嘘から出たまこと。嘘かと思えばまこと。
オズワルドが腕を振り下ろす。
間もなく放たれた風の刃は今からどうにかするには遅すぎて、しっかりと死の形を形成してダリルの元へと向かっていく。
そもそもなぜ自分はこの男と争っていたのか。くだらない理由だった気はするが、そんなくだらない理由で自分は死ぬのだろうか。ダリルの頭を後悔がよぎる。
もう避けられない。走馬灯すら見るような時間もない。ただ確実に迫るそれを見ることしかできないダリルは、これからくる一瞬の痛みに耐えるべく目をつむった。
しかし、そんな彼の目の前に影が差しこみ、次の瞬間。
「ストーーーップ!」
「ちょ、先生!?」
焦った声でオズワルドが空気を掴むように手を握り、ダリルの前に立ちはだかった桜庭の目と鼻の先で風の刃は消失した。
「せ、先生! 君はいったいなにをしているんだ。危ないだろう!」
「危ないのはお前の方だろ! 話し合いすらまともにできないのか!」
「……ははは、さすがにこれは冗談だってぇ。……だって彼が君を虐めたり、僕を撃ったりおちょくったりするもんだから苛立っちゃって」
「冗談って。もう殺す直前だったじゃないか……」
呆れたように桜庭がそう言い、ダリルの方へと振り返る。
「ダリル、大丈夫か? オズがやりすぎたみたいで申し訳ない。どこも怪我とかしてないか?」
「ああ、いえ……。別に僕は大丈夫ですけど……」
困惑したようなダリルが桜庭に手を引かれ立ち上がる。
チラリと桜庭越しにオズワルドを見れば、彼はすでに戦う気もないらしい。黒い瞳を空へと向けて、眠そうに大あくびをしていた。
しかし間もなくして、オズワルドはなにかに気がついたのか「あっ」と短く声をあげて。
「あー……やっぱり来たか」
とだけ呟いた。
つられるようにして桜庭とダリルもそちらへと目を向ければ、サントルヴィルの街中からなにかが飛来していることが分かる。
鳥にしては大きく、飛行機にしては小さい。
それは飛行するにしてはかなりのスピードで、数秒で形が分かるほどに三人の元へと近づいてきていた。
「――おい。これはまた貴様の仕業か、スウィートマン」
その飛行物体――背中に大きな純白の翼を生やし、警察官の制服を着た金髪の男が。眉間に皺を寄せ、空色の三白眼をさらに鋭くしながらオズワルドへと問いかけた。
「やぁアレクシス。今日もまた一段と早い到着だねぇ。通報でもあった?」
「俺の質問の答えをまだもらっていないが……まぁいい。ついさっき近隣住民から怪しいヤツらが暴れていると連絡があってな。特徴と被害状況を聞いてピンときたから、死人が出る前にと思ってすっ飛んできた次第だ」
「かなり言いがかりだし、すっ飛んできたにしても早すぎるでしょ。それで僕の顔が思い浮かぶって……僕のことをなんだと思ってる?」
「武器もなしにそこの街灯を真っ二つにするような奴が常人だと思うか? 思うのならば、この世界のほとんどの人間は貴様にとって下等な生物なんだろうよ」
「僕がやったって決めつけないでよ」
オズワルドが不満げに抗議をするが、それを聞き流しながら警察官の男――アレクシス・マードックは地面に転がる男たちに目をやる。
「コイツらは」
「あぁ彼らね。どうやらアレみたいだよ。最近はやりの連続暗殺事件の犯人」
「ほう。こちらでも情報はある程度掴んではいたが……それが間違いないのなら
アレクシスが地面へ着地する。
彼は翼を畳み、桜庭たちの方へと視線を向けると、
「さっきからこそこそしている貴様らはなんだ。まさかこの事件の関係者か」
「えぇと……僕たちのことですかねぇ?」
「他に誰がいるというんだ」
「はは、たしかに」
しらばくれようとダリルが愛想笑いをするが、当然だというように片眉を上げてアレクシスが返答をする。
そもそも
――それは困る。こっちはアイツとの
もともと雲隠れをしようとしていたのだ。今更どう逃げたって変わりはない。
先ほどの反応を見るに、桜庭を人質にすること自体はオズワルドには有効だろう。アレクシスの戦闘力については未知数だが、ダリルのマホウを知らない今ならば不意をつくことができる。
――やってやる。
まさにこのままでは一触即発。
しかしダリルが手元へとナイフを生成しようとしたその時――それまで聞き手に回っていた彼は、おそるおそる「あの……」と遠慮がちに声をあげたのだった。
「アレクシスさん……でしたよね? 実は俺
「は……」
突然の桜庭の言葉に、ダリルは思わずポカンと口を開ける。
――まさか、この状況でもまだ、僕を助けようとしている?
