第19-②話 射干玉……。ぬばたまの烏……

 

 斑鳩紫宸殿の殿上人達は惑乱していた。斑鳩に今上帝アニエスはいない。先帝、即ち後幻蔵法皇を探す為に、己が蘭蛇帝に乗って失踪したのである。それが何故?! 

 そこに、突如現れた帝の姿・・・。その唇から語られたのは、志士討伐の綸言りんげん


戯  「帝ぉっ! 嘘だろっ!」 

御法 「帝があんな事言う訳ないにょ!」

簾=能 「ないですぅぅぅぅ。 ないですぅぅぅ。ないですぅぅぅぅ!」

簾=歌「 ないですぅぅぅ。 ないですぅぅぅぅ!」


早紀宗「当たり前だ!」


戯 「じゃぁ、今目の前にいる帝は何なんだよ! ええっ?!」


悠紀宗「偽綸旨に決まっておろうが!」 


 悠紀宗ゆきむねの言う通りだった。そしてそれは、伊勢守が、帝が斑鳩にいない事を間違いなく知っていた上でのものである事を意味するのだ。帝が失踪している事、そしてそれを公に出来ない事を利用しての、そう、全ては側用人鷹宮家伊勢守が巧妙に仕組んだ奸計だったのである。

 そして伊勢守は恐らく、斑鳩に合体した六波羅に探題を置き、これから斑鳩を幕府の制御下に置くつもりなのだ。


「おのれ、伊勢守め!」


 九条が、艦白座の塗脇息ぬりきょうそくに拳を叩きつけ、前髪で顔を隠したその時、蘭蛇帝格納庫デッキを映し出す映像が、動き出す蘭蛇帝を捕らえた。


「あの蘭蛇帝はっ!」


 前右大臣天時悠紀宗が、驚愕の表情を浮かべる顔に汗を滑らせた。

 アマデウス。曾てベベルゥの父、先代の緑扇宮が搭乗していた蘭蛇帝である。今は格納庫デッキの一番奥に封印されていた筈だ。


〃宮様です! 緑扇宮様がっ!〃


 格納庫デッキから、右近衛府勘解由少将の声が紫宸殿に響き渡る。 


「何で動かせるっ?!」と疑問符を発した九条と太政官、それに五更衣達の前で、確かにアマデウスは始動していたのだ。

 九条は、菊乃少納言にコクピットとの映像回線を開かせると、そこには全く無表情で虚ろな目をしたベベルゥが座っていた。


「宮様っ! どうされたっ  返事をなされいっ!」


 だが、九条の言葉に反応はない。次の瞬間、ベベルゥを囲繞する全天モニターの彼方此方に光る梵字が幾つも浮き上がり、モニター上に『精神波確認』という文字が表示された。 モニター上に蘭蛇帝の透視図。その下腹部に位置する球状体、即ち子宮から光の帯が全身に駆け巡ると同時にエンジンに火が入る。能量利得エネルギーゲイン表示が瞬時にMAX迄入り、両サイドコンソールパネルの計器類が点灯。コクピットを軽い振動が揺さぶる。突然、その蘭蛇帝の足元から沸き上がった風が螺旋を描き、その颶風がデッキクルーを吹き飛ばした。


 突き出されたアマデウスの掌から放たれた二条の激光が、格納庫艙口の中心を瞬時に熔解ようかいし、ドロドロに溶けた金属の流れがバイカル湖へと流れ落ち、水蒸気爆発が起きた。


「!」 


 全ての視線が斑鳩に集中する中、アマデウスがゆっくりとその巨 を現す。全てのバーニアが火を噴いて、アマデウスは宙に飛翔! 突如、通常速度の数倍という速度で新撰組戦艦壬生に特攻した!


「ヒッ!」


 司令部艦橋にいた実闇が逃げようとする。だが、真木は受けて立つように正視している。

 アマデウスは、壬生の司令部艦橋に衝突。それでもなおバーニアを吹かし続ける。強化ガラスが全て粉々に吹き飛び、その破片が真木の頬をかすめた。熱気を孕んだ猛

烈な風が内部に吹き込んでくる。蘭蛇帝の目に当たる部分の艙口ハッチが上下に開き、そこから覗く生物的な瞳孔どうこうがギョロリと動いた。次の瞬間人形浄瑠璃『日高川入相花王』の清姫の角出しの頭のように、金色の瞳が飛び出て、口が大きく耳まで裂けた。長い牙がぞろりと並んでいる。

 おどろに不気味なその魔相。

 裂けた口まで届くうすらな髪の毛の本数は少ない。

 指を艦橋にこじ入れ、更に左右に広げ、半壊した艦橋に頭部を無理矢理押し込む。口腔の奥から、熱気と怨嗟のような低い唸りを孕ませた空気が流れ出し、真木の肌に纏い付いた。その刹那、口腔の奥から覗く砲口に光の粒子が集束し始めた。巨大な激光砲である!


