よろしく、出来損ないの世界。

 解決屋……と言われたところで、桜庭はイマイチピンとはきていなかった。

 そもそも日常生活を送る中でそういった職種の人間に世話になったことがない。イメージとしては何でも屋などに近いのだろうか。


「最初に言ったとおり、僕らの仕事は世界を救う仕事……まぁ、それはおおげさに言えばなんだけれど。そう認識してもらってかまわない」


「世界を救うって言われると、悪者を倒したりするようなイメージがあるけど……」


「うーん、まぁ半分正解ってところかなぁ。言っただろう。ここは解決屋だ」


 オズワルドが眉尻を下げて笑う。


「この世界のどこかで起こった異変や事件……その多くには、マホウツカイやマジュウが関わっていることが多い。それらを調査し、解決に導くのが僕『グランデ・マーゴ』の仕事なんだ。その過程で悪いマホウツカイやマジュウなんかと戦うことはある」


「異変や事件の解決ねぇ……。ん、まてよ。それって俺が世界を記録することと、どう関係があるんだ?」


 今の話では、先ほどオズワルドが語っていた桜庭の役目についてがまるで触れられていない。

 道筋の見えない話に桜庭が疑問を抱くのは当然であった。


「ふふ、いい質問をするねぇ先生。実のところ……今の話はすべて前座にしかすぎないんだ。真打しんうちである君の活躍を、より良くするためのね」


「真打って、ただの作家の俺がか? そんなたいそうな言われをするほどの存在ではないんだが……」


「なにを言っているんだい。ここは君ので、君が主役となるんだから当たり前だろう。先生には記録係として僕といっしょにたくさんの異変や事件の解決冒険をしてもらわないと」


「冒険、ねぇ……。たしかに魅力的な響きだけど、俺は具体的になにをすればいいんだ? 記録ってことは……なんかレポートとか書くんだよな。聞きこみとかしてまとめる書記係みたいなものか?」


 夢の中でまで書き仕事とは。

 しかしここがそういう夢である……そう言われれば自分が今ここで、美味しそうに砂糖水を啜るおかしな男の話をマジメに聞いている状況にも納得がいく。

 もとより、なにを提案されたとしても受け入れる他に選択肢はないのだ。桜庭はこの夢から覚めることはできず、オズワルドの他にすがりつくあてもないのだから。

 しかしオズワルドの口から発せられた回答は、意外なものだった。


「あー、いや。似てるけどちょっと違う。ここに来る前にもチラッと言ったけれどね……実のところ記録ってのは、君がこの世界をその目と耳で、感じてくれればそれだけで十分なんだ。そうすれば自動的に先生が見聞きした全ての事象は、この世界の『図書館』へと記録される。その図書館が君の記録で埋め尽くされた時が……君が現実へと目を覚ます時ってことなのさ」


「なるほど。それがゴールってことか。イメージ的には俺の目と耳がビデオカメラみたいになる……って感じなのかな。ちなみにその図書館ってどこにあるんだ?」


「それは秘密」


 どうやら教える気はないらしい。

  記録の仕組みについては桜庭は分からないが、マホウという概念がある世界だ。そういう『特別』な記録の仕方があるのだと言われれば、そうなのかと納得する他ない。

 だが一方で、オズワルドの話を聞いて、桜庭はこの世界に少し楽しみな部分を見いだすことができていた。

 オズワルドが言っていたように、異変解決屋の仕事はその名が示すとおり異変や事件の解決。その中で悪いマホウツカイやマジュウと戦うこともある。――ということは。


 ――それって、俺が夢にみていた憧れの魔法使いや正義の味方ヒーローみたいじゃないか!


