『夢/冒険』のはじまり
その場に残った桜庭、オズワルド、ダリルはしばらくアレクシスの去っていった方角を見ていたが、ふとダリルが先ほどのことを思いだして桜庭を見上げる。
「……で、どういうことですか。アレ」
「アレっていうのは?」
「僕がアンタらの仲間って嘘をついたでしょう。……別にあのまま放っておいてもらってもよかったのに」
「ああ、アレな……。そういやなんでだろうな」
「は?」
この日二度目の間抜けな声がダリルの口からもれでた。
彼はなんでとはまさにこちらのセリフと言ったところだろうに。といった表情で口を開けていたが、声にはださず桜庭の次の言葉を待っている。
一方の桜庭は問に答えるために少し考えていたようではあったが、すぐに諦めたのか破顔してダリルへと笑いかけた。
「なんとなく、あのまま君を放っておくわけにはいかないと思ったんだ。もちろん信じてもらえる保証はなかったし、アレクシスさんの事情も分かるけどね」
「なんとなくって……。いいんですかそんな適当なこと言って。相手は警察なんですよ」
「適当でもいいんだよ。俺がそうしないと――そうすれば『良い
「そうそう! それにダリルはもううちの職員なんだから、気にしなくていいんだよ。そんなこと」
オズワルドのその言葉に、ダリルがゆっくりと冷めた視線を向ける。
突然相手が会話に割りこんできたからではない。ただ聞き捨てならない言葉が聞こえたからで。
「……誰が、なんだって?」
「だってそうだろう? さっき先生が言った時に否定しなかったじゃあないか」
きょとんとした顔でオズワルドが答える。
さっきというのは、桜庭がアレクシスに対してハッタリをついた時であろう。
たしかに彼はダリルのことを『グランデ・マーゴ』の職員であると言ったが、そんなものはその場しのぎの言葉であり、だからこそダリルは肯定も否定もしてはいなかった。
「否定はしなかったですけど、肯定もしていないですよねぇ?」
「もちろんそうだ。だから今から否定してもらってもかまわない。別に僕たちもそんなことで怒りやしないからね。でも……」
オズワルドが顔の前で両手を合わせる。
「君、今無職なんだろう? 実は本格的に仕事をしていくためにも人手がほしいと思っていてね。本当にうちで働くのなんて……どうかな?」
「……もしかして。さっきわざわざ呼び止めて、人を殺しかけてまで話そうとしてた話ってそれですか」
「そうそう! 戦闘もこなせる若い人材が欲しくてね。血気盛んそうな君にはピッタリだと思うんだけれど。ちゃんとお給料もでるからさ」
「呆れた。結局マホウ目当てかよ……」
ずいぶんと乱暴で、遠回りな勧誘である。
ダリルは心底面倒だという顔でオズワルドの話を聞いていたが、様子をうかがうようにチラリと桜庭の顔を
それに気がついた桜庭は眉を八の字にして申し訳なさそうに笑った。
「なんかごめんな、ダリル。巻きこんでしまったみたいで」
「まったくですよ。異変解決屋でしたっけ? そんな明らかに怪しい仕事、僕は関わりたくは――」
面倒事は断ろうとダリルは口を開こうとしたが――一瞬のためらいの後に彼は口を閉ざす。
ダリルからしてみればどこか見透かしてくるようなオズワルドのことは気に入らないが、桜庭には何度か助けられた借りがある。
なにより
――それに、ここならもしかして……
たっぷりと時間を使い、彼は今度こそ答えを伝えるため口を開いた。
「……分かりました。今の僕は無職同然ですからね。特別にその話を飲んでやりますよ。ただし、期間限定ですからね。今日助けてもらった分を返すまでです」
「おお、本当かい! それでももちろん歓迎さ。気に入ってくれたら正式にうちで働いてくれてもかまわないからさ」
「まぁ、それは……考えときますよ」
「うんうん。本当によかった。よかったよ……。さっきうっかり殺してしまわないで」
ダリルだけに聞こえるよう、オズワルドは目元を歪めてこっそりと囁く。
しかしダリルはそれを無視して桜庭の方へと向きなおると、今度は礼儀正しくペコリと頭を下げる。
そして上げられた瞳からは、ようやく桜庭が今まで向けられていた警戒心が解けていたように感じられた。
「ということで、少しの間お世話になりますんで。公私共々よろしくお願いしますね。サクラバさん」
「こちらこそ、改めてよろしく。ダリル。俺は君のようには戦えない人間だけど……頑張ってサポートはするからさ。お互いに新人として頑張ろうな」
「ええ。お世話になっている間は頼りにさせてもらいますよ。……主に飯のこととか。そんじゃあ僕はこれで。詳しい話はまた後日聞きますから。疲れたんで今日のところはお先に失礼します」
「あれ? 僕には? 特に挨拶なし?」
オズワルドが自身に向けて指をさす。
しかしダリルは素知らぬ顔でスルーをすると、もう一度桜庭にペコリと頭を下げてからこの場を立ち去っていった。
きっと彼が帰る場所は、桜庭と初めて出会ったあのアパートなのだろう。
「――で、お前はどこからこうするつもりだったんだ」
「ん? なんのことかな、先生」
「なんのことってなぁ……お前、なんか最初から分かっていて彼を勧誘するつもりだっただろう。わざと泳がせるようなこと言って、戦って試すようなことまでしてさ」
呆れ顔の桜庭の問いかけに、オズワルドは思わず苦笑を返した。
「ははは。先生にはお見通しってわけだね。先生が初めてこの世界で友達を作ってきたのだから、これは招かないわけにはいかないと思ってさ」
「それ本当か? そんな理由で彼を巻きこむなよ……。あんなでっちあげのメモリーカードまで渡してさ。後でアレクシスさんに怒られても知らないぞ」
「あれは……まぁ、そうだねぇ。なにはともあれ、これでうちの事務所もさらに賑やかになったわけだ。次からは本格的に異変の解決にでも向かうとしようじゃあないか」
オズワルドはそう言うと、そろそろ無人となってしまった事務所へと帰るために飛び上がろうとする。
しかし……そうするよりも先に、彼の肩に桜庭が手を置いた。
まるで逃がさないぞ、とでも言わんばかりの威圧感を発して。
「終わった雰囲気出してるところ悪いが……別件でさっきの一連の危険行動と、公共物の破壊行為については俺から言いたいことがある。いくらここが俺の夢で、お前が世話になる上司とはいえ、毎度あの調子なんじゃ俺の身がもたないからな」
「あぁ……オーケイ、先生」
観念したようにオズワルドが目をつむり了承の意を返す。
その返事を聞いて、桜庭はなるべく視界に入れないようにしていた規制線の中の鉄くずに目を向ける。
そして自分が家に帰るのはもう少し後になるのだろうと思い、軽い頭痛を感じはじめるのだった。
「一日目からこんな調子だなんて……。俺、いつ現実に帰れるようになるんだろう」
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