 カッ!


 と真木が目を見開いた時、紫乃武のメルクルシオンがアマデウスに正に飛び蹴りを喰らわせた。艦橋から弾き飛ばされたアマデウスの、牙の奥の口腔から

発射された激光が、幕府艦隊の方へと放たれた。


〃右舷船体に直撃! うわぁぁっ!〃


 通信兵の絶叫を残し、激光の直撃で戦艦 莢月さやつきが轟沈。密集体型だった為に、重巡 迦臥鷺覇かがろはと駆逐艦 魔芭マハがその爆発に巻き込まれてバイカル湖の藻屑と消える。

 アマデウスは、バーニアを噴射し、空中で態勢を立て直す。コクピットモニターに『攻撃意志確認』表示。梵字が光る。その全天モニターに浮かび上がった梵字が、蘭蛇帝の口腔から、炎を纏って螺旋を描くように噴き出した。


「チィッ!」


 紫乃武のメルクルシオンは、急上昇してそれを回避すると、天空から斬りかかる!

 だが、その凄まじい剣撃を数合すうごうわたって受け止めるアマデウス。蘭蛇帝の銀色の髪

が、射干玉ぬばたまの闇の中で荊棘おどろに揺れている。しかしアマデウスの剣速は漸増し、メルクルシオンを圧し始めた。次第に追い詰められていくのと反対に、紫乃武の顔に笑みが浮かぶ。これから好敵手として幾度も剣を交える事になる、そんな相手と巡り会えた出逢い。確かに紫乃武は笑っていた。嬉しくて……。そしてその高揚感が紫乃武の戦闘能力を最大限に高めるのである。


「ザイ クード メブロン!」


 メルクルシオンが天に掲げた刀の刀身に紫電が蛇のように纏い付き、螺旋状に高速回転を始めた。    


雷爆マブスッ!」


 大上段から振り下ろされた刀から解き放たれたその電蛇が、アマデウスの頭部を直撃! したかに見えた瞬間、アマデウスはその雷蛇を口に咥えると、それを食らった。 ベベルゥを護る為に出撃してきたJ・J、ギャッツビー達は、アマデウスの異様なるその姿に言葉を失う。紫乃武を援護する為に出撃した宇堂や也静達もである。アマデウスの白い装甲にまるで生物のように血流がうねり、脈動しているようだった。

 次の瞬間アマデウスは獣のように咆哮ほうこう すると、全身から青白い炎を吹き出し、再び暴走を始めたのである。


「い、いかん! J・J! 宮様を止めろっ!」


 だが、アマデウスは、130隻を数える幕府艦隊の中に一機で突っ込んでいく。アマデウスは、先程優雅さを競い合っていた各藩の蘭蛇帝を、ことごとく撃墜しながら、残虐なまでに幕府艦隊に攻撃を加えていった。艦橋に腕をぶち込み、掌から爆炎を放射。船底の真下に潜り込むと、刀を船底に突き刺し、魚の腹を切り裂くようにして刀を走らせた。その動きは尋常ではなかった。

 合計83隻もの艦船を沈め、迎撃に出た300機以上の蘭蛇帝を撃墜したのだ。

 その光景を見る紫京の志士達や、共和国軍兵士は狂喜乱舞した。

 そして、終にアマデウスが、舞鶴-弐の丸-に迫る!

 各藩の藩主や重臣達が逃げ惑う中、一機の蘭蛇帝がカタパルトデッキに姿を現した。

 他の蘭蛇帝より一回り巨大で、華麗な金装飾を施されていっそ荘厳と言うべき漆黒の蘭蛇帝。エアロダイナミクスを全く無視したSFロボットとは違い、ゴツゴツした感が一切ないその流線形のフォルムは、まるでスーパーモデル級の女性のそれだった。鷹宮家伊勢守専用蘭蛇帝マーダロン。そして、そのマーダロンの、一次冷却水で満たされた子宮の中に、全身に管を付けられた全裸状態の主美怒の四人、紫羅、珠輝、瀬那羽、亜慶奈が浮遊している。


「流石は、オリジナルのグミの力。傀魅ぐみとは比べものにならんという事か。ならば、私自らが試してやろう!」




第19-②話  了

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