第22話 アマデウス……

 


 ただ二人、幕府側用人鷹宮家伊勢守と斑鳩艦白九条御息所を除いては・・・・・・。

 アマデウスの子宮マトリスの位置から溢れ出る七色光が、脈打つような律動をもって明滅する。その極彩色の光は、電磁場の中にスペクトル源があると、スペクトル線が分裂する異常ゼーマン効果によるものである。

 その光の脈動が大気さえも打ち震わせ、強烈な衝撃波が周囲の幕府艦隊に襲いかかった。強烈な香電磁波である。半径数十㎞の空域に人間の鼻孔の嗅細胞全てを破壊するような強烈な香、それでいて精神を陶酔へと誘う媚薬の香が渦巻いている。それも様々な調子の香が、交響曲のように流れているのだ。

 十九世紀末葉、調香師S・ピエッス(仏)は、香調と音階を結び付けた香階を定義した。そして、人間は音を聞いて色として知覚する色聴感覚を有している。

 正に今アマデウスが発する香が紡ぐ音符は、ヴォルフガング=アマデウス=モーツァルトの『交響曲 第25番 ト短調 《K.183》を奏で、その調べは極彩色の色を纏い、人々の脳髄に陽気な絶望と絶望的な歓喜の旋律を響かせ、聖的かつ性的なエクスタシーをして、人々に神の降誕、正に天神アマデウスの降誕を知らしめたのである。ある者は一向ひたすら聖四文字テトラグラマトン』を連呼し、ある者は発狂、ある者は強烈な性欲を催して自慰行為を始める。幕府艦隊は、香電磁波を無力化する『NSフィールド』発生装置を発動させたが、徐々にそのフィールドは侵食され、乗員の精神は崩壊していった。幕府艦船同士は衝突し合い、紫京上空の夜空を炎の塊となって流れ、山の中へと墜落していく。


「香電磁結界を張る!! 紫乃武!  宇堂!! 也静! 各機は素早く結界有効圏内に飛び込め!」


〃はいっ!〃


 紫乃武達が壬生の圏内に入ったのを確認した真木は、直ぐさま香電磁結界を張る。その寸前に滑り込むようにして、伊勢守のマーダロンが飛び込んで来た。


「うおぉっ! な 何だってんだ! こりゃぁっ!」 


 J・Jやギャッツビー達の蘭蛇帝は、自ら香電磁結界を張っているが、所詮蘭蛇帝のそれなどたかが知れている。物凄い振動がJ・J達を襲う。

 九条は、最小範囲で斑鳩のみを包み込む香電磁結界を張る。斑鳩に合体している六波羅では、乗員殆どの精神が崩壊していき、廃人同然のようになっていた。そして、香電磁波遮断スーツに身を包んだ右近衛府勘解由少将と左近衛府あいの少将の二個大隊をそれぞれ左右六波羅に突入させ、艦橋を制圧。直ちに全管制系統を斑鳩に戻したところで、香電磁結界の有効圏内を最大限にし、六波羅も包み込む。 


(あの時と全く同じという事か?! ならば、早くせねば宮様は本当にっ!)


「く、九条様! ど、何処へ行かれるっ!」


 左大臣早紀宗の言葉を無視し、九条は紫宸殿上部甲板に姿を現すと、インカムを通じて乗員全てに香電磁波遮断マスクの着用、斑鳩をアマデウスに向けろと命令した。


「き、危険です! こちらの香電磁結界が持ちませんぞ!」


〃早くしろっ、悠紀宗! あのままでは宮様は亜无羅の中に取り込まれてしまう!〃


 それを聞いて駆け出したあじゃらは、操舵輪を回し、艦首をアマデウスに向けた。 


「兎に角、九条の言う通りにしなきゃ、あのぼうやが死んじまうってんだろ! 迷ってる暇なんかあるかよっ!」


「そうですわニャん! あのお方は、私達の将来の帝になられるお方ですわんにゃ! お護りしなくては、アニエス様に申し訳立たないですわん!」 


「御法の言う通りです! 悠紀宗殿! お早く!」


藤壺が必死に叫ぶと、


「お早く~ぅぅぅぅぅ!」


簾=歌と簾=能が歌い出す。 


「斑鳩最大戦速!」


 斑鳩は壬生の左舷500mを通過していく。 


 斑鳩の香電磁結界を0コンマ数秒だけ解除、斑鳩の香電磁結界有効圏内にアマデウスを取り込み、再び結界を張る。それにより出来るだけ香電磁波の外部への漏洩を防ぐと同時に、二隻の六波羅を分離。アマデウスを挟み込み、消臭イオンを散布。『無香空間』を発生させ、香電磁波を無力化する。消臭イオンはアマデウスの発する香分子と反応し中和するだけで、斑鳩の香電磁結界までは中和しない筈だ。


(問題は、『無香空間』が何秒持ち堪えられるかだ……。そして、私の体が……)



 九条の命令が斑鳩と二隻の六波羅に伝えられ、アマデウスを香電磁結界内に封印する事に成功! アマデウスを左右から挟む二隻の六波羅が散布する消臭イオンが、一時的に香電磁波を弱める。その時を狙っていたかのように、香電磁波遮断マスクを被った九条が、腕を左右に交差させるようにして己の服から絲を抜糸した。


「『幻蔵院夢蔭流絲奏術』! 絲剛気しごきッ!」


 幻蔵陰夢蔭流と夢闇流……。


 抜糸した絲の先が針のように鋼化。九条がアマデウスに向けて放ったその絲が、猛烈な颶風に逆らうようにして、アマデウスの胸甲に突き刺さる。九条はターザンよろしく、その絲を使って宙に身を踊らせると、アマデウスのコクピットに取り付いた。


「ぐはっ!」


 精神崩壊を来す程の香気が、マスク越しでも九条の脳髄のうずいを刺激する。

 無香空間は侵食されてもう持たない! 

 九条は頭を蛇がのたうつような感覚に精神を侵食される中、コクピットハッチを外部から強制的に開けた。


「み、宮様っ!」


 コクピットシートには、全裸状態のベベルゥが失神状態で座っていた。そのベベルゥをスライムらしきゼリー状の物体が覆っていた。 


「しっかりなされませっ!」


 コンパネを操作し、九条が子宮と各駆動系を繋ぐ電力供給系統の全てを遮断すると、アマデウスの発していた香電磁波の放射が停止し、大気のうねりも止む。

 全駆動系を停止させた為に、自由落下を始めたアマデウスを、J・Jのスキュラッド・ヴァインが支え、斑鳩の後部甲板に着艦する。


「やったぜいっ!」 


「うまくいったでわんにょ!」


「大成功ですわぁわぁわぁわぁぁぁぁぁぁぁ~!」


 歓声に沸く斑鳩紫宸殿。天時早紀宗は、全ての蘭蛇帝部隊が帰還したのを確認し、


「六波羅の勘解由かげゆ、愛乃、聞こえているか? 消臭イオンをこのまま散布させ斑鳩と合体しろ! 斑鳩は香電磁結界を解除し六波羅の『無香空間』を利用して最大戦速で現空域を脱出する!」 



第22話 了 


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