魔法使いのようなマホウツカイ

「マホウツカイ? それって魔法使いっていうことだよな……? 同じじゃないのか?」


「まぁ聞いただけではそう思うよね。これから説明してあげるから、とりあえずはソファにでも座りなよ。先生」


 桜庭の問いはもっともであった。魔法使い――マホウツカイ。その響きはまったく同じで、一度聞いたところで違いを理解できるはずがない。

 そんな桜庭の反応を見てオズワルドはおかしそうに笑うと、桜庭を座り心地のよさそうなソファへと案内し、自分は席を離れる。

 オズワルドは事務所の中にある簡易的なキッチンへと向かうと、棚から瓶を取りだして、茶色の粉末をマグカップへと入れる。そこにポットであらかじめ沸かしてあったお湯を注いでやれば、部屋中には桜庭もよく知る匂い――コーヒーのいい香りが充満した。

 彼は桜庭の向かい合わせに位置するソファまでやって来ると、緑色のマグを自分の方へ、黄色いマグを桜庭の方へと差しだす。

 元々オズワルド本人もよくコーヒーはたしなむのだろう。木製のテーブルの上にははじめから大量の角砂糖が入った瓶と、小さなミルクピッチャーが置かれていた。


「オズワルド・スウィートマン特製のチープなブラックコーヒーだ。砂糖やミルクはまぁ好きに入れてくれ」


「ただのインスタントコーヒーだろう」


「そうとも言うかなぁ」


 当然のツッコミに、オズワルドがソファに腰を落ちつけながら苦笑する。

 彼は相手がマグカップに角砂糖を二つ入れ、口をつけるところまでを見届ける。すると慣れたように、テーブルの上に残っていた角砂糖やミルクを見境なしに自分のマグカップへと投入しはじめた。


「オズ。それ……今どれだけ入れた?」


「さぁ。そこに残っていたやつは全部入れたけれども」


 その言葉の通り、数十秒前まではパンパンに砂糖の入っていたはずの瓶はただの瓶へと生まれ変わっていた。


「そんなに入れて、病気になったりしても知らないからな……。そもそもそれ、溶けきるのか……?」


「はははっ。こんな夢の世界の住人の健康まで心配してくれるだなんて、さすが僕が見こんだ作家である桜庭優雅さくらばゆうが先生はお優しくていらっしゃる」


「もういい……」


 楽しげに声をあげるオズワルドの態度に、桜庭は呆れた溜め息を吐きだし、代わりにコーヒーを口にする。

 向かいから溶けきらない砂糖のジャリジャリとした音が聞こえるたびに、自分の胃がもたれそうな錯覚さっかくすら覚えた。


「……それで、話を戻すけどさ。マホウツカイってなんなんだ? 魔法みたいな力を使う人間って話だったけど」


 それからコーヒーを一杯飲んで少し落ちついた頃。桜庭がそう話を切りだした。


「そうだねぇ……、マホウツカイっていうのは、先生のよく知る言葉でいうところの『異能力者』みたいなもの……って言えば分かりやすいかな」


「異能力者……?」


 その言葉は桜庭にも想像がしやすかった。

 異能力――特殊能力と呼ばれるものに近い、限られた人間が使えるような力。

 現実に使える人物がいるわけではないが、最近では作品のメジャーなジャンルとして扱われることが増えてきたため、作家である桜庭としても耳に馴染みが深い。


「そう。初めてマホウツカイを見た人が、まるでおとぎ話に登場する魔法使いのようだ……って言ったからそう呼ばれるようになったんだってさ。ちょうどさっきの君みたいにね」


「なるほど。ということは、さながらマホウツカイの使える異能はマホウと呼ばれるってところか?」


「そのとおり! 本当に先生は話が早くて助かるよ」


 オズワルドは嬉しそうにそう言いながら、コーヒーの香りのする砂糖水を飲みつづける。


「マホウツカイはマホウという、普通の人間では扱えない力を使うことができる。それは例えば芸術作品を自在に動かしたり、宝石を生みだしたり、翼を生やして空を飛んだり……のようにね」


「オズが風を操るように?」


「ああー……そうだね。そんな感じだ。だが、ここで一つ追加情報。実はこのマホウを使うことができるのは人間だけじゃあない」


「人間だけじゃない……動物とか」


「そう、動物……または怪物だね。マホウツカイと同じように、マホウが使える生物のことをというんだ」


 マジュウ――魔獣と聞くと、桜庭の中ではRPGのゲームに登場するかのような怪物の姿が想像される。おそらくはその認識で合っているのだろう。


「マジュウには色々な種類がいてねぇ。普通の動物の見た目をしているものから、化け物の見た目をしているものまで様々だ。ちなみにさっき先生を襲ったドラゴンは、残念ながらマジュウじゃあない。マホウは使ってこなかったからね」


「あれで普通の怪物って、どうなってんだこの世界……いや、俺の夢か」


「なかなか面白いだろう?」


 そう言ってマグカップをテーブルに置いたオズワルドは大きくその場で伸びをする。


「んー……ごちそうさま。よし。じゃあそんなところで、ようやく本題に入ろうかな。先生」


「まだ本題じゃなかったのか……」


「当たり前だろう。僕は君の質問に答えてやっただけなんだからね。……ここからは君が働くことになる、僕の事務所……『グランデ・マーゴ』での仕事についてだ」


 そこで桜庭はオズワルドの言っていた、今自分がいるこのオフィスのことを思いだす。

 『グランデ・マーゴ』……その響きだけでよく分かる。

 すでに彼の頭の中は、これがの仕事ではないのだろうという確証が、ぐるりぐるりと渦巻いていた。

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