槍、一斉展開
ダリルが事務所を出てから、早数十分。この数十分の間に、サントルヴィルの街の中はパニック状態へと陥っていた。
蜂に刺された人間から次々に生まれた蜂人間は、全ての個体が同じように槍のような黒く鋭い得物を所持しており、無差別的に近くにいる人間を襲いつづけている。
中には人間に食らいつこうとする個体も確認できており、この怪物が肉食性であるということは嫌でも理解せざるをえなかった。
ゆいいつ幸運だった点をあげるとすれば、今が昼時――つまりはランチタイムだったことだろう。
ランチのためにはなから建物の中に入っている人たちが多く、オフィスを出ていた一部は慌てて自社へと引き返すばかり。
さらにはこの緊急事態で店の中へと避難誘導を率先している店舗や、シャッターを閉めて怪物の侵入を防いでいる店舗。そんな一般市民による協力が少なからず被害を最小限に留めていた。
「これは……早く対処しなければ死人が増えるな……。郊外に出てしまえば追いきれなくなるぞ」
そう呟いて、アレクシスが背中の翼を羽ばたかせる。
あの蜂人間たちが郊外へと散り散りになってしまったともなれば、いくら速さに自信のあるアレクシスといえども全てを追えるはずがない。
だが市街地についても問題は残っている。
市民があらかた避難をしたからといって、もちろんそれで全員というわけではない。逃げ遅れた人間とているのだ。
すると自然と蜂人間の標的は逃げ遅れた人間へと定まっていくわけで。悲鳴はいまだ、そこらじゅうから聞こえていた。
「いや。なにはともあれ、まずは残った市民の安全確保が第一か。奴らがいつ建物の中まで入りこむかも分からん。さすがにこの騒ぎならすぐに応援も来るだろうが……待っている暇もないからな」
アレクシスはそう言うと、小さく地を蹴り宙へと飛び上がった。
「どうやらあの化け物……生命活動は
「は? 片づけておけって、まさかアレ全部
「頼んだぞ」
とだけ言うと。まさに疾風がごとく、飛びゆくハヤブサのように。
ダリルの言葉を最後まで聞くことはなく、アレクシスが空気を蹴るようにして一瞬のうちに視界から消え去る。
彼が飛びたっていった先を見れば、すでに彼は蜂人間の胴体へと、ダリルから奪った剣の切っ先を刺し貫いているところであった。
「マジか。はっや……。こりゃあ前回逃げずにすんだこと、本気でサクラバさんに感謝しないといけないなぁ……」
アレクシスと初対面時のことを思いだして、ダリルが呟く。
――まぁ、頼まれたからにはやるしかないか。あの
付近をうろつく蜂人間は、まだ建物の中に逃げた人々にまでは手をだそうとはしていない。優先すべきは逃げ遅れて取り残された人々である。
もちろん一体ずつ地道に処理していくこともできるが、それでは遅い。
ひらけた場所……道路のど真ん中で大声でもあげれば、いい具合に目立つことができるだろうか。
――ちょうど試してみたいマホウもあったし、いい機会だ。すぐ近くには化け物以外の気配もないし、今なら――
そう、思ってダリルが一歩を踏みだした。その時。
無数の目が。蜂人間たちの無数の複眼が。いっせいにダリルの元へと向けられた。
「は? なんです? 別に僕、まだそんなに目立つようなことはしてないんですけど……」
『ギ、ィァア!』
「ッ!」
耳障りな鳴き声。
ダリルは振り向きざまに手元に槍を生成すると、それを真後ろに向けて突き上げた。
ギィという金属が擦れるような声を発した蜂人間は、その
――これならいける……!
すると仲間の死に勘づいたのか、辺りの蜂人間たちが次々にダリルの元へと飛びたった。
その数は十五体程度だろうか。
例の黒い槍を手にした蜂人間たちは、ダリルを串刺しにしてやろうと。そして凶悪な大顎で食らいついてやろうと。そんな殺意を滲ませて飛びつこうと羽音を響かせる。
――この化け物の数分の人間がもう犠牲になってるわけか。被害を最小限にするなら、いずれはどこかで元凶のマジュウは探し当てないといけないってことかよ……!
そんなこと、砂浜で一粒のダイヤを探すようなもの。ましてや生物ならば、時間が経てばさらに探すことなど困難になる。
ダリルがわずかに焦りを募らせる中――ついに全てが彼の索敵範囲へと突入した。
「くそ、今はこっちか! 考えなしに全員で突っこんでくるなんて、飛んで火に入るなんとやらってやつですかねぇ。いくら昼時といえど、こちとらアンタらの昼飯になんてなってやる義理はないんで……!」
一番近くで得物を構えた蜂人間の背後に、空中で生成された槍が放たれ、その身体を串刺しにする。
ダリルの手に握られた槍は、そんな串刺しにされた怪物を足蹴にした二体目の怪物の顔面へと放たれた。
――不意打ちじゃなきゃあ、これぐらいのスピードは追えそうだな。でもここに時間をかけるわけにもいかないし。
「試そうとしてたアレ、やってやりますか」
槍を持つことで両手がふさがれてはいるものの、飛び道具で対処できる程度の相手ならば話が早い。
ダリルは手にした槍ごと蜂人間を地面に叩きつけると、両腕を広げ、自分の周り半径約五十メートルの空一面に向けてマホウを発動――無数の槍を展開した。
その全てが矛先を地上へと向けており、彼がなにをしようとしているのかは実に明白。
「そっちが数で押そうってんなら、こっちだって数で相手してやるよ!」
高らかに、叫ぶ。
そして彼が腕を振り上げた次の瞬間には。槍は。まるで雨がごとく、敵意をむきだしにした蜂の群れがごとく、地上へと降りはじめたのだ。
空から降りそそぐ鈍色の槍の雨は次々に怪物たちの身体を貫いていき、金属板を引っ掻いたような聞くに堪えない断末魔と、鉄がアスファルトにぶつかる甲高い音だけがビルの合間にこだまする。
発射した先から新たに空中に補充される槍は、地上に残る
――やっぱり消耗が激しい。全部
もちろん無限にできるわけではない。
オズワルドに向けてナイフを囲んだ時とは訳が違うのだ。規模も。数も。
「ッ――」
そして――数十秒。雨が止む。
すっかり静けさを取り戻した空間で、辺りに散らばった槍を光に還せば。あとには蜂人間の死骸だけが無様に何体も転がっていた。
「はぁ……よかった。とりあえず、うまくいったか……」
索敵範囲に気配は感じない。
ひとまずは安全となった空気に、肩の力が抜ける。
ダリルはその場にしゃがみこむと、疲れを滲ませた顔を上げた。
「まだあんまり、一度にたくさんの数の武器を造るのは慣れないんですよねぇ……。疲れるし。こりゃあしばらくは造れても一本だな……」
そうしている間にも、一部始終を見聞きしていたのか、付近の建物からは次々に避難していた人々が顔を覗かせる。
しかし多数の怪物の死骸の中心にいる男の元へなど、誰が寄りつこうとするだろうか。
たしかに蜂人間の注目を集めるために目立とうとはしたが、今の現状ではむしろ悪目立ちともとれなくはない。
話しかけられるのも面倒である。
――とりあえずあの警察官サマにでも合流するか。まだ遠くには行ってないだろうし。
そう思いダリルは立ちあがると、アレクシスの向かった方向へと、先ほどよりも重く感じる身体を引きずり歩きはじめたのだった。
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