだから。


「なに!?」


 空中で起きた小爆発の爆風はアレクシスの元まで届き、彼の身体を吹き飛ばさんとする勢いで通過していく。


「ははっ……もしやコイツら全部、追尾性の爆弾ってことなのか? いや、笑えない冗談だぞ」


 一匹でこの規模なのだ。それがこの数で。地上近くで同時に爆発したとなれば、大惨事となることは間違いない。

 対象物に当たるまで追尾をやめないという特性があると分かっている以上、今の一匹のように囮を使って、少しずつ群れから離すのが一番の安全策ではある。

 だが。それよりも――


「チョロチョロ相手していたんでは効率が悪いな。……一か八か、一気に爆破した方が早いか」


 彼はあえて、厳しい選択をとることにした。

 この選択に失敗し、直撃すれば。腕や翼の一本くらい、最悪全身持っていかれたとしてもおかしくない。

 それでも自分がヘマをすることは絶対にないのだと。アレクシスの中には、そんな確固たる自信が存在していた。

 アレクシスは空中を蹴りつけ、街を離れた遥か上空を目指して高度を上げていく。

 チラリと視線を下へ向ければ、思惑のとおり蜂の群れは彼を追って、同じように羽音を立てながら上昇してきていた。


 ――よし。ここまでは順調だな。


 できるかぎり地上から距離を離したい。

 だが天に向かって上昇していくにつれて、少しずつ酸素も薄くなっているのだろう。わずかに息苦しさを感じはじめる。


 ――さすがにあまり高くまで飛びすぎるのは危険、か。


「……ここで仕留めさせてもらおう」


 そしてサントルヴィルの街並みも、ミニチュア模型で作られたジオラマ風景がごとくなってしまった頃。

 アレクシスはピタリと停止し、地上を見下ろした。


「俺もここで共倒れになる気は毛頭ないんでな。悪いが追いかけっこは終わらせてもらうぞ」


 槍を構える。

 まったくスピードを緩めることのない蜂の群れは、本能がままに甘い蜜に引き寄せられ。アレクシスとの距離を縮めていく。

 迫る。迫る。迫る。迫る、迫る――そして。


「ッ――!」

 

『!』


 アレクシスは手にした槍を横になぎ払ったかと思えば、こつぜんと。彼はその場から姿を

 もちろん本当に消えたわけではない。

 槍が敵の集団へと触れる、その一瞬のタイミングで。彼は武器を握っていた手を離し、地上へと急激に下降したのだ。


『!』


『……!』


 蜂たちが甘い匂いを辿ってアレクシスに続こうとするものの、動きだした時にはすでに遅い。……槍の矛先は、もう先頭の一匹へと触れていた。


『!!』


 先端が触れた途端に蜂の身体は膨張――爆発しはじめ、連鎖的に起きた爆発はすぐに群れ全体にまで行き届く。

 その規模は先ほどの一匹とは比にならず。

 遥か上空で起きた爆発でありながらも、空気を揺るがす振動は地上のダリルの元まで届いていた。


「マジかよ……。あんなんに追いかけられて、よく無事でいられるな……」


 物陰から様子を窺っていたダリルが、思わず感嘆の声を漏らす。

 間もなく爆煙は風に流れ、隠れていた青空が姿を現す。

 高度を落とし身構えていたアレクシスも、敵の姿が見えなくなったことに肩の力を抜いたようであった。


「全部やったか……。まったく。たまたま武器を手にしていたからいいものを、あんなものそう連発されては適わんぞ」


 そう言って、アレクシスは地上のダリルがいる方へ視線を向ける。

 あの爆発でも、野次馬根性で出てくる市民がいないのは感心したものである。パッと見ただけでも、地上にダリル以外の人影は見当たらない。

 ちょうどビルの合間から顔を覗かせていたダリルと目が合った彼は、自分でも気づかない安堵の息を漏らしていた。


 ――ハニーボールの方も問題はなさそうだな。そろそろ約束の5分が経つ頃だが、奴の準備はできて――


「……ん?」


 と、その時。

 アレクシスは地上のダリルの様子がおかしいことに気がつく。

 慌てた様子で必死に叫んでいるようであるが、いかんせん距離が離れているからだろう。何を言っているのかはさっぱり分からない。

 どうやらアレクシスに向けて指をさしているようではあるが――その答えは、彼自身に覆いかぶさった影が教えてくれた。


「――あ」


 忘れていた。地上にダリル以外が見つからないということは――


「なるほど。誘導されていたのは、俺の方だったか……」


 ああ、たかが虫けらとあなどったか。

 ギ。という金属を引っ掻いたような声は、彼のすぐ真後ろから聞こえていた。

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