 まだ自分が直接戦うと決まったわけではないが、それでも気持ちがたかぶることは間違いない。


「でもオズの話を聞いて安心したよ。とりあえず俺はオズについてまわって、仕事の手伝いをしてればいいってことなんだよな? てっきり全部が地味な書き仕事になるのかと思ってたから、これなら楽しめそうだ。現実では机仕事が多かったし、しばらくは作家業からも離れて――」


「なに言ってるんだ、先生。書き仕事もしてもらうよ。記録のバックアップは、君が自分で書いてつくるんだから。ここが夢だからって手抜きは許さないよ」


「……マジで?」


「マジ」


「バックアップっていうのは……」


「なにか予想外のことが起きて、集めた記録が消えてしまったら困るからね」


「ええと、ちなみにそれって……レポート提出とか……」


「いいや、君作家だろう? だったら面白おかしく作品でも書いてくれよ。僕、昔から自分が登場する物語を読んでみたかったんだぁ」


 まさに、自分勝手。


「簡単に言いやがって……金とるぞ……」


「もちろん、給料はでるとも」


 そういうことじゃない。

 話をまとめるかぎり、つまりは本命の記録係とは別に、だ。

 異変解決屋の仕事で悪いマホウツカイやマジュウを相手に調査を手伝いながらネタ集めをしつつ、そのネタで彼の納得のいく作品バックアップを書けというのだ。


 ――本命よりも、そっちの方が大変じゃないか。むしろそんなの、いったい何ヶ月……いや、下手したら何年かかることになるんだ?


 そんなにも長期間眠っているとなれば、果たして現実の自分が健康体で生きているのかすらも分からない。

 不安げに眉根を寄せる桜庭に気がついてか、オズワルドは目を細めて笑いかける。


「現実の自分が心配かい? それに関しては安心しなよ。この世界――仮に夢幻世界むげんせかいと名づけようか。夢幻世界むげんせかいでは君がいくら過ごしたとしても、現実では数分か……長くても数時間だ。昼寝をしているぐらいの時間しか経過することはない」


「……それ、本当か?」


「本当だとも。君へのデメリットはほとんど無いと言ってもいい。信じるかどうかは君しだい、だけれどね」


 彼の話が真実であれば、それはたいした夢である。

 夢の世界でネタを集めて冒険をして、記録をする。この間現実の桜庭は昼寝をしているだけとなれば、安心して非現実的な世界を楽しむことができるだろう。

 オズワルドの言葉を聞いて少しこの世界での暮らしに安心感を覚えはじめた桜庭であったが、そこで彼はふと当然な疑問へといたる。


「あっ……そういえば俺が世界を記録することで、この世界は救われるって話だったけど……それって、そもそもどういうことなんだ? 今のところ平和が脅かされてる様子もないし、なんのために俺が記録をとるのか、理由すらまだ聞いていない。だって記録を集めるだけなら、特別俺じゃなくても、オズにだって――」


「それ、君が知る必要ある? ただ僕について、黙って言うことを聞いてくれてればいいだけの君がさ」


 オズワルドの声は威圧的な――それまでとはちがう、突き放すような声だった。

 強制的に会話を切った彼は、それまでと変わらず口元に笑みを浮かべている。……それが桜庭には怖かった。


「まぁ、なにも知らないままっていうのも悪いし……途中で投げださないように責任感はもってほしいからね。簡単に教えておくよ。……この夢幻世界むげんせかいはね、酷く不安定な世界なんだ。なにせ君の夢の中にしか存在していない蜃気楼しんきろうのような世界なんだからね。存在を安定させるためには他の世界の人間夢を見ている君に実在しているという記録証拠を集めてもらい、世界の存在を『証明』してもらう必要がある」


「生き証人……ってことか。だから俺は、その証拠を集めるためにオズといっしょに異変を調査して、この世界についての見聞を広めてまわる……と」


「そういうこと。別に君を野放しにして、好きに記録してもらうこともできるんだけれどさ。正直なところを言えば……治安維持にはげむ僕の仕事も人手不足でね。これでも警察や偉い人に頼られることもあるんだぜ? それなのに人が足りなくて受けられません……なんてことになれば、普通にまずい。僕も先生も生活に困ってしまう」


 するとオズワルドはおかしそうに笑って。


「だって先生だって……ただまったりと世界の日常を見て回るより、刺激的な非日常を体験していた方が退屈しないだろう? 少しの間だけれど、話していてよく分かったよ」


「それは……たしかにそうだな」


「やっぱりね。僕は君に世界の存在証明救済を頼む代わりに、君の欲する非日常を提供することができる。どう、案外僕たちウィンウィンじゃあないか?」


「そのオマケに作品書けだの、仕事手伝えだのと、お前の私情が混ざった追加要素がなければな」


「ふふ、それくらいは許してくれよ。どれもきっと……大事なこと、なんだろうから」


 きっと。たぶん。おそらく。そう。

 桜庭とオズワルドの視線が交わる。


「だからね、先生。証明が完了するまで君は、この世界を否定しないで、嫌いにならないでくれ。こんな出来損ないの世界の蜃気楼住人である僕は……僕たちは。それだけのことでいとも簡単に崩壊していなくなってしまうのだから」


 その言葉の中には、少なからずオズワルドの本心が見え隠れしていたように思えた。

 桜庭は少しの間頭の中でオズワルドの言っていたことを整理すると、コクリとうなづいた。


「うん……分かった。まだあまり理解したわけじゃないけど、とりあえずはやってみる。オズが言っていることが本当なんだって、伝わったから。それにこんな体験普通はできたもんじゃないし……第一お前、帰してくれる気はないんだろ? せっかく帰れないなら存分に楽しませてもらうよ。俺が筆をとって世界が救えるっていうなら、マホウツカイだろうがマジュウだろうが望むところだ」


「先生……ッ!」


 オズワルドは嬉しそうに口元を緩ませると、テーブルに身を乗りだして、桜庭の両手を痛いほどに握りしめる。


「ありがとう、先生! これからの君は我が異変解決屋『グランデ・マーゴ』の桜庭優雅さくらばゆうがだ。ともに世界を証明し、救う仲間となったんだ。よろしくね!」


「こちらこそよろしく、オズ。それでこれからのことなんだけど……俺はどこに帰ればいいんだ?」


「帰る?」


 オズワルドがこてんと首をかしげる。


「これからここで暮らすなら、家が必要だろう。ここに住み込みでいるわけにもいかないし……」


「ああなるほどね。それなら心配ご無用だ。少し待ってて」


 そう言ってオズワルドはソファから立ち上がると、デスクの引き出しからなにかを取りだし、桜庭へと投げわたす。

 とっさに桜庭はそのなにかをキャッチし、手を開いてみる。――それは鍵であった。


「先生のために近くにアパートを借りているんだ。地図は書いて渡すから、今日からそこを好きに使ってもらってかまわないよ」


「アパート……? 分かった。とりあえずは行ってみるとするよ」


「よろしくね。必要な家具とか買うのにお金がかかるだろうから、明日には資金の準備をしておくよ。今日のところはすまないが、なにも無い部屋で我慢してくれ」


「ははっ、まさに引っ越し初日って感じだな。そういうのは慣れてるから大丈夫だよ」


 桜庭はそう言って笑うと、鍵をオズワルドが書いた地図、そして最低限の生活必需品を買うためにもらった数枚の見慣れない紙幣とともに上着のポケットへと入れる。


「それじゃあ先生。まだ混乱しているところもあるだろうし、今日のところは帰ってゆっくりしてくれ。事務所にはまた明日顔を出してくれればいいからさ。あとは……もしもなにか危ないことに巻きこまれたら、いち早く僕の所まで来ること。いいね?」


「りょーかい。精々この世界を楽しめるように努力はしてみるよ。じゃあまた明日、オズ」


「うん、バイバイ。先生」


 互いに別れの挨拶を告げ、桜庭は事務所をあとにする。

 こうして彼の異変解決屋『グランデ・マーゴ』の桜庭優雅さくらばゆうがとしての第二の生活は、幕を開いたのであった。

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