第25話 坂本賀星
「どうだい、ギャッツビー」
J・Jが入って来たのは斑鳩典薬寮の一角にある実験室らしき場所である。強化ガラス一枚隔てた向こう側の完全密閉された部屋の中に、透明セラミックス製の、直系一m、全長二m程の円筒形のシリンダーが並んでおり、その中に
その中の一本に青い蘭蛇帝から引き揚げられた無形態傀魅が全体に電極を突き刺され、溶液の中で浮遊している。典薬寮の役人達が大型の電脳を駆使し作業を行っていた。
「J・Jか?」
と、腕組みしながらギャッツビーが言う。
「宮様の意識が戻ったそうだぜ」
J・Jも中の作業の様子をじっと見守っている。
この女
まぁ、彼女に言わせれば水着の方が楽でいいからという事だが、ギャッツビーのように
あらゆる古武道を操るJ・Jの肉体はそれでいて筋肉質でもないが、しなやかなその肉体から繰り出される技は男顔負けのものだ。
「そ、そうか。何よりだな」
と、半身J・Jから体を遠ざける。
「だが、九条様があんな無茶な真似をするとはな。それにずっと看病してたって話だぜ」
J・Jが更にギャツビーに近づくと、彼はまた半身体を遠ざけた。
「そ、そうか」
ギャッツビーの体が硬直してくる。
「お前、宮様に焼いてんじゃねぇの?」
「ば、馬鹿な事を言うな!」
「はん! お前が九条様に惚れてるって事は斑鳩で知らない者はいないんだ。でもよ?相手にされない女より、手近なところにいい女がいるって事を忘れないで欲しいよなぁ?」
J・Jが
「何やっとるんじゃ? あのバカモン達は?」
と、実験室内の写楽斎が、ガラス向こうでいちゃつくJ・Jとギャッツビーの姿を見ながら呟く。
写楽斎の前では何人もの官吏が電脳の鍵盤を叩いており、下方へスクロールしていく顕示器の画面には、回転するDNAの二重螺旋構造が映っている。夥しい程の塩基配列が画面右半分を埋め尽くしていく。青い蘭蛇帝から引き揚げられた無形態傀魅の遺伝情報及び、全記憶である。蘭蛇帝の生体エンジンである傀魅はまた、膨大な量の記録の保管を司る部位でもある。つまり、この傀魅の記録から情報を引き出し、あの青い蘭蛇帝の搭乗者及び、その戦闘データを分析し何らかの手掛かりを得る為である。
と、その時官吏の一人が声を上げた。
「こ、これは! 見て下さい写楽斎様! この傀魅、本来無形態ではありません!
「何じゃと?!」
と、写楽斎は画面上のデータに目を走らせる。
「よしっ! レスボリン液注入後、内圧を一気圧に戻し、徐々に温度を上げるのじゃ!」
「ちょ、ちょっと待てJ・J! 中で何か起きたみたいだぞ?!」
顔中に接吻印を付けながら、ギャッツビーが叫ぶ。そして、J・Jが振り向いた瞬間だった。シリンダー内の無形態傀魅が強烈に発光し、実験室内部に光が満ち溢れたのだ。鼓動のリズムで発光を繰り返しながら、超高速のタンパク質合成、細胞分裂を行っていた。
最初に傀魅内部に心臓が形成され、傀魅自体の外観が人間の姿になり、その半透明の体内に心臓から送り出された血液が血管を生じさせながら行き渡り、次第に骨、内臓が形成されていく。頭部には大脳が形作られ、既に機能を開始しているのか、眼球が運動している。今だ変体途中の傀魅の躰はまだ半透明である為に、その様子が手に取るように看取出来た。
「こ、こいつぁ……」
J・Jとギャッツビーが初めて見る光景。
そして、その半透明の全身が次第に
彼女の瞳がゆっくりと開く。いや、見開かれた! 次の瞬間、彼女の拳がシリンダーの内面に叩きつけられる。その拳は透明セラミックスのシリンダーを容易く破砕し、中の溶液が奔流のように実験室に流れ出した。
「ウォッ!」
破砕されたシリンダーから現れた傀魅から、悲痛なる声が発せられる。
「お願いです!
第25話 了
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