案外、彼って良い子ちゃんなのかもしれない
桜庭とオズワルドの話が一段落したところで、タイミングを見計らったように玄関のドアの開く音が二人の耳に届いた。
ついで女性が誰かと話しているような声を聞きとり、桜庭がひょっこりと廊下を覗きこむ。
「エマが帰ってきたのかな」
それならば時間的にもぴったりである。
桜庭の後にオズワルドがつづき、二人は音のした玄関の方へと向かう。
どうやら桜庭の予想は正解のようであった。
「ただいま! お出迎えなんて嬉しいわね。ありがとう、サクラバさん、オズ」
「……どーも」
「おかえり、エマ。ダリルといっしょに帰ってきたのか?」
出迎えにでた玄関には、両手で紙袋を抱えたエマと同じく、紙袋を抱えてムスッとした表情のダリルが立っていた。
桜庭の問いかけに対し、ダリルは片手でエマを指さすと。
「コレに途中で捕まったんですよ。おかげさまで僕の短い自由時間は強制終了です」
「だって男の人が三人もだなんて……どれだけ買えばいいか分からなくて、ついつい買いすぎてしまったんですもの! そうしたらちょうどいいところに暇をもて余してるみたいだったから、お手伝いをしてもらったのよ」
「ただの荷物持ちですけどねぇ」
「それが立派なお手伝いなんですー! 言い方を悪くしないでよ。……それじゃあすぐに夕ご飯の支度始めちゃうから、サクラバさんたちはお部屋でのんびりしててちょうだい」
どうやら料理の方の手伝いは必要ないらしい。
他人の家の台所の勝手など分からないのだ。かえって邪魔になってしまうのならば、エマの言葉に甘える方がいいだろう。
「分かったよ。俺たちは部屋に戻ろうか、オズ」
そう言って桜庭がオズワルドの肩を叩く。
一方で。
「ダリルさんはこっち。重いけどもう少しだけ我慢してちょうだいね」
「別にそこまで重くないですよ。なんならアンタのも持ちますけど」
「ふふ、いいのよそんなに強がらなくて! キッチンはすぐそこなんだから大丈夫。ほら早くついてきて!」
「……いや、別に強がったりはしてないんですけど」
彼女はダリルのことを、小さな子どもかなにかと勘違いしているのだろうか。
口では文句を言いつつもエマにつづいてキッチンへとついてくダリルは、案内されたテーブルの上に紙袋をおろす。
エマはすぐに紙袋の中身を漁ると、牛乳の入った瓶と人参やジャガイモなどの野菜を取りだし、次々とテーブルの上に並べていった。
「重かったのにありがとう。助かったわ! それで夕ご飯はご近所さんから新鮮な牛乳とお野菜をいただいたから、シチューにしようと思うのだけれど。ダリルさんもそれでよかったかしら?」
「僕は別になんでも……」
「なんでもはなし!」
「じゃあそれで」
実際になんでもいいというのに、なにがいけないのか。
しかしエマは手洗いを済ませるとにっこりとダリルに笑いかけた。
「オッケー! できたら呼びにいくから、それまでサクラバさんたちと待っててちょうだい。トランプとかするかしら?」
「僕たちのこといくつだと思ってるんですか……。やりませんよ」
面倒臭そうにダリルが返事をし、キッチンをあとにする。
後ろからエマの「ダリルさんのお部屋は二階にあるから!」という声を聞いて階段をあがれば、それに気がついたのか部屋に戻っていた桜庭が顔をだす。
「ああ、おつかれさまダリル。君の部屋はこの隣の部屋だって」
「ありがとうございます。あの人は?」
部屋の中には桜庭しかいない。
この時にさすあの人とはもちろん。
「呼んだかい?」
「……別に呼んでませんけど」
突然背後に音もなく現れたオズワルドに、ダリルが首だけで振り返り睨みをきかせる。
元々急いで家を出たために手荷物も少なかったダリルは、今のところこれといって部屋に置きにいくものもなければ、昼寝をするような気分でもない。
行き場に迷った彼は少し考えた末に、桜庭の部屋へズカズカと入り窓辺に位置を陣どった。
「うーん、ダリルさ。もしかして、まだ僕のこと嫌いだったりする?」
