到着、ウッドハウス家

 フォイユ村の人々が自給自足で生活しているという話はどうやら本当だったらしい。

 もちろん全部が全部というわけではない。それでも桜庭たちが歩いている間にも八百屋に酪農家、中には魚屋にいたるまで、この村には彼らが思っていた以上の商店が並んでいた。

 このことをエマに尋ねたところ、どうやら近隣にはいくつか小さな街や村が存在しているらしい。魚などのこの辺りでとれないものは、そういった地域との交易によってまかなっているとのことだった。


 ――そういえばダリルの姿を見かけなかったけど、煙草吸うのにどこまでいったんだろう。こりゃあ探す時に苦労しそうだな……


 さすがにこんな土地で迷子などはやめてほしい。

 桜庭が心配そうに辺りを見回しながらついていく、店よりも住宅が増えてきた一角にて。『ウッドハウス』と書かれた表札のかかった家の前で、ようやくエマが立ち止まった。


「さぁて、オズ、サクラバさん。到着したわよ!」


「へぇ……。エマの家って大きいんだねぇ」


 オズワルドがそう言ってエマに続いて門をくぐる。

 他の家と比べても少し外観が大きく見えるその家は、これから桜庭たちが上がったとしても狭さを感じさせることはないだろう。

 家の大きさに見合うほどの整備が行き届いた庭にも、村の中と同じように色とりどりの花たちが寄り集まっていた。


「この辺りの家もみんなこんな感じなのよ。なんでも昔は村全体が街と街とを繋ぐための中継地点だったらしくて、宿泊地として使われていたらしいの。大きい家はその頃からの名残りがあるって感じかな。部屋もたくさんあるし……よし。さぁ入って入って!」


 エマは玄関の鍵を開けると、急いで来客用のスリッパを二組用意して桜庭とオズワルドを招き入れた。


「お邪魔します」


「すごい。僕誰かの家に上がらせてもらうのって初めて!」


「ちょ、こらオズ。はしゃぐのはいいけど靴は脱いだらそろえろ!」


 まるで初めて友人の家に上がりこんだ子どものような反応のオズワルドに、桜庭はやれやれといった面持おももちで代わりに彼の脱ぎ散らかした靴をそろえる。

 それを見たエマはくすりと笑って廊下の奥を指でさし示した。


「オズが喜んでくれてよかったわ。とりあえず空き部屋が二階に二つと一階にも一つあったはずだから、今日は好きに使ってちょうだい。一人だけ階が別になってしまうけれどよかったかしら?」


「それなら僕は一階にさせてもらうよ。ここでいいのかな?」


「うん。サクラバさんは二階だから案内するわね」


「ああ」


 一階を選んだオズワルドと別れ、エマに連れられ桜庭は二階へと階段をあがっていく。

 二階の廊下からは四つの部屋に繋がるようにできており、そのうちの二箇所を彼女に案内される。

 案内された部屋の中にはベッドや簡易的なキャビネットが置いてあり、桜庭が現実世界で民泊を経験した時のことを思い起こさせた。


 ――エマが言ってたとおり、どうやら宿泊地の頃の名残りはあるみたいだな。


 ここまで宿泊施設のようなものは見えなかったことから、もしかすれば他の家にもこういった機能は残っているのかもしれない。と桜庭は一人納得をする。

 村一面の花や自然のごとく、貴重な民泊体験を売りにだせば観光地化も夢ではないかもしれないが――そんな話は野暮なものだろう。

 仮に実現しようとしたとしても、問題の人を飲みこむ森の件が残っている。まずはそれを解決しないことには、安心して事業を提案するわけにもいかない。


「こっちは俺とダリルが使うとして、残りの二部屋は?」


「ここは私のお部屋で、隣はお父さんのお部屋よ」


「ああなるほど。……そういえばエマのお父さんもマホウツカイなんだよな。今は家にいないみたいだし、村でもそれらしい人は見かけなかったけどどこに――」


 と、聞きかけた桜庭の表情が固まった。

 それはエマの方も同じで、彼女は乾いた笑い声をあげると小さく一歩、後ずさった。


「そ、それじゃあお客様もいらっしゃったし、日が暮れる前に私は夕ご飯のお買い物に行ってくるわ! すぐに戻ると思うから、サクラバさんたちは少しくつろいでいて!」


 まくしたてるようにそう言って、逃げるがごとくエマは階段を駆け下りていく。

 なにか、地雷を踏んでしまったのだろうか。

 桜庭は思わず小声で「い、いってらっしゃい……」とだけ聞こえていないであろう相手に向けて声をかけるが、すでに後の祭り。

 すぐに持ってきていた荷物のことを思いだした彼は、ただ突っ立っているわけにもいかないと、借りた一室の中へとカバンを置いて荷物整理をはじめた。



□■□■



 買ったばかりの着替えや買ったばかりの歯ブラシセットなど、しばらく桜庭が荷物を整理して、フォイユ村の風景をメモに書き留め終わった頃。

 階段をおりてオズワルドの案内された部屋を覗くと、彼は楽しそうに鼻歌をまじえながら、床に座って桜庭と同じように荷物の整理をしていた。


「ふんふん〜。お片付け〜お片付け〜」


 オズワルドの部屋も桜庭の部屋と同じく、ベッドとキャビネットが置かれた客人向けの部屋であるらしい。

 すると背後でドアの軋む音に気がついたのか、オズワルドが振り返った。


「ああ、いたのかい先生。さっき玄関から誰かが出入りしていたみたいだけれど」


「エマが夕飯の買いだしに行ってくるってさ。彼女が帰ってきたら俺もダリルを探してくるよ。もう暗くなるし、消えた人たちのことは気がかりだけど……森の調査は明日にするか?」


 そう桜庭が問いかければ、オズワルドはチラリと窓の外を見てからうなづいた。


「そうだねぇ。夜の森は危険だし、明日にしようか。まずは実際に森の中に入って、消えた人間たちの痕跡を探すとでもしよう。あの森の中に原因があるはずなら……きっと僕たちの身にも何かが起こるだろうから」


「縁起でもないこと言うなよな」


「縁起でもない方が先生はお好みだろう?」


「……人聞きの悪い奴だな。お前……」


「へぇ、否定はしないんだ」


 部屋の入口にもたれかかった桜庭が苦笑いを浮かべる。

 その反応に満足したのかオズワルドは優しく風を巻きあげて荷物を部屋の隅へ寄せると、ベッドへと腰かけて桜庭を見上げる。


「……で、先生はさ。どう思う? あの森のこと」


「どうって……。森は森だろう」


「そうじゃないよ。ここまで来る間になにか感じなかったかい? 邪悪なオーラとか、これは危険な怪物が住んでいるぞ! とか」


 邪悪なオーラとは。ゲームのように黒いもやでも出てるというのだろうか。

 もちろんそんなもの、見た覚えはない。


「そんなの素人の俺に分かるわけが……あ」


「なにかあった?」


 と、そんな時。

 なにかを思いだした様子の桜庭にオズワルドが問いかける。


「そういえば……列車に乗っている時に目が合った気がする」


「目が合ったって……誰と?」


「木と」


「木」


 思わずオズワルドが桜庭の言葉を復唱する。

 彼は一瞬言葉の意味を探しあぐねていた様子だったが、すぐに諦めたのか「木ってあの植物の木?」と答えを問いただした。

 もちろん植物であって、オーラではない。


「あの森の中心にあるデカいやつだよ。御神木……だっけ? 実際にあれに目があるってわけじゃなくて、なんかこう……こっちを監視していたところにちょうど視線が合ったって感じで……」


「ふぅん」


「お前が聞いてきたんだから、もう少し興味をもってくれ……」


「だって言われても実感がわかないんだもん」


 オズワルドがヘラリと笑い、もう一度窓の外の御神木に目を向ける。

 列車の中や村へ来るまでの間よりも近くに迫ったその森は、夕日に照らされてより不気味にその存在をしめしていた。

 森自体が村の近くに位置するためか、御神木の方まではよくは見えない。しかしこの距離からでもあの木の先端がのぞいていることから察するに、それがかなりの大きさであると改めて実感することができる。


「でも、先生が怪しいと思ったってことは、その木になにかあると見ても間違いはないだろう。明日はそこを目標に歩いてみようか」


「本当に? 俺の思い違いってこともあるだろうし、決め手には欠けると思うんだが」


「なにを言っているんだ。前にも言っただろう。この世界は先生が主役、つまりは都合のいいようにできているんだぜ? それなら先生が怪しいと思うものは怪しいに決まっているさ」


「うーん、お前が言うとなんか嘘くさいんだよなぁ……」


 他に手がかりがないのならば、そうする他ないのだが。

 疑うような桜庭の視線に、愛想笑いでオズワルドは答えを返した。

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