出会ってまだ二日の自分にそこまでの義理があるとは思えない。
そうダリルが一人混乱をしている間にも、アレクシスは桜庭の言った言葉を鼻で笑って
「馬鹿を言え」
アレクシスの三白眼がチラリとオズワルドへと向けられる。
「この男のことは前から知っているが、とてもではないが他の奴と仲良く協力ができるような奴じゃない。それにこの犯人共……えらく綺麗な状態で転がされているが、睡眠薬か麻痺毒でも飲ませられているのか? 仮にスウィートマンが相手をしたとなれば、首を
「酷いなぁ、アレクシス。僕がそんなことするはずないじゃないか。それじゃあ二人がやったとでもいうわけ?」
「ちがうのか? おおかた、その二人の両方か片方が襲われているところに貴様が無理くり介入でもしたんだろう」
まったくもって、そのとおり。
その場しのぎの言葉が警察相手に通用するはずもなく、オズワルドは困ったように笑顔をつくる。
「うーん、君は鋭いねぇ。それじゃあこれで手を打ってよ」
オズワルドはそう言って、懐から一つのメモリーカードを取り出すと、アレクシスに向けて投げわたす。
時を同じくして、彼の背後にはアレクシスを追って数台の警察車両が到着していた。降りてきた警察官たちの手によって折れた街頭には規制線がはられ、地面に転がるアーロンたちが回収されていく。
「スウィートマン。なんの真似だ。これは」
「
堂々とした態度でオズワルドが言うが、これも作り話であろうとアレクシスは推測を立てる。
狡猾で口先から生まれてきたような男だ。たまたま持っていたものをそれっぽく言っただけで、本物である確証はどこにもない。
いらぬ時間をとったとアレクシスはメモリーカードをオズワルドに返そうとするが、オズワルドは意地の悪い顔で笑いかけた。
「君がどこまで信じるかは知らないけれど、少なくともそのカードの中身に関しては本物だよ。宣言する。それを踏まえて返すって言うなら拒否はしないけれどさ」
オズワルドの物言いに、アレクシスは動きを止めて相手を睨みつける。――どうやら嘘をついている眼ではなかった。
やがて彼は舌打ちをすると、かたわらでアーロンたちを運ぶ警察官の中の一人を呼び止めた。
「オーウェン! これをクィンシーのところへ回せ!」
「えぇ、声でか……。俺ですかぁ? いつもみたいに自分で持っていけばいいのに。昨日二人が喧嘩してたこと、俺は知ってるんですからね」
「つべこべ言わずに今すぐ持っていけ」
「もう、分かりましたよ。先輩は人使いが荒いんですから……ちゃんと仲直りしてくださいね」
オーウェンと呼ばれた茶髪で細身の男は面倒臭そうにメモリーカードを預かると、袋の中に入れ、丁寧にチャックを閉めてからカバンへとしまう。
彼は一礼をしてその場をあとにすると、警察車両へと乗りこんで現場から一足先に去っていった。
「で、どうなの? アレクシス」
「なにがだ」
「二人をこれ以上疑うのかって話」
ズイと顔を近づけてそう問いかけるオズワルドにアレクシスは今日一番の不快感を顔にだす。
少しの間考えこんでいた彼は、やがて渋々といった様子で大きな溜め息をついた。
「……まぁ、今回は貴重な
「おっ。まさかよくやったって褒めてくれる感じ?」
「調子に乗るな、スウィートマン。よくやったとは言わん。貴様の顔を立ててやっただけだ」
そう言うとアレクシスはくるりと三人に背を向けて、再度大きな翼を惜しみなく広げると空へと飛び立つ。
しかし彼はなにか思いだしたように一度地上へ目を向けると、顔をしかめて規制線の内側へと手袋をはめたままの人差し指を向けた。
「それとスウィートマン! アレについての請求はまた後日書類をださせてもらう。とぼけてくれるなよ」
「げっ。忘れてくれなかったか」
のんきに手を振って見送ろうとしていたオズワルドが表情を固める。
それを一目し、アレクシスは初めて口元に人間らしい笑みを浮かべると、元来た空へと飛び去っていくのだった。
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