第31話 希婦


「『幻蔵院夢蔭流絲奏術』! 絲剛気!」


 裂帛れっぱくの気合と共に抜き出した絲に宮が〃気〃を送り込むと、しな垂れていた絲の先が鋼化して一本の針となった。すかさず宮が先が針となった絲をJ・J達の搭乗する噴気式摩托車四台に向けて投げると、単衣から絲が解れ出ていく。

 投げられた針は四台の摩托車に見事に絡み付き、宮達が乗る摩托車とその絲で繋がった。宮は、これ以上絲がほつれないようにその単衣を摩托車の方向盤に結び付けると、指を上に示しながらJ・Jに向かって叫んだ。


「J・Jさん! 上昇です! 上昇して!」


「そ、そうかっ!」


 宮がやろうとした事を悟ったJ・Jが他の三台に合図の声を掛け、タイミングを合わせて上昇をかける。逆噴射して絲に過負荷を掛け、絲が切れる事を避けたのだ。が、解れ出た絲の量が多かった為、宮と少女の乗る摩托車はすぐに上昇しない!

 然もこの空は百mの高さしかないのだ。J・J達の摩托車が天井まで達してもなお、絲は緩んだままである! 希婦きょうの屋敷の前に広がる林のこずえかすめた摩托車が、もう墜落! 


(ダメかっ!)


 緑扇宮が少女の頭を抱き込み、目をつむった刹那せつな


 ガクン! という衝撃が二人を襲った! 


「屋敷に墜落する!」


 背を向けて逃げ出し始めていた希婦の離宮の女官達が、後方で何事も起こらなかった事に、足を止めて恐る恐る振り返る、と。


 その上空には、四台の摩托車に空に吊り上げられている摩托車の姿があった。一体どうやって? 上空では、J・J達の摩托車四台が正方形の頂点の位置にあり、丁度中心にある宮と少女の摩托車と、四つの頂点を形成する摩托車を、対角線を描く形となった絲が結んでいた。

 J・J達の摩托車四台が、正方形を描く為の頂点の四方向、つまり対角線上に飛び散る事で、弛んでいた絲を横方向に伸ばしたのである。


「やりましたですぅぅぅぅぅぅぅ!」


 ハモる簾=歌と簾=能。


 座位の上でぴょんぴょんはしゃぐ御法に、「暴れるんぢゃねぇ!」と、制裁ゲンコくれた戯は、


「宮様も、中々どうして、決める時は決めてくれるぜ!」


 指をパチンと鳴らす。 

 これは、少女の纏っていた単衣の生地の繊維が特殊だからこそ出来た芸当である。

 ヘテロ環超高分子繊維『アストラムダ』。有機高分子繊維で最強の力学的性能を誇るこの繊維だからこそ、たった四本の絲で摩托車を吊り上げる事が出来たのだ。

 そしてそれは、宮が手触りだけで少女の着ていた単衣の繊維が何であるかを瞬時に察知出来たからでもある。


「あの生地の手触り、もしたかしたら思ったけど。よくもってくれた」


 危機的状況を脱し愁眉を開いた緑扇宮は、深く息を吐く。そして、護るように抱き締めていた少女の顔に視線を移す。間近で見るその少女の顔は、とても愛らしいものだった。まだ目が覚めない彼女を見つめながら、先程の少女の言葉を思い出す。


『何故に、この姫がそやつの妃にならねばならんのぢゃ! チュチュは真っ平御免ぢゃ!』


(チュチュ? 名前なのか? 一体この子は、僕の何なんだ)


〃宮様、聞いてるか? このままゆっくり地上に降ろすぜ。しっかり掴まってろよ〃


「は、はい!」


 摩托車の通話モニターに映ったJ・Jに慌てて返事した宮は、眼下を見下ろしてみる。あの中宮位魔奴宦〃希婦〃の離宮の中庭の真上であり、そこには女官達が集まってきている。そして宮は、池に浮かぶ中島にある東屋でこちらを見上げている、躑躅つつじかさね十二単じゅうにひとえまとった一際美しいプラチナブロンドの女性に目を留めた。

 いくら最強のヘテロ環超高分子繊維の絲とはいえ、たった四本である。何時突然切れるか分からない為ゆっくり摩托車が降下していく中、その美女の顔が次第にはっきりしてくる。


「綺麗な女性だなぁ……」


 緑扇宮が思わず感嘆の声を上げた時!


 バチン! とそんな音がしたかのように突然、チュチュと名乗った少女が目を開けた!


「姫以外の女子に瞳を奪われるとは、この浮気者がぁっ!」


 何と覚醒しての第一声がこれだ。そして、宮の頭をポカポカ叩き出した。


「ちょ、ちょっとっ! 何なんだよっ? わぁ、馬鹿っ! 場所を考えろってばぁっ!」


 宮・チュチュの摩托車を吊り上げていた四本の絲が軋み、摩托車は宙で大きく揺れ出す。J・Jや戯達五更衣に稲節、眼下で見守っていた女官達が、「危ない!」と叫んだ瞬間!


 プツン!  


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 絶叫が、水中へと消える!

 中庭に群がる女官達の悲鳴が上がり、泡立つ水面。が、突然盛り上がった。


「ブハッ!」


「宮様っ!」


「おおっ! 宮様は御無事じゃ!」



第31話 了

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