フォイユ村の少女、エマ

 面倒臭そうに少女に手を引かれて歩くダリルの後ろに桜庭とオズワルドが並び、一行はそう広くはない村の中をズンズンと進んでいく。

 しかし広くはないといっても民家は所々に並ぶように点在しており、外からの客人が珍しいのか道ゆく際に人々の視線が四人へと集まるのは必然であった。

 とはいっても、その視線も敵意や警戒を感じさせるものではなくて。


「あらエマちゃん! そんな色男三人も連れてどこへ行くの?」


「こんにちはおば様! 泊まる場所を探していてお困りだったみたいだったから、今夜は私のお家に泊めてあげるの!」


「エマちゃん! 今日もエマちゃんのために、新鮮な野菜、まだとっておいてるよ!」


「ありがとうおじ様! ちょうど買いにいこうと思っていたの。お客様をご案内したら後で向かわせてもらうわ!」


 エマと呼ばれた少女は声をかけられるたびに笑顔で空いた片手を振り、村の住民に挨拶をしながら三人を先導していく。

 つられて手を引かれたままのダリルも頭を下げ、彼は村人へとしなくてもいい会釈えしゃくをしつつエマの歩幅に合わせてトコトコと後ろをついていっていた。


 ――ダリルもああは言ってたけど、とりあえずは大丈夫そうだな。


 一方の桜庭は、初めて訪れるサントルヴィル以外の場所に少なからず気分を高揚させていた。


 ――失踪事件のあいつぐ森の近くって聞いてたから、どんな現状かと思ってたけど……生活自体に支障が起きているわけじゃないみたいだな。よかった。空気も美味しいし、それこそどこを見ても花がたくさんあって、目にも楽し……


「ん?」


 ふと、村のあちらこちらに咲く花の存在に桜庭が目を止める。

 家と家との間を避けて、舗装ほそうされた道の端を埋めつくすように咲き誇る花々。それらはかつて現実世界で行楽地として紹介されていた花畑を連想させた。

 写真やテレビで見たものに引けをとらない彩り。

 しかしこの光景にどこか引っかかるところがあるのか、桜庭は歩くスピードを緩めると隣を歩くオズワルドに向けて疑問を投げかける。


「なぁオズ。やっぱりこの村、やけに花が多くないか?」


「そうだねぇ。自然が豊かでいいことじゃあないか」


「たしかに綺麗ではあるけどさ。普通こんなに咲くものかな? なんというか……咲きすぎなんじゃないかって思うんだけど」


「僕はお花畑みたいでいいと思うけれど。先生もこういうのは嫌いだったっけ?」


 ダリルの時といい、なぜこの男は嫌いな前提で話を進めるのか。


「そんなことないよ。むしろ好きな方なんだけどなぁ。だってこの村、思ったよりも人が住んでいるだろう? それにしては綺麗すぎる気がしてさ。いくら手入れをしているからって、普通はここまで整えてキープするのは難しいと思うんだけど……」


「まぁ、よく気がついたわね!」


 視線を前方に戻した桜庭の目の前へ、エマがひょっこりと顔をだす。

 後ろをついてくるペースが落ちた桜庭とオズワルドを気にしてか、少し先を行っていたところを戻ってきたらしい。

 エマの後ろで待機しているダリルは、やっと解放されたと言わんばかりに大きく伸びをしては花の間を飛び回る蝶を目で追っていた。


「アナタたちの目の前にある村のお花はね、昔から私とお父さんが二人で育てている子たちなのよ。村の端から端までが全部そう!」


「へぇ。そりゃあすごい。これ全部を世話しているだなんて、よっぽど暇なんですねぇ」


「ちょっと、暇ってなによ! 毎日毎日、一日がかりでやってるわけがないでしょう!」


 悪びれなく言うダリルに、エマが振り返り食ってかかる。

 だが彼女は一転、イタズラが成功した子どものようにニッと笑うと、腰に手を当てては偉そうにふんぞり返った。


「ふふん。でもそんなこと言っていられるのも今のうちよ。聞いて驚かないでよね。……なにを隠そう、実は私とお父さんは、この村ゆいいつのなのです!」


 こんしんのキメ顔でそう言い切ったエマ。

 しかし一方のダリルは表情を一つも変えずに「へぇ」とだけ返事をすると、「……で?」と最低限の会話のキャッチボールを返した。

 その反応が意外だったのか、エマは頭にハテナマークを浮かべて慌ててダリルにつめよる。


「『へぇ』って、それだけ?」


「はい? もう少し驚いた方がよかったですか? 聞いて驚くなって言ったのはそっちでしょう」


「そりゃあだって、村のみんなからはすごいねって褒められるし……」


「へぇ」


「もうそればっかり!」


 エマがなんと言おうと、ダリルは片眉を上げて気にもとめない顔。

 桜庭にはなんとなく分かる。今のダリルは完全に悪ノリをしている顔である。


「こらこら、すぐに人を煽ったりからかったりするのは君のよくない癖だよ。ダリル。この前もそれで酷い目にあったばかりじゃないか」


「酷い目にあわせた張本人がそれを言います?」


 なかば反応を面白がって答えるダリルとむくれるエマを見かねてか、オズワルドが仲裁に入る。

 しかし彼はそんなオズワルドをジトリと睨みつけると、三人に背を向けてひらひらと片手を上げた。


「あー、なんかイラッときたら煙草吸いたくなってきました。別に手荷物もないし、僕はしばらくこの辺ぶらついてるんで。時間が経ったら迎えにきてくださいね。サクラバさん」


「え、俺?」


 彼は桜庭を指名すると、道端の花々にはすでに目もくれずにふらりとどこかへ行ってしまった。

 オズワルドも特に止めるつもりはないのか、「しょうがないなぁ」とだけ呟いてエマの目線に合うように少し腰を落とす。


「いやぁごめんね、エマ。さっきの話だけれど……実はダリルもマホウツカイなんだ。だから彼にとっては、君がマホウツカイであることもさほど驚くようなことではなかったのかもしれない」


「まぁ、そうだったのね。でも私とお父さん以外のマホウツカイだなんて……私、初めて見たわ! もしかしてアナタもマホウツカイ? どんなマホウが使えるの?」


「僕はそうだなぁ……こうやって空中に浮いたり、自由に風を吹かせたりすることができる」


「すごい! 空が飛べるだなんて、本物の魔法使いさんみたい!」


 オズワルドがふわりと空中に浮かび上がるのを見て、エマが感嘆の声をあげる。両手を伸ばしてキラキラと輝く瞳からは、本気で彼を賞賛していることが見てとれた。


 ――本物の魔法使いさん、ね。先生と同じようなことを言うもんだ。


 それに気をよくしたのか、オズワルドは片手をヒラリとあおぐような仕草で空気中に簡単な命令をおこなう。

 すると辺りを吹いていた風がエマの足元へと集まり、彼女を空中へと押し上げた。きっと、初めて桜庭がオズワルドに出会った時と同じようなものなのだろう。


「すごい……!」


 エマの視界がひらける。花。森。三角のお屋根に、大好きな村人たち。空を飛ぶ小鳥たちが見るフォイユ村は、こんなにも素敵な色をしていたのか。

 エマは慌ててバランスをとり体勢を直すと、両腕を広げて瞳を輝かせながら桜庭を見下ろした。


「見て見て! 私お空を飛んでいるわ!」


「本当だ。よかったな、エマ」


「アナタはマホウが使えないの?」


「あぁそうだ。だから俺は君や……オズやダリルがすごいと思うよ。そういえばさっき、この花たちは君とお父さんが育てていると言っていたけれど、それが君のマホウに関係しているのかな?」


「えぇそうよ」


 オズワルドに片手を預け、ゆっくりと地上へと着地をしたエマが桜庭へ右手を差しだす。

 すると彼女の桃色の瞳がマホウツカイのマホウの発動を知らせる色の変化――黄緑色に輝き、その手のひらには、先ほどまではなかったはずの小さな白色の花が包まれていた。


「これが私のマホウ。私はこうやって、自由にお花を咲かせることができるの。とっても素敵でしょう?」


「すごいじゃあないか! 無から何かを生みだすマホウはあれど、こうやって一つの生命を生みだすマホウっていうのはなかなか簡単なことじゃあない」


 手を叩いて賞賛をするオズワルドに、エマは照れたようにはにかんだ微笑みを返す。


「えへへ、ありがとう。オズワルドさん」


「オズでかまわないよ」


「分かったわ、オズ。でもまだまだこうやって少しずつ咲かせることはできても、一度にたくさんはできないの。――小さい頃に亡くなったお母さんとの約束。いつかは世界中を回って、誰もが驚くくらいの大きな大きなお花畑を作ることが、私の夢の一つなのよ」


 彼女はそう言って手にした花を近くの花壇に植えこむと、二人へと振り返った。

 きっと、他の花々もこうして彼女が一本ずつ植えたものなのだろう。そう思えば、この村一面を埋め尽くすほどの色彩は並大抵の努力でできたものではないのだと思い知らされる。


「こうやって村中綺麗に彩られていたのは、君のおかげだったんだねぇ。ここまでやれたんだ。きっと頑張って練習すれば、いつかはその夢も叶うはずさ」


「えぇきっと! その時はオズもサクラバさんも、あとはダリルさんも。きっと見にきてよね」


「約束するよ、エマ」


「ああ。俺も楽しみにしているよ」


 そう話している間にも日は少しづつ傾きはじめ、青さを失いはじめた空へと目を向けたエマが「あっ」と声をあげる。


「大変、お日様が傾いてきたわ! この村は街灯があまりなくて夜は暗くなってしまうの。皆さんもお疲れでしょうし、早くうちまで急ぎましょう! 」


 彼女の言うとおり村の中には街中に比べて街灯の数が少なく、夜になれば頼りになるような灯りはほとんどなくなってしまうだろう。

 エマが二人の腕を引っ張り先へ進むようにうながすと、桜庭とオズワルドもお互いに顔を見合せた後に笑顔でこたえる。

 そして一行は彼女の家へ向けて再び歩きはじめたのだった。

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