「アンタは自分のことを殺そうとした相手を好きになれると思います?」
「……まったくもって、身に覚えがない言いがかりだなぁ。僕傷ついちゃう」
その間が身に覚えのある証拠である。
わざとらしくオズワルドが泣きマネをするものの、それを見て眉間の皺を深くしたダリルが、懐から煙草の入った箱を取りだす。
彼は窓を開けるとライターで煙草の先端に火をつけ、肺にたっぷりと煙を入れては外に向けて吐きだした。
「おいおい、ここ他人の家だぞ」
「なに言ってるんですかサクラバさん。窓も開けてるんですし、大丈夫でしょう。荷物持ちしたんですからこれくらいは大目に見てもらわないと」
ダリルがニヤリと笑って窓枠に右腕を乗せる。
やれやれと桜庭がベッドの端に腰を落ちつけると、ダリルにつづいて部屋にやってきたオズワルドもその隣に腰を下ろした。
彼は先ほどのダリルの言葉などすでに気にもしていないといった顔で、物珍しげに彼が煙草を吸う様子を眺めている。
しかし煙の臭いがお気に召さなかったのか、顔をしかめて弱い風を吹かせては部屋の換気をうながした。
「それでダリル。村の中はどうだった? なにかいいものでもあったか?」
「特にこれといっては。村中どこに行っても花だらけですし、外の人が珍しいのかその辺歩いてるだけで話しかけられまくりですよ。……あぁ、でも一つ面白い話は聞きましたけど」
「面白い話?」
そう言われれば気になってしまうのが人の
だが……面白いという言葉とは裏腹に、ダリルの表情は曇ったものであった。
「いや、今回の調査の件についてなんですけどねぇ。列車に乗ってる時に話していたでしょう。最初にいなくなったのは森に精通していた人間だったって。……どうやらあれ、エマのお父さんのことらしいんですよ」
「エマの?」
桜庭の問いにダリルはコクリとうなづく。
彼はポケットから携帯式の灰皿を取りだすと、その中に煙草の灰を落とした。
「あの子、自分とお父さんが村の唯一のマホウツカイって言ってたじゃないですか。だからそのことについて村人にそれとなしに聞いてみたら、数日前に森の御神木の様子を見に行ったきり戻らなくなってしまったみたいで」
「あー……だからさっき父親の話を振った時に逃げていっちゃったのか……。話の振り方には気をつけないとな」
ついさっきのエマの様子を思いだすかぎり、あの話題はやはり彼女にとってよくないものだったのだろう。
しかし重い表情をする二人とはちがい、オズワルドはパチンと指を鳴らすと、どこか喜ばしげに桜庭に鳴らした指を指し向けた。
「でもビンゴじゃないか先生。やっぱりあの木にはなにかあるってことなんだよ。君の予想は正解だったってわけだ」
「なんだ。すでに目をつけていたなら話は早いです。今日は遅いし、どうせ夜が明けてから行くんでしょう? 明日はまっすぐにそこを見に行くことにしましょうか。……サクラバさん?」
不思議そうに自分を見上げる桜庭の視線に気がつき、ダリルが首をかしげる。
今までの会話で、なにかおかしなところでもあったのだろうか。
「いや、意外だなと思ってさ。最初にオズが勧誘した時、ダリルはあんまり乗り気じゃなかっただろう? さっきも一人でどこかに行っちゃったから、てっきりこの調査にも興味がないのかと思ってたよ」
彼が不思議がっていたのは、ダリルの話の内容でも、森のことでもなく、ダリル本人のことであった。
ダリルは少し気まずそうに視線をそらすと、先ほどよりも小声になりながらごにょごにょと口ごもって答える。
「ああ……まぁ、仮にも人命がかかっているかもしれないお仕事ですしねぇ。……それにこの前は色々と助けてもらったりもしましたから……」
「なんだって?」
「なんでもありません」
ダリルは誤魔化すように小さく笑い、窓から吹きこむ冷たい風を感じながら、もう一度深く煙を吸いこんだ。
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