第27話 綾



「……では、綾殿。あなたは、後幻蔵法皇様暗殺犯とされる坂本賀星の傀魅だというのだな? そして、暗殺犯はあなたの主人ではない、と……」


 斑鳩紫宸殿、全ての殿上人でんじょうびとが集まっている前で早紀宗さきむねが尋ねる。先程典薬寮実験室で変体した綾という名の傀魅グミにである。

 彼女は艦内放送で流された伊勢守の言葉を、実験室内で聞いている。


「あなた方が私から引き出したカイエンの戦闘データを見て頂ければ御理解頂けると思います」


 彼女が総ストレッチネットのアンダードレスの下にワンピースの水着を着込むという格好も、J・Jが与えて着させたという事で納得がいく。

 綾の言葉に悠紀宗ゆきむにが写楽斎の方を振り向くと、写楽斎は頷いて、綾の記憶を複製した水晶ディスクの情報を、紫宸殿のモニターに映し出した。これによると、


「あの蘭蛇帝には誰も乗っていなかったというのかっ?!」


 早紀宗の云う通りだった。カイエンは自動操縦で予定通りのコースを新撰組に追跡されながらプレタポルテに向かって飛行。新撰組との二度目の交戦後、新撰組の追跡を振り払い、そしてプレタポルテを間近にした地点で自爆……。だが、それは全て電脳に程序プログラムされていた事であったのだ。

 そしてその自爆地点ゼロポイントには透明・無香化した六波羅ろくはらが待ち伏せており、アニエス帝専用蘭蛇帝ヴァロアの香電磁結界の『光 源氏』を匂い付けされた自動操縦のカイエンをヴァロアと錯覚し、斑鳩はこの地点に誘い込まれた訳だ。 


「……が、そこにあなたの主人である坂本賀星が介入していなかったという事の証明にはならん。むしろ無人操縦であった事は余計坂本賀星殿の関与の可疑性かぎせいを我々に与えるものだ。処刑されるのが本物とは限らんしな」


 と早紀宗が冷静に分析する。


「そ、そんなっ?! お願いします! 助けて下さい! このままでは賀星様は処刑されてしまいます!」


 綾は涙を流して必死に哀願あいがんした。


「死人に口なし、か。事実関係を明らかにする為には、殺させる訳にはいかんじゃろう」


 さきの右大臣うだいじん天時あまときの悠紀宗ゆきむねがそう言うと、愁眉しゅうびを開いたように、初めて綾の顔がほころんだ。


「しかし斑鳩自身が動く事は出来ない」


 早紀宗が綾の希望を砕くように言い放った。


「確かに。帝が何処どこにおはすか、それに帝の真の叡慮えいりょをお確かめする方法がない今、我々だけで倒幕運動を直接支援する事は止めた方がいいじゃろう」


 喉仏まで伸びる白い顎髭あごひげを撫でながら、悠紀宗が息子の言葉に理由を与えた。


「何とかならねえのかよ!」


 涙ぐむ綾を抱き寄せた手で彼女の髪を撫でながら、J・Jが叫ぶ。

 皆が上策じょうさくはないかと三思さんししていたその時である。突如紫宸殿の扉が開き、一人の少女とベベルゥ、それに稲節が飛び込んで来た。  


「こんにゃろう!」とはベベルゥの声。 


「待ちなされ!」


 稲節いなぶしの声である。その背後に、典薬寮の官吏かんりが何人も続いている。


「いやじゃ!」


 二人に追われる謎の少女は、紫宸殿の中を駆け回り始めた。

 神聖なる紫宸殿で追い駆けっこ?! 追い掛ける方のベベルゥと稲節は顔中引っ掻き傷だらけ。追われる少女が着ている、薄錆うすさび浅葱色あさぎいろをした、ボートネック・フレンチスリーブのワンピースの背中で、亜麻色あまいろの髪が大きく弾んでいる。


「何事だ?」


 自分の回りを回転し始めた少女を目で追う早紀宗。


 立ち止まって荒い呼吸をする稲節が、


「申し訳ござらぬ! 東宮とうぐう妃様のお体をお調べしていたのじゃが、逃げられてしもうて。ほれ! 姫様! こちらにお出でませ!」


 その少女は悠紀宗の後ろに隠れると、稲節にあかんべして、悠紀宗の背中に飛び乗る。


「中々元気が良い姫様ではないか」


 その少女は笑う悠紀宗の顎髭を引っ張り始める。顔が引きつる悠紀宗の背中から、


「姫のからだをいぢくりまわす気なのぢゃろう!」という少女の声が飛ぶ。 


 大きく開いた少女の口の中を覗き込んだ典薬寮の官吏が、


「虫歯はないでおじゃる」と言うと、


「ないでおじゃる」、「・・・でおじゃる」と、伝言ゲームのように官吏達が隣の者に報告し、最後の十人目の官吏が、「ないでおじゃりますぅ」とリポートに書き込む。


「宮様のお妃様に何故そのような事を致しましょう!」


 その稲節の言葉には緑扇宮りょくおうぎのみや、ベベルゥの方が瞠目どうもくする。先程稲節達に追われながら突如東宮坊に乱入してきたこの少女が、


「ぼ! ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、僕の妃っ?!」


 宮は聞きようによってはものすごく卑猥ひわいな、素っ頓狂とんきょうな声を上げた。見たところ、十二歳かそこら。悠紀宗の口の両端を引っ張りながら、少女の、子猫のような円らで大きな瞳がこちらを見返している。

 そこに、今度は戯と御法、簾=歌と簾=能が紫宸殿に乱入して来た。


「こんな所にいやがった! てめぇ、覚悟しやがれぃっ!」 


 やっぱり顔中傷だらけ、着物もズタボロ、半パイ状態の戯が、少女に襲いかかろうとすると、少女は悠紀宗の背中から飛び降り、紫宸殿から飛び出して行く。その後を、叫び声を上げながら戯達や稲節、典薬寮の官吏が追って行く。


(ど、どういう事だよ・・・・・・。あんなガキんちょが僕の妃だって?!)



第27話